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奇跡の後

 


「……う、うん……」


  部屋を染める眩しさで目を覚ます。アーネの宿の一室、体をお越しベッドに座ると、くぁっとアクビが出た。立ち上がり、体を伸ばすと背中の痛みは消えていた。疲労感も無い。そのまま少し体を伸ばしながら、少し硬くなっていた体を徐々にほぐしていく。


「朝か。結局一晩寝ちゃったんだな」


  昨日、アーネとアカリの肩を借りて宿に入った僕は、アーネのお父さんに挨拶をした後、部屋に案内され、そのまま寝てしまった。その際、空いている部屋は二部屋で、部屋割りで一悶着あったのだが、背中の痛みと、急に襲ってきた疲労で早く休みたかった僕は、一人でとっとと部屋に入り、ベッドに飛び込んだのだった。


「僕一人って事は、サラはアカリと一緒なのかな?」


  腕を伸ばしながら、昨日のやり取りを思いだす。サラは僕と同じ部屋で休みたかった様だが、それにアカリが反対して揉めていたのだ。でも、こうしてこの部屋に僕一人しか居ないって事は、結局サラはアカリと一緒に休んだのだろう。


  そうして、一通り体を伸ばすと、窓のカーテンを開け、そのまま窓も開けた。


  東向きの部屋なのか、向かいに建っている雑貨屋の屋根の上に、お日様が乗る様に顔を出していた。朝の冷たい空気が開けた窓から入ってきて、少しだけ気怠い空気を拭い去っていく。


「うーん、結局一晩寝ちゃったか……」


  少しだけ休むつもりだったんだけどなぁ、と頭を掻くと、トントンとドアがノックされた。


「はーい?」


  返事を返すとガチャっとドアが開き、アカリが顔を覗かせた。


「ユウ、やっと起きたか」

「今起きたとこだよ。アカリは?」


  部屋に入ってきたアカリに尋ねると、


「私はすでに起きていたわよ。昨日ね」

「……昨日?」

「そう。ユウはあれから丸一日以上寝ていたのよ。ユウのお母様やサラちゃんがたまに部屋に様子を見に行ったけれど、ずっと寝ていたそうよ」


  ほんと、良く寝るわねと、アカリは腰に手を当て呆れている。そのアカリの服装は、着物姿では無く、この村の女の子が着るような普通の格好であった。

  その視線を感じたのか、アカリは自分の格好を見回して、


「ど、どうかな? 変じゃないかしら?」


 と、前髪を弄りながら顔を赤くして尋ねてくる。初めて見る着物姿以外のアカリ。とても似合っている。


「全然変じゃないよ。良く似合ってる」

「そ、そう? なら良いんだけど」


  褒められた事でさらに顔を赤くしたアカリ。僕の感想だけでそこまで喜んでくれるなんて、よっぽど嬉しかったんだな。


「それで、アカリは僕の様子を見に来たの?」

「えぇ、今はお母様もサラちゃんも少し手が離せなくて。代わりにね」


  さ、じゃあ行きましょうかと、僕の手を引くアカリ。


「ち、ちょっと待って!着替えなきゃ」

「……まだ着替えて無かったの?」

「今起きたとこだって言ったろ?!」


  そう抗議して、アカリに手を離してもらい、僕はいそいそと着替え始める。


「ちょっと待ちなさい! まだ私が居るのになんで着替え始めちゃうわけ!?」

「まだ、脱ごうとしているだけじゃないか。それも上だけ——」

「今すぐ部屋から出るから、待ってなさいっ!」


  言いながらドアを開け、出ていくアカリ。だけど、再び顔だけを出すと、


「そういえば言い忘れていたわ」

「……なんだよ」


  すると、アカリは少しだけはにかんだ。


「おはよう、ユウ」



 ☆



「あ!お兄がやっと起きた!」


  着替えを済ませた僕は、ドアの向こう側で待っていたアカリを伴って階段を降りると、声を掛けられた。見ると、宿の一階にある食堂に居たサラが、パタパタと手に空いたお盆を持ってやってきた。


「おはよう、サラ。やっとってなんだ、やっとって」

「だってお兄ってば、幾ら起こしても全く起きないんだもん。死んじゃってるのかと思ったよ」

「おいおい、勝手に殺さないでくれよ……。それにしても何しているんだ?」

「へへっ、良いでしょう~? アーネちゃんに借りたんだよっ♪ 似合う~?」


 僕の質問に答えず、自分の身に付けている白とオレンジのチェック柄のエプロンを手に持ち、ヒラリと浮かせて見せびらかしてきた。ついさっきも同じやり取りをした気がする。


「あぁ、似合っているよ、サラ」

「そうでしょ~♪ 今ね、アーネちゃん家のお手伝いをしているんだよ」

「手伝い?」

「うん! アーネちゃんのお母さん、魔物から逃げる時にケガしちゃったでしょ? だからアーネちゃんだけじゃ手が足りないらしくて。だから私がお手伝いしているの」

「そうなのか」


 アーネの宿は、アーネの両親とアーネの三人で切り盛りしている。普段この村に来る人はそこまで多くは無いので、それで充分間に合っていた。だけど、アーネのお母さんがケガで療養している事と、この宿にいるケガを負った人達の面倒を見る必要が有るので、人手が圧倒的に足りないのだとサラが説明してくれた。


「だから、お母さんもお手伝いしているんだよ♪」

「母さんも!?」

「うん! 今はアーネちゃんのお母さんの面倒を見に行っているよ」

「母さんまで……」


 元お姫様である母さんに、人の面倒が見れるのか分からない。でも、父さんが居なくなってから、母さん一人で僕たちの面倒を見て来たんだから、当然出来るか。


「母さんとサラだけで大丈夫なのか?」


 アーネも居るとはいえ、未経験の母さんとサラだけで解決出来るとは思えなかったけれど、


「大丈夫だよ! 他の人も居るしね!」


 そう言われ改めて食堂を見ると、確かにサラの言う様に、他にもエプロンを身に付けたお手伝いの人が、食堂のテーブルに着いている村の人や、ケガを負ったけれど動ける人にせっせと配膳していた。動けないで部屋に居る人にも、部屋まで配膳しているようだ。


「そうか。でもまだまだ忙しそうだな……。そうだ! アカリも手伝ったら——」

「!!」

「あ~……。アカリちゃんは良いかな……」

「何でだよ?まだ忙しいだろ?ならアカリも手伝った方が——」


 何だったら僕も手伝っても良い。エプロンは似合わないから、何か力仕事でも……。そう思っていると、サラは難しい、そして少しバツの悪い顔をして、


「実は……、アカリちゃんにはもう手伝ってもらったの。……でも……」

「良いわ、サラちゃん。そこからは私から言うから」

「ん?」

「……ゃったの……」

「ん?なに?」

「~~~っ!? だからっ! お皿をたくさん割っちゃったのよっ!!」


 キーンと耳が鳴る。それほどの大声。食堂に居た他の人達もびっくりして、僕たちを見ている。


「……そうなの。お兄がまだ寝ている時に、手伝ってもらったんだけど……」

「そ、そうなんだ……」

(器用に見えるけど、意外だな……)


 アカリを見ると、俯いて肩をフルフルと震わせていた。お姫様だから色んな習い事をやっていそうだし、何よりあれだけ刀を思う様に扱えるのに。人は見掛けによらないって事か。

 気まずい空気。それを振り払う様にサラが努めて明るく、


「で、でもアカリちゃんにはお兄を起こしに行くって大切な仕事があったからね!」


 と励ましている。アカリよ、十二歳の女の子に気を遣わせないでやってくれ……。

 そんな時、


「やっと起きたのね、この御寝坊さん!」


 階段から、アーネが姿を現した。そして、


「全く、朝から何です? 上まで聞こえて来ましたよ?」


 アーネの後ろから母さんも姿を見せた。


「あらユウ。おはよう。やっと起きたのね」

「うん。なんか心配掛けちゃったみたいでごめん、母さん」

「ううん、良いのよ。それより朝ご飯は食べたのかしら?」

「いや、まだだけど」

「なら、私たちと一緒に朝ご飯にしましょ。私もお母さんの所に行ってたから、朝ご飯まだなのよね」


 アーネのお母さんに配膳してきたのだろう、アーネの持っていたお盆には、空になった食器が乗せられている。


「空いている所に適当に座っていて。ユウのお母さんも、サラちゃんもまだでしょ?」

「うん! 私もうお腹ぺこぺこだよぉ」

「えぇ、お言葉に甘えて私たちも一緒に頂きましょう」

「解りました。それでえっと、アカリさんは?」

「……私もご一緒しても?」

「もちろんですよ! ご飯は皆で食べた方が美味しいですし! じゃあ、これを片付けたら持って行きますね!」


 そう言って、アーネは食堂の奥にある厨房へと消えていく。


「では、座って待っていましょうか。……それとユウ?」

「ん?なに、母さん?」

「朝ご飯を頂いたら、その後に大事な話があります」

「……うん」


 母さんが真面目な顔で、そう口にする。その様が、この後に待っている大事な話という物の、事の大きさを物語っている様で、僕は知らず唾を飲み込んでいた。


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