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ほんの小さな違和感

※ 21/2/25 改定 (誤字・脱字、および、一部の表現が適当なものでは無かった為、追加・修正しました)

 

 

 サラと一緒に家に帰り、昼食を食べた後は、家の手伝いに勤しむ。


畑の手入れや畑道具の修理、冬の保存食や薪割りなど、男手が僕しか居ないので、やる事はたくさん有った。ちなみにサラは教会に行っている。教会の神父さんから、時間が有る時には来て欲しいとサラは前から言われていた。なんでもスペルマスターとして学ぶ事があるらしく、教会にある”魔法本”を使って勉強をしなければいけないらしい。「なんで、今日なのよ……」と、ブツブツ文句を言いながら、勉強に使うノートを鞄に詰め込んで出かけて行った。


魔法本は貴重品だ。学校で使用する教科書やノートなどの紙は【紙職人】のジョブを持つ職人さんが、植物の繊維を元に作っているらしく、ある程度の数は作れるものの耐久性が低く作りも悪い。紙の色も茶色がかっているし、耐久性が低い為に保存が効かず、魔法本など、後世まで残さなくてはいけない様な本などには適していない。

しかし、魔法本や一部の書物には、耐久性が下がらない魔法が掛けられている物があり、とても高価な物らしい。そういった書物や本は教会に有り、その本を使ってサラは勉強しているのだ。

いくらスペルマスターでも知らない魔法は使う事が出来ないらしく、時折教会で覚えた新しい魔法を、僕や母さんにお披露目する事がある。

以前、サラが教会で習った〈ファイアストーム〉の魔法をお披露目しようとした時、母さんが全力でサラを止めていたっけ……。あれはかなり危険な魔法だったのかも。あの母さんが慌てた位だからな……。


(サラが教会で勉強を頑張っているんだ。僕も家の手伝い位頑張ってやらなくちゃな)


畑道具を持って、家の裏にある畑の世話に向かう。そこまで大きくない畑だが、耕し、土を入れ替え、水をやり、苗を植えたり収穫したりとなかなか大変な作業だ。もうすぐ冬になるという事もあり、畑には何も植えていない。来年の春に植える麦の為に、今は土作りの時期だった。



「うーん、なかなか良い土にならないなぁ……」



秋になると、畑の土を良くする為に裏の森から落ち葉などを集めて腐葉土を作っているのだが、今年はかなり出来が悪い。なんていうか土に元気が無いのだ。普段なら腐葉土の中にはミミズや虫の幼虫などが居るのだが、今年の腐葉土には一匹も見当たらない。



「なんか毒のある草とか混ぜちゃったか?」



以前、腐葉土作りの際に、誤って毒を持つ雑草を混ぜ込んだ事があり、その時も今回と同じ様に虫が一匹も居なかった。自然というのは凄いもので、自分のやった事が必ず結果として表れる。



「いつもの落ち葉しか入れてないと思うんだけど……」



その時にした失敗を繰り返さない様に、かなり気を付けて落ち葉を集めたのだけれど。小さい毒草が紛れ込んでいたのかもしれない。


(仕方ない。ダメそうなら、また落ち葉を拾ってきて、一から腐葉土を作ることにするか)


冬も間近なので、早く畑の土を入れ替えなければ、来年の麦の出来に影響が出てしまう。やらなければいけない事が一つ増え、その分鍛錬する時間が減ってしまった事に、がっくりと肩を落としながら、失敗した腐葉土を捨てる為の穴を掘る。上空では、何かの鳥が呑気に鳴いていた。



   ☆



ある程度畑仕事を終えた所で家に戻ると、母さんから水汲みを頼まれた。これも男である自分の仕事だ。家で使う水は、家の井戸から汲んでいる。この村では各それぞれの家に井戸が掘られていて、使う分を井戸から汲み、家にある壺や桶に容れるのだ。うちだと朝と夕方にそれぞれ水汲みをすれば、一日に使用する分が賄える。

家から大きな桶を持ってきた僕は、井戸に釣瓶を落とし、水を汲み上げる。しかし、なかなか水面まで届かない。いつもより水の量が減っているらしい。山の方で雨が降っていないのかもしれない。

普段よりもかなり低い位置で、チャポンと水面を叩いた釣瓶。そこから水を汲み上げるのだが、普段より上げる長さが長い為、いつもより時間が掛かってしまった。



「この時期に水が減るなんて珍しいな」



水の減少に疑問を浮かべながらも水汲みを繰り返し、いつも以上に労力を使いながら、やっと充分な量の水を汲み上げる事が出来た。



「ただいま~」



家に入り汗を拭きながら、汲んできた水を杓で掬って喉を潤していると、サラが帰って来た。



「おかえり、どうだった?」

「うん、新しい魔法が使える様になったよ。後で見せるね♪」

「そりゃ楽しみだな」



「あとでねー」と、サラは手を洗いに洗面所に行った。どんな魔法かは知らないけど、危なくないやつなら良いな。



その後、サラと話をしたり、他の手伝いをする内に陽は傾き、母さんが夕飯の準備に取り掛かる。僕とサラも野菜の皮むきなど手伝っていると、



「……変ねぇ?」



母さんが火打石を持ったまま、竈の前で首を傾げている。



「どうしたの、母さん?」



野菜の下ごしらえの手を止めて、母さんを見る。



「なかなか竈に火が入らないのよ……。困ったわねぇ」



あまり困っていない風に言う母さん。そこに、



「お母さん、私が魔法で火を点けるわ」

「そう? じゃサラお願いね」

「うん。〈世界に命じる、火よ灯れ。ファイア〉」



サラが手を竈に向けて呪文を唱える。すると、サラの手に生まれた小さな種火が竈に向かっていく。種火は竈の中でチロチロと燃えていたが、近くの薪に燃え移ったのか、徐々に火が大きくなった。


この世界には、戦闘に役立つ魔法のほかに、日常生活に使える【生活魔法】も存在している。サラが今使った様な、種火を発生させるものから、少量の水を生み出すものもある。他にも色々あるが、生活魔法は魔力の有る人なら誰でも使える魔法だ。だからと言って竈に火を入れたり、顔を洗う水を魔法で出したりはしない。


生活魔法とはいえ、魔力を使用するのだ。それが微々たる量だったとしても、魔力を消費すると大なり小なり疲労する。顔を洗う程度でいちいち疲労したくはない。だから、普段は火を起こすのなら火打石を、顔を洗う水は井戸で汲んでくる。

さっきも、母さんは火打石で竈に火を入れようとしていたみたいだったけど、うまく点かなかったようだ。



「ありがとうサラ。助かったわ」


母さんがサラの頭を撫でると、サラの顔が赤くなっている。照れているらしい。こういう所はまだまだ子供だなと思う。僕は撫でられた時、顔を赤くはしなかったもんな。


竈に火が入った事で夕飯の準備も進み、程なくして美味しそうな夕飯が出来上がる。今日の晩御飯は、ヤギの乳で煮込んだオートミールと、鶏肉とホウレ草の炒め物だ。湯気が立ち、とても美味しそうだ。



「さぁ、温かいうちに頂きましょう♪」



母さんがテーブルに夕飯を並べ、サラがスプーンを用意して夕飯となった。



「あ、そういえばお兄。学校に行く時に聞いたけど、なんで今日は機嫌が良かったの?」



サラが鶏肉を口に運びながら聞いてくる。「そうね、母さんも気になっていたわ」と、オートミールをスプーンで掬いながら、向かいに座っていた母さんも聞いてきた。



「ん? あぁ、そういえば、そんな話していたっけ……」



口に入れたホウレ草をモグモグ嚙みながら、今朝の事をどこから説明したらいいか考える。魔物に遭った事を言うと、森での鍛錬は禁止されそうだし……。そうだ、魔物に遭った事は伏せておくか……。



「―実は、今日久々に朝の鍛錬を再開したんだけど―」



そこから僕は、魔物を戦った事は言わず、練習の結果、魔法が出せたと二人に話した。



「―で、何度か杖に魔力を込める内に、いきなり杖が光って魔法が放てたという訳さ」



実際に杖は光って無いんだけど、光って無いのに魔法が使えたというのもおかしい気がするし、ここも誤魔化しておくか。


すると、横に座っていたサラが持っていたスプーンをカチャンとお皿に置いたかと思うと、突然僕に抱き着いてきた。



「うわっ!? サ、サラ!?」

「お兄、やったね! やっと魔法が使える様になったんだね!」



椅子に座りながら、抱き着いてきたサラを受け止めた。けど、あれ、なんか違和感が……。



「ん? 何故僕が魔法を使えない事を知っているんだ?」



そう、僕は魔法が使えない事を誰にも話していない。魔法の練習もサラには見せていないはずだが?


すると、サラは僕に抱き着いたまま、顔だけを上げて、



「前にね、早く起きちゃった時に、お兄の後をこっそり着いて行った事があって、その時に見たの。内緒だったんだけどね」



イタズラが見つかった子供みたいに、ペロッと舌を出すサラ。



「―あの時のお兄は辛そうな顔をしていたから、もしかして魔法が使えないのかなって。その事を、誰にも知られたくないんだろうなって。そのあと、実技試験が有ったでしょ? その時、良い機会だから魔法を使えばいいのにって思ったんだけど、もしかしたら、まだお兄は魔法が使えないのかもって。だから知らない振りしてたんだ。本当なら力になってあげたかったんだけど……」

「……サラ……」



僕は知らない所で知らないうちに、サラに余計な心使いをさせてしまったみたいだ。情けない兄でほんと恥ずかしい。



「……でもお兄なら自分で何とか出来るって信じてた。だって、私のお兄ちゃんだもん!」



言って、サラは再び僕の胸に顔をうずめてくる。



「……ありがとな、サラ。僕を信じてくれて」

「……うん」



耳が真っ赤になっているサラの頭を、そっと撫でる。家族が家族を想う、とても優しい時間が流れた。

ふと、一言も喋らない母さんを見る。すると、母さんは俯き震えていた。母さんも僕が魔法を使えた事を喜んでくれているかと思ったが、そうじゃなかった。初めは泣いているのかとも思ったが、なにやらブツブツ言っている。その声は小さくて聞こえないが、とても喜んでくれている感じではない。明らかに様子がおかしい。



「―母さん?」



僕が声を掛けると、ビクッと肩を震わす。震えはそれで止まったが、顔を上げようとしない母さん。



「お母さん、どうしたの?」



サラも気になったのか、顔を上げて母さんを見る。すると、母さんはゆっくりと顔を上げ、真剣な面持ちで僕を見据えながら尋ねてきた。



「……ユウ、杖が光ったのね? それで魔法が使えたのよね?」

「え!? う、うん……」



コクコクと頷く。実際は光っていないから誤魔化したのだけど、何かオカシイ所があったのか?

すると母さんは、「そう」と言ってふらりと立ち上がると、



「ちょっと母さん、具合が悪いから先に休むわね……」



自分の部屋へと行ってしまった。リビングに残される僕とサラ。食卓の上のご飯は冷めてしまって、温かそうな湯気は、すっかりと消えてしまっていた。



「お母さん、どうしたの? お兄、何か知ってる?」



不安そうにサラが尋ねてきたが、僕にもさっぱりだ。



「いや、僕も分からない。でも、明らかに不自然だったよな……」



母さんが座っていた椅子を、無言で見つめる。さっきまでに温かな空気が一変、不安という冷たさだけが部屋に残った。


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