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発破

 


 アーネの宿前の防柵に辿り付いた僕達。だが、防柵の高さは軽く3~4めーとるはある。乗り越えるのは難しそうだ。回り道しようにも道いっぱいに防柵が広がっていて、期待出来そうも無かった。そうこうしている内に、今もこの防柵には魔物が張り付き、手や足、口や尻尾などを使い破壊しようとしている。だがそうした魔物達も、


「っふん!」


 イーサンさんが剣を振るう事で、手が飛び、足が飛び、或いは頭が飛びと、防柵に張り付く魔物の数を減らしていった。


「誰だ!? 冒険者か!?」


 イーサンさんが魔物を間引きながら、なんとか防柵を乗り越えられそうな所を探していると、中から質問が投げ掛けられる。


「わしだ。イーサンじゃ!」

「おぉ! イーサンさん、無事で何よりだ!」

「あぁ、お主らもな。それに家内と隣のシードルフ親子も一緒じゃ」

「それは本当か!? 神童も一緒なのか!?」

「神童? もしかしてサラちゃんの事かの? それならば一緒に居るぞ」

「おお!!」


 防柵内に居る声の主は興奮していた。魔物に襲われて、今にも殺されそうな所に、スペルマスターであるサラが来た事によって、助かる可能性が高まったからだ。


「よし! ちょっと待ってろ! 今梯子を下ろすから、登ってきてくれ!」


 すると、防柵の上から梯子が現れ、こちら側に下ろされる。


「ワシは最後で良い!皆が先に登れ!」


 イーサンさんはそう言って、こちらに向かってくる魔物の掃討に向かう。


「殿下からお先に」

「いえ、 子供達を先に行かせます! さぁ、サラから行きなさい!」

「は、はい!」


 返事して、梯子を登っていくサラに続き、


「さぁユウ、あなたも!」

「う、うん」


 僕も梯子を登り、防柵を越えていく。

 防柵を越えた先には、村の人が数十人程居て、怪我を負った人の介護をする人や、しゃがみ込んで震えている人、神様に祈っている人など様々で、突然の魔物の襲来に皆、混乱していた。

 その中でも、戦闘職のジョブを持っているだろう人達が、防柵の隙間から槍や弓矢等で魔物と戦っている。上を見るとアーネの宿の屋上や窓には、魔法系のジョブを持っているだろう人達が、杖を片手に詠唱したり、完成した魔法を魔物に向けて放っていた。そうやって戦っている人達の中には中には学校の先生や、前にも居た冒険者の姿も見える。

 そして、


「ユウ! サラちゃん! 無事だったのね!! 良かった!!」


 先に防柵の中に入ったサラがアーネに抱きつかれている。アーネも無事で良かった。良く見ると、宿屋の主人であるアーネの親父さんの姿もあった。今は宿の台所で作ったのだろう、暖かいスープが入った鍋を片手に、皆に配っていた。こんな時でも自分の出来る事をするっていうのは凄いと思う。


「アーネちゃんも無事で良かった! 他の皆は? 」

「ここに居る人以外は判らないわ。もしかすると、村長の家や教会に逃げ込んでいるのかも知れないけれど……」

「村長さんの所は分からないけれど、教会には私達しか居なかった。他は……学校とかかも」

「そう……。皆無事だと良いけど……」


 アーネが目を伏せる。これだけの魔物に襲われているのだ。自分の言葉ながら皆が皆、無事だとは思っていないのだろう。


 重たい空気になってしまったので、


「それで、ここには誰が居るんだ、アーネ」


 質問をする事で払拭しようと試みる。

 アーネも僕の狙いが解ったのか、伏せていた顔を上げると、腰に手をやりながら、


「そんな上から物を言わないでよね!……えっと、私が確認したのは、学校の先生と、クラスの子数人かしら」

「クラスの子?」

「ええ」


 そうか、前はカールとその取り巻き、それにアーネしか見なかったけど、もしかすると他にも居たのかも知れないな。覚えていないけど。


 どんな顔をしていたか分からないけれど、僕の顔を見るなり、少しだけ暗い表情を浮かべたアーネがぽつり呟く。


「……カールも居るわ」

「……そうか」


 それだけだ。別にカールが居て胸くそ悪いとか、生きていてくれて嬉しいとかは無い。この場に居る、ただその事実だけを受け止めただけだ。

 だけど、僕の答えが意外だったのか、


「……ユウ、あんた変わった?」

「? どうして?」

「……いや、なんとなく、よ」


 アーネにしては珍しく歯切れが悪い受け答えだったけれど、特に気にしない。

 アーネも特に気にする事も無く、


「ま、良いわ! それで、あなた達二人だけなの?——って、おば様!!」


 アーネの質問の途中で、母さんとエマさんが梯子を降り、こちらに向かってくるのが見えた。


「アーネちゃん、無事で良かったわ!」

「おば様も!」


 二人、手を取り合って喜んでいる。


「殿——、こほん、シードルフさん、私は学校の先生の所に行きますね」

「はい、宜しくお願いします」


 二人のやり取りをほのぼのとした顔で見ていたエマさんは、一言そう言って学校の先生の元に向かう。これからどうするのかを相談するのだろう。


「ほんとに皆無事で良かった……。いきなり魔物が大勢現れて、お店に居る人に襲い掛かったり、近くの家やうちの宿とかを壊し始めて……。ほんとに怖かった」

「アーネちゃん……」

「でも、もう大丈夫ですよね?! 学校の先生とか、うちの宿にたまたま泊まっていた冒険者の人達、それにサラちゃんも居ますし、魔物、追い払えますよね!?」

「……」


 アーネの同意を求める声。しかし、母さんはそれに同意する言葉を口にしない。代わりに少し困った顔を僕に向けた。その視線を辿る様にアーネも僕の方を向く。


「……ユウ?」

「——アーネ、ちょっと聞いてくれ」


 これからあの悪魔がやってくる。正直どれだけの戦力があったとしても、勝てるかどうか。元とはいえ、あのトライデントが二人居ても勝てなかったのだ。ここに居る誰一人として、生き残れる保証は無い。

 だからこそ、母さんはアーネにも話した方が良いと判断し、僕を見たのだろう。


 アーネにこれから来る悪魔の事を話す。母さんやイーサンさん達の身分や経歴、その悪魔に殺された事、その後に別の世界に行った事は、話しても混乱するだけだと思ったから話さなかった。その悪魔は自分の家から教会に逃げる途中で見かけたという事にして。


「……そんなのが居るの!?」

「……うん」


 話しを聞き終えたアーネは青い顔をして、恐怖で震えている。そして縋る様に僕の服を掴み、


「で、でも! ここには学校の先生とウチに泊まっていた冒険者の人たち。それにサラちゃんも居るのよ!?」

「……いや、かなり厳しいと思う。あの化け物相手だと、実際何人必要なのか想像出来ない」

「そんな……」


 アーネには話していないが、あの時はそのトライデントであるイーサンさんとエマさんはザファングに殺されてしまった。その後、僕たちの前に現れたアイツが傷を負った跡は見えなかったから、二人の攻撃でもアイツにはあまり通じなかったのではないだろうか。例え、そこにスペルマスターであるサラが加わった所で勝てるかどうか……。

 だから、今は一刻も早く隣街に行って、魔物の襲来と援軍の要請を伝えなければならない。


 だが、


 GUGYAOOOOOW!!


「ひいっ!?」「何だ、今のはっ!?」「おい、あれを見ろ!!」


 魔物の咆哮がした方を向くと、そこには森にいるオオトカゲの様な顔をした、しかしその大きさは比べられない程巨大な魔物が、防柵の上から顔を覗かせた。


(なんだ、あれ……!?)


 あんなの見た事が無い! 前の時には現れなかった魔物だ。


「シードルフさん、皆!!」

「エマさん!」


 学校の先生の所に居たエマさんが、こちらに走って来た。そして、その巨大なトカゲ顔の魔物から、母さんを護る様に間に入ると、持っていた杖を持ち上げ呟く。


「……アースドラゴン……」

「「「!!?」」」

(ドラゴン……これが……)


【ドラゴン】

 その名を聞いて、心躍らない男の子は居ない。それほどまでに有名な存在。それは、数々の絵本や冒険譚、民話から神話、挙句の果てには学校の教科書にまで登場するからだ。

 曰く、人間がこの世界に生まれる前から存在していた。

 曰く、神と魔王の戦いにおいては神と協力し、魔王を滅した。

 曰く、人の存在を忌み嫌い、魔王と結託し人間を滅ぼしかけた……。

 数えるときりが無い程に、その存在は多くの人々に語り継がれてきた。崇拝。忌避。憧憬。憎悪……。

 だが、語り継がれるわりにその存在が確認される事は滅多に無いと、学校の教科書に載っていた。理由は判らないと書いてあったが、実技の先生が言うには、そんなに繁殖力が強くない所に、ただでさえ数が減っている同じ竜種同士が、遭遇する確率もほとんど無いからじゃないかとの事だった。


 そんなドラゴン種は色々な種類のドラゴンがいるらしい。今、長い舌をチロチロと出しながら、こちらの様子を窺っている【アースドラゴン】を始め、【ファイアードラゴン】【ウォータードラゴン】【ウィングドラゴン】などが確認されているらしい。

 そして、その数有るドラゴン種に共通して言える事がある。それはとても強いという事。

 先生の話によると、20年前に確認された【ウィングドラゴン】一匹の討伐に要した戦力は騎士が50人、魔法使いが20人。そして無事討伐を成し遂げて帰還した兵はその半分にも満たなかったと。それほどまでにドラゴン種というのは圧倒的な力を持っている、まさに不可侵な存在。


 そんな圧倒的な存在を前に、僕たちは呆然とする。


(アイツだっているのに、ドラゴンなんて……)


 まさに絶望的な状況。今度こそ、僕は死ぬ。そう確信する。


 しかし、隣にいるエマさんは、


「……小さい? まだまだ子供の様ね。あれなら何とかなるわ!! 皆、行くわよっ!!」


 杖をぐっと握り締め、僕たちや、学校の先生、そして冒険者の人達に発破を掛ける。


 だが、


「……おいおい、冗談は止めてくれ。あんなの、ドラゴンなんかに勝てる訳無いだろ……」

「そうだ、無理だ……。死ぬ、皆ここで死ぬんだ……」

「……これまでか……」


 冒険者の人達は持っていた剣や槍を手放して力無くしゃがみ込み、学校の先生たちもその目には諦めの色が強く浮かんでいる。


「皆、しっかりしてちょうだい!! あれはドラゴンといってもまだまだ子供! ここに居る私達でもなんとかなる相手よ!!」

「無理だっていっているだろっ!? そんなにやりたきゃ、お前一人で行けば良いじゃねーか!!そして、とっととおっ死んでこいっ!」

「……エマ……」


 エマさんが説得するも、冒険者の一人が強い口調で言い返す。それを受け、顔を俯かせるエマさん。母さんが心配そうにエマさんの背中に手を添えた。

 防柵の中に漂う絶望と不穏な空気。しかし、その空気を生み出した本人は気にする事無く、防柵内に頭を突っ込むと、絶望でしゃがみ込む冒険者の一人、杖を持っていたから魔法使いか、に狙いを定めると、


 GWGYAOOOOO!!!

「ひぃぃぃっ!!」


 一吼えすると、その大きな口を開き冒険者に襲い掛かった。


「マズい!?」


 エマさんが杖を持ち上げ魔力を練り上げるも間に合わない! 狙われた冒険者はその大きな口に飲み込まれ————、


「っふうん!!」


 ズジャァァァ!!


 GYAOOOOO!!??



 誰かの掛け声とともに何かが切り裂かれる音と、アースドラゴンの悲鳴。


「なんだっ!?」


 学校の先生が状況を理解しようとするが、全く分からない。

 そんな中、


「外だ!! 防柵の外!!」


 アーネの宿の二階に居た弓使いの村の人が、防柵の外を指差しながら声を張り上げる。


(外……? あっ!?)


 僕たちはすっかり忘れていた。ここにはもう一人トライデントが居る事を!


「イーサン……」


 エマさんが嬉しそうにその人の名を口に出す。

 そう、防柵の外に居たイーサンさんが、ドラゴンに何か攻撃を仕掛けたのだ。

 すると、徐にその本人が梯子を登り防柵の上に立つと、


「おい、貴様らっ!! こんな老いぼれ二人にやらせて恥ずかしくはないのかっ! それでも母ちゃんのお乳を卒業した人間かっ!!」


 そして、痛みにのたうち回っているのだろう、小さくない振動と、これまた小さくない悲鳴を上げているドラゴンの方を指差し、


「見ろっ! わしの攻撃で苦しんでいるこの様を! 効いているのだ! たとえドラゴンであってもな!」


 そして、腕組みするとへたり込んでいた冒険者や、諦めていた学校の先生に向かって


「お前等でも出来る! 今こそこのドラゴンを倒し、自分に打ち克て!!」

「「……」」

「今ならドラゴン相手に力試しが出来るぞ!! こんな機会二度と無いわ! 冒険者なら名を挙げろ!! そして漢なら、震えて喜べっ!!!」

(そんな無茶な……)


 どんな発破の掛け方だよと呆れていると、


「……やってやるよ……」

「……じじいの癖に言いたい放題言いやがって」

「大切な皆を守る。相手がドラゴンであってもそれは変わらぬ!」


 口々にそういうと、落としていた自分の相棒を拾い上げ、立ち上がる冒険者や学校の先生。

 それを見て、「うむ」と嬉しそうに頷くと


「それでこそ漢じゃ! では行くぞ! あんな大きいだけのトカゲもどき、恐れるに足らんわ!!」

「「「おお~~~!!!」」


 と掛け声をあげ、所々に掛けられていた梯子を登り防柵の向こう側に向かっていく。


「先ほどのわしの一撃で、尻尾は切ったからとて油断するなよ! 子供とはいえ腐ってもドラゴンじゃ! 連携して立ち回れ!!」


 防柵の向こう側に消えていった冒険者や学校の先生、そしてイーサンさんの発破に触発された、戦士職のジョブを持っているであろう村の人達に指示を出すと、イーサンさんはガシャガシャと鎧を鳴らしながらやってくる。そして僕達の方、特にエマさんに対して、何故か申し訳無さそうな顔をする。


「エマ、怒ってる?」


 先程までの威勢はどこへやら、もにょもにょとエマさんに質問する。指をモジモジしないでほしい。

 それに対し、エマさんはニッコリと笑って、


「私は女だから、やらなくてもいいのよね……?」


 と、その笑顔は見る者全てを凍らせるほどに冷たく感じる。それは気のせいなんかじゃなくて、その笑顔を向けられたイーサンさんが、小さく「ひっ!」と悲鳴を上げてしまう程。とてもドラゴンの尻尾を切った人とは同一人物だとは思えないほど、怯えていた。

 そして焦る様に弁明する。


「だ、だって、あいつらエマに、お前さんに向かって酷い事を言うもんじゃから、頭に来て……。それに、ああいう奴らはああ言った方がやる気になるというか、やる気になるというか」

「———イーサン」

「——はいっ!」

「……心配してくれてありがとう。でも、私は大丈夫よ。あなたが思っている以上に強いんだから。それにここにいる女性達もね」

「……エマ」

「さ、皆がやる気になった今が好機よ! 私たちも援護するわ! さっさと仕留めちゃいましょう!」

「……エマ。うむ、そうじゃな! わしも行ってくる!」


 そう言って、防柵の向こうに消えるイーサンさん。

 防柵を見つめ、消えたイーサンさんを見送った後に、俯き皆に聞こえない様に、本当に小さい声で、「いつもありがとう……」と感謝の言葉を口にしたエマさんは、顔をガバっと上げると、後ろを振り向き、声を張り上げ、


「さぁさぁ、前衛ばかりに良い恰好をさせるんじゃないよっ! あいつらすぐ図に乗るからねっ!うちらの援護が無きゃ駄目だって所を見せつけるわよ!!」

「「「はいっ!!」」」


 両手をパンパンと叩いて、後衛職の女性達を鼓舞する。魔法使いなどの後衛職や、治癒士、薬士などの補助職を担っている女性達が、揃って大きな声で返事を返す。そして、エマさんが指示を出していく。


「おばあちゃん、いつもと雰囲気が違う……」


 その光景を見ていたサラが呟くと、同じく見ていた母さん。腕組みしていた手を頬に当て、微笑む


「ふふっ、昔のエマが戻ってきたようだわ♪」

「そうなの?」

「えぇ。言ったでしょ? エマとイーサンは冒険者だって」

「そうだった……」


 今もテキパキと指示を飛ばすエマさんを眺めていると、


 GYAWOOOO!!


 アースドラゴンの咆哮が辺りに響く。声を聞く限りまだまだ元気な様だ。


 そんな中、


「おい、俺たちも行くぞ! 俺たちも手柄を立てるんだ!!」


 そんな声がした。そちらを向くと、カールが取り巻きと一緒に防柵の梯子を登っている所だった。


「ちょっとカール! 危ないわよ! ドラゴンは大人に任せて、私達は援護に徹しましょう!」


 カールを呼び止めようとアーネが忠告するが、


「……」


 防柵の上からアーネを見たと思ったら、そのまま向こう側へと消えていった。


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