返り討ち
「ぐわっ!?」
大男が呻き、蹴られた足を擦る。
「何しやがるっ!?」
「それはこっちの台詞よ!? 許可無く私に触るなんて!」
アカリはばっと後ろに飛び、大男から距離を取る。そして、
「サラちゃんっ!」
後ろに離れていたサラに声を掛け、
「あの二人、懲らしめましょう!」
「——はいっ!」
アカリに促され、やる気になったサラが大きく返事を返す。そのサラの返事を受けて、大きく頷くと、僕たち三人の中で、唯一武器を持っていたアカリが、愛刀の〔姫霞〕を鞘から抜き放とうとする。だが、
「止めろ、アカリ! 街の中では許可が無ければ、原則武器の使用は認められていないんだ!」
アカリに忠告する。僕の忠告を聞いて、刀を抜くのを止めた。
このノイエ王国では、国の法令によって街や村等、人が多く暮らす場所での、武器や攻撃魔法等を使用しての争いは、法令違反となり罰せられる。それは、武器を使用する職業の冒険者であってもだ。唯一、魔物や害獣の討伐や駆除や盗賊相手には認められている。あとは街の治安を守る衛兵の人だけ。
刀を抜くのを止めた事で、躊躇ったと判断したのか、大男はアカリを見て、
「へへへっ、何でぇ、姉ちゃん。腰のモンが無くちゃ、何も出来ねぇとか言わねぇよなぁ?」
と、アカリを軽く挑発しながら、自分の後ろに居る、最初に花瓶を持っていた、当たり屋の男に対して、
「おい! 俺はあの姉ちゃんをやる! お前はあっちの嬢ちゃんと遊んでやんなぁ」
「は、はい!ですが、あの野郎はどうしましょう?」
僕を指差して喚く、当たり屋の男。それに対して、
「そんなもやし小僧なんて、放っておけ! どうせ大した事なんて出来ねぇさ!」
そう指示を出す大男。確かに僕は大した事は出来ないんだけど、他人にそうハッキリ言われると、流石に少し腹が立つ。
「それより今は目の前の女だ! 良いか!? 決して傷モンにすんじゃあねぇぞ?!」
「は、はい!」
そして、大男はアカリと、当たり屋の男はサラと対峙し——、
「〈ファイヤ〉!!」
「はあっ!?!?」
ゴワッ!
「うぎゃあ!? あちちぃっ!?」
サラと対峙する前に、当たり屋の男のズボンが突如燃え出す。サラが火を生み出し、飛ばしたのだ。
サラが放った火にズボンを燃やされ、慌てふためきながら、
「き、汚ェぞ!? 〈ファイアボール〉なんて!」
「そんな訳無いでしょ! 私だって学校の授業で、街の中で魔法を使ったら、捕まっちゃうって教わったんだからっ」
言って、男に向けていた手を下ろすと、腰に手を当てて、
「私は使ったのは、ただの〈ファイア〉だもん。生活魔法なら、街の中で使っても捕まらないって教わったんだからっ!」
エッヘンと、薄い胸を張るサラ。
サラの言う様に、街の中でも使える魔法は有る。回復魔法や補助魔法。そして、生活魔法だ。特に生活魔法は生活する中で、使用頻度の多い魔法。生活に必要な魔法までは禁止されてはいなかった。
「う、嘘つけぇ! こんな〈ファイア〉が有るかよぉ!?」
涙目になりながら、必死にズボンに点いた火を叩いて消す当たり屋の男。だが無情にも、ズボンはすでに半分以上燃えていて、下に履いている下着まで見えていた。
すでに、当たり屋の男の戦意は喪失している。
一方、刀を使えないアカリはというと、
「チィ!? すばっしこいなっ!」
大男が捕まえようとするが、軽快に動き、それを躱していくアカリ。
「だが、いつまでも逃げられるとおもうな、よっ!」
突然、大男は立ち止まると、腕を横に大きく広げクルクルと回り出す。そして、独楽の様に周りながら、アカリに近付いていく。
「ははあ! これなら逃げられねぇだろぉ!?」
そのままアカリに迫っていく大男の腕が、厳しい顔つきで睨むアカリに当たる直前——、
「ハァアっ!!」
アカリが、気合いの篭った声を上げ大きく跳びあがると、大男の上空で一回転し、独楽の中心、大男の頭頂部に逆立ちした形で、両手を着く。そして勢いそのまま、自分の膝を大男の頭頂部に叩き落とす!
ゴヅゥン!
「ごわぁっ!?」
骨と骨がぶつかったとは思えない音が周囲に響く。
大男の頭頂部から、アカリが腕を折り曲げたかと思うと一気に伸ばし、そのまま腕の力だけで跳ね上がり、大男から距離を取る。
「このぉ! ちょこまかとぉ!」
アカリの攻撃が効いていないのか、大男は回転そのままにアカリに迫っていく。対してアカリは、その場を動こうとせず、回転する大男を見つめるだけだ。
「アカリっ!?」
「貰ったぁ!」
そして、広げた腕の先にアカリを捕らえたと思った瞬間、
「あぐっ!?」
大男が、そう唸ると、だんだん回転が遅くなっていき、そして、
「——ぐぅ!?」
ズズゥン!
回転が完全に止まると、男はグルんと白目を剥いて、その場で倒れた。やはりさっきのアカリの頭頂部の攻撃が効いていた様だった。
「~~~~~~っ!!」
瞬間、周囲の野次馬から、一斉に歓声が上がった! 気付けば多くの野次馬が見ていた様だ。
「あ、兄貴っ!?」
ほとんどズボンが焼け落ちていた当たり屋の男が、倒れた大男に駆け寄る。そして、頬を軽くたたくが、完全に意識を失っているのか、全く反応が無い。仕方なく、動けない大男を引き摺っていきながら、
「ち、畜生! 覚えていやがれっ!」
捨て台詞を吐いて、この場から去っていった。
「や、やった……」
安心感からなのか、ペタンと座り込んでしまった僕。サラとアカリを見ると、野次馬から喝采を受けていた。
「良いぞ、嬢ちゃんたち!」「あぁ!スッキリしたぞぉ!!」「うちに嫁に来い、嬢ちゃん!」
中には変なのが混じっていたが、博された喝采に応える二人。
「女性をそんな目でしか見られない男には当然の報いよ! ね、サラちゃん?」
「はい、そうです。私をそんな目で見て良いのはお兄だけなんですから!」
「おいおい」
この二人には敵わないなぁと、苦笑いを浮かべた。