第一部 紅髪の戦乙女編 最終話 そして陽はまた昇る
「こ、これって」
「すごーいっ!」
「これは一体?」
宿から出た僕達は、その宿の前で出来ている人だかりを見つけた。その人だかりに向けて歩き出す母さん達。僕達もその後に続くと、人だかりが出来ていた原因が少しずつ見えてくる。それは、幌馬車だ。この村に幌馬車が来る事はそこまで珍しくは無い。村にやって来る行商人や冒険者が乗ってくるからだ。ただ、少なくないものの、多くもない。だから、人だかりが出来るのも解るのだけど、ここまでの人だかりは滅多に見ない。魔物に襲われた直後だというのに、やって来た幌馬車が珍しかったのだろうか。
母さん達は迷う事無く、その幌馬車に向かって歩いて行く。近付いていく母さん達に気付いた村の人々が道を譲ると、幌馬車の全体が見えた。その幌馬車は、いつもやって来る行商人の人が乗っている物よりも二回りほど小さい。古びてはいるけれど、幌や馬車組みに損傷は殆どない、立派な幌馬車。
それを見た僕達の感想が冒頭のそれだ。
その僕達の質問に答えず、母さんはそのまま幌馬車の元に着くと、馬車をポンっと叩き振り向いた。
「これが、さっきのユウの質問に対する答えよ♪」
母さんはニッコリと笑う。最後のドッキリ、大成功といった感じだ。
「これを、僕たちに……」
幌馬車に手を添えながら、馬車の後ろに回る。その中には、樽や箱、布袋などが置かれていて、母さんが準備してくれた旅に必要な物が入っている様だ。
前に回ると、馬車を曳く馬に、イーサンさんが桶で水をあげていた。その馬も立派で、とても馬車を曳く様な馬には見えない。
「これ、どうしたの?」
サラが馬の首元を触りながら、母さんに尋ねる。その頬には冷汗が流れていた。サラの考えている事が手に取る様に分かる。僕もそう思っていたから。母さん達が借金でもしてこれらを用意したんじゃないかって。
「……ちょっと、何ていう顔しているの? 安心しなさい、これらは全て母さんの物よ」
「……だって、家には馬車はおろか、馬なんて居なかったじゃないか」
「そうね、家には居なかったわ。じゃあ、どこに居たのかしら?」
「だから、お兄はそれを聞いて……。あ、おじいちゃんの所だ!」
サラが気付く。確かにお隣さん、イーサンさん家には馬が居たし、馬車もあった。それが、これか……。
「そうよ。馬車は少し補修したけれど、まだ現役で使えるし、馬だって、昔イーサンが駆っていた軍馬なんだから♪」
「軍馬……。という事はイーサンさんの?」
軍馬とは、その背に騎士を乗せ戦場を駆ける、訓練されたとても優秀な馬の事だ。
「うむ。わしの愛馬じゃ。コイツなら御者が居なくてもお前さん達を王都まで無事に届けてくれるだろうし、もし万が一にも野党や獣に襲われても、逃げるどころか逆に向かって行くじゃろうて」
なぁ!とイーサンさんが首をポンと叩くと、ヒヒーンと嘶いた。
「良いんですか?! そんな大事な軍馬を」
「なーに、コイツも家の裏手で草を食んでいるより、お前さん達と一緒に旅に出た方が、良い運動になるじゃろうて」
「……分かりました。お預かりします」
「うむ、しっかりな、ユウ!」
イーサンさんが僕の肩をポンと叩いた。
「立派な馬だわ……」
「お、解るか、アカリさん」
「えぇ。家にも立派な馬が居て……」
いつの間にか、馬の腹を撫でていたアカリ。そのまま、イーサンさんと馬談議を始める。
もう一人の同伴者のサラはと言うと、
「良いの、おばあちゃん!?」
「えぇ。私には予備もあるし、サラちゃんの方が上手く使いこなしてくれるでしょう」
「有難う!大事にするねっ!」
サラが見た事のある杖を持っていた。それはエマさんが愛用していた薄緑色をした立派な樹の杖。
「良いんですか。エマさん?」
「えぇ。〔グリューンリヒト〕、あのコなら、きっとサラちゃんの力になってあげられるはずだから」
エマさんが、樹の杖を振り回しているサラを眺めながら、そう口にする。〔グリューンリヒト〕はあの杖の名前なのだろう。綺麗な杖だと思っていたけれど、まさか【名付き】の武器だなんて、思ってもみなかった。
「これってホントに凄いんだよっ! オーガと戦っている時、残りの魔力だと〈ウォーターワルツ〉しか使えないと思っていたのに、この杖が凄すぎて〈ファイアソウル〉まで使えたんだからっ!」
目をキラキラさせながら自慢してくるサラの頭をヨシヨシと撫でながら、エマさんに説明を求める様に顔を向ける。
「〔グリューンリヒト〕は、持つ者の魔力増加と威力増加の効果をもたらしてくれるわ」
「それは凄いですね……」
【名付き】だから、恐らく【遺跡級】以上だと思う。【遺跡級】とかになると、その能力は凄まじい。そんな凄い物をサラに貸すなんて……。
「私は村で殿下を御護りします。村から出て、旅を続けるあなた達の方がとても危険でしょう。ならば、〔グリューンリヒト〕はサラちゃんに持たせた方が良いと思います」
私にはもう一本相棒がありますしねと、エマさんは微笑む。
「有難う御座います……」
エマさんに頭を下げると、エマさんは僕の肩にポンと手を乗せて、
「頑張ってね、ユウ。あの二人をちゃんと守ってあげて」
男の子だもんね、とエマさんはそう口にした。
「ユウ~~!!」
エマさんに、分かりましたと返事をすると、宿の入り口からアーネが僕の名を呼びながら飛び出て来た。そして、息を切らせながら僕の元に来ると、僕の両手を握り締め、
「はぁ、はぁ、……ユウ、行っちゃうの?」
少し目を潤ませたアーネ。
「……うん。僕にしか出来ないみたいだから……」
「イーサンさんやエマさんでも出来ない事なの? そんな危ない事?」
「いや、そんなに危なく無いよ。王都に行って調べ物をするだけだから」
「王都に!? 遠いじゃない!? きっと魔物も出てくるわよ! ユウが行かなくても良いでしょ!?」
「アーネ……」
潤んでいたアーネの目に、明らかに涙が溜まってきていたのが分かった。僕の両手を掴んで離さないアーネ。だけど、僕はそっと手を離すと、ポンとアーネの頭に乗せた。
「———ユウ?」
「———アーネ、ごめん。でも、僕は行きたいんだ。僕にしか出来ない事だし、それに……」
「それに?」
「……父さんが、召喚士だった父さんが何を研究していたのか、僕は知りたいんだ」
「……ユウ……」
アーネには、僕が父さんに召喚された異世界人だとは言っていない。だから、その事は伏せて伝えた。アーネはそっと目を伏せると、ギュッと僕の背中に腕を回し抱き締める。
「ア、アーネさんっ!?」
「分かった。ユウが行きたいんだものね。でも一つだけ約束して……。無事に、絶対無事に帰って来て……」
「……うん、分かった」
「おいおい、見せ付けてんじゃねーぞ!」「おいユウ!そこはキスだ!チュウだぞっ!」「クソォ!俺のアーネちゃんがっ!」「誰だぁ!?ウチの娘を誑かしている奴はっ!?」
僕とアーネのやりとりを見ていた、その場の人達がはやし立てる。……一人だけ違った様な……。
「ユウ、サラ、アカリちゃん! そろそろ良いかしら?」
騒々しくなった宿の前に、母さんの声が響き渡る。そろそろ出発時間のようだ。
「じゃあ、行ってくるよ」
「……うん、行ってらっしゃい」
アーネはそっと離れると、胸の前で小さく手を振った。涙を浮かべながら。
「じゃあね、おばあちゃん! 行ってきますっ!」
「えぇ。危ない事はしちゃダメよ?」
サラもエマさんにお別れを伝え、
「このアカリが、イーサン殿の駿馬をしっかりとお世話致します!」
「うむ!アカリさんなら、コイツを任せられるわ!」
アカリもイーサンさんと別れの挨拶を交わす。
そして、幌馬車に乗り込むと、思い思いの場所に座る、僕とアカリは御者台に、サラは荷台に。
「じゃあ、行ってきます。母さん!」
「行ってくるねっ! お土産買ってくるからねっ!」
「母君! このアカリが必ずお二人を御護りしますゆえ、ご安心ください!」
それぞれが母さんに旅立ちの言葉を口にする。それに合わせ、御者役のアカリが手綱を緩めると、馬車を曳く馬が静かに歩き出した。ギシッと音を立てて、動き始める幌馬車。
「はい、行ってらっしゃい!! 気を付けるのよ~!」
母さんに、そして、騒ぎ立てる人々に見送られながら、僕たちは隣街へと続く街道を進むのであった。
エピローグ
「さて、と———」
これで、全ては変わるはずだ。……いや、変わらなくてはならない。そうで無ければアイツは……。
目頭を押さえる。知らず疲れが溜まっていた様だ。
(当然か……)
深く息を吐き、肩をコキリと鳴らす。
「……だけど、これからだし、な」
これからどうなるのかはアイツ次第。俺はそれを嬉しく思うのか、それとも苦々しく思うのか。
「……どっちでも構わないか」
俺は俺のやるべき事をやるだけだ。それ以上でもそれ以下でも無い。
「……ならば、より面白く、か」
それは俺とアイツの根幹。唯一共感出来るモノ。
「ま、アイツなら何とかすんだろ……」
それは願望か、それとも見切りか———。
「それこそどっちでも良いか」
フッと自虐めいて笑う。
「そう、俺はただ待つだけだ……」
それだけだ。ただそれだけ。それだけが俺に許された事。
俺は目を瞑る。待つのは疲れる。なら寝るだけだ。寝て、寝て、そして待つのだ。
「じゃあ、頑張れよ。……ゥ・」
微睡む。次に起きた時にはどうなっているのかを愉しみにしながら———
これで第一部は終了です。
次の話から、第二部になります。
書き溜め分が切れそうです……。
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