冒険者への憧れ 父さんへの憧れ
△ ユウ視点 △
「なんだ、この値段……」
冒険者ギルドを出て、昼食を取りに来た僕たち。
通行門に面した大通りは、値段が高いというのを学んだ僕たちは、冒険者ギルドに来る前に、良い匂いをさせていた屋台に目を付けていた。
天気も良く、この青空の下で屋台で買った食べ物を食べる。それはアイダ村では味わえない非日常だ。旅の醍醐味とも言えるだろう。なのでこうして、昼食を買おうと来てみたのだが……。
「一つ、300リル……なんて」
目の前の鉄板には、鶏肉だろうか、一口大に切られた肉が鉄板の上でコロコロと転がりながら焼かれ、程よく焼かれた頃合いで調味料が振られると、肉の油と、調味料に含まれていたのだろう香草の香りが鼻とお腹を十二分に刺激してきた。早く買え!と訴えてくる。
「三つ買ったら、石鶏亭で一泊泊まれるよ……」
愕然とする。母さんは、僕にお金を渡す時に言った。これだけあれば充分に間に合うから、と。だけど、実際には難しいかもしれない。一食で1000リル使ってしまうのだ。朝食は宿で食べられるとしても、二食食べたら2000リル。宿代と合わせて一日5000リル。五泊しか出来ない計算になってしまう。それも、まだ僕たちは旅の補充品を買っていないのに、だ。
「お兄~。お腹空いたよぅ~」
サラが、鉄板の上で転がる鶏肉から、一瞬たりとも目を離す事無く、僕の服の裾を引っ張る。
「これは美味しそうね」
サラに続きアカリもそう口にした。確かに日乃出にはこんな料理は無かったし、物珍しさもあるのだろう。
(え~い、しょうがない。これから冒険者になれば、少しは収入が入ってくるだろうし、今はいいんじゃないか)
「済みません、三つ貰えますか~!」
「へい、まいどぉ~!」
☆
「美味し~♪」
お店の人から、「お、可愛い子だねぇ。よし、オマケしてあげよう!」と、少し多めに盛られた鶏肉を一つ手で掴み、ポイっと口に放り投げるとムシャムシャと噛んでいる間に、次の鶏肉をすでに手に取るサラ。
「うん、美味しいわ♪」
こちらもお店の人から、「お、ベッピンさんだねぇ。よし、オマケしてあげよう!!」と、やはり少し多めに盛られた鶏肉を上品に手で口に運び、そう感想を漏らすアカリ。
「うん、そうだね……」
たいして、「チッ、男かよっ」っと、全くオマケされなかった鶏肉をチマチマと食べる僕。
屋台の近くにあった、少し広場の様になっている所で、座れそうな段差を見つけて三人並んで、屋台で買った物を食べる僕たち。
晴れた広場では、小さい子供が追いかけっこをしていたり、お年寄りが、石で出来たベンチに腰を掛け、うつらうつらしていたりと、皆が思い思いの時間を過ごしていた。
「あ、美味しかったね、お兄♪」
お腹一杯になったのか、満足した顔を見せるサラ。
「ほんと、美味しかったわ」
アカリも食べ終えて、ご馳走様を手を合わせていた。
「ごみ、捨ててくるよ」
僕もちょうど食べ終えたので、鶏肉が入っていた紙袋を二人から受け取ると、屋台の人にご馳走さまでしたと伝え、空になった紙袋を渡すと、また元居た場所に座る。
まだ冒険者ギルドに行くには時間が有りそうだったので、食後の一休みだ。膝に肘を付け、手に顎を乗せボーっと広場を眺める。追いかけっこに飽きた子供達が、今度は広場に降り立った小鳥たちと追いかけっこをしていた。
「―ねぇ、お兄?」
「んー?」
左隣で、同じ様な恰好で休んでいたサラが、気の抜けた様な声で聞いてくる。
「何でお兄は冒険者になろうとしたの?」
「何でって、そりゃあサラが、本が欲しいって言うからだろう?」
「確かに言ったけどさぁ。そうじゃなくて、なんでやる気になったのかなぁって」
「やる気、ねぇ……」
確かに切っ掛けは、本を欲しがったサラの為である。アカリにも必要だと思ったからアカリの為でもあるのかな。
それに、今では旅のお金を稼ぐためでもある。母さんの事を疑う訳では無いが、持たされたお金では全く足りる気がしない。母さんの言う事が合っているとしたら、今のこのイサークは、もしかすると母さんが王都からアイダ村に来た時に寄った当時のイサークとは、状況が異なるらしい。その時に比べると、どうやら物価が上がっているようなのだ。このままでは、滞在どころか、旅に必要な物を買えるかすら怪しい。まさに、今そこにある危機というやつだ。
だけど、サラが聞きたい事はそういう事では無いのだろう。僕の気持ちの変化、が知りたいのだと思う。
自分の中に生まれた、冒険者になろうと決めた動機……。
「―憧れたから、かな」
「憧れた? 冒険者に? そりゃ、私だって昔読んだ絵本に出てくる様な冒険者には憧れた時も有ったけれど―」
「いや、そういうんじゃなくて……。確かに僕だって冒険者に憧れてはいたよ。悪いドラゴンを倒す冒険者の話なんて、大好き過ぎて何回も母さんに読んでもらったから」
「あ~、あの本ねぇ。私はどっちかっていうと、攫われた王女様を、悪い魔女から救う冒険者のお話が一番好きだったなぁ~」
最後、二人が結ばれるなんて素敵だったもの、とその話の内容を思い出しているのか、顔をウットリさせるサラ。
「―この世界にも、同じ様な話があるのね」
サラとの会話を聞いていたのだろう、膝を曲げ、抱え込む様にして右隣に座っていたアカリが、話し始める。
「私の国にも有ったわ。悪い鬼から姫を救い出す侍の話とかね。母様に良く読んでもらったわ」
あの本、どうしたかしらね、と抱え込んだ膝に顔を埋めると、何やら考え事をしている様だった。
このままだと、昔読んだ絵本の話で終わってしまいそうだと思ったので、
「とにかく、僕がやる気になったのは、冒険者への憧れじゃなくて、―父さんなんだ」
「お父さん?」
肘付いた手から顔を上げると、サラは少し驚いた顔をした。だけど、それも無理は無い。父さんが居なくなったのは、まだサラが小さく幼い頃。ほとんど覚えていないのだろうから。
「お父上が何故?」
アカリが抱えた膝に乗せていた顔をこちらに向ける。アカリの黒髪が、肩にさらりと流れた。
アカリには父さんの事は話していない。なぜ居ないのか、最初から居なかったのか、死に別れてしまったのか、それすらも。きっと、気を使ってくれているのだろう。もしくは、母親を失った事で味わった痛みを、僕やサラ、そして自分自身に対しても思いださせたくは無い、思い出したくは無いと、無意識に思っているのかもしれない。
「うん。僕は昔、父さんに憧れていたんだ。村の為に、村に住む人たちの為に、自分のジョブである召喚士の力を使って、皆の役に立っていた事を」
そう。今だに勘違いをしている人が多いけれど、父さんは村が干ばつで苦しんでいる時も、逆に日照不足に悩んでいる時も、召喚士の力を使って雨を降らせ、雲を取り除き、村の為に手助けをしてきたのだ。そして、村の人に感謝され、頼りにされていた。
僕はその父さんを知っている。サラと違って、目の前で見て来たから。だから憧れた。父さんに。人の役に立つ、その素晴らしさに―。
「ギルムさんが言っていただろ。冒険者は誰かの役に立つ為の仕事だって。だから、なりたくなったんだよ。冒険者に。父さんの様な人の役に、人の助けになれる仕事に、さ」
「ふーん……」
言そう相槌を打ったアカリは、顔を膝に埋めた。良く見ると、頬と耳がほんのりと赤くなっている。寒かったのかな。
「―さて、そろそろ行こうか。もうすぐ、約束の時間になりそうだ」
僕たちが休んでいたこの広場には、時計が無かったけれど、感覚としてはそろそろ時間だと思う。立ち上がって、お尻に付いた汚れを叩くと、左手をサラに、右手をアカリにそれぞれ差し出す。
「そうだね。冒険者になりたいお兄の為に、遅れちゃマズいよね」
「そうね。ユウがそんなに冒険者になりたいのだからね」
サラとアカリ、二人ともそう言うと、差し出された僕の手を取って立ちあがる。僕は苦笑いを浮かべたが、反論するとまた長くなりそうだったので、グッと飲み込んでから、
「あぁ、助かるよ。じゃあ、行こうか」
二人を先導する様に歩き出した。