【魔鏡】
「では、一人ずつ【魔鏡】の前に立ってくれるかな?」
冒険者になりたい宣言をした僕たちを、イサークの冒険者ギルドの支部長さん改め、ギルムさんは、ギルドに設置されている魔鏡まで案内する。
魔鏡を使って僕たちのジョブを把握して、そのジョブに適した依頼を斡旋してくれるらしい。
だけど、
(困ったな……)
なるべくなら、僕たちの身の上は隠しておきたい。僕のジョブである召喚士や、アカリのジョブである剣術士はまだしも、サラのスペルマスターは特に。
サラの歳で、スペルマスターという最上位ジョブの人間は、この国の中でサラ以外には居ないだろう。となれば、すぐに僕たちの身元がバレてしまう。身元がバレれば、アイダ村から何で出てきたのか調べられてしまうだろう。そうなれば、おのずと魔王復活の件が公になってしまうかもしれない。それだけは何としても避けたい。
「あのぅ……」
「なにかな?」
「僕たちはその、アイダ村を出るときに魔鏡で自分達のジョブをちゃんと確認してきました。なので、自己申告じゃあ、駄目です、か、ね?」
「……知られては不味いジョブなのかね? 例えば、犯罪者的な」
「い、いえ! そんな事は有りません! ただ、あまり都合良く無いというか……」
「……ふむ」
僕の無駄な足掻き、もとい質問を受け、考え込むギルムさん。
「―知っていると思いますが、私たち冒険者ギルドは、君たちに依頼を斡旋する立場なのです。そして、それは依頼を発注する住民と、依頼を受ける冒険者、それぞれの信用があって始めて成り立つ代物。君たちが自己申告したジョブと、本来のジョブが違うという事が起きてしまうと、私たち冒険者ギルドも信用を失ってしまう。それは理解出来ますか?」
「……はい」
ギルムさんの口調は、一見すると諭す様な意味合いを含んでいるが、その実、厳しさを多分に含んでいた。
(そうだよな、僕たちの事を信用して、依頼を斡旋してるのだし、やはり無理か……)
諦めかけていると、
「―ふむ。ではこうしましょう。誰か一人、つまり代表者のジョブだけでもこちらで確認が取れれば、残りの人のジョブは自己申告で構わない、というのは」
「代表者、ですか?」
「うむ」
ギルムさんの提案は有り難い提案だった。それならば、サラのジョブはバレないで済む。あとは誰を代表者にするかだけど……。
「私はお兄が良いと思いまーす」
「私もユウが代表になるべきだと思うわ」
二人に顔を向ける前に、先手を打たれてしまった。いや、サラのジョブを秘密にしなくちゃいけないから、サラを代表者にしようとは考えていなかったけれどさ……。
(国のトップの娘であるアカリなら、上に立つ者としての尊厳なり、態度なり、心構えなりが身に付いているのだから、代表者として適任だと思うのに)
隣に立つアカリの顔をジッと見つめる。 (アカリがやった方が良いって!)
アカリが半目で僕を睨む。 (ユウがやりなさいよ!)
首を横に振る。 (出来る訳無いだろ!?)
大きく頷くアカリ。(大丈夫!)
「―ゴホン」
僕たちの無言のやり取りを見ていられなくなったギルムさんが、咳払いで僕たちに注意する。
「「済みません……」」
「うむ。……で、どちらが代表者になるのか決まりましたか?」
「……では、僕で……」
「そうですか。では、またあちらに座りましょうか」
ギルムさんに促され、僕たちは再びカウンター奥のテーブルに座る。
「僕のジョブを自己申請した後に、魔鏡の前に立てば良いんですか?」
「うむ。それで問題無い。―ルー君、ちょっと良いかね?」
僕の質問に答えたあと、ギルムさんは受付カウンターに向けて手を挙げ、誰かを呼ぶ。
「はいっ、支部長!」
急にギルムさんに呼ばれて焦った返事を返した、ルーと呼ばれた人は、受付で僕たちの応対をしてくれた、明るい茶色の髪をした女性だった。
「お呼びでしょうか?」
「うむ。冒険者登録書を持ってきてくれないか?」
「分かりました」
返事を返すと、受付カウンターの引き出しから、何やら紙を三枚持ってきた。
「どうぞ」「有難う」
受付の女性が持ってきた紙を受け取り、お礼を言った後、その紙を僕たちに配る。
「これは?」
「冒険者登録書です。それに必要事項を記入した後、私達がその内容を精査し、問題が無ければ冒険者として登録となります」
「随分と簡単なんですね」
「うむ。冒険者ギルドの信条でな。基本的には来る者を拒まず、去る者は追わず、なのです。なので、申請自体も簡単なのですよ」
では、こちらに書いてもらえるかな?と、ギルムさんは同時に受け取っていたペンを僕たちに手渡してきた。すると、
「……私、字は読めるのですが、その、書けません」
アカリがおずおずと手を挙げる。そうか、字が読めるから忘れていた。アカリは字が書けないんだっけ。
「……学校で習わなかったのですかな?」
「いえ、その、―苦手……、そう、苦手でして!」
「……ふむ。では、代筆でも構いませんよ。稀にそういう方もいらっしゃいますので。代筆はこちらの職員が行いますか?」
「い、いえ。ユウに、仲間に書いてもらうので大丈夫です。ユウ、良いかな?」
そう言って、アカリは用紙を差し出してきた。
「あぁ。自分の分を書いてからになっちゃうけど良いかな?」
「それで構わないわ。お願い」
「分かった」
アカリに返事を返すと、まずは自分用の登録書に必要事項を記入していく。
(名前は、フルネームじゃなくても良いのか。ならば、ユウにしておこう―)
そうして、全ての記入を終えると、アカリの登録書に記入していく。
「アカリ、名前の登録はどうする? アカリだけにするか? それともフルネームにするか?」
「ふるねーむ? 姓名どっちもという事? ユウはどうしたの?」
「僕は名前だけ書いたよ」
「なら、私も同じで良いわ」
「分かった」
そんな感じで、アカリに聞きながらアカリの分も記入を済ます。
(そういえば、サラは大丈夫かな?)
気になって、左に座るサラの登録書に目を向けると、ほとんど全て書き終えていた。ジョブの欄を残して―。
僕の視線に気付いたのか、サラが登録書から顔を上げて、無言で聞いてくる。それに僕は頷く事で答えると、サラはジョブ欄の記入を終えた。
「……書き終えた様ですね。確認してもいいですか?」
「「はい」」
ペンを置き、ギルムさんに用紙を渡す僕とサラ。
「では―」
受け取った用紙に、不備が無いかを確認するギルムさん。目を通しながら、「ふむ」や、「なるほど」などと口にしている。
そして、
「大丈夫そうですね。―確認ですが、ユウさんのジョブは召喚士で宜しいのですね?」
「はい」
「ふむ。で、アカリさんら剣術士?」
「はい、そうです」
アカリのジョブは、村を出る時に、奇跡的に無事だった、学校の魔鏡で調べてもらっていた。剣術士というジョブは教科書には載っていなかったので、イーサンさんに聞いてみた所、「良く分からんが、上位ジョブじゃないかのう?」と、推測していた。ちなみにカテゴリーは2で、ジョブレベルは1だった。
「そしてサラさんは、―魔法使い、ですか?」
「―はい、そうです」
ギルムさんの確認を受け、首を縦に振るサラ。
(良かった、事前に話し合っておいて)
サラがちゃんと対応してくれた事に、そっと胸を撫で下ろした。
サラの身分を隠す事は、アイダ村を出る時に、母さんと事前に話し合っていた。
今回の旅の中で、もし自分達のジョブを明かさなければならない事態が起きたら、偽りのジョブを騙る事にしたのだ。
母さんの話では、僕の召喚士やアカリの剣術士ならばまだ知られても良い。だけど、サラがスペルマスターと知られれば余計な騒動に巻き込まれる恐れが有ると。そして旅に出る前に、事前に母さんと話し合った事をサラに伝えておいた。
「―そうですか」
サラの回答に、あまり満足していなさそうな返事を返すと、ギルムさんは顔を上げ、
「そろそろお昼になりますね。続きは昼を済ませてからにしましょうか。書類の精査もありますし。皆さん、それで良いですか?」
そう提案してきた。
「はい、分かりました。昼食を食べ終えたら、またギルドに来れば良いんですか?」
「はい。では、一度休憩にしましょう。午後からは、ユウ君のジョブの確認と、冒険者規約の説明、それから、登録証の発行があります。少し時間の掛かるものもあるので、昼食を済ましたら、なるべく早く戻ってきてください」
ではお願いしますと、席を立つギルムさんにあわせて、僕たちも席を立つと、カウンターの横を通り過ぎて、入ってきた玄関ドアをくぐり、昼食を摂るため、外に出た。