心の変化
※ 21/2/25 改定 (誤字・脱字、および、一部の表現が適当なものでは無かった為、追加・修正しました)
「ただいまー!」
鍛錬から帰った僕は、家の玄関を勢い良く開ける。すると、リビングの方から良い匂いがしてきた。途端、「グゥ」とお腹が主張を始める。
家に入った僕は、洗面台で手を洗ってからリビングに入ると、母さんが焼きたてのパンをテーブルに置いている所だった。良い匂いの正体はこれだった。
「おはよう、母さん!」
椅子に座りながら母さんに挨拶をする。サラはまだ起きていないようだ。やっぱり朝は弱いんだなぁ。
「おはよう、ユウ。朝から元気ね。何か良い事でもあったのかしら?」
「……いや、そんなに大した事じゃないよ」
母さんは、いつもと変わらない挨拶を返して来た。さっきまで心躍る気分だったのに、なぜか母さんに魔法が使えた事を隠して、素知らぬ素振りをする僕。魔法が使えたよ~!と報告するのがなんか恥ずかしいのだ。小さい子供でもあるまいし。
「そう? ユウってば最近元気が無かったから、少し心配してたのよ? もしかして、アーネちゃんとケンカでもしたんじゃないかって」
「……なんでそこでアーネが出てくるんだよ、母さん。でもごめん、心配掛けて……」
「ふふ、ユウならそんなに心配しなくても大丈夫かなと思っていたけれどね♪」
言いながら、母さんは僕の頭を優しく撫でる。やはり母さんにとって僕は、大きくなろうがいつまで経っても子供なのだ。
「―それに、一番心配していたのはサラよ。サラにもちゃんと謝っておきなさいね」
「……うん」
無気力になっていた時の僕を、心配そうに見つめるサラの顔を思い出す。兄として、妹にあんな顔をさせていた事に、自分の事ながら情けなくなってくる。サラが起きてきたら、心配掛けた事をちゃんと謝ろう。
「……おはよぉ~……」
と、ちょうどその時、「くぁ」と欠伸をしながら、サラがリビングに入って来た。着ていたパジャマがはだけ、寝ぼけ眼に寝ぐせバッチリである。その寝惚け眼をゴシゴシと擦ると、僕を見てピタリと動きを止めた。驚いているみたいだ。最近この時間に僕は起きていないから当然か。
「おはようサラ。……その、心配掛けてごめんな。もう大丈夫だから……」
少し気恥しくなった僕は、頬をポリポリと掻きながらサラに謝る。するとサラは顔を下に向け、身体をモジモジさせると、
「ううん。サラも悪いの……。お兄に無責任な事を言ったし、お兄が苦しんでる時に何の力にもなってあげられなかったし……」
「いや、僕の方が悪いんだ。サラに、こんなにも心配掛ける兄でごめんな」
椅子から立ち上がると頭を下げた。ほんと、不甲斐ない兄で申し訳ない。
顔を上げると、サラは俯きながらも僕に近づいてきた。そして僕の前に立つと見上げてくる。僕の顔が映る茶色の目。その目は潤み、今にも零れ落ちそうな涙が溜まっていた。
「お兄、心配したんだよ?」
「うん、ごめんな」
そしてサラの頭を優しく撫でる。さっきの母さんと同じ様に。
「……ほんとに心配したんだから! 罰としてサラの言う事は何でも聞く事! いい?!」
「はいはい」
そう返事を返すと、サラは自分の腕を僕の背中へと回し、ギュッと顔を僕の胸に埋めてくる。こんなに心配を掛けたのだ。サラのワガママの一つ位、聞いてあげよう。
「―ふふ、良かったわね、サラ。さて、それじゃ二人とも、朝ご飯にしましょうか。サラは顔を洗ってきなさいね」
僕たちのやり取りを見守っていた母さんが、朝食の準備の為、台所に向かう。「う~」と頬に手を当てて唸ったサラは、顔を洗う為洗面台に向かったので、僕が朝食の準備の手伝いをする。
「―良かったわね、ユウ」
隣に立つ僕に、母さんは言った。ほんとサラに素直に謝れて、そして許してもらえて良かった。
「……うん、ありがとう母さん」
魔物に遭遇した。魔法が使えた。母さんとサラに心配を掛けた事を謝れた……。いつもと違う朝に、僕は自分自身の何かが変わっていくのを確かに感じていた。