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実戦

※ 21/2/25 改定 (誤字・脱字、および、一部の表現が適当なものでは無かった為、追加・修正しました)

 

 それから数日が経った。秋も終わりに近づき、遠くの山の頂上付近には、うっすらと雪が積もっているのが見える。あと半月もしない内に、ここら辺にも雪が降り始めるだろう。

 特に何も変わらない日常。家族に心配され、いじめっ子に馬鹿にされ、クラスメイトに無視され……。僕の心は、これから来る寒い冬よりも冷たくなっていた。すべてが嫌になっていた。 ──そんな時だった──



「……行く、か」



 いまだに朝早くに起きてしまう僕だったが、今日ばかりは都合が良かった。なぜなら、久しぶりに朝の鍛錬をする気になったからだ。理由は特に無い。強いて言えば、何かをしていなくてはおかしくなってしまうと思ったのかもしれない。そんな強い不安に突き動かされた。


 鍛錬時に着ていた服装に着替え、父さんが愛用していた木の杖を持って、鍛錬場所に向かう。冬がすぐそこまで来ているせいか、吐く息が白い。でも冷たい空気がとでも清々しくて、沈み込んでいた僕の気分も少し晴れた。僕も案外単純だなと知らず苦笑いを浮かべてしまう。

 葉をすっかり落とした木々の枝を、冬の準備に忙しいリスが、木の実を口一杯に詰めて登って行く。その姿に癒されながら森を歩くと、いつもの鍛錬場所が見えてきた。 

 暫く来ていなかったせいか、もうすぐ冬だというのに雑草が生えていたり、木の的を枝に結んでいた紐が切れかかっていたりと、少し荒れていた。人が少し立ち入らなくなるだけで、こんなになっちゃうのか。


 寒さで固くなった身体を暖める様に、入念に準備運動する。体がなまってしまったせいか、強張ってしまっていた筋をゆっくり伸ばしていくと、徐々に体が暖まって来た。


(よし、もう良いかな)


 最後にグッと背伸びをし、まず初めに丸太への打ち込みを始めようと、倒れていた丸太へと近付く。

 僕が学ぶ魔法使いの授業では棒術も教えていて、僕の他にも魔法使いのジョブの生徒も習っている。もちろんサラもだ。基本的には杖で対象を叩くだけなのだが、少し高度になると、杖を使って相手の攻撃を逸らしたりも出来る。まだ僕は出来ないけど。


 持参した木の杖で十数回丸太を打ち付けただけで、すぐに手が痺れてしまった。鍛錬を怠ってなまっていたとはいえ、僕には棒術の才能も無いらしい。



「ふ~、少し休憩するか」



 服の袖で汗を拭い、近くの切り株に腰を掛け休んでいると、近くの草むらがガサガサと動いた。


(ん、さっきのリスかな? それともネズミかな?)


 冬を前にしたこの時期、一部の動物達は冬眠に入る為にかなりの栄養が必要となるらしく、餌を求め、動きが活発になると猟師さんに聞いた事がある。木の杖で丸太を叩いた音が、木の実か何かが落ちる音に聞こえたのか、森の動物を呼んでしまったのかも知れない。

 この辺りで冬眠する動物で、最も注意しなくてはいけないのが熊である。この辺りの熊は立ち上がると僕はおろかカールよりも背が高く力も強い。万が一出くわそうなら、すぐさま逃げなくては!


(いや、カールに比べれば、まだ熊の方がマシだよな)


 僕は杖を右手に持ち、ガサガサする草むらを注視する。緊張で喉が渇く。


 ──すると、ソレは草むらから突然飛び出してきた。



「―—え?」



 大きさはおよそ30センチ。体は半透明に近い緑色で、動くたびにプルプルと波立っている。その様子に、僕は目を驚いて目を見開いた。



「……ま、まさか……、魔物?」



 ソレはこの世界で、【魔物】と呼ばれるモノだった。


 生まれて初めて魔物を見た僕は、恐怖と、少しばかりの好奇心でその場を動けずにいた。朝の鍛錬時に、頭の中で描いていた仮想の敵。それが今、現実のものとなって僕の目の前にいるのだ。


 昔はこの世界も魔物で溢れていたらしいが、建国の王となった【6英雄】様たちが、【魔物の祖】とも呼ばれる存在を倒し封印した時から、魔物の数も減少。今ではほとんど見られなくなったと、学校の歴史授業で習った。そんな存在が目の前にいる。



「……まさか、魔物に遭うなんて……!」



 僕ももう3年近く朝の鍛錬でこの森に入っているけど、一度も魔物を見た事が無かった。魔物の目撃情報があるこの森。その森の中で鍛錬するのだから、頭の片隅には魔物と遭遇する可能性を一応は考慮していた。だが、それがまさか今だとは、思いもしなかった。


(それがまさか、今日出会うなんて!)


 僕が感動しているのをよそに、プルプルとした魔物は、小刻みに揺れながら僕に近づいてきた。どうやら僕を捕まえようとしているらしい。形と動きからすると最も弱い魔物に分類されている、【スライム】なはずだ。



「魔物に遭うなんて、何か意味があるのかもしれない。もしかすると魔法を使えるきっかけになるかも。―そうだ! 実戦だ!」



 杖だって父さんの杖だ、あの時の模擬戦とは違う! 実戦なら、もしかしたら魔法が発動するかもと前から思っていたし、ちょうど良い機会だ。失敗しても誰も見ていない。僕を馬鹿にするやつらも居ない! やるなら──試すなら今だ!


(よし、やってやる!)


 自分には何も無いと諦めていたせいで、長く冷え込んでいた僕の心に、ほんの小さな熱が生まれる。それがまるで灯火の様に前へと導き、逸りたてる!



 体を震わせ、こちらに向かってくるスライムを前に、僕はいつもの様に体内で魔力を練り上げる。しかし、今日まで鍛錬をサボっていた影響なのか、それとも初めての実戦で緊張しているせいなのか、いつも以上に時間が掛かってしまう。しかもなぜか、僕が魔力を練り始めると同時に、スライムの動きが急に早くなった!


(もしかして、魔力に反応している?!)


 プヨンプヨンと跳ねる様に近づくスライム、その距離が縮まってくると突然、スライムの体から触手の様なモノがヌッと伸び、僕を捕らえようとしてきた!



「うわっ?!」



 これじゃ集中できない! 実戦において魔力の練り上げがここまで難しい事だとは思わなかった!


 それでも何とかスライムの触手を躱し続け、魔力も少しずつ練り上がってきた時だった。なかなか捕まえきれない事に苛立ったのか、焦る僕にさらに追い打ちを掛ける様に、スライムの触手が二本に増える! 



「おいおいっ!?」



 二本に増やし、左右から挟み込む様に襲ってくる触手! は、速い!



「ふっ!?」 それをしゃがんでなんとか躱した!あ、危なかったぁ!



「スライムってほんとに弱いのかっ?!」



 魔物の中で、一番弱いとされるスライム。そのスライムにすら翻弄されるのなら、今日出会ったのがスライムでは無く、それ以上の強さの魔物だったとしたら……! そう思うとゾッとする。


 鞭のようにしなりながら襲ってくるスライムの触手を避け続け、僕はようやく魔力を練り終えた。避けながら魔力を練り上げた事で、額には、冬間近だというのに汗が噴き出し、頬を流れ伝っていく。


(よし、反撃だ!)


 スライムとの距離を大きく取り、練り上げた魔力を右手に持つ杖に通していく。しかし、どういう訳か杖に魔力が通らない! 入ってるんだけど、すぐに抜けていっているみたいだ。



「何でだよっ?!」



 焦る僕を尻目に、大きく取った距離を詰めてくるスライム。困惑していた僕はスライムの伸ばしてきた触手を何とか躱す!

 が、態勢を崩してしまい尻餅をついてしまった。 そこにスライムの触手が、地を這うようにして襲い掛かってくる!



「しまっ!?」



 立ち上がる間も無く、右足に触手が絡まる。そして強引に引っ張られた。



「うわぁっ!!」



 左足にも触手が絡みつき、そのまま宙へと持ち上げられてしまう!



「くっ! 放せよ!」 持っている杖で一心不乱に触手を叩くが、まるで効いていない。非力な僕じゃまるでダメージになっていないのだ。


 そんな僕を嘲笑うかの様に、スライムが体の一部をパカっと開く。どうやらあそこが口らしい。開いた奥も半透明になっていて、歯や舌は無さそうだ。って、呑気に観察している場合じゃないっ!



「冗談だろっ?!」



 宙へと持ち上げた僕を、その口へと運ぼうとウニウニと触手を動かすスライム。マズい! このままでは食べられてしまう。なんとか杖に魔力を通さないと!


 スライムの口(?)が迫るなか、僕は必死に、杖に魔力を通していく。しかし先ほど練った魔力のほとんどは宙へと持ち上げられた時に四散し無くなってしまい、ほんの僅かしか残っていなかった。

 その僅かな魔力を全力で杖に通していく。すると、先ほどは全く通らなった魔力が思いのほかスムーズに通っていった。何で!?



「──どうしてだか分からないけれど、これなら!」



 残った魔力全てを杖へと通した僕は、杖をスライムに向ける! そして──



「〈世界に命ずる、火を生み出し飛ばせ! ファイアーボール〉!!」



 間近に迫ったスライムの口。その中に杖を入れ呪文を唱えた! 直後、杖ごとスライムに食われてしまった! ジュルリと、手や腕にぬめったモノが付着し、焼ける様な鋭い痛みが襲ってくる! 



「うあああぁぁあ!!!」



 思い切り叫んで痛みを堪えながら、さらにスライムの口の奥へと右腕を押し込んでいく! すると、急速に杖の先から熱気を感じた。その熱気が集まると、スライムの口の中で赤く燃える火の玉へと変化した!


 瞬間、ジュワっと何かが溶ける音。そして何かが焦げる臭い。



「~~~~~!!?」



 スライムの口の中で発生した小さな火の玉。しかし、スライムには相当なダメージだったらしく、声なき悲鳴を上げたスライムは、僕を放り投げてプルプル震えたかと思うと、やがて体が崩れ始め、ついには溶けて消えてしまった。


「ぐえっ!?」 受け身もまともに取れずに地面へと落ち、全身が痛みで悲鳴を上げる。スライムの口へと突っ込んだ腕の服は、溶かされた様に破れ、肌も赤く腫れていた。



「……やった……?」



 よろよろと上体を起こす。スライムが居た場所は少し湿っているみたいで、生えていた雑草が、重たげに葉を曲げていた。暫く見てたが、そこからスライムが復活してくる様子は無い。



「……使えた……」



 ドサッと、再び地面に横たわる。全身を襲う痛みと疲労感。──しかし僕は、高々と両手を空へと突き出して、笑っていた──!



「―出来たぞおぉぉお!!」 



 森の中に響く絶叫。木の枝に止まっていた鳥たちが一斉に飛び立ち、僕とスライムの様子を窺っていたのか、近くに居た小動物達が逃げ出していく。そんな中、初めて魔物と出会い、そして殺されかけた恐怖を塗り替えて余り有る興奮が、僕を包み込んでいた。



活動報告、初めてみました。


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