そして陽はまた昇る
△ ユウ視点 △
「———やった……」
アカリがゴンガの首を落とす。それは、この悪夢みたいな戦いが終わった事を意味していた。
「うむ、終わったの……」
壊れたお店、多分鍛冶屋だったかな、の軒先で倒れている僕と、介抱してくれているエマさんを、守る様に控えていたイーサンさんも同じ事を口にして、持っていた剣を腰の鞘へとしまった。
「何とか、なりましたね……」
治癒魔法を僕に掛けながら、そう零したエマさん。たしかにこの戦いはかなり厳しい戦いだった。誰一人として欠けていたならば、間違い無く負けていたと思う。それは、僕らだけでは無く、今も倒れている学校の先生や冒険者の人達、そしてカールや村の人達も含まれていた。本当にギリギリの勝利だったと思う。
「しかも、誰一人として、死んでおらんしな」
「……奇跡的にですけど……」
そう、あの大きな災害にも匹敵する様な、圧倒的なゴンガを相手にして、大ケガはしたが誰一人として死んでいないのだ。これはまさに奇跡を言う他無いと思う。
「奇跡と言えば、あの娘さんだ。あの娘さんが現れなければ、まず間違い無く皆殺されていた。あの娘さんが来てくれた事が、まさに奇跡と言えるじゃろう」
イーサンさんの目は、振った刀を、腰に差した木で作られた鞘に戻し、こちらに歩いて来るアカリに向けられている。イーサンさんの言う様にアカリが現れなければ、僕らはあのゴンガに殺されていただろう。
「あの娘さんについても聞きたいが……、ユウ、お前さんが言っていた“悪魔”とやらは、本当に現れないのじゃな?」
「———えぇ。あのオーガ、ゴンガがそう言っていました」
僕とアカリが一緒にゴンガと戦っている時に、ゴンガが口にした事。それは、自分がこの村の襲撃の責任者であって、あの悪魔、ザファングはこの村には来ないという事だ。魔族の言う事を信じて良いのかは疑問だけど、あのゴンガはザファングを嫌っている節があったから、嘘を言っているとは思えない。
そのゴンガの死体を見ると、体がみるみる内に黒くなっていったかと思うと、ボロボロと崩れって、サァっと風に流されていった。「魔族は死ぬとああなるんじゃよ」と、イーサンさんが説明してくれた。
「……ふむ。まぁ、実際にユウの言っていた、そのもう一人の魔族が現れた所で、今のわしたちには為す術は無い。ここはあのオーガの言っていた事を信じてみるか」
魔族の言う事なぞ、信じたくは無いがなと、難しい表情を浮かべるイーサンさんは、どっこいしょとエマさんの隣に座ると、
「———どうじゃ、ユウの容態は?」
「……あまり良くないわね。本当ならば〈ヒール〉を使いたいんだけど、魔力が底を尽きかけていて、とても〈ヒール〉は使えないのよ……。ごめんなさいね。ユウ……」
「い、いえ。そんな。治してもらっているだけでも、有り難いです」
今、エマさんが僕に掛けてくれている治癒魔法は〈ファーストエイド〉だ。治癒系の第一位格の魔法で、治癒士じゃなくてもある程度魔法を学んだ事がある人なら使える。……僕は使えないけど……。
その〈ファーストエイド〉、小さな傷や打撲程度ならば治せるのだが、魔法を掛けてもらっているのに痛みが続いているって事は、大きなケガをしたってことだ。
「ま、明日になれば、エマも回復しておるじゃろうし、それにハイポーションもある。すぐに治るじゃろう」
イーサンさんは僕を安心させる為に言ってくれたのだけど。あのハイポーションの不快な思いをまだ覚えている。出来ればエマさんの魔法で治したい。
「なんじゃ、ユウ、その顔は? 言っておくが、ハイポーションの方が良いんじゃぞ?すぐに治るからの。治癒魔法はちまちましておるから、わしはポーションの方が良いわい」
「あら。なら、もうイーサンには治癒魔法は必要無いですね」
「お、おいおい、エマ。そ、そういう事では無いぞ。わしはユウにお前さんの作ったポーションの良さをだな———」
イーサンさんとエマさんがそんなやり取りをしていると、
「——ユウ、大丈夫ですか?」
ゴンガを倒したアカリがやって来た。あちらこちらに傷を負っているけれど、大きなケガはしていないみたいでホッとする。
「アカリ……。やったな、さすがだよ!」
「そ、そんな褒めても何も出ないわよ!」
顔を赤く染めながら、僕の隣に座ると、
「あなたこそ魔法による援護、流石だったわ……。私を、私達を助けてくれた時と同じ様にね!」
「そんな大した事はしていないんだけど……」
「いいえ、お兄はスゴかったです! さすがは私のお兄です!」
アカリに続いていつの間にか来ていたサラまでそう言うと、寝ている僕の首もとに抱きついてきた。
「お、おい、サラ。まだ背中が痛いんだってっ!」
「そうですよ、サラ殿。ユウが痛がってますから止めた方が良いです!」
「大丈夫です!それよりアカリさん?! なんでお兄の事を呼び捨て何ですか!?」
「そ、それは! その……。そ、そう!相棒!相棒として当然だからよ!」
僕を挟んで何やら仲良く言い合っているサラとアカリ。さっきまであんなに激しくゴンガと戦っていたというのに、元気なものだ。
「まぁまぁ、ユウの取り合いはそれくらいにしてじゃな——」
「「そんなんじゃありません!!」」
「う、うむ!?ま、まぁ、落ち着いてじゃな。取り敢えずは二人ともよくやったの。よくぞ魔族に打ち勝った」
イーサンさんが二人を労う。エマさんも僕に治癒魔法を掛けながら、頷いている。
「魔族を倒した今、この村の脅威は去ったといえるじゃろう。ユウが言っていたもう一人の魔族は現れないらしいしな」
イーサンさんが確認する様に僕を見たので、頷き返す。
「私も聞きました。あの鬼がそう言っていたのを」
アカリも同意してくれる。
「うむ。まだ村には魔物が居るからの。もう一踏ん張りじゃろうが、取り敢えずは皆、お疲れ様じゃ」
「「「———はい!」」」
イーサンさんが僕たちを見ながら、もう一度労う。その言葉は僕にある種の達成感を与えてくれた。
「おじいちゃん達もお疲れ様だよ♪」
「そうです。それにさすがは元トライデント。スゴく強かったです」
サラに続き、僕も二人を労うと、イーサンさんとエマさん、二人揃って照れた様に笑った。
「う、うむ、そうか? おい、エマ! わし達もまだまだいけるな!」
「ほんと、すぐ調子に乗るんですから、イーサンは」
「いえ、お二人とも強うございました!」
「おぉ!侍の嬢ちゃんも分かってくれるか?!」
「———なんと!?この世界にも侍が居るのですか!?」
等と、また話が始まろうとした時、
「イーサン、その話はまたにしましょう。皆、疲れています。特にユウのケガはちゃんと治療しなくてはいけません」
「おぉ、そうじゃの。サラちゃんと嬢ちゃん、すまんがユウを頼めるかの? ユウ、歩けるか?」
「はい、肩を借りればなんとか」
「うむ、頑張ってくれ。わしはエマを連れていくからの」
「ち、ちょっとイーサン。私は大丈夫ですからっ」
「何を言っておる。魔力が枯渇しかけておるくせに。黙ってわしに運ばれておれ」
そう言うとイーサンさんはヒョイっとエマさんを横向きに抱き上げる。ヒャアっとエマさんが可愛らしい悲鳴を上げたけど、見なかった事にした方がいいんだろうな。
「取り敢えずは殿下の居られる宿まで行こうかの。そこならば、まだ壊れていない部屋もあるだろうし、他の怪我人もいるだろうから、治癒士が居るかもしれんしな。ここらに倒れている者達を治す為に、何人か連れて来ないといけないしの」
そう言って、イーサンさんは周囲に点々と倒れている人たちを見る。今すぐにでも治療が必要な人は居なさそうだが、それでも動けなさそうなので、アーネの宿のバリケードに居るであろう治癒士や薬師を呼んできた方が早い。
「分かりました。ユウ、掴まって」
「分かった。じゃあ、お兄、掴まって」
アカリとサラに同時に言われた。言った二人は、ムムッとした顔でお互い睨み合っている。
「そ、それじゃ、二人の肩を借りようかな」
左手をアカリ肩に、右手をサラの肩にそれぞれ乗せると、宿に向かって歩き始めた。高さが合っていないので、とても歩きづらい。
「ユウも大変じゃのう……」
後ろを歩くイーサンさんがポツリとそう呟いた。