鑑定結果
壁向こうで、シスターさんが微笑ましく笑う。壁があって分からないけれど、恐らくは口に手を当てて笑っているに違いない。
恥ずかしさに俯きたくなったが、シスターさんが言った事の内容の方が気になる。
「あのぅ、どうするというのはどういう意味でしょう?」
「そのままの意味です~。——あ、もしかして、説明を受けていませんでしたかぁ?」
「説明、ですか?」
「はい~。鑑定結果についての説明なんですけどぉ。そのご様子だと聞いていませんねぇ? 分かりました、私から説明しましょう~」
見えないけど、今度は胸を張っているなって分かる。
「鑑定結果なんですけどぉ、皆さんには主に二つの方法でお知らせしているんですよぉ」
「二つ、ですか?」
「はい~。一つは普通に、鑑定結果を紙に書いてお渡しする方法ですぅ。こちらですと、お渡しした紙をご自身で確認して頂く形になっていますぅ」
「もう一つは?」
「はい~。もう一つは、——御紙ってご存知ですかぁ?」
「あ、はい。ついさっき使いました」
「あ~、そうなんですかぁ。もしかして、冒険者ギルド、ですかぁ?」
「はい、そうです。良くお分かりになりましたね?」
「はい~。うちの教会のお抱え紙職人を、ギルムさんに紹介しましたからぁ」
「あ、そうなんですか」
「はい~。では、御紙を使った時の体の負担についても、説明を受けましたよねぇ?」
「はい。あまり御紙の量が多いと、頭の負担が大きすぎて、最悪死んでしまうとか」
「そうなんですよぉ。だからあまり、こちらとしてはお薦めしていないんですよねぇ」
壁の向こうのシスターさんが、今度は胸の前で腕を組んで、首を傾けている姿が分かる。
「で、どちらになさいますかぁ?」
「う~ん」
僕も腕を組んで悩んでしまう。
たしかに御紙は便利だ。だけど、あの頭の中に何かがギュッと押し込まれる感覚を、もう一度味わいたいかって言うとなぁ……。
「——そうですね。普通に紙でお願いします」
「はい~。分かりましたぁ♪」
壁の奥から、心なしか嬉しそうな声で、承知した事を伝えてくれた。
「では、今から書きますので、少しお待ちくださいねぇ」
「はい。お願いします」
そして、また薄暗闇の部屋の中をキョロキョロと見回すが、特に変わったところも無い。壁の奥では僕のスキルを書いてくれているのだろう。筆を紙に走らせる音が聞こえる。それと同時に、可愛らしい鼻歌らしき音も。その鼻歌は耳に優しく入ってくる。何だろう、何処かの歌なのかな。
その鼻歌に身を委ねていると、
「お待たせしましたぁ」
と、壁の隙間から、一枚の紙が差し出されてきた。
「あ、有り難う御座います!」
紙を受け取り確認する。紙には、黒い文字で何やら書かれているが、全く読めない。上下逆にしても、裏返しにしても読めなかった。一体何が書かれているんだろう?
僕のその様子を察してくれた壁の奥のシスターさんが、
「それはですねぇ。【ルーン】という神語で書かれているんですよぉ。ルーンは、昔は魔法を使う際にも使われていたらしいのですが、廃れてしまって今の詠唱に変わっていったみたいですぅ」
「……へぇ、ルーンって言うんですか。初めて見ましたよ」
「そうですよねぇ。今は殆ど使われていないみたいですからぁ。たまに教会の儀式で使われる事があるんですよぉ」
「へぇ~」
説明を受けて、マジマジと見る。だけどやはりなんて書いてあるのかはサッパリ分からない
「実は私もあまり解らないんですよぉ? ただ、鑑定の際に浮かび上がったルーンを書き写しているだけなんですぅ」
「そうなんですか?」
「はい~。だから、レベルアップ時に得たスキル等の情報は、本人にしか分からないので、安心してくださいねぇ」
個人情報保護ですよぉ、と聞き慣れない言葉を口にする壁の奥の女性。
「分かりました。ところで、この紙は結局どうやって読めば良いんですか?」
「はい~。その紙を丸めてですねぇ、飲み込むんですよぉ?」
「えっ!? 飲み込むんですかっ!?」
手に持った紙をまじまじと見つめる。この紙を飲み込むってかなりきつそうだ。
紙を見ながら、悩んでいると、
「あれぇ? そこは突っ込んでもらわないとぉ。そんな訳無いでしょ!ってぇ」
「えっ、突っ込む、ですか?」
「あれぇ? おかしいなぁ……。このネタは教会上層部には大ウケだったんだけどなぁ……」
壁の向こうで、首を傾げているであろうシスターさん。
「……そういうのはほんと、止めてくださいね? 危うく信じてしまう所でしたよ」
「そうですかぁ? 面白良かれと思ったんですけどねぇ……」
壁の向こうで、落ち込んでいる雰囲気が伝わってくる。
「それで、本当はどうするんですか?」
落ち込んでいる所で悪いと思いつつ、早めにスキルを把握したい僕は問い掛けた。
「うぅ~、怒っていないですかぁ?」
「いえ、怒っていませんよ。僕の事を思っての事なんですよね? ならば、怒るのも違う様な……」
僕の問い掛けに対する答えでは無かったけれど、素直に答える。すると、
「わぁ~。お優しいんですねぇ。有難うございますぅ。それで、そのルーンの読み方でしたっけぇ?」
「はい。どうするんですか?」
「はい~。 まずは目を閉じてぇ——」
「はい……」
「紙を額に当てますぅ——」
「……はい、当てました」
「そしたら、念じて見てください~」
「念じる、ですか……」
何を念じれば良いのか分からなかったので、取り合えずは(読める様になれ~)と、念じてみた。
「念じましたかぁ?」
「……はい」
「そうしたら、目を開けてみてください~」
「はい……。うわっ!?」
目を開けると、驚いてしまった。
紙に書かれていたルーンが浮かび上がって見える。それもノイエ王国語となって——。
「こ、これって一体……!?」
「うふふ~。驚きましたぁ? これはルーンの特性でもあるんですよぉ?」
「ルーンの特性、ですか?」
「はい~。さきほども言いましたけどぉ、ルーンって昔は魔法に使われていたんですぅ。それこそ色んな魔法に~」
「色んな魔法……」
「そうです~。と、いう事は、大きな魔法……。それこそ、今は失われてしまった秘魔法にも使われていたんですよぉ」
「秘魔法、ですか?」
聞いた事の無い言葉だった。少なくても学校では教わっていない言葉だ。
「はい~。今ではその仕組みすらも失われてしまった秘魔法。言い伝えによると、それ一つで国が栄え、そして滅びると云われていますぅ」
「……すごいですね、それは……」
「はい~。凄いんですよぉ。でぇ、その秘魔法を使うのには、とても大きな魔法陣が必要だったと言われていますぅ」
「魔法陣、ですか……」
僕たちの使う魔法。その魔法は自分の体の中にある、己の魔力を使用して使うものが大半だ。
でも、個人で使う魔法とは違い、もっと大きな魔法。それこそ、例えば天気を操ってしまう様な大魔法は、大量の魔力が必要である為、魔法陣を使用してその場にある草や木、それこそ空気中にある、微かな魔力を強制的に集める事があると、学校の先生が授業で言っていた。
(その魔法陣が一体……?)
「分かりませんかぁ? 魔法陣、イメージしてみてください~」
「魔法陣を、ですか?」
僕の知っている魔法陣は、教科書に載っていた絵での解説で描かれていた魔法陣だ。
(僕には理解出来ない幾何学模様で描かれた……。描く……? あっ!?)
「ルーンで、描く……?」
「はい~! 正解ですぅ♪」
パチパチと、壁の向こうから拍手が聞こえた。
「そうですぅ。その浮かび上がるルーンを魔法陣に利用したみたいなんですよぉ」
昔の人は、良く考えましたよねぇ……と、半ば呆れる様な口調でそう口にした。
「そういった訳でぇ、浮かび上がっているルーンを読みたくなったら、さきほどと同じ様に念じてみてくださいねぇ」
そう言うと、壁の向こうのシスターさんは、「他に何かありますかぁ?」と聞いてきてくれた。
「……いえ、大丈夫です……」
僕の周りを回る様に浮かび上がった文字に心奪われてしまい、返事も御座なりになってしまった。しかし、その僕の態度を気にした様子も無かった様で、
「そうですかぁ。分かりましたぁ。またのお越しをお待ちしてますよぉ」
壁の奥の女性は最後までほんわかとした話し方で、僕を送り出してくれた。
「はい、有難う御座いました!」
お礼と共に、壁の向こうに向けて頭を下げると、勢い良く席を立つ。
(よし、さっそくスキルを確認だ!)
待ちに待った瞬間がすぐそこまで迫っている。その事に僕は興奮して、閉めなくても良いのに、部屋のドアを勢い良く閉めてしまった。
「うわっ!?」
あまりに大きな音が立ってしまい、ビックリしてしまった。
(不味いっ、中のシスターさんもビックリしているかもっ!)
再び部屋のドアを開けて、中に入る。
「す、済みませんっ。勢い良く閉めすぎました!」
大きな音を立ててしまった事を、壁の奥のシスターさんに謝ると、クスクスという笑い声の後に、ほんわかした声で、
「落ち着きたい時はぁ、深呼吸してくださいねぇ?」
と言われてしまった。