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ギルムの憂鬱

 

  △ ギルム視点 △



「―ふむ、何やら階下が騒がしいですね」


 目を通していた書類を机に置くと、席を立つ。微かに聞こえた声は、どうやら受付のルー君の声のようですが。


(また苦情ですかね)


 億劫な気持ちになり、フウっと軽く溜め息を吐く。


 ここイサークの冒険者ギルドには、街の住人から連日依頼が持ち込まれる。だが、それを受ける冒険者の数が圧倒的に少ないのだ。

 それには原因がある。簡単だ、冒険者稼業だけでは暮らしていけないからだ。



 まだ私が冒険者だった頃は、【大災害】の影響だろか、魔物討伐や素材採集、商人の護衛といった稼ぎの良い依頼が多く、冒険者も数多く居た。


 それが魔物の数の減少により、稼ぎの良い依頼が減り始めると、イサークに居た冒険者も一人、また一人と北のコップランドに拠点を移して行った。そうして、私を含む十数人の冒険者のみがこのイサークの街に残ったのだ。


 魔物が減ったのだから、依頼も減ると思われた。だが、冒険者ギルドに持ち込まれる依頼は、何も魔物討伐や素材採集ばかりでは無い。

 冒険者とは、依頼金さえ有れば何でもしてくれる、究極の便利屋。街の住人は困った事が起こる度に、冒険者ギルドに依頼として、その解決を頼んでくる。探し物や、買い物の代行。畑の収穫の人手や、畑を荒らす害獣の駆除など多岐に渡る。

 それだけ依頼が多ければ、暮らしていけるのでは無いかと思われるだろうが、それらの依頼は依頼料が少なく、また比較的時間の掛かる物もある。それでは、冒険者としての旨味は無い。だからといって、住人達に依頼料を上げてくれとは言い辛い。少ない労賃や恩給から、何とかして捻出しているからだ。

 それに彼らも冒険者だ。冒険者、すなわち冒険をする者達。冒険者を目指す彼ら、彼女らは、幼い頃に読んだ絵本等から冒険者に憧れを持ち、冒険者を志す者が多い。

 にも関わらず、実態は便利屋稼業。斡旋される依頼が買い物や収穫の手伝いばかり。冒険者に憧れた彼ら、彼女らはそんな依頼なんてやりたくは無い。結果、皆辞めていく。

 そして、また冒険者が不足していく。解決されない依頼が溜まり、さらに新規の依頼が持ち込まれる。そして、冒険者不足に拍車が掛かる―。

 今のイサークの冒険者ギルドはそうした負のスパイラルに陥っているのだ。

 そして今日も、いつまで経っても解決どころか、受注すらされない事に腹を立てた依頼人が、苦情を言う為に訪れたのだろう。


「何か良い解決策は無いですかねぇ……」


 そんな都合の良いものなんて無い事は、自分が一番よく知っている。自虐的に笑うと階下に続く階段の手摺に手を掛ける。


(さて、今回は何と言って、ご退出願いましょうかね……)


 頭の中であれこれ言い訳を考えていると、ルー君が対応している方の声が聞こえてきた。


「冒険者、かぁ……」

「駄目、ですか……?」

「いえ、駄目って事は無いんだけど……」

(ん、苦情では無さそうですね?)


 階段を降りた先の向こう、受付カウンターには、受付担当の職員であるルー君が、三人組の男女の対応に当たっていた。


(どうやら、また新たな冒険者希望の若者たちですか……)


 見ると、学校を卒業したばかりだと思われる少年と少女、それとまだ学校を卒業前だと思われる少女だ。

 身なりを見る限り、家出や孤児では無さそうだ。

 三人とも整った顔立ちをしており、今はその顔に戸惑いの色を浮かべていた。


(ふむ、ルー君が困っている様ですね。ここは一つ助け船を出す事にしましょうか)


 コホンと軽く咳払いをして喉の調子を整えると、


「―どうしました?」


 と、声を掛けた。



  ☆



 冒険者希望の少年達が、ギルドから出て行くのを見届けると、フッと息を吐いた。

 そして、階段を上がって二階にある支部長室に入ると、デスクに座って、先程の少年たちが書いた登録書に改めて目を通していく。


 コンコン


「入りたまえ」

「失礼します」


 部屋のドアが控えめにノックされる。入室の許可を出すと、ルー君がお盆を持って入ってきた。


「支部長、お茶をお持ちしました」

「これは有難う御座います」


 ルー君が差し出した、お茶の入った私用のカップを受け取る。手に取ると、微かに香る柑橘の香り。恐らくはルー君が気を使って、気分を和らげる効果のあるオレンジオイルでも垂らしてくれたのかもしれない。

 そっと口に運ぶと、ほのかな酸味とお茶の渋みが感じられ、気分を落ち着かせてくれた。


「どうしたのですか、支部長?」


 私がカップを置くタイミングを見計らって、持っていたお盆を胸に抱えながらルー君が質問してきた。


「どうした、とは?」

「だって、いつもでしたらああいった冒険者希望の子供達には、冒険者が今置かれている現状を説明し、再考してもらう事が多かった筈です。それが、今回のあの三人に対しては……」

「いつもの対応では無かった、と」

「はい」

「ふむ……」

(さすがは、ルー君だ。人の機微に聡い)


 このイサークの冒険者ギルドの受付の中で、最も長くその職に就いているルー君。まだ若いのに、その経験の長さ故か、人の心情の変化に敏感なのだ。その経験から裏打ちされた業務遂行のお陰で、今日までこの冒険者ギルドの受付が破綻を期さなかったのである。


「……ルー君はあの三人をどう思うかね?」

「どう、とは?」

「そのままの意味です」

「そうですか……」


 そうして、小さめの口に人差し指を当てる。


「……そうですね、不思議な三人かな、と思います」

「ふむ」

「見た目はどこにでも居る様な、学校を卒業したばかりの少年、少女といった感じでした」


(どこにでも居る、か。あの三人は皆揃って端正な顔立ちの中に、何か知性というか、品位という様なものが感じられたと思うが。同じ様に可愛らしいルー君には分からないのかもしれませんね)


「……支部長?」

「何でもありません。続けて」

「はい。ですが、やはり少し違うというか……。ただ単に学校を卒業したての子供達なら、一人だけやけに幼いというか、小さい子もいましたし、何より、冬になろうかというこの時期に、冒険者になりたいと希望してくる子供達なんて、普通なら孤児か口減らしの為に、村を追われた子供達くらいです。なのに、あの三人の服装はありふれた物でしたが、唯一、年上の少女が腰に差していた刀に至っては、かなりの逸品と思われる様な代物。その様な物を、孤児や村を追われた子供が持つ筈が有りません。ならば、どこからか盗んで来た物という可能性も有りますが、それにしては、その武器を使いこなしている様子でした。それらの事を踏まえると、やはり―」

「不思議、だと」

「はい」

「ふむ……」


 さすがはルー君である。あの短時間で、これだけの心象を述べる事が出来るのだから。


「やはり、支部長が引っ掛かった点はそこですか?」


 ルー君がおずおずという感じで聞いてきた。


「いえ、私のはただの興味、です」

「興味、ですか?」

「はい。最初は私も、ルー君と同じ様な心象でした。が、話していく内に何かこう、……言葉にするのは難しいですね」

「冒険者の勘、というやつですか?」

「いえ、そんな大層なものでは有りませんよ。強いて挙げるのならば、期待感、というものが近いかもしれません」


 そう、期待感だ。ルー君に話す事で、口に出す事でそれが少しだけはっきりした。

 この冒険者ギルドに漂う閉塞感を拭い去ってくれそうな、そんな期待があの三人組の彼らには感じられたのだ。

 逆に言えば、冒険者希望のあの三人に期待を寄せてしまう程に、私はこの現状に追い込まれていたのかもしれない。


(恥ずかしいばかり、ですね……)


 昔の冒険者仲間が見れば、一笑に付されてしまうだろうな、と少しだけ彼らの顔を思い浮かべて、顔を緩ます。


「支部長?」

「……私も、弱くなったものですね。―それでは、ルー君、彼らの冒険者用プレートの発行をお願いします」

「!? 許可なさるのですか?」

「大丈夫でしょう。二人の少女の方はジョブの確認は出来ませんが、彼、ユウ君のジョブは確認出来るのですし、もう発行しても問題ありません」

「……そうですか」


 少し納得いかない顔を浮かべるルー君。それは、不審からか、それとも彼らに対する心配からか……。恐らくは両方なのだろう。


(では、少し話しておきますか)

「ルー君」

「はい、何でしょう?」

「少女お二人のジョブについて、彼らは頑なに明かそうとしませんでした……。恐らく、私の勘ですが、隠したいのは幼い少女の方だと思います」

「―魔法使いでは無い、という事ですか?」

「はい。もっとこう……、個人が特定出来てしまう程の、特別なジョブなんだと思われます」

「何故、そこまで?」

「簡単です。言えない、明かせないという事は、逆を言えば秘密にしなきゃいけない事があると、認めてしまっている様なものですから。そして、そこまでして秘密にしなきゃいけないものと言うと……?」

「個人を特定出来る様なもの、という事ですか……。しかし、彼らは出身地と名前を記入しています。そこまでして隠しておきたいなら、出身地や名前も隠しておきたいはずです。なのに、彼らには偽った様子は無く、普通に名前を呼び合っていました。そこには不自然さを感じませんでしたよ?」


 よっぽど訓練されていれば別ですけど、とルー君は付け加える。


「そうですね。私も彼らの出身地と名前に偽りがあるとは思えません。そして、それらについて特段おかしな事も有りませんでした。アカリという名前はアイダ村出身者には珍しい名前では有りますが、絶対に無い名前でも有りませんし」

「あとは、ジョブだという事ですか?」

「はい。……剣術士も珍しいですが、ジョブを隠したいのに、敢えてそんな珍しいジョブを騙るとは思えません。ならば……」

「魔法使いの方ですか」


 私の言葉を聞いて、ルー君は顔を少し俯かせた。確かにあんな少女が、ジョブを偽るほどの、隠さなきゃいけない存在だとは思えないから。


(まぁ、私には少しだけ心当たりがあるのですが、ね)


 それは数年前の事。アイダ村に神に遣わされたと言われる程の、才能に溢れた少女が発見されたという噂話を耳にした事がある。そして、恐らくは……。


「そこまで理解なさっておられるのに、許可を出すのですか?」

「そうですね。本来なら、身分を隠しての登録はご法度なのですが、年甲斐もなく、あの少年の熱意に充てられてしまったのかもしれませんね」

「……私には分かりませんが、支部長がそうおっしゃるのならば、大丈夫なのでしょう。では、手続きをして参ります」


 失礼します、と礼をすると、入ってきたドアを開けて部屋を出て行った。パタンと閉まったドアから視線を外し、机の上に置いたままだった彼らの登録書に再び目を通していく。


「―これは少し、アイダ村を調べた方が良いかもしれませんね」


 久しぶりに、そう、本当に久しぶりに苦情の対応以外の、それもやる気の出る様な仕事が出来た。

 それだけでも彼らには感謝したい位だった。


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