第三章 再びのアイダ村 帰還
この話から第三章になります。
・ ・ ・
白い。ただ白いだけの場所。
そこには何も無く。そこには全てがあった。
そこで形となったもの。そこで形を失ったもの。
それの繰り返し。ただ、それだけ。
そこに意味はあったのか、そこに意味は無かったのか。
……いや、これだけは言える。
そこにはただ、何も無く、ただ全てがあった……と。
・ ・ ・
何だろう? 吸い寄せられているのだろうか?
それとも弾き出されているのだろうか?
解らない。だって体がどっちの方を向いているのか解らないのだから。
だけど、その中で解る事もあった。
「あぁ、もうすぐかな……」
何故かそれだけが解った。
意識に何かが近付いてくる。
「——————」
「————っ」
「——……ぃ」
———そして、
「お兄!!」
その声で目を覚ますと、目の前にはサラの顔があった。
△ ユウ視点 △
「ん、サラ……」
永く、とても永く眠っていた気がする。
目の前のサラを見て何故だかそう思っていると、サラがガバっと抱き付いてきた。
「お兄~。良かったよ~!」
僕の胸に顔を埋め、泣くサラの頭を撫でながら、何故か湧き上がるほんの小さな違和感。
(何だろ、一体?)
その違和感の正体を探る様に、周囲を見回す。誰かが日常的に使用している部屋なのだろう。生活に必要な家具や調度品が置かれていた。
未だ抱き着いているサラの頭を撫でながら、何だか落ち着かない気持ちでいると、部屋のドアがノックされる。
ビクッ!
無意識に体が硬直する。
「……お兄?」
胸に埋めていた顔を上げ、不安の表情を浮かべるサラ。
(何なんだ? さっきから)
得体の知れない不安が胸に渦巻く。だが、それが何か分からない。
「お兄、どうしたの?」
「……いや、何でも無いよ」
そんな僕の不安が表情にでていたのだろう、サラが泣き出しそうな顔をしたので、頭をそっと撫で、
「どうぞ」
と入室を促すと、ガチャっとドアが開き、隣のおじいさんが顔を覗かせた。そして、
「——母、さん?」
おじいさんの後ろから、母さんが入室してくる。その姿を見た瞬間、胸がギュッと締め付けられた。
(ほんと、どうしちゃったんだ!? 久しぶりに母さんに会って、母さんが無事だと判ったからなのか?)
村に魔物達が入り込み、村を破壊し、人々に危害を加えているのを見て来たから、母さんが無事だった事にとても安心して、気が抜けただけなのかもしれない。
部屋に入ってきた母さんは、僕が横になっているベッドの脇にある椅子に座ると、僕のおでこに触れ、
「ユウ、目を覚ましたのね。良かった……」
と、安堵の表情を浮かべた。
そんな中、
「お母さん、お兄がどれだけお母さんの心配をしたのか解っているの!? こんなになるまで、倒れるまでお母さんの事、心配したんだからねっ!」
と、アカリが僕と母さんの間に割って入り、母さんに向かって怒る。僕が倒れている間に再会し、ある程度は話をしている筈なのに、まだサラは納得出来ていない様だ。
すると、それを受けた母さんが椅子に座りながら深々を頭を下げ、
「本当に、ユウとサラにはとても心配掛けたわね。こんなにも子供に不安がらせるなんて、母さん失格ね」
と頭を下げた。
「母さん……」
「……もう勝手に居なくならないでよ! 次に同じ事したら、お兄と一緒に家出するんだからね!」
「……えぇ、解ったわ……」
「……ゴホン、ちょっと良いかね?」
僕たち親子のわだかまりが溶けた所で、おじいさんが咳払いをする。
そこから、話が始まった。
僕が倒れてからの事。街の状況。そして母さんとおじいさん、途中から部屋に入ってきたおばあさんの過去……。
「——整理すると、母さんがお姫様で、イーサンさんが騎士、エマさんが魔導士ってことなんだね……?」
「えぇ、そうよ」「うむ」「改めて言われると照れるわね」
母さんとイーサンさん、そしてエマさんがそれぞれ頷いた。
それにしても———
(何なんだ、この頭痛と違和感は!?)
最初は小さく、何かしっくりこないな?程度だった違和感は、頭痛を伴って激しい自己主張を繰り返している。
その後、この村に来た経緯を聞いた所で、頭痛が動悸に変わり——、
僕が母さんの子供じゃないと聞いた所で、動悸が激しい嘔吐感に変わり——、
そして———、
「そうね、全てを話すと約束したものね。……ユウ、信じられないかも知れないけれど、あなたは別の世界から来た人間なの」
(————あ)
“別の世界”
その言葉が耳に入った瞬間、頭の中で記憶という名の情報が弾け出す!
「……ぅ……うわあぁぁぁぁ!!」
「お、お兄!!」「ユウ!!?」
頭を抱え、ベッドの上で転げ回りながら、まるで散弾の様に頭内を跳び狂う記憶を必死に処理していく。そんな様子を見て、悲鳴に近い声を上げるサラと母さん。
「お母さんが変な事を言うからっ!」
「ユウ、ごめんなさい!!」
「二人とも、落ち着くんじゃ!」
混沌と化した部屋の中、少しずつ落ち着いてきた僕はやっと現実に目を向けた。
(うぅ、ど、どういう事だ!? ここは一体!? 僕は一体!?)
まだ重さの残る頭を押さえながら、体を起こす。
「お兄!」「ユウ、大丈夫!?」
心配そうに見つめるサラと母さん。どれだけ見てもここが夢の中でも、二人が偽物だとも思えなかった。
(本当に何なんだ!? サラも母さんも殺された筈だ! それに日乃出は!?)
最後に覚えているのは、アカリの部屋で二人で話し、最後に見た笑顔。そこからは何も覚えてはいない。
(日乃出での事が夢だった?! いやそれは有り得ない!! それにあれが夢だったとしても、殺されたサラと母さんが生きている説明にはならないし)
だが、実際サラも母さんも生きていて、僕の目の前でオロオロとしている。
(じゃあ、この世界が別の世界なのか!? ……いや、そんな感じはしない。僕が良く知っている二人だ)
僕の前でアワアワしている二人を見ていると、ここが別の世界だとは思えない。
(解らない! 解らな過ぎる!)
気付けば、僕も頭を掻きむしりながらアワアワしていた。すでにアワアワしているサラと母さんと揃って、部屋の混沌具合はさらに増す。
だが、いつまでもそれが続くことは無かった。
気付けば、体をフルフルと震わせ大きく息を吸い込んだイーサンさんに、
「——三人とも、落ち着かんかあぁー!!!」
と、怒られたからだ。