レベルアップ
一通りサラと喜びのダンスをしたあと、アカリに「いい加減にしなさい」と怒られた僕。そこに、
「お兄、早く昇華の珠に触ろうよっ!お兄はきっと、凄くレベルが上がっているよっ!」
僕の事なのに、僕以上に興奮してくれるサラ。僕の服をグイグイと引っ張り、袖廊の突き当り、丸屋根の下の空間の奥に置かれている、昇華の珠を指差す。
「わ、分かったから、引っ張らないでくれよっ」
「ちょっと、走っちゃダメよ?!」
学校の先生の様な事を言いながら、後ろから着いてくるアカリ。その口調とは裏腹に、早足になっているのは、僕たちに追い付きたいだけなのか。それとも常に強くあれと願う、侍の心構えの表れなのか。
そうやって、昇華の珠の元に着いた僕たち。三つある台の前にそれぞれに並ぶ。三つ全てを独占してしまったけれど、他に人が居ないから大丈夫かな。
自然と真ん中の台に僕、左の台にサラ、右の台にアカリがそれぞれ並ぶ。
「さて、それじゃあ、誰からいく?」
僕が左右を見て言うと、
「じゃあ、私からいくね。何かいかやった事あるし」
「そうだな。ちなみにサラの今のジョブレベルは幾つなんだ?」
「今? 確か、12だったかなぁ?」
「12!? 凄いな! 【一人前】じゃあないか!?」
「凄いっ? えへへっ」
サラが照れた様に笑う。確かサラの様な上位ジョブはレベルを上げるのすら大変だと、同じく上位ジョブであるエマさんが言っていた。その上位ジョブで、一人前までジョブレベルまで上がっているなんて、サラの才能なのか、本人の頑張りなのか。
「じゃあ、いっくよ~!」
僕に褒められた事で、機嫌が良くなったサラが、ほとんど躊躇いも無く昇華の珠に触れ目を閉じ、魔力を通す。すると、最初は半透明だったのが、徐々に白く光り始める。
それと同時にサラの周りに魔力が渦巻き始め、サラの濃い茶色の髪を、着ていた服がバタバタと煽られていく。すると、
「——ぅあ……」
体をビクンと揺らし、か細く息を吐いたサラ。
「サラ、大丈夫か?」 その場で崩れ落ちそうになるサラを心配して近寄るも、
「……大丈、夫。……ぅん」
手でそれを制すサラ。顔を上気させながら、未だビクンと震える体を抱く。が、それもどうやら落ち着いた様で、
「……ふぅ、もう大丈夫、かな。落ち着いた、よ」
目を開け、ふぅと肩を落として力を抜くサラ。
「終わったよ~」
笑いながら僕を見るサラに、
「お疲れ様。で、どうなんだ?」
「どうって?」
「いや、その、感覚とか、さ」
まるで、学校で定期的に行われる、種痘の時の子供の様だと思いながら、さらに尋ねてみる。
「感覚、かぁ。……こう、ブワってなって、気持ち良くなって、くすぐったい感じ?」
と、人差し指を口に当てて首を傾げながら、そう口にするサラ。なんかそれ、前も聞いた様な……。
「そうじゃなくて、レベルアップした後の事だよ。やっぱり何か変わる感じか?」
レベルアップした事の無い僕は、無意識に怖がっているのかも知れない。レベルアップした事で、それまでの自分が自分じゃ無くなってしまう様に思えてしまうから。
だけど、
「う~ん、変わった、かな? どう?」
「いや、それを僕は聞いているんだけど」
呆れる様にサラを見る。だけど、それで判った。何も変わらないサラを見て。そして、安心した。
「ん?」
知らず笑っていたのか、僕の顔を見て、サラがキョトンとしていた。それがとても可愛く見えて、僕はそっと、サラの頭を撫でる。
「ぷっ、ふふふっ」
それを見ていたアカリが、思わずといった感じで噴き出す。
「ほんと、あなた達を見ていると飽きないわね」
「ちょっとアカリさん、それってどういう——」
「仲がとても良くて羨ましいわって意味よ、サラちゃん。なんだか私も急に姉様に会いたくなってきちゃったわ……」
そう言って、少しだけ俯く。が、それも束の間、顔を上げると笑う。
「さて、じゃあ、次は私がいっても良いかしら?」
言って、昇華の珠が置かれている台に近付き、そっと昇華の珠に触れる。
「アカリ、魔力の方は大丈夫か?」
「——えぇ、問題無いわ。馬車の中である程度までは掴んだから」
そして目を瞑り、魔力を通していく。少し前までの僕よりもずっと滑らかに。
アカリはこの世界に来てゴンガと戦う時に、初めてこの世界の魔力に触れた。その時はまだ不慣れな魔力の感覚に戸惑っていたのだけど、それが嫌で陰ながら特訓していた様だ。もしかすると、刀の手入れと同時にしていたのかも。
その特訓の成果なのか見ていても分かる位、滑らかにスッと昇華の珠に魔力が通っていく。それと同時にサラの時と同じ様に昇華の珠が白く光り、アカリの周囲に魔力の渦を生み出す。
アカリの長い黒髪が魔力の渦に弄ばれるようにたなびく。
「……ふぁ……あ」
すると、アカリもビクンと体を揺らし、喘ぐ。思わずといった感じで、昇華の珠から手を離す。
「……ぅん……あ」
サラの時とは違い、体の震え方が大きい。まだ、魔力に慣れきっていないせいなのか、それともレベルアップの変動が大きいのか。
「……くぅ……うあっ」
耳まで真っ赤に染まった顔が、苦悦に歪む。ビクンと揺れる体を必死に抑える様に、両腕で自分の体をしっかりと抱く。
そうして、明らかにサラよりも長く、渦巻く魔力に身を委ね喘ぐアカリ。段々と魔力の渦が収まってくると、アカリは膝を突く。
「アカリっ?」
「だ、大丈夫よ。初めてだったから、その、ちょっと驚いちゃっただけ……」
はぁはぁと荒い息を吐きながら、何とか立ち上がる。そして今度は、自分の体を確認する様に一度ギュッと抱くと、目の前に手を持ってきて、二度三度と握っていた。
「凄い、明らかに違う。これがレベルアップ……」
最後にギュッと強く手を握ると、嬉しそうに笑って僕を見る。
「凄いわよ、ユウ! あなたも早くレベルアップしてみなさい!」
「う、うん」
思わぬアカリの迫力に、思わずたじろいでしまった。