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絶望再び

 

 死を覚悟した人が浮かべるには優し過ぎるそれに見送られ、サラの手を引きその場を離れる。


 が、


 バシュウウゥゥゥッ!!


「「「「!!」」」」


 エマさんの放った〈ジャズウインド〉の、渦の様な風の刃の壁を半ば強引に破くように切り裂きながら腕が突き出てくる! そして、完全に風の壁を破壊すると、


「オイオイ、俺様が逃がすと思っているのかぃ?」


 ダラリと垂らした左腕と、閉じた右目からドス黒い血を流したオーガが姿を現す。


「フゥ~。やれやれ、痒いったらねぇぜ?」


 明らかに大きなダメージを負った筈なのに、強気に嗤うオーガ。


「そんな……。第三位格の魔法を、まるで布切れの様に、切り裂く、なんて……」


 その様子に、口に手を当てて唖然とするサラ。


「逃げ出すなんてよお、駄目だよなぁ?逃げちゃあヨ?」


 首をコキリと鳴らすと、置いてあった巨大な剣を手に取り、


「逃げたら、俺様が楽しめないだろう、が!!」

「ユウ、サラ、逃げろおぉぉ!!」


 叫び、自分の愛剣を手に持つと、迫るオーガに向かって行く。


「ユウ、サラちゃん、頼みましたよっ!」


 その背中を追う様に、エマさんも続く。


「お兄、どうするのっ!?」

「……取り合えず逃げよう。そして母さんの元に行って、指示を仰ごう」

「……うん」


 未練を振り切る様に、グッと下を向き、何も考えない様に走り出す。


「オイオイ? 逃がさねぇって言っているだろうがっ!」

「マズいっ!?」「ユウ、サラちゃん!!」

「「!?」」


 イーサンさんの身を挺した攻撃を、嘲笑うかの様に相手にせずにこちらに向かってきたオーガ。


(こうなったら!)


「お兄?」


 サラを背中に隠す様にして、向かってくるオーガに向き合う。


「お兄!」

「行け! 母さんの元まで走れっ!」

「嫌だよ! 嫌っ!」

「サラっ!!」


 ビクッと体を震わせるサラに、優しく諭す様に、


「頼む、サラ。お前だけは死なないでくれ……」

「……お兄ぃ……」


 大粒の涙を頬に流し、それでも、ゆっくりと母さんの居る方へと歩き出すサラ。


(そう、それで良いんだ……。僕が居ても、大して力にはならない。せめて、スペルマスターであるサラだけでも……)


「ユウ!!」


 エマさんが警告を発する! こちらにオーガが向かって来ている!  


「坊主! 逃げ出さなかった事は褒めてやる! 何、安心しな! すぐさま、あの娘にも会わせてやるからよっ!」


 僕の目の前に立つと、その手に持つ大きな剣を振り上げ、ニィっと嗤う。


「あの世で、な!」

「させるかぁ!」


 思わぬ所から剣が出てくる!

 見ると、オーガの隙だらけの脇腹に、カールが剣を突き立てていた。


「うおおおっ!」「ユウを殺らせるかよっ!」「こんちきしょうがあ!!」


 そのカールに続き、村の人や学校の先生、そして冒険者の人達が次々に現れ、カールと同じ様に自分の武器でオーガに攻撃を仕掛けていく!


「おら! 何ボウっとしてんだっ!さっさと逃げろぉ!!」


 カールが叫び、僕を突き飛ばす。その突然の事に頭が付いて行かず、ペタンと尻餅を付いてしまった。


「何ぼさっとしてやがんだっ! いい加減に——」

「うーん、雑魚共がウルサイ、な!」

「「「うわあぁぁぁ!!?」」」


 オーガがその強靭な腕を大きく振り回す。それだけでオーガの周りに居た人達は吹き飛ばされていった。


「〈世界に命ずる!水を生み出し穿て!ウォーターランス!!〉」


 その背に、エマさんの魔法が直撃する!


「ウーン、どいつもこいつもジタバタと——」

「〈世界に命ずる!火を生み出し飛ばせ!ファイアボール!!〉」


 少しだけ回復した魔力を練って、魔法を放つ。〈ファイアーボール〉がこいつに効かない事は分かっている。これは時間稼ぎだ。サラがここから逃げ出すまでの時間稼ぎ。


「効かねえよ、坊主!!」


 だが、僕の放った〈ファイアーボール〉なぞ気にする事もなく、そのまま突進してきた!もう、防御するのも、かわすのも間に合わないほどの間合い。


(殺されるっ!)


 無意識の内に顔の前で腕を交差し、目を瞑る。さっきのお腹の衝撃が甦り、へたり込みそうになる。


 ブゥオッ!


 だが、僕の横を大きな空気の塊が通り過ぎた様な音がして、恐る恐る目を開けると、目の前には何もいない。


(まさかっ!?)


 首が取れてしまうほどの勢いで後ろを振り向くと、全身に鳥肌が立った。が、そんなもの気にする事無く、大声で叫ぶ!


「サラ、避けろおぉぉ!!!!」

「———えっ?」

「誰も逃がさねぇと言ったろうが、嬢ちゃん!」


 ドガァア!


「ゴフッ!?」

「サラぁ~~!!!」


 僕の横を走り去ったオーガは、あろう事かアーネの宿に向かって走っていたサラに追い付くと、正面に回り込み、そのお腹にゴツゴツとした拳を叩き込む。モロに食らったサラは、石ころの様に飛ばされる。

 そして、地面で何度か跳ねながら転がると、アースドラゴンの攻撃で半壊した家の壁にぶつかりやっと止まった。その体は身動き一つしない。


「う、う、うわあぁぁぁぁあっ!!!」


 気付けば走り出していた。脳裏に浮かぶのは、ザファングに胸を貫かれ、口から血を流すサラの姿。そして、涙を流しながら、光を失っていく瞳……。


 あの、恐怖の記憶、二度と味わいたくは無い体験が甦る。


「まずはひと~り♪」


 サラを殴り飛ばした自分の拳をペロリと舐め、嬉しそうに嗤うオーガ。


 飛ばされたサラの元へと辿り着き、うつ伏せに倒れているサラを抱きかかえる。


「サラっ! おい、しっかりしろ! サラぁっ!!」


 抱きかかえてそっと上向きにすると、口からゴボリと血が溢れる。


「あぁ!? あぁぁぁっ!?」


 無我夢中で、血が溢れるサラの口を手で押さえる。そんな事をしても何も変わらないのに、パニックでそれすら理解出来ない。


「どきなさい!!」


 いつの間にか隣に居たエマさんが僕を押し退ける。そして、僕からサラを奪うようにして抱え、左腕でサラの頭を支えながら、右手をそっとオーガに殴られたお腹に添える。


「〈世界に命じる! 偉大なる神の奇跡をここに! ヒール!!〉」


 その時、緑色した膜状の魔力がエマさんとサラを包み込む。そして、エマさんの右手へと収束していくと、エマさんの右手が光輝く。回復魔法の第三位格である、〈ヒール〉だ。第二位格の〈キュア〉でも治せない大きな傷でも、治せてしまえる〈ヒール〉。だが、かなりの魔力と集中が必要であると、学校の授業で教わった。エマさんの額に汗が浮かんでいる事が、その証拠だ。


 だが、そんな事を気にも留めない僕は、


「サラは! サラは大丈夫何ですか?! 〈ヒール〉で治りますか!? ねぇ、答えてくださいよ! エマさんっ!!」

「ユウ!!」


 ビクッ!


 必死にサラの治療をしているエマさんに激しく問い詰めると、そのエマさんが厳しい顔を僕に向けた。


「少しは落ち着きなさい! サラちゃんはまだ生きているわ! でもとても危険な状態よ

 」

「——そ、そんな……」

「今は一刻の猶予も許されない!だから、集中させてちょうだい」

「……済みませんでした」

「———いやいやいや、治されちゃ困るんだヨ」

「「!!?」」


 顔を上げると、そこには巨大な剣を肩に担いだオーガが立っていた。

 オーガはそのまま腰を曲げ、顔だけを僕たちに近づけると、内緒話をするかの様に小さな声で、


「実はな? この嬢ちゃんと婆さんの魔法よぅ、結構痛かったんだわ。ほれ、見てみろよ? この俺様の自慢の腕をよ!」


 そう言って僕たちに腕を突き出してきた。


「なぁ? 傷だらけだろ? この左腕なんか、この婆さんの魔法で、いけねぇ所が切られちまったみてぇで動かねぇんだわ。それに見てみろ、この俺様の目をよ? 幾ら俺様が優しいからって、ここまでやられてよ? 逃げます、はい、そうですか、って訳にはいかねぇだろうがっ!!」

「うぐうっ!!」

「エマさんっ!」


 サラに〈ヒール〉をかけていたエマさんが、オーガの蹴りを食らって吹き飛ぶ。蹴られる寸前にサラを庇ったのか、その場に留まっていたサラを今度は僕が庇うように上から覆い被さる。


「全員死ぬんだよ!! 当たり前じゃねぇか!! 俺様にここまでの事をしておきながら、おめおめ生きていられるなんて思うんじゃねぇ!!」


 地面に映るオーガの陰が動く。恐らくは僕達を踏み付けようと足を大きく上げたのだろう。

 だが!


「〈ファイアーボール!!〉」


 サラに覆い被さりながら振り向き、右手を突き出して詠唱を終えていた〈ファイアーボール〉を、油断していたオーガに向けて放つ!


「おっと!?」


 だけど、器用に首だけをヒョイと横に向けて、躱されてしまった。通り過ぎた〈ファイアーボール〉。

 が、


「———はあああぁぁ!!!」

「!!?」


 僕の〈ファイアーボール〉を目隠しにし、オーガに接近したイーサンさんが、光り輝いている愛剣をオーガに向けて突き出した。


「雷塵撃!!!」

「ヌゥオオォァァ!!?」


 咄嗟にその巨大な剣の腹で受けたオーガ。二人の剣の間に光が弾け、バチバチと音を立てる。


「ぬうおおぁああ!!」

「くぅう!」


 気合いを込めて、イーサンさんの突きを押し返したオーガ。そのままイーサンさんを弾き飛ばす。だが、体が痺れているのか、巨大な剣を杖がわりにして立ち尽くす。


「や、やるじゃ、ねぇか……!この、雑魚共、が……!」

「くそっ! 万全の雷塵撃なら、貴様ごときなんぞ……」


 エマさんに回復してもらったとはいえ、あんな短い時間では足りなかったのだろう。当たり前だ、骨が折れていたんのだから。それでも、イーサンさんの必殺技だろう、あの威力の技を出せるのだから、さすが元トライデント。だけど、それでもあのオーガは倒しきれなかった。

 そのイーサンさんは、今の攻撃で魔力切れを起こしたのか、ヨロヨロとした足取りながら、倒れているエマさんの所に向かっていた。おそらく、オーガが痺れて動けない内に、エマさんの鞄の中に入っているポーションで自分とエマさんを回復させるつもりなのだろう。


(サラは!?)


 覆い被さる僕の下で横たわるサラ。吐く血は止まった様だが、その口からはひゅ~、ひゅ~と今にも止まりそうな、弱々しい息づかいが聞こえる。エマさんの〈ヒール〉が少しは効いたみたいだけど意識は戻らず、いまだに危ない状態だ。


(取り敢えず逃げないと!!)


 エマさんが倒れた今、ここにはサラを治せる人は居ない。何としてでもアーネの宿にサラを連れていかないと!あそこまで行けば薬師や治癒士が居る。


(待ってろサラ! 今、お兄ちゃんが連れていってやるからな!)


 これ以上サラの容態が悪化しない様にそっと持ち上げると、その軽い体を横向きに抱え、揺らさないように走らず歩く。


「……・ぅ……・」


 それでも振動は有る。その振動を感じてか、サラが微かに呻く。だが、意識は戻りそうもなく、首や腕、足は相変わらずだらんと下がったままだ。


「頑張れ、サラ! すぐだ! すぐに治してやるから———」

「——そうはいかねぇって言っているよな?」

「————!!?」


 後ろから掛けられた声に、全身が凍り付く。恐る恐る後ろを、向く。

 そこには、鎌では無く、巨大で無骨な剣を携えた死神が居た。


「……う、……・うぁ……・」

「全くよう? 何度も言っているよな?」


 ハァと溜め息を付いたオーガは、やれやれと言う様に首を横に降った。その瞬間、


「がぁっ!?」


 左足に衝撃が走る。オーガに蹴られたのだ。


「この足があるから、逃げようなんて考えちゃうんだよなぁ? 悪い足だぜ!」


 ガスッ! ゴスッ!


「が、ぎぃっ!?」


 左足、右足と交互に蹴られる。手加減しているのか折れる程の勢いでは無く、いたぶる程度の力で、左右の足を蹴っていくオーガ。


(痛い痛い、いだいぃ~!!)


 オーガにとってはそれほどの力では無いにしろ、ただの召喚士である僕にとってはかなりのダメージだ。すぐさま足が腫れ上がり、膝を折りたくなる。

 だが、今、サラに衝撃を加えると確実に死んでしまう。オーガの蹴りを歯を食い縛って耐える。

 が、


 ボキィ!


「あぁぁぁぁ!!?」

「あーらら、折れちまったな」


 左足から折れた音が聞こえた。と、同時に訪れる激痛!

 折れた足では踏ん張る事も出来ず倒れる。それでも、サラだけは守ろうと、抱きすくめた。


「あぐっ!! うぅうっ!!」

「ったく、逃げようしなければよ? こうして痛い思いをしないで済んだんだぜ?」


 骨の折れた痛みがガンガンと響く! まるで頭の中で大きな鐘が叩かれている様だ。そんな音が響いているというのに、僕の耳には、自分が攻撃していたというのにまるで責任転嫁の様な物言いの、オーガの言葉が入ってくる。


「ま、これでよぅ、逃げられなくなったんだ」

「うぅ……。くっ……」

「後は死ぬだけなんだからよ? 今は生きている実感ってやつを、その痛みから感じられるんだ。逆に感謝して欲しいゼ?」

「ぐぅぅ……、こん畜生が……!」

「おお! まだまだ元気そうだな、坊主! 楽しませてくれるじゃねぇ、か!!」


 ボギィィ!


「!!? ぐわあぁぁぁっ!!」


 上から思いっきり踏み付けられたのか、右足からも折れた音が響いた。痛みが膨れ上がる。その痛みから逃れようと意識が遠のきそうになるが、腕に感じるサラの重みと体温で何とか意識を保つ事が出来た。


「はあ、はあ、はあっ」


(誰か、誰か……)


 ググッと力を入れて、顔を上げる。


(誰でも良い! 誰か……)


 遠くに、倒れたエマさんと、それを介抱するイーサンさんが見える。イーサンさんはこちらを何度も振り返りながら、焦る様子でエマさんの鞄からポーションを取り出している。が、種類が違うのか、首を振りながら次から次へと取り出しては仕舞っている。たぶんエマさん以外、何のポーションかは分からないのだろう。


(他に誰か……)


 学校の先生や冒険者、カールや村の皆も、オーガに吹き飛ばされてから誰も立ち上がれておらず、倒れ呻いていた。


「ん~?」


 頭を上げた僕に気付いたオーガが、僕の視線を追う様に辺りを見渡すと、嬉しそうに嗤う。


「なんでぇ、誰も助けに来れねぇとよ? あのじいさんもばあさんも駄目そうだゼ?」

「うぅ! うううぅ!!」

「そう悔しそうな顔すんなよ~! 思わず殺したくなっちゃうだろうが、よ!」

「ぐああぁぁぁ!!」


 自分の足を僕の折れた右足に乗せ、体重を掛けていく。


「だから止めろって♪ そんな声出されたら、ガマン出来なくなっちまうだろうが、よ!」

「あぁぁぁあ!!」


(駄目だ……。勝てない……)


 悔しさで涙が溢れてくる。視界が歪む。

 その歪む視界で、サラを捕らえる。今だ意識を戻さないサラ。


(せ、せめ、て……。サラだけでも……)


 足にオーガの足が乗っているのも御構い無しに、サラを乗せている腕だけの力で、腹這いで前に進む。


 ズリッ、ズリリッ……。


「オ? おおう!?」


 僕の足の上に自分の足を乗せている為、僕が前へと進もうとしているのも気付く。


「フウゥ! 坊主!お前良いよ!かなり良いっ!!」


 オーガは興奮を隠しきれないといった感じだ。


「あんな爺さんや婆さんなんかより、ずっと俺様を楽しませてくれるっ!」

「はあ、はあ、はあ、くっ!」

「もっと俺様を愉しませてくれヨ!! なぁ!?」

「っう! はあ、はあ、くはっ!」

「どうすれば良い!? なぁ、どうすれば———」


 そこで言葉を切ると、足を踏み付けるのを止めるオーガ。そして……、


「判った♪」


 嬉しそうにナニカを見つけるオーガ。僕の前に移動すると、


「———コレ、かな?」

「あぁ!!」


 ヒョイっと折れていない右腕で、サラを持ち上げる。


「返せっ!! 返せようっ!!!」

「ウーン、当たりだったか!」


 オーガは、意識が無いサラをまるでおもちゃの様にブラブラと揺らす。

 相手も状況も違うのに、何故か、ザファングに胸を刺し貫かれ殺された時の事が、脳裏にチカチカと爆ぜては消えていく。


「止めろぉ! 止めてくれっ! 頼むっ!」


 目から涙が流れているのが分かった。これ以上サラに衝撃を与えないでくれと懇願する。

 が、逆効果だったようで、オーガは全身をブルリと震わせると、


「———アァっ!!! 思った通りだ! 最高ダっ!!」


 恍惚な顔を浮かべると、掴んでいたサラのお腹にグッと力を入れる。


「……・ぅ……」


 意識が無いのに、その痛みの為か顔を顰めるサラ。


「止めろぉ! 止めてくれっ!! 何でもする! 何でもするからサラだけは止めてくれっ!!」


 オーガの足に縋り付き、涙ながらに叫ぶ。

 すると、オーガは突然無表情になり、


「あーぁ、呆気なかったぜ。……まぁ、良いか。これで俺様も……」


 と、何やらブツブツ呟いたかと思うと、ポイっとサラを落とす。


「——サラっ!?」


 オーガの足元に落とされたサラ。そのサラの様子を窺うと、


「……っ……、ぅ……」

「良かった。まだ息がある……」

「なにホッとしてやがる?」


 オーガはそう口にすると、僕の髪の毛を掴んで引っ張り上げる。ブチブチと髪の毛の切れ抜ける音がするが、そんなのお構い無しだ。


「ぐ、ぐぅう……」

「おい、坊主。この俺様に何でもするって言ったよな?」

「……・」

「ならば、よぅ?」


 そのまま、僕を放す。そして、地面に放り出していた自分の剣を持ち上げると、


「死んでくれ、な?」


 そう口にした。そして、


「ああ、大丈夫だって! そこの嬢ちゃんも、あそこの爺さんも婆さんも、それから其処らでお寝んねしている奴らもよ? すぐに会えるって! だってよぉ?」


(誰か…)


 コイツがこの後に言う言葉が簡単に判る。


「俺様が殺るからよ。言ったろ?誰も逃がさねぇてな」


(助けて……)


「だからよぉ———」


 巨大な剣を大きく振り上げる。


(誰か助けて……)


「安心して———」


(頼む! 誰か———)


 愉しそうに嗤い、舌なめずりをし、


(誰か———!!)


「死ねやぁ!!!」


 振り下ろす。


「———助けてくれぇええっ!!!」



 ガキイィィィィッン!!



 大きく響く、剣と剣のぶつかる音。



 そして……。



「全く、なに情けない顔をしているのよ。あなたは」


 ———それは、この世界では聞こえるはずの無い、懐かしい声音。驚き、無意識に顔を上げ確かめる。


(あぁ、やっぱり……)


 ぼくがその声を聞き違えるはずは無いのだ。だって、その声は僕の大切な“相棒”の声なのだから。


「ユウ、あなたには聞きたい事が山ほど有るのだけれども、後回しで良いわ。取り合えずは———」

「……何だ、テメェは?」

「——コイツを倒してからにしましょう!」


 そう言って、手に持つ愛刀でオーガの巨大な剣を押し弾く、紅い色の着物姿と紺色の袴を履いた、黒髪の女の子。

 そう、日乃出のお姫様であるアカリが、颯爽と現れた。



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