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イサーク大教会

 

 騒動のあと、再び教会に向かった僕たち。今度は急ぐ事なく、3人一緒に。


「それにしても、アカリは良く気付いたよな? さっきの詐欺」


 隣を歩くアカリに聞いて見ると、


「簡単よ。もし本当に、その伯爵とかいう偉い人が欲した花瓶を割ってしまったとしたら、人はもっと動揺するもの。なのに、あの男は動揺する所か、すぐにユウのせいにした。その時点で、すでに怪しいって自分で言っている様なものだわ。それに、恥ずかしい話だけど、日乃出の城下でも、同じ様な詐欺行為が有った事もあったしね」

「そうなのか」


 そんな話をしながら、石造りの高い建物の角を曲がると、急に視界が広がった。


「うわぁ~」「大きな教会~!」「これがこの世界の神殿なのね」


 僕たちの目の前に、濃くなったオレンジの光を全体に受けた、荘厳な建物が姿を見せた。


 ——イサーク大教会——

 東西南北にあるそれぞれの統治都市。そこに在る教会は大教会と呼ばれ、東西南北それぞれの地方の教会を統べる存在である。

 そして、四つある大教会を統括するのが王都にある大聖堂だと、教科書に書いてあった。……教科書、便利だな……。


 あと、一時間もしない内に日が暮れそうな時間なのに、大教会前の大広場には、旅行客らしき人が大教会を眺めていたり、地方や他国から訪れた人が礼拝に赴いたり、地元の人が大教会の絵を書いていたりと、多くの人が思い思いの時間を過ごしていた。


「これがイサークの大教会かぁ」


 教科書にはその姿が絵に描かれていたが、間近で見ると石造りの重厚な雰囲気が凄く伝わってくる。

 大教会の正面には金属製の大きな両開き扉が、礼拝に来た人たちを飲み込んでいく。


 左右は対照的な丸屋根になっており、教会正面には一際大きな丸屋根と尖塔が建っている。その先端に星と月の文様を合わせた、教会の紋章が見下ろすように飾られていた。


 外観には、光受けの窓以外無駄な装飾が施されていない。その事が、逆に見る者に侵しがたい何かを与えている。


 するとちょうど、


 ——ガランゴロ~ン——


 教会正面の尖塔から、時間を告げる大鐘の音が響いていく。どうやら、尖塔は鐘楼も兼ねている様だ。鳴らされた鐘の音が、夕方の5時に示す。


 5時の鐘の音を聴いて、広場に居た人たちが帰り支度を始めるなか、僕たちは大教会の中に入る為、正面にある扉口に向かう。教会内部は武器の携帯が禁止されているらしく、扉口の手前に預け場所が設置されていた。アカリの刀も例外では無く、預け場所に預かってもらい、大教会に出る際に渡すと返してもらえる、返却札を貰っていた。刀を預ける時、アカリの寂しそうな顔を見た時は胸が痛んだが、決まりと言われれば仕方が無いと、本人も納得していた。

 大教会の無装飾な外観とは違い、金属製の両開きの扉には、天使や人間、動物などが様々に彫刻されており、イサークの大教会に訪れた人々の目を楽しませているのだろう。僕も「へぇ~……」とまるで観光にでも来たかの様に、眺めていた。


 扉口を潜ると、金や銀の装飾が施されているとても大きな赤い絨毯が中央に敷かれた大きな玄関ホールには、シスターや神父さん達や、拝礼に訪れた人たちが、奥のチャペルに続く、同じく綺麗に装飾の施された絨毯の敷かれている拝廊を歩いていく。

 せっかく大教会に来たのだから拝礼したいけど、今回はレベルアップしに来たので、拝礼はまた後日する事として、レベルアップする為にはどこに行かなきゃ行けないのかな?とキョロキョロしていると、


「どうなさいました? 」


 綺麗な金髪の眼鏡を掛けた、一人の青年神官が僕たちに声を掛けてきた。


「あのっ、僕たち冒険者なんですけど、レベルアップ、昇華の珠に触れたくてきたのですが」


 ニコニコと笑みを浮かべている、その青年神官さんに用件を伝えると、


「なるほど、冒険者の方達でしたか。レベルアップですね? それではこちらに……」


 どうぞ、と玄関ホールから右手の緑色の絨毯の敷かれている袖廊を手で指し示しながら、僕たちを先導していく。


 袖廊の壁には、照明の魔道具が等間隔に設置されていて、廊下を適度に照らしている。その中を案内されるまま、青年神官さんの後に続き、緑の絨毯の上を歩いていくと、


「皆さんはまだお若いですが、冒険者になってからどのくらいですか?」


 と、青年神官さんは質問してきた。


「まだ、冒険者になったばかりなんです。今日、イサークの街に着いて、登録したばかりで」

「そうなんですか? 昇華の珠に触れたいとの事でしたので、すでにかなりの経験をお積みなのかと……。あ、これは失礼な事を」

「い、いえいえ。そう思われても仕方ないですし」


 ニコニコしていた顔が一変、とても申し訳なさそうな顔になった青年神官さんに、僕も手を振って、気にしていない事を強調する。


 そうこうしているうちに、袖廊の行き止まりが見えてきた。ここはちょうど外から見て、左右にあった丸屋根の部分に当たる場所だろう。天井には大きな魔道具の照明が付いている。その照明から発せられる、少しオレンジ掛かった光に照らされた、その丸屋根の下の部分は広い空間になっていて、丸屋根に沿った壁には、教会の紋章が金銀の刺繍で描かれた大きな赤い布は垂れ下がっており、教会の威厳の様なものが感じられた。床面にも、円形の形をした同じ色と紋章の描かれた絨毯が、敷かれている。

 その丸屋根の空間の一番奥に、一メートル程の高さの台座の上、臙脂(えんじ)色の柔らかそうなマットの上に昇華の珠と思しき、淡く白掛かった、半透明の球体が置かれていた。大きさは魔力感知の水晶玉よりも少しだけ大きい。

 すると、青年神官さんは部屋の手前で立ち止まると振り返り、


「お待たせしました。こちらが昇華の部屋になっております。あそこに見えるのが昇華の珠がございますので、珠に触れ、魔力を通して頂ければ無事にレベルアップ出来ます」


 何か質問はございますか?と、青年神官さんはニコニコした顔で聞いてきたが、レベルアップ自体初めてなので、分からないことが分からない。取り敢えずはやってみよう。


 僕たちの沈黙を質問無いと捉えたのか、青年神官さんは「無いようですね」と確認した後に、懐から小さな白い壺を取り出した。

 レベルアップの手数料を入れる壺だ。


 教会の運営は、参拝者によるお布施と、レベルアップの手数料、そして聖水の販売などを主な収入源としていると、村の神父さんは教えてくれた。だけど、アイダ村には参拝者なんかほとんど来ないから、お布施なんて全くないし、冒険者も居ないから、聖水の販売もしていない。なので、他の村の住人と同じ様に、ほぼ自給自足の生活をしていたけれど。


 それはさておき、


(レベルアップの手数料って幾ら払えばいいんだろう?)


 レベルアップしに来たのは初めてだから、手数料が幾らだか全く分からない。ここはひとつ、隣に居る、レベルアップの経験が有るサラに聞いてみる事にした。


「サラ」

「なぁに、お兄?」


 小声での呼び掛けに、小声で返してくれるサラ。


「レベルアップの手数料って幾らだ?」


 レベルアップした事があれば、こんな事を可愛い妹に聞かずに済んだというのに、情けないばかりである。しかし、背に腹は変えられない。もし、手数料に大きな差があれば、未だにニコニコとしている青年神官さんの顔が怒りに変わってしまうかもしれないし、何より大恥をかいてしまうだろう。


 なので、恥を忍んでサラに聞いてみたのだが、


「ーーうーん、分からないよ。お金なんて払った事無かったし」


 指を唇に当て、コクリと首を傾けながら、サラは答えてくれた。


「え!?だって、レベルアップには手数料が掛かるんじゃ無いのか?!」

「そうなの? 一回もお金を払った事なんて無かったけど……。あ!?」


 小さい声で、器用に驚くサラ。


「ど、どうした?!」

「思い出したの!たしか神父さんは、後で村長さんに貰うとかなんとか言ってた気がする!」

「村長が!?」


 なぜ、そこで村長の名前が出てくるのだろうか?もしかすると、サラのスペルマスターという、ジョブと何か関係しているのか?


「うん!確かに神父さんはそう言ってたよ、お兄!」

「そ、そうか……」


 サラのレベルアップに村長が関係しているのかどうかは分からない。きっと母さんに聞けば教えてくれるだろう。それよりも、今は手数料の額だ。


(どうしよう!? サラが知らなきゃ、全く分からないぞ!?)


 そんな時、


「コホンっ」


 聞こえた咳払い。見ると、青年神官さんが、相変わらずニコニコと笑いながら、


「手数料に決まりは有りませんよ。皆さんのお気持ちで結構です」


 と、一番難しい答えをくれた。

 きっと、僕とサラの小声でのやりとりも聞こえていたんだろう。スゴく恥ずかしい。だが、僕はこの三人の代表なのだ。いつまでも恥ずかしがっている場合では無い。気を取り直して、青年神官さんに確認する。


「気持ち、ですか?」

「はい、気持ちです」


 変わらないニコニコ顔で返答する。

 気持ちと言われて、「じゃあ1リルで」と、言おうかなと思ったけれど、そんな度胸は持っていない。だからといって多く払えば、ただでさえ限られたお金の中で、王都まで行って帰ってこなくちゃ行けないし。さて、どうする!?


 取り敢えず、上着のポケットから、お金の入っている巾着を取り出す。全財産は入っていない。村を出る時にエマさんがお金は分けておいた方が良いと教えてくれたからだ。なので、この巾着には1万リルしか入っていない。残りは別の巾着に入れて、幌馬車の荷物の陰に隠してある。


 巾着の紐を緩めて中を覗く。色々な金属で出来た硬貨が入っている。

 このノイエ王国の硬貨は、すべて金属で出来ており、価値に寄って使われている金属や大きさが違う。

 一番下の1リルでは雑鉄貨、10リルは鉄貨、100リルは銅貨、1000リルは銀貨、1万リルは小金貨である。その上の硬貨もあるけど、教科書には載っていなかった。まぁ、別に使う機会なんて一生無いから別にいいのだけど。


「ど、どの硬貨にしようか……」


 頬を冷たい汗が流れていく。たかが手数料を払うだけなのに、こんなにも緊張するなんて。こんなにも試されるなんてっ!


(ええい、これで良いや!)


 巾着の中にエイヤッと手を入れて、引き抜く。その手に赤褐色の銅貨を握って。


 チャリ~ン


 そして、そのまま、青年神官さんの持っている白い壺の中に落とした。


(ど、どうかな!?)


 恐る恐るといった感じで、青年神官さんの顔色を窺うと……、


 ニコッ。


(おおっ!!)


「確かに手数料、頂きました。それでは皆さん、各部屋にお入りになられて、昇華の珠に魔力をお通しください」


 説明を終えると、「それでは」とペコリとお辞儀をして、元居た玄関ホールに戻っていった。


「——や、や、やった~!」

「お兄、良かったねぇ!」


 青年神官さんの姿が見えなくなるのを待って、僕は喜びの声を上げる。良かったねと共に喜んでくれたサラと、手を取り合ってその場で回転しながら、難しい問題を無事に乗り越えた事に、安堵した。


「……あなた達って、ほんとに……」


 一人、アカリだけがそれを呆れた目で眺めていた。


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