表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
139/236

回復

 

 △ ???視点  △



【アンダーモスト】で爺さんに厄介になってから三日が経った。俺の腹に空いた傷もすでに塞がり、薄っすらと痕が残っている程度まで回復していた。もう充分動けるだろう。

 爺さんの手前、包帯を付けていたがそれを外して、俺の気に入っているTシャツを着、その上から、こいつも気に入っている黒の革ジャケットを羽織る。

 Tシャツの腹の傷部分が赤く染まり、ジャケットには弾丸の痕が開いている。


「チッ。こりゃあ、洗って落ちんのか?」


 弾丸痕は縫ってもらえばいけそうだが、Tシャツの方は落ちるか分からない。しかもジャケットと同じく穴が開いている。当たり前だ、銃で撃たれたのだから。


「お、起きたか? 兄ちゃん」

「ん?——何だ、爺ぃか」

「何だってことは無ぇだろ。ほら、朝めしだ」


 お気に入りたちの悲惨な状況に、気分を悪くしていると、その気分をさらに害しさせる様な、いつも通りのしけた面をした爺さんが、手に皿を二つ持って現れる。そして手に持つ皿の一つを俺に差し出してきた。


「いつも悪いな」

「思ってもいねぇ事を……。ま、困った時はお互い様ってな。さ、冷めねぇ内に食っちまおうや」

「あぁ」


 薄っすらと笑った爺さんから受け取った皿には、相変わらずの麦がゆが湯気を立てている。俺は、皿と一緒に受け取ったスプーンでそれを口にかっ込んでいく。今日も塩気が薄い。いつも通りだ。


「そういや、俺は今日で、ここを、出て行くからよ」

「食いながら喋んじゃねぇよ! なんでぇ、腹の穴はもう大丈夫なのかぃ?」

「ん?あぁ、もう、問題無ぇよ。服の方は、ボロボロだがよ」

「だから喋んなって! ボロボロぉ? 俺が着ているボロよりかは上等だろうよ」

「違い無ぇな」

「ウッシャシャ!……しかし、そうか。寂しくなんなぁ。で、行くとこあんのかぃ、兄ちゃん?」


 食うのを止め、俺を見る爺さん。


「ん? あぁ、一応、な。良いとこじゃねぇが、ここよりはマシだ」

「ウシャシャ! 違い無ぇ! アンダーモストよりも悪い所があんのなら、お目に掛かりてぇもんじゃ!」

「そういう訳だ。……世話になったな、爺さん」

「おいおい、気にすんなって。兄ちゃんはただの拾いモンだ。それが元居た所に戻るだけじゃねぇか」

「……ありがとな、爺さん」

「……へへっ。なんだかこそばゆいな、こういうのは。ここに居る限り、出会いと別れってやつには慣れていたはずなのによぉ……」


 そう言って俯く爺さん、が徐に顔を上げたかと思うと、皿に残っていた麦がゆをかっ込んでいく。


「お、おい、爺さん?」

「へっ! 別れの餞別ってのが麦がゆ(コイツ)ってのがアレだがよ? それでも腹一杯食ってけや!な?」

「……あぁ」

「へへっ、よし! お替りを持って来てやるかなぁ」


 そう言って、空になった自分の皿にスプーンを置き、部屋から出る爺さん。そのスプーンがカシャンと寂しく鳴った。



 ☆



「それじゃな、爺さん」

「おう、達者でな」

「爺さんもな。そんなしけた面してたら、すぐにお向かいが来ちまうぞ?」

「ウルセェ!この顔は生まれつきじゃ!」


 ほら、さっさと行け!と、まるでコバエでも追い払うかの様に、手を振る爺さん。それに向かって手を上げると、ジジジっと、天井の照明が点滅する、建物の間の狭苦しく薄暗い通路を歩いて行く。


 ここ、アンダーモストはその名の通り、このクソッタレな都市国家、【バクスター】の最底辺、つまりは一番地面に近い所を差す場所。

 地面に近いからと言って、土がある訳ではない。いや、有るには有るのだろうが、それを拝むには一面に覆われた、分厚いコンクリートをぶち破らなきゃならない。それにそんな事をした所で、出てくる土は死んだような腐敗臭のする腐った土だけだ。決して何かが作れる様なシロモンじゃない。

 それに、このアンダーモストには、配給とは名ばかりの上部に住む人間の食い残したゴミが、下りてくる。それにさえ我慢すれば、ここは働かなくて、生きていくだけなら何とか出来る場所なのだ。

 もちろん水道も完備されている。清潔かは別として、だが。


 住む所もある。今歩いているこの狭苦しい通路。これはアンダーモストに乱雑に、窮屈に建つ集合住宅の隙間に作られた通路だ。この場所に落ちてくる人間は後を絶たない。だから国家政府のお偉いさんは、何の計画も立てず、ただイタズラに集合住宅を建てまくった。背の高く、そして窮屈な部屋の集合住宅を。

 だが、どれだけの人間が流れてきたとしても、こんな生活をしていれば、おっ死んじまう奴らも少なくない。結果、多く建てられた集合住宅の多くは空き部屋も多くあった。爺さんに世話になった部屋も、その空き部屋の一つなんだろう。


 服もある。これも上層から落ちてくるボロキレの様な物だが、それを何枚か重ねて着れば、何とか様にはなるだろう。


 そう、このアンダーモストは働かなくても衣食住を揃った、まるで天国の様な場所——。


(……チッ……)


 ——に見せかけた地獄。


 まともに点いていない裸電球の照明の下に、ぼろ切れさらにボロボロにさせた、裸同然の恰好をした女が、壁に背を預けながらこちらに寄ってくる。


「ね、ねぇ。お兄さん、ヤラない? 今なら、10トイで良いわよ?」

「わりぃな、間に合ってるんだわ」


 死んだ目で近寄ってくるのは、所謂娼婦だ。このアンダーモストでは珍しい事では無い。この場所に落とされたのか落ちて来たのか判らない、——そこに大した違いは無いが、こうした女はたくさん居る。そしてどいつも痩せ細り、目には生気が全く感じられない。そんな女を、金を払ってまでヤリたいとは思えない。


「じゃ、じゃあ、7トイ。いえ、5トイでも良いわっ!」

「しつけぇなぁ。間に合ってるって言ってんだ——」


 しつこい娼婦を追い払おうとふと腕を見ると、そこには腫れ上がった注射痕が幾つもあった。


(チッ!)


 腹立だしい。そんなもんに手を出したこの女に、そして、そんな女に力で追い払えない自分に。


 クスリに手を出すやつも珍しくはない。何の希望も持てないこのアンダーモストでは特に。何もやらなくても生きていけるというのは、つまり死んでいないってことと同意。そこには生きているという実感は無い。その生きている実感が欲しくて、手を出してしまう。

 下はコンクリートに覆われ、上を見上げれば灰色の天井=上層部の床面しか見えず。陽の光も、地面の温もりも何一つ感じられなければ、人はおかしくなってしまうというのに、それすら無い。

 このバクスターでは陽の光なんて、最上部のほんの一握りの人間しか拝めない。そんな人間に、今のこのアンダーモストはどう写るのだろうか。


「ほらよ」


 革のジャケットと同じ材質の、穿いている黒のズボンのポケットに手を突っ込むと、、小銭が数枚、手に触れた。それを、掴んで出すと、女の前に放り投げた。


「あぁ~!?」


 一枚か、二枚が転がっていったのだろう、逃げていく小銭を這いながら必死に追いかけていく娼婦。


「チッ! 最悪だぜっ!」


 女の横を通り過ぎる。ほんとに胸糞悪くなる場所だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ