接触
あれからも、つまらない出来事に遭いながら目的の場所に着いた。
ここはエレベーターシャフト。これに乗って、本来の場所に戻る為だ。
このバクスターでの上下移動は、裏のルートによる抜け道もあるだろうが、普段なら都市間に何か所かある、このエレベーターシャフトを利用するしか無い。だが、誰でもこれを使って移動出来るという訳では無かった。
「さて、何処にやったかな……。お、有った」
革のジャケットにある胸ポケットを探ると、一枚のカードが出てくる。これはこのバクスターにおける身分証明書で、エレベーターシャフトに乗るにはコイツが無いと乗せてくれない。
(さっきの小銭といい、あの爺さん、よくコイツもくすねなかったな)
この証明カードはくすねた所でそのままでは他人に使えないのだが。
カードを手に取ると、エレベーターシャフトの前に居る憲兵に渡す。すると、憲兵はそのカードを照会機に当てて、情報の確認をする。
その間に、俺はエレベーターシャフトの前にある入場口に設置された金属探知機を潜り抜ける。
「よし、行っていいぞ」
偉そうな口ぶりの憲兵にカードを返してもらい、俺はエレベーターシャフトの前で、エレベーターが来るのを待つ。俺の他には上に行くのは数人といった程度だ。それらを気兼ねなしに見ていると、チーンと音がした。と、同時にエレベーターの扉が開き、中から人がどっと押し出されてくる。
「痛ぇ、痛ぇよ!」「おい、押すんじゃねぇ!」「何で、私がこんな所に来なきゃ行けないのよっ!?」「おら、さっさと歩け!」
まるで、笑えないビックリ箱をひっくり返したかの様な騒ぎ。しかし、これがこのアンダーモストの日常だ。今日も通常営業。
耳を塞ぎながら、ゾロゾロと下りてくるそいつらを眺めていると、
「おう兄ちゃん、何か面白いんか? ぁあ!?」
と、絡んでくるチンピラ風の男。
(チッ、煩ぇなぁ。さっさと行きやがれ!)
声に出すと、また要らぬ事に時間を使いそうだ。ここは睨むだけにしておこうと決め、黙り込む。
「おう、兄ちゃん!何とか言いな!」
しかし、俺の気持ちなど知らないチンピラ風の男は、俺の元へとやってくると、ジャケットの胸ぐらを掴んできた。平和主義者の俺でも、さすがにここまでされたら黙っていられない。
「あぁ?」
こっちも胸ぐらを掴み睨み付けながら、相手の額に自分の額を押し付けていく。すると、
「コラ、そこっ!何をしとるかぁ!」
その俺たちの様子を目にした憲兵の一人が、口に笛を咥え吹き鳴らしながら、こっちに走ってきた。
「——チッ!」
これ以上の面倒事は御免だと、胸ぐらを掴んでいた男の腕を払う。
すると、思っていたよりも簡単に手が離された。
「? テメェ——」
「おら、お前ら離れろ!」
俺が疑問を口にする間もなく、憲兵が俺たちの間に割って入り、引き離す。そして、絡んで来た男の腕を取ると、背中に回して男を取り押さえた。
「おら、行くぞ!」
そのまま男の腕を取り押さえながら、前に進むように促すと、渋々といった感じで歩き出す男。
その男が俺の横を通り過ぎる時に、
「——気を付けろ、当局が勘づいている——」
「っ!?」
そう、ボソッと呟いた男。思いがけないその言葉に俺は振り返るが、すでに男は憲兵と共に、人混みに消えていた。
(何だったんだ、一体……)
「おら、上に行くエレベーターに乗る奴はさっさとしろ!」
呆然と立ち尽くす中、憲兵の怒声が聞こえる。そろそろ上に行くエレベーターが動く様だ。あれに乗り遅れたら、また暫く待たなくてはならない。
「チッ、訳が解らねぇ」
そう毒づくと、急いでエレベーターに乗り込んだ。
閉まり始める扉から、さっき降りていった人混みに目を向けたが、やはりさっきの男の姿は確認出来なかった。