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当たり屋

 頭が真っ白になった。50万リルなんて大金、聞いた事も無い。


「そ、そんなお金持ってないですよっ!?」


 僕は目の前に立っている男の足にしがみ付くと、


「2万……、いえ、2万2千リルになりませんかっ!? それなら払えるんですよ! お、お願いします!!」


 だけど、男は足にしがみ付いた僕を蹴飛ばすと、


「馬鹿な事を言ってんじゃねぇ! どこのどいつが、50万を2万2千にするんだよっ!」


 と、怒鳴る。だが、僕も負けていられない。再び足にしがみ付く。


「そ、そこをなんとか!」

「うるせぇ!無理なモンは無理だ!!」

「お兄……」


 必死に男の足にしがみ付き、交渉する僕の側にそっと寄ってくるサラ。見ると、周辺にはこの騒ぎで人が集まってきていた。とても恥ずかしい。


「おやおやおや~?」


 そんな中、足にしがみ付いている僕の頭を踏みつけながら、男がサラに目を向ける。


「良く見ると、かなり可愛い顔してるな、嬢ちゃん。こりゃあ、将来良い女になるぜ」


 そう言うと、僕の頭から足を下ろし、サラに近寄っていく。未だに足にしがみ付いている僕を引き摺りながら。


「い、妹は関係無いじゃないですか!お金、お金なら後で払いますから」

「うるせぇ! 兄ちゃんみてぇな若造に、50万リルなんて作れる訳ねぇだろうがよっ! おい嬢ちゃんよぉ。お前の兄ちゃんを救いてぇだろ?」


 持っている花瓶の扱いもそこそこに、さらに近付いていく男。


「50万リルの替わりによぅ? 嬢ちゃんでも良いぜぇ? どうだい?」

「何を言っているんですか!? 僕が割った花瓶なら、僕が責任取りますよ! 奴隷でも重労働でもなんでもして50万リル稼ぎますから、妹には近付かないでください!」

「お、お兄……」

「野郎の奴隷なんて要らねぇよ! 今すぐ50万リル用意出来なきゃ、この嬢ちゃんを連れて行くぜ!」

「そ、そんな……」

「兄ちゃん、お前は何か勘違いしてねぇか? この花瓶が割られて、一番困ってるのは誰だ?俺か?」


 男は、サラに近付くのを止め立ち止まると、足元に居る僕を見下ろす。


「そ、それは……」

「そうだ。困るのは伯爵様だ。ならば、詫びるのは伯爵様にって事になる。だがな、相手は伯爵様だ。この街を治めている、な。この街の住民が困る事はしたくねぇって、お考えをお持ちになっている。そんな伯爵様が、まだ若い兄ちゃんが死ぬまで奴隷として、採石場辺りで重労働なんて、ご希望する訳がねぇ」

「……」

「ならばどうするか。簡単だ。その嬢ちゃんが伯爵様の所で働けば良い。伯爵様の所なら給金も期待出来るし、その兄ちゃんが返すよりもよっぽど早い。それに伯爵様のご寵愛を受ければ……」

「ひっ!?」


 サラが短い悲鳴を上げる。


「だからよぉ? 嬢ちゃんが俺と一緒に伯爵様の所に行くのが良いんだよっ!」

「きゃあ!?」


 下卑た顔を顔に浮かべ、身を竦めていたサラの腕を掴もうと手を伸ばす男。そんなの許す訳にはいかない。急いで立ち上がり、男の伸ばした手を掴もうとした。——だが、


「いい加減にしなさい、外道」


 男とサラの間に、黒髪の少女が割って入った。アカリだ。


「な、何でぇ。姉ちゃんは!?」

「アカリさん!?」


 動揺する男と、アカリの助け船に(すが)るサラ。アカリは、サラを自分の後ろに隠すと、男に詰め寄っていく。そしてチラリと、男が雑に抱えている花瓶に目をやると、


「詰まらない事をしているのね」


 そう冷たく言い放ち、男を睨む。そのアカリの無言の迫力に少し怖気づいたのか、男は少しだけ後退ると、


「な、何だ!? 一体何が言いたい!?」

「あなた、当たり屋、でしょ?」

「……当たり屋?」


 僕が疑問を返す。


「当たり屋っていうのはね、ユウ。自分から何かに、——この場合はユウに——ぶつかって、自分の持ち物が壊れたと騒ぎ立てて、高額な賠償を吹っ掛ける詐欺の事よ」

「……詐欺だって……?」

「な、何言ってやがるっ!? 証拠でもあんのかよっ、えぇ!?」


 焦った様な声を上げ、アカリに訴える。

 それを聞いたアカリが、とても意地の悪い笑い顔を浮かべた。あれは、以前見た事のある顔だ。


「なら、あなたの手に持っているその花瓶、見せてくれるかしら?」

「っ!? そ、それは!」

「良いから見せなさいよ。証拠を見せるって言ってるのよ? なら、その花瓶を渡してくれても問題無いでしょう?」


 アカリの笑みがさらに深まる。なのに、目は笑っていない。こ、怖い……。


「あくまでも渡さないっていうのなら、証拠は見せられないわねぇ。ならば、その花瓶が本当にユウが壊したか、それすらも怪しいものだわ」

「う、うぅ? そんな訳あるかっ! あの兄ちゃんがぶつかってこなきゃ、この花瓶は割れなかったんだよっ!」

「なら、そちらも証拠を見せなさいよ? ユウが壊したっていう証拠を、ね」

「そ、それは……」


 まさに形勢逆転だ。周りに居た野次馬も、「良いぞ、姉ちゃん!」等と囃し立てている。

 このままなら、何とか穏便に事が済ませそうな雰囲気。だけど、


「おい、どうした?」

「兄貴っ!?」


 男が飛び出してきた所からヌッと、禿頭の大男が現れる。かなり背の高い男で、サラなら二人分あるかもしれない。それでいてガッシリとした体格の為、まるで大きな岩の様だ。

 アカリに押され気味だった男は、助かったという顔でアカリから離れ、兄貴と呼ばれた大男に縋り付く。


「あいつら、伯爵様に御納めする大事な花瓶を割っちまったくせに、弁償すらしないで難癖を付けてくるんですよっ!」

「……ほぉう?」


 大男が、男の持っていた花瓶をひったくると、ズシズシとアカリに向かって行き、目の前に立つ。かなりの体格差だ。


「姉ちゃん、お前さんか? いちゃもんを付けているのは?」

「いちゃもんなんかでは無いわ。私は、ユウがその花瓶を割ったのであればその証拠を見せなさいって言っているのよ?」

「証拠、ねぇ? 姉ちゃんはこの花瓶が割れているのを見たのかい?」

 そう言って、乱暴に掛けられていた布を捲り上げ、花瓶を取り出す。やはり口の部分が大きく割れ欠けていた。


「えぇ。さっきも見たし、今も見えているわ。それが?」

「姉ちゃんはどうやって、そこの兄ちゃんがやっていないって証明しようとしたんだぃ?」

「……そんなの言う必要無いでしょう?」

「良いからよぉ? 行って見な?」


 大男が言い詰める。すると、あかりは少しだけ考えた後、


「——良いわ、教えてあげる。もし、あの男の言う様にユウとぶつかった際にその花瓶が割れたのだとしたら、その花瓶を覆っていた布か、花瓶の中にその破片が有るはず。だからその破片を調べて、割れた部分とぴったり合うか確認したかったのよ」

「ほほう……。そういう事か。——それなら、よ?」


 アカリの言葉に、意外な事に納得した大男が、花瓶をアカリに差し出す。その差し出された花瓶を見て、不審がるアカリ。


「なら、調べてみなぁ?」

「……分かったわ」


 言って、花瓶を受取ろうとして、


「フッ」

「えっ?」


 大男は花瓶を落とした。


 ガシャンっ!


 落ちた花瓶は思いの外大きな音を立てて割れ砕けてしまった。これでは、アカリの言っていた、破片の有無や付け合わせが出来ない。

 それが解っている大男。粉々になった花瓶を見下ろしてニヤニヤしながら、


「あ~あ。間違って落としちまったよ。これじゃあ、姉ちゃんの言ってた事が出来なくなっちまったなぁ?」

「……」


 粉々になった花瓶をみて俯くアカリ。その肩は少し震えている様だった。それを見て、周りの野次馬からは「横暴だ!」「てめえが落としたくせにっ!」などとヤジが飛ぶが、大男が一睨みしてそれらを黙らせる。


「参ったなぁ。でもよ?姉ちゃん。お前さんが言ったから、親切に渡そうと思ったんだぜ? それが落ちちまった。人間、誰だって間違っちまう事があるよなぁ?」


 無言で俯くアカリに勝ち誇った様に言葉を続ける大男。


「でもよ? あの花瓶は割れていただろ? 姉ちゃんも見たよな? ならよぉ、解ってるよなぁ?」


 もうその顔は勝ちを確信しているのだろう、気持ち悪いほどにニヤついている。


「あの花瓶は残念だがよぉ? そこの兄ちゃんが割っちまったんだよ。そろそろ分かれや、な?」


 そう言って、俯くアカリを舐め回す様にみる大男。


「なーに、大丈夫だ。姉ちゃんと後ろの嬢ちゃんが伯爵様の所に行けばよぉ?すぐに50万リルなんて、返せるどころか、お釣りが来るってもんだよ」


 その前に呆られなきゃな、と付け加えた大男。スッと腕を伸ばし、己の腕とは比べられない程細くて白いアカリの腕を掴む。


「よく見りゃ姉ちゃんもかなりのベッピンさんだ。思ったよりも早く返せるぜ。俺様が保証してやるよぉ」


 掴んだ腕を引っ張る大男。すると、服の袖が上がり、腕輪が姿を見せる。それを見た大男が嬉しそうに、


「何でぇ、新米冒険者かよぉ。じゃあ、冒険者なんか止めちまって、伯爵様の妾になった方が、よっぽど楽に稼げるってもんだ」

「……ない……で」

「あぁん、何でぇ?」


 大男が顔をアカリに近付ける。すると、アカリが勢いよく顔を上げ、大男の耳傍で、


「触らないでって言っているのよ! この肉ダルマ!」


 叫び、同時に大男の脛を思いっきり蹴っ飛ばした!


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