ようこそ、冒険者へ
約束の時間前にギルドに到着した僕たちは、入り口のドアを開けて中に入る。すると、入ってきた僕たちに気付いたのか、明るい茶色の髪をした受付の女性、確かルーさんと呼ばれていたと思う、がこちらに掛け寄って来てくれた。
「お待ちしておりました。支部長がお待ちですので、どうぞこちらへ」
と、僕たちを案内する様に前に立つと、カウンターに向かう。その奥にある6人掛けのテーブルを見ると、すでに冒険者ギルド長であるギルムさんが、腕を組み、目を瞑って席に着いていた。
(マズい! 待たせちゃったか!?)
約束の時間よりも前のはずだけど、しっかりと何時と決めた訳ではない。もしかすると、僕たちの思っていた時間とギルムさんの思っていた時間にズレがあったのかも。
ルーさんが開けるのも待たずに、急いでカウンター横のスイングドアから中に入って、ギルムさんの居るテーブルに向かう。
「済みませんっ。お待たせしてしまったみたいでっ!」
謝りながら、ギルムさんの正面に座る。僕の後ろから付いて来ていたサラとアカリも、それぞれ僕の隣に座った。
「いえ、問題有りませんよ。時間を決めていた訳でもありませんし」
そう言って瞑っていた目を開くと組んでいた腕を解き、テーブルに置いてあった、先程僕たちが書いた登録書を手に取った。
「先ほど君たちに書いて頂いた登録書ですが、精査した結果、特に問題は有りませんでした」
「そうですか。それは良かった……」
「あとは、昼食前に説明した様に代表者、ユウさんのジョブをこちらで確認、合致していれば問題無く登録となります」
説明を終えたギルムさんは、受付カウンターに目を向けると、
「それではルー君、皆を魔鏡の前に案内してあげてくれないか」
すると、呼ばれたルーさんが、受付カウンターからこちらにやって来て、
「はい、支部長。 それでは皆さん、どうぞこちらへ」
にこやかに笑うと、そっと手を招いた。それに「はい」と答えると、両隣に座る二人に「行こうか」と声を掛けた。
「は~い」「そうね」 二人は立ち上がると、先を行く僕の後ろに続く。
ルーさんに案内されるままにカウンターから出ると、そのまま右手に曲がって行く。すると、一番奥の壁に、魔鏡らしい物があるのに気付いた。らしいというのは、今は布に覆われていて、その姿が見えないからだ。
だけど、やはりそこが魔鏡なのか、先頭を歩いていたルーさんが覆われている布の横に立つと、こちらに振り向いた。
「それでは、ユウさん。この魔鏡の前に立って貰っても良いですか?」
「はい」
ルーさんが、魔鏡に掛かっていた布を下ろすと、学校にあるのと同じ形をした魔鏡が姿を現す。
さぁ、どうぞと促され、魔鏡の前に向かい合って立つと、目を瞑る。
「〈魔鏡よ。この者のジョブを現し給え〉」
ルーさんの詠唱が耳に入る。すると、体の周りをスッと薄い布に覆われた感覚がしたかと思ったら、すぐさま消えた。僕が魔鏡の前に立ったのは、学校に入学した時以来。あの時もこんな感覚に見舞われたのだろうか。
「はい、結構ですよ。お疲れ様でした」
ルーさんに声を掛けられ、目を開ける。ギルド内の明るく、暖かみのあるオレンジの光が目に入ってきた。
「それでは、確認しますね」
ルーさんが魔鏡に触れながら、魔力を通していく。すると、ほんのりと魔鏡が光り始めた。そして、魔鏡の表面がゆらりと揺れると、ぼんやりと文字が浮かび上がる。
「ユウの村の鏡と同じなのね?」
「あぁ。基本的に魔鏡は、大きさの違いはあってもその仕組みは同じらしいから」
アカリの質問に答える。アカリのジョブは、村を出る前に調べてもらった。アカリは、村の学校に有った魔鏡の事を思い出しているのだろう。
「文字がしっかりと出てきましたね。——どれどれ……」
ルーさんが鏡に浮かび上がった文字を読みながら、手元にある、僕の書いた冒険者登録書と見比べていた。
「——たしかに、ユウさんのジョブは召喚士で間違い無いですね。私、召喚士の人に会うのは初めてです」
「召喚士は少ないって学校で教わりましたから。僕の父も召喚士だったんですよ」
「そうなんですか!? 遺伝、するんですかね?」
「……いえ、その、分かりませんが」
何気ないルーさんの一言。だけど、それには答えられなかった。僕と父さんは血が繋がっていないかもしれないから。
その僕の心情を見て取ったのか、ルーさんは少しだけ焦った様に、
「そ、そうですよねっ。召喚士のジョブはまだ分からない事が多いでしょうからっ。で、では確認も取れたので、戻りましょうか!」
そう言って、ルーさんはカウンターに戻っていく。僕たちもそれに続こうとした時、不意に服の裾が引かれている事に気付いた。
「——サラ?」
「……お兄、あれを見て」
「ん?」
サラが指を指す。魔鏡に浮かび上がった文字が、今度は徐々に消え始めている。その一文。ちょうど、ジョブレベルが書かれている所——。
「……レベル、1……?」
魔鏡はジョブと同時にレベルも表示される。その表示された僕の召喚士レベルが“1”と書かれていた。僕が学校に入学する時に、魔鏡で調べてもらった時は確か1だったはずだ。なのに、一つも上がっていない。
スライムから始まった実戦。それはあの魔族のオーガ、ゴンガまで続いた。あれらの戦いを経ても、僕のジョブレベルは上がらないのか。
(待てよ、カテゴリーは!? カテゴリーは幾つなんだっ!?)
消えゆく魔鏡の文字を必死に読んでいくが、カテゴリーを見る前に消えてしまった。もしかすると、カテゴリーも上がっていないのかもしれない。
(じゃあ、何であんなに魔法が使える様になったんだ?それに魔法の威力だって上がっていたし)
気落ちした僕の背中に、サラがそっと手を添えて、
「もしかすると、【昇華の玉】に触れていないから、レベルが上がっていないんじゃないかな? うん、きっとそうだよ! ねぇ、お兄! 冒険者の登録が終わったら、教会に行って見ようよ!?」
僕を励ます様にサラが矢継ぎ早に提案してくる。気を使わせてしまったな。
ポンっとサラの頭に手を添えると、
「そうだな。きっと、まだ反映されていないだけかもしれないしな。終わったら行ってみようか。ちなみにサラは僕のカテゴリーの所、見たかい?」
「ううん、見てないよ。何、お兄! 上がってたの!?」
「いや、僕も見ていないんだよ……」
(ほんと、ウジウジと情けないな)
何度目か分からない反省をしながら、サラの頭を撫でていると、
「ねぇ、二人とも。早く行くわよ?」
アカリが少しだけ怒った顔をして、僕たちを待っていた。
☆
腕を組んでいたギルムさんが待つテーブルに着くと、僕たちは椅子に腰を下ろす。
「お疲れ様でした、ユウ君」
「いえ。こちらこそ僕たちのワガママを聞いてもらって、有り難うございます」
ギルムさんから労いの言葉を掛けられた僕は、逆に謝ってしまう。
「いえ、大した事ではありませんので」
「——支部長」
「あぁ、有り難う」
ギルムさんが、斜め後ろに控えていたルーさんから書類を受け取り、目を通すと、
「……ふむ、登録書に記載されていたジョブと一致したことを確認した、と」
そこで、読んでいた登録書を机に置くと、
「では、ルー君。登録証の発行を」
「はい、支部長」
返事を返して、ルーさんは受付のカウンターに向かっていく。
「……それにしても、召喚士というのは珍しいですね」
机に肘をつき、少し前のめりになったギルムさんが、僕に視線を合わせる。
「そうですね。アイダ村には、今は自分しか居ませんから」
「今は、というと前までは居たということですか?」
「はい。僕の父がそうでした」
「ほぉ、そうなのですか。今はいらっしゃらないという事は……」
「いえ、死んだ訳ではありません。少し事情がありまして、今は家に居ないのです」
「そうですか、これは不躾な事を聞いてしまいましたね。冒険者のギルド支部長ともあろう自分が、他人の個人的な事を質問してしまうなんて。済みませんでした、ユウ君」
言って、頭を下げるギルムさん。
「い、いえ。別に気にしていませんから」
冒険者ギルドの支部長さんが頭を下げている状況に焦っていると、
「——お待たせしました、支部長」
受付カウンターからルーさんが戻ってきた。その手にはお盆を持っている。
ルーさんの声掛けで頭を上げたギルムさんが、お礼を言いながらそのお盆を受け取り、テーブルに置いた。
お盆の上を見ると、用紙が数枚と、小さな石ころ位の大きさの、丸い黒色の綺麗な石が埋め込まれている腕輪が三つ、そして火の灯った、綺麗な装飾が入ったクリーム色の短い蝋燭が置かれていた。
ギルムさんは僕とサラ、そしてアカリの前に、用紙を二枚と腕輪をそれぞれ置いた。
「それでは皆さんにはこれから、冒険者の一員としての教育というか、説明をします。宜しいですか?」
「はい。お願いします」
「では。まずはそれぞれ皆さんの前に置いた用紙と腕輪ですが、用紙の方には、冒険者の心得や権限、禁止事項などが書かれています」
「どれどれ」
アカリが自分の前に置かれていた紙を手に取ると、目を通した。
「これは、ちょっと簡単には覚えられないわね。ちゃんと覚えるまで、この紙は無くしちゃ駄目ね」
「いえ、そんな事は有りませんよ。簡単に記憶出来ますので」
「簡単、に?」
「はい。 アカリさんは、【宣誓】という言葉をご存知ですかな?」
「いえ、宣誓という言葉自体は知っていますが、どうやらギルム殿の言っている宣誓とは違うと思います」
「そうですか。良いでしょう、不肖ながら私の方から説明致します。【宣誓】とはトライデントなど、国の要職にに就任する際、その職に就く際の必要な知識を得る為に行う儀式の事を言います」
「とらい、でんと? どこかで……」
「す、済みませんギルムさんっ。先を進めちゃってくださいっ!」
「ふむ、そうですか? 国の要職、例えば軍事担当のトライデントの方が、その職に必要な知識、例えば戦術や国家間の過去の争いの歴史などですかね。そういった物を覚えるのには、本来ならば、勉学を通じてそれらを覚えていくと思います。皆さんが行っていた学校の授業と同じ様にですね。ところが国の要職に就くと、そう言った勉学に使える時間は殆どありません。日々、部下の訓練や会議、さらには自分の鍛錬もありますし、他国との協議などもあるかもしれない。ですが、万一事案が発生した時に解りません、まだ勉強していませんでは通じませんよね。ならば、どうするか……。それが、これなのです」
と、ギルムさんは僕たちの前に置いた用紙を手に取る。
「これは【御紙】と呼ばれる、魔法で出来た特殊な紙です。この御紙に覚えたい事柄を【転写士】の方がこの用紙に記入していき、書き写された紙を本人がこの【御火】という火で燃やすと、その内容が頭に記録されるという仕組みになっているのです」
ギルムさんはアカリの顔を見て説明していく。
「じゃあ、学校でやる授業なんて無駄じゃないかなぁ。だって、それさえ有れば、勉強しなくても覚えられるんでしょ? なら、授業なんてやらないで、全部その紙に書いて皆に渡して、燃やしちゃえばいいじゃないかな?」
サラが、名案だと言わんばかりに口にする。だけど、
「いえ、それは無理なんですよ」
「どうしてですか?」
「はい。単純にこの御紙を作れる職人や、記入する事が出来る転写士が少ない事。そして、この御紙を使って覚えられる事には限界がありまして。皆さんにはこの後、実際にやって貰いますが、如何せん頭への負担が大きいのです。トライデントに選ばれる様な、能力に秀でた人達でさえ、覚えられるその量は決まっているのです。学校の授業で教える内容を、まだ年端も行かない子供達に行えば、良くて廃人。悪ければ……」
「そ、そんなに危ないんですか……?」
「いえ、皆さんにお渡しした二枚の用紙位ならば、問題有りませんよ。まぁ、宣誓とはそれだけの負担を一身に担ってまで、国に尽くすという事を国民に宣伝する儀式なのです」
(そうなんだ、知らなかった……)
宣誓という言葉を聞いた事も無い僕も、うんうん頷いてしまう。その僕の様子に気付いたギルムさん、
「おや? その様子ですと、ユウ君も宣誓を聞いた事が無かったのですか?」
「はい。恥ずかしい話なのですが」
「いえ、別に恥ずかしくも無いですよ。さて、話が逸れてしまいましたね。そちらの用紙は、その御紙で出来ていますので、お盆の御火で燃やせば頭に入ってきます。それでは、自分の用紙を持って、御火で燃やして見てください。先程言った様に、二枚程度なら同時に燃やしても問題無いので、どうぞ二枚合わせて火を点けてください」
「はい」「はーい」「解ったわ」
僕たち三人、それぞれに返事をすると、お盆の上に置かれていた蝋燭に灯っている火に、用紙を近付ける。
ボゥ
すると、一瞬で消えて無くなった用紙。次の瞬間、
「うわっ!?」「きゃっ!?」「——!?」
頭の中に何かがギュッと押し込まれる感覚に、僕とサラが頭に手を添え短い悲鳴を上げる。アカリは侍としてなのか、お姫様としての躾の結果なのか、顔を歪ませては居たけれど、悲鳴を上げはしなかった。
「用紙二枚程度なら、そんなに体への負担は少ないので、すぐにその不快感は治まります。それよりもどうですか? 用紙に書かれていた規則、覚えられましたか?」
「どうって……、あっ!?」「え~、スゴ~い!?」「これ、どうなっているの!?」
三者三様に驚いてしまう。
頭の中で冒険者の規則って思っただけで、それに関しての事が頭に浮かんできた。それはまるで、渡されたあの規則などに関する用紙を、何度も読んで完全に覚えたのと同じ感覚。
「ふむ。その様子なら大丈夫な様ですね。それが、冒険者に関する規則や要項等ですので、お時間が有る時に把握しておいてください。——次にこの腕輪ですが、これは身に付けている者が冒険者である事を証明すると同時に、ちょっとした収納を兼ねています」
「収納、ですか?」
「はい。前にお話しした様に、少し前まで、冒険者は魔物の討伐や、武器や防具に使用する素材を集めたりする依頼を多くこなしていました。ですが、人が持てる荷物には限界があります。あまりに大きな素材や魔物を持ってこなければならない時は、馬車などを用意して対応していましたが、魔物の戦闘時に、馬車やそれを曳く馬等の心配をしながらでは、要らぬ負担が掛かってしまいます。そこで、冒険者ギルド総本部の先々代の会長が、当時お一人しか居らっしゃらなかった【時空使い】のジョブを持つ大賢者様に頼み込んで作って頂いたのが、腕輪に填められている【収納石】です。この収納石には、ある程度の魔物や素材、武器や防具などが収納出来る様になっています」
「それは、凄いですね……」
恐るおそる、自分の目の前に置かれた腕輪を手に取る。腕輪の上正面には、今ギルムさんが説明してくれた黒い収納石が、ギルド内を照らす照明を受け光っている。
「それだけではありません。その石、今は黒い色をしていますが、冒険者ランクが上がると、そのランクの色に変化し、中に収納出来る空間が広がる仕組みになっています」
「冒険者ランク?」
ギルムさんの説明の中に、分からない単語が出て来たので聞き返してみた。が同時に、頭の中に、先ほど記憶された冒険者の要項の中から、冒険者ランクについて書かれている欄が浮かび上がってくる。
「——えっと、冒険者ランクはFから始まり、最高ランクはS。冒険者ランクは依頼の達成件数や、ギルドが特段の活躍が有ったと認めた場合に上がり、依頼の未達成件数や、事件・犯罪をする、不心得が有ったとギルドが確認した場合は下がる、と。ランクは色によって判別され、Fランクは黒、Sランクは白と、魔力量の鑑定色と同じになっている」
「さすがはユウ君。そうです、冒険者ランクは先ほどユウ君が説明した通りです。そして、冒険者ランクが上がると、報酬の高い依頼を受けられたり、街に入る為の入民税が免除されたりといった恩恵が有りますので、是非頑張ってください」
「は、はい。分かりました」
「ふむ、結構。それではこれで、私からの説明は以上です。他に何か分からない事が有りましたら、頭の中にある要項で調べるか、受付の方に質問してください」
そして、ガタっと椅子を鳴らして立ち上がると、にこやかな笑顔で、
「——ようこそ、冒険者ギルドへ。君たちの加入を心から歓迎します。そして、ようこそ、冒険者へ。君たちの活躍に心から期待します!」
「はいっ!」「うんっ!」「えぇっ!」
ギルムさんが差し出した右手を、しっかりと握り返した。