お前たちなら勝てるさ
明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願い致します。
お正月に100話って、きりが良いですね♪
△ アカリ視点 △
「今度はこちらの番です」
西ノ宮の刺客と思しき侍がそう呟いた刹那、疾風のごとき速さで斬りかかってくる。
(いけない! ユウじゃ、あの速さに対応出来ない!)
先ほどまでの彼奴との交戦を、ユウは全く目で追えていなかった。私にすらハッキリと見えない彼奴の太刀筋。おそらくユウはそれすら見えていないだろう。
それでは彼奴の刀を捌く事すら難しい。
(私が何とかしないと!)
痛みと苦しさで丸まりそうになる体に活を入れ、何とか立ち上がろうと腕に力を入れるが、震えてしまって起き上がるどころか力すら入らない。再び【忌み子】化しようと集中したが、痛みがそれを邪魔して上手く出来なかった。
(こんな時に!)
自分の思い通りに動かない体に怒りが湧いた。早く立ち上がって刀を握り、ユウの前に立って奴の剣戟を防がなければ、ユウは確実に殺されてしまう。
なのに、全く言うことを聞かないのだ。悔しさで泣きたくなる。
ふとユウを見ると、足が震えていた。
それも当然だ。相手の攻撃が全く見えないという事は、それだけの力量差があるという事。そんな相手が、自分を殺そうと迫ってきているのだから。
逃げ出したいに違いない。——なのに。
ふと、足の震えが止まったかと思うと、驚くべき事に目前まで迫っていた彼奴が繰り出した刃を、持っていた杖で弾き返した。
「……ぇ?」
まだ苦しくて上手く声が出せなかったにも関わらず、驚きで自然と漏れ出てしまった。
恐らくは偶然だと思うが、それでもユウは彼奴の一撃を、見事に防いで見せたのだ。
「ほう? 今のを防ぐか」
彼奴も私と同じ様に、ユウが起こした奇跡にも近しいその出来事に、驚きの声を上げた。
だが、私と違ってそこにははっきりと嘲りや悔慢が含まれていた。
「これは面白い」
その感情を欠片も隠す事の無い彼奴は、スッと刀を振り上げる。
「どこまで防ぎ切れるかな?」
愉悦をたっぷりと含んだ嘲笑を浮かべ、ユウの杖目掛けて振り下ろした。そして続く乱撃。私でさえ、全てに対処出来るか分からない程の烈しさだ。
だが、ユウ自身はおろか、着ている鎧にさえ傷は付いていない。
当然だ。彼奴はユウを傷付けようとしている訳では無いのだから。
そこに有るのはユウの恐怖心を呷ることへの恍惚。
「ほらほら、どうした? それでは後ろの姫を助けられんぞ?」
口元を大きく歪め、杖を前に突き出したまま動けないユウを馬鹿にするかの様に挑発する。
彼奴の攻撃の勢いは徐々に増し、ユウも何とか踏ん張っているがその勢いに押され後退っていく。
(もう良いよ、ユウ。私なんか放っておいて早く逃げて……)
そんなユウの危機に心の中でそう呟いた。
なのに、何故か私は別の事を考えていた。いえ、正しく言えばユウの背中をぼうっと見つめていた。
私は【忌み子】と、そして【凶姫】として今まで過ごしてきた。その間、友達はおろか人付き合いすらまともにしてこなかった。
それもそうだ。誰が【忌み子】と一緒に居たいだろうか。そして【凶姫】と呼ばれる程に強くなってからは、その強さ故に誰かに守ってもらった事など殆ど無くなった。
それに対して今さらどうのこうのと思う事は無かった。それが当然だと思っていたから。
———だから、今こうして男の子に守ってもらう事がこんなにも嬉しいなんて——。
ユウは私よりも確実に弱い。なのにその背中は大きくて……。
胸の奥が熱く高鳴り、無意識の内に鎧の上から押さえる。
まだ【忌み子】になる前に読んだ侍と姫のおとぎ話。その中にあった侍が心寄せる姫を、命を懸けて守る場面……。幼心に抱いた憧憬。それが今目の前にあった。
(——っていけない! 私ったら何を!?)
何を惚けているのか、こんな時に!
首を大きく降り、意識を現実へと引き戻す。
彼奴は相も変わらず、ユウが前に突き出した杖目掛けて一心不乱に刀を振るっていて、その姿はとても滑稽に見えた。
だが、その憂晴の様な攻撃も突然と終わりを迎える。
「そんな棒っ切れで私の前に、侍の前に立った事を後悔しながら——」
ユウの態度に彼奴を憤らせる事柄でもあったのだろうか、そう呟くとそれまで浮かべていた底意地の悪い嘲笑を、スッと消して能面の様な無表情となると、刀を振り上げる。
(マズイ!!)
その表情とは裏腹に、彼奴の纏う殺気が急激に膨らんでいく。
ユウは相変わらず、持っている杖を前に突き出したまま動かない。いや、彼奴の連撃で腕が痺れ、疲労で動けないのかもしれない。
だが、ユウの回復を待つような彼奴では無い。
「———死んでいけ!」
ユウを屠る為、脳天目掛け刀を振り下ろす。それは先程までの、狩る者が狩られる者へと行える一方的な戯れとは違う、本気で命を奪う一撃。
「ユウ!!」
叫ぶ。叫んだ所で何も変わらないのは解っている。それでも叫ばずにはいられなかった。それはユウを庇いたいと思う気持ちに体がついてこないことへの己への叱咤だ。叫ぶ事で自分の体が動くかもという、微かな願望もあったのかもしれない。
だが現実は、そんな願望なぞ躊躇いもなく、それこそ一笑に伏すかの様に切り捨てる。
彼奴の振り下ろした刀がユウの頭頂部に吸い込まれ——。
『———マッタク、マダマダダネ』
——不意に私の耳に届く《声》
瞬間、ユウを護る様に濃い気配がユウを包み込む。
そして、
カアァァン!
ユウの脳天に吸い込まれる筈だった彼奴の刀が、音と共に弾かれていた。
「「なっ!?」」
呆気に取られる私と彼奴の声が重なる。
それも当然だ。彼奴の繰り出した唐竹斬りは、あとほんの僅か、私の拳位の間隔でユウを頭から真っ二つにする所だった。
そんな僅かな間に、ユウは持っている杖を彼奴の繰り出した唐竹斬りに合わせ、尚且つ弾き返す。
そんな芸当は私には出来ないし、出来るとしたら熟練揃いの日乃出の侍の中でも、いつの間にか激しい斬り合いを展開している、東夷、西夷両将軍のあの二人と、各隊の隊長格位ではなかろうか。
(すごい……)
ブルリと体が震えた。全身を鳥肌が覆う。
それは寒さから来るものなどでは決して無い。断じて出来ないと思い込んでいた事を、相棒以上として認めている男の子がやってのけたのだ。興奮しない訳がない。
だが、私とは逆の意味で興奮した彼奴が叫ぶ。
「馬鹿な!? あの状態から私の刀を弾くだと!? そんな、あり得ん!!」
そしてもう一度、俯いて絶好の高さにあるユウの頭目掛けて、刀を振り下ろす。
が、
「はあぁぁ!!」
『ンー、アイツニ比ベレバ止マッテ見エルネェ』
そう言うと、今度は杖で受ける事無く、体を斜めにする事で難なく躱した。
『何度ヤッテモ無駄ダト思ウヨ』
「黙れぇっ」
激高した彼奴が、上下左右一心不乱に斬り付ける。
先程のユウの杖に遊び半分で叩き付けていた乱撃とは違う、彼奴の本気の連続斬り。
「かあぁぁ!!」
気合と共に繰り出す彼奴の剣筋は、私の目にも負えない領域の速さ。ユウの力量では決して躱す事はおろか、一合たりとも対応出来ない、筈だった。
だが、
『ウーン、悪クハ無インダケドネ』
涼しい顔をしてその嵐の様な乱撃を躱し、往なしていく。よく見ると、徐々にではあるがまだ立ち上がれない私から距離が開いていく。
もしかすると、彼奴が逆上して攻撃が私に向かない様にしているのかも知れない。
「くそっ!何故当たらない!!」
顔を真っ赤にし息を切らせながら、それでも刀を振るう刺客の侍。
だが、まるで軽業師の様な軽い身のこなしで、ユウはそれらをいとも簡単に躱していく。
やがて限界が来たのか、彼奴は肩を激しく上下させながら、苦し気に息づく。
「かはっ!はぁはぁ、い、一体どうなってやがる!?」
よほど苦しいのか、彼奴は折った両膝に手を付け、悪態を付く。
『オ前サンゴトキデハ、俺様ニ当テラレハセンサ。サテ——』
「——えっ?」
ユウが突然目の前に現れる。そして、上体を起こしていた私の顔の高さに合わせるようにしゃがみこむ。
ユウと目が合う。その目はうっすらとぼやけていて、まるで意識が無い様な……。
『フム……』
「~~~~!!?」
すると不意にユウが顔を近付けた。お互いのおでこが触れてしまいそうになるほどの距離。
その突然の行為に、心臓が飛び出そうになる。顔が熱い。今の私の顔はどれほどまでに赤いのだろか。
その状態に耐えられなくなった私は、ユウを突き飛ばそうとした時だった。
『……ソウカ……』
「えっ?何?」
『娘、名ハ?』
「……は?」
『名ヲ問ウテイルノダ。名前ハ無イノカ? アァソウカ、コノ発音ガ聞キ取レナイノカ。チョット待テ。……どうだ?聞こえるか?』
「……ちょっと、何言っているのよ、ユウ——」
その時、本能的に悟ってしまった。今目の前に居て、私の名前を聞いているのはユウであって、ユウでは無い、と。
「……あなた、一体何者かしら?」
『——ふむ、気付いたとはな。中々に頭が冴える様だ』
「ちょっと、何者か聞いているのよ。答えなさいよ!」
『先に名を聞いたのは俺なんだがな。 まぁいい。……済まんが今はまだ名乗れん。その内に機会があれば、な』
ユウであってユウで無い者が、そう言って頭を下げる。
『して、お前さんの名は?』
再び顔を上げ、改めて名を尋ねられた。
答えなくても良いかなと悪戯心で思ったが、そんな事をしても何も得られる物は無いし、何故かユウが元に戻らないと思ったので、素直に答える。
「……アカリよ。橘アカリ」
『……そうか。アカリ、か』
ユウが何処か納得がいった様な顔をする。
「その言い種だと、私を知っているのかしら?」
『いや。知らない名だ』
「そう。で、あなたは何て呼べば良いのかしら? ユウって呼ぶわけにはいかないでしょ?」
ユウではあるが、全くの別人なのだ。ユウと呼びたくは無いし、こんがらがってしまう。
すると、
『そうだな、……権兵衛さんとでも呼んでくれ』
「……そう、じゃ宜しく。名無しの権兵衛さん」
私に名前?を呼ばれ、あぁと応える。
「で、私に何か用なのかしら?」
ある程度体の痛みが取れたので立ち上がり、着物や鎧に付いた汚れを軽く払うと、権兵衛と名乗るユウも立ち上がり、
『お願いがある』
そう唐突に口にする。
「お願い?」
『あぁ』
「……内容によるわね」
権兵衛に胡乱な目を向ける。
名前も正体も明かさない相手からのお願い事である。疑わない方が無理だ。
そんな私の不審者へと向ける様な視線を意にも返さず、
『簡単さ、この坊主を助けてやって欲しい。それだけさ』
「……えっと?」
良く理解出来なかったので少し混乱してしまう。それを否定と捉えたのか、権兵衛は難しい顔をして、
『何だ、嫌なのか?』
「……それだけ? ユウを助ける、だけ?」
『そう言ったはずだが?』
この発音でも聞こえないのか?と小首を傾げる権兵衛。
「ほんとにそれだけ? あとでやっぱり違うとかは無しよ?」
『疑り深いな。ほんとにそれだけだ』
権兵衛はやれやれと大袈裟に首を降る。
元はと言えば、こいつが素性も明かさずにいる事が疑う要因となっているのだが、それを言うと面倒なので口には出さない。
「……良いわ。私は最初からユウを助けるつもりだもの」
『——良い返事だ』
この戦が終わった後、私はユウが元の世界へと帰れるよう手助けをするつもりだ。この権兵衛が言う助けが、私の考えているその手助けと同じかは分からない。
だけど、ユウに何かしらの助けが必要なら、私は迷う事無く力になりたい。
権兵衛はニカッと笑ったかと思うと、フムと腕組みをして、
『さてはお前さん、この坊主に惚れているのか?』
「~~~~!?」
等と失礼な事を言い出す。
「ななな、何言っているのよ!! そんな訳無いじゃない!」
『そうか? それならそれで別に良いんだが』
口ではそう言いながらも、まだにやけている権兵衛。
(こいつ、人が悪すぎるわ!)
こいつのお願い事など、今からでも撤回しようと思った時、
『さて、そろそろ奴が回復した頃か』
権兵衛が振り向く。その視線の先には、呼吸が整った刺客の侍がこっちを睨んでいる。
「殺してやる、殺してやるぞ!」
その目は憎悪に満ち、今にも飛び掛からんと体勢を低くする。
だが、私の目から見ても、この名無しの権兵衛と彼奴の力量はかけ離れている。彼奴が自分の限界を超えて、それこそ己の体への負担を捨ててまで攻撃をしたとしても、権兵衛に勝てるとは思えなかった。
彼奴は権兵衛に勝てない。その事が少なからず私を安心させていた。このまま彼奴を倒し、成瀬さんを説得さえすれば、私達の勝ちだ。
だが、そんな皮算用など吹き飛ばすかの様に、権兵衛が『あちゃー』とどこかわざとらしく手を額に当て、
『残念だけどそろそろ時間かな。坊主が目を覚ます』
「えっ!?」
その私の驚きさえも愉快なのか、権兵衛はニヤ付いた顔を私に向け、
『おや? 坊主の意識が戻るんだぞ。嬉しくは無いのかね?』
「そ、そんな訳無いでしょ! ……ただ……」
ちらりと刺客の侍を見る。
彼奴は肉食の獣が獲物を前にする時の様に低く腰を落とし、己の集中を高めている所だった。
集中を増す毎に、身に纏う殺気も膨らんでいく。
(私では、勝てない)
今、権兵衛が居なくなれば、確実に私も意識を戻したユウも蹂躙される。
確実に起こる近い未来が容易に想像出来、頬に嫌な汗が流れた。
そんな中、トンッと背中を叩かれる。
いつの間にか隣に立つ権兵衛が優しい顔を浮かべ、私を見つめる。
『大丈夫だ』
それまでの人を食った様な態度では無く、人に安心感を与える様な柔らかな振る舞いに、私は面喰らってしまった。
「……勝てるかしら」
『あぁ、大丈夫だ』
今度は私の頭の上にポンッと手を乗せて、
『お前たちなら勝てるさ』
ニカッと、人懐っこい笑みを浮かべる。
『さてそろそろか。ではな、アカリ。この坊主を頼む』
「えぇ、約束するわ。だからまた生きて会いましょう」
『フッ。あぁ、約束だ。だから負けるなよ。——あぁ、それとな』
「? 何?」
『僕の事はこの坊主には内緒にしておいてくれないか。お願いだ』
「……分かったわ」
何故?とは聞かなかった。 聞いても答えてくれるとは思えなかったし、そんな時間も無さそうだったから。
「お願い事が二つになったわね」
『ははっ、そうだな! では次に会った時には、アカリの願いを一つ聞く事にしようか』
「何よ、それ」
『ん、良いのか? 坊主の好みとかを教えてあげてもいいんだぞ?』
「……あんたってほんとに人が悪いわね」
『……あぁ、良く言われたよ』
そう口にした権兵衛は、どこか遠い場所を見るような眼差しをしていた。が、それも一瞬だけ。
こちらに顔を向けると、手を差し出す。
それに自分の手を重ね、ギュッと握った。
「じゃあね、権兵衛さん」
『あぁ、またな』
短い挨拶を交わした直後、ユウは意識を失った様で、その場に倒れ伏す。
「ユウ!?」
地面にぶつかる前に何とか受け止めると、ユウの意識を戻す為に揺さぶる。
権兵衛の言い方だと、直ぐにでも意識が戻る様な感じだったけど。
「ユウ! 起きて、ユウ!!」
「……うぅ、ん」
私の呼び掛けに、腕の中のユウは呻くと、
「……アカリ?」
目を覚ます。
「ユウ! 良かった、目を覚ました」
「僕は一体?」
ユウは軽く頭を振ると立ち上がり、状況を確認するかの様に周囲を見渡す。
当然、さきほどよりも殺気を増した刺客の侍が目に入る。
「あいつ……」
「えぇ、まだ戦っているの」
「そうか。僕は一体どうしていたんだ?」
ユウが疑問を口にする。当たり前だ、意識を失っている間に何があったのか知りたいと思うのは当然だろう。
だけど、権兵衛との約束もある。何て説明しようかしら。
しかし、そんな懸念も杞憂に終わる。
「かあぁぁぁ!!」
「「!?」」
突如上がる獣のごとき咆哮。
その咆哮の主は、膨れ上がった殺気を隠す事すら無く、血走った眦を吊り上げこちらを睨み付けた。
「くくくっ、殺してやるゾ……?」
「何だよ、あれ。さっきよりも強くなってないか?」
「多分自分の限界を超えたのよ。人間には限界があって、普段はそれを超えないようにしているの。じゃないと自分の体を壊すから。でも、あいつはそれを顧みずに限界を超える力を出したの」
長続きはしないと思うけどね、と付け足す。
「そんな……!」
ゴクリと喉を鳴らすユウ。その後に続く言葉を飲み込んだのだろう。
おそらく、こう言いたかったに違いない。
“勝てない”、と。
私も同感だ。あんな化け物相手に勝てる所が想像出来ない。
だが、
『お前たちなら勝てるさ』
権兵衛の言葉が過る。
(悔しいけど、今は権兵衛の言葉を信じましょう)
スッとユウの前に立ち、愛刀を構える。
「アカリ?」
「とにかくあいつに勝たないと。今はそれだけを考えましょう」
「——分かった」
言いたい事もあるだろうけれど、私の言葉に従ってくれた。
(兎に角、勝つわ)
愛刀を握るその強さは、腹の立つ、人懐っこい顔をした権兵衛との約束を果たそうとする決意の強さを表していた。