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グローイングアドベンチャー  作者: へたまろ
序章:補助魔導士
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第2話:ポーターユクト

「おいっ、これも拾っとけよ」

「はいっ!」


 森の中で、4人組の冒険者風の団体が歩いている。

 それなりの装備に身を包んだ3人と、大きなカバンを背負って歩くまだあどけなさの残る簡素な装備の少年。

 おそらくポーターだろう。


 一緒にいる他の冒険者達の態度からその少年は外注の荷運びで、扱いもよくないことが見て取れた。


***

 産まれた村を離れて、兄の住む町へと移住したユクト。

 両親は幼いころに亡くしており、それからは両親の知り合いの家に預けられて過ごしていた。

 ユクトが8歳、兄であるヒューゴが12歳の時の話だ。

 知り合いの家に住むようになって2年。

 ヒューゴが14歳の時に、剣士の適性が授けられた。

 農村でも警備の仕事などがあるが、外の方が稼ぎが良い仕事が多いため彼は村を出る。

 その目的は、毎年行われる騎士団の入団テストを受けるためだ。

 騎士団の入団試験では職業適性が騎士、剣士、槍士のものが優遇されることを、村に訪れる旅商人が話してくれていたため彼は知っていた。

 弟を養うため、そして自分と弟を養ってくれた知り合いの夫婦に恩を返すためと必死に頑張った結果、16歳で騎士見習いになり18歳になるころには騎士として稼げるようになった。

 その稼ぎから自分の生活費を引いたものを育ての親に送っており、そのおかげでユクトもお世話になっている家で肩身の狭い思いをすることは無かった。

 もちろん孤児となった食べ盛りの男児を2人も預かったうえに、そのうちの一人兄のヒューゴがそんな風に感謝を形で表せるように育て上げた人達だ。

 ヒューゴがわざわざそんなことをしなくても、ユクトも立派に育ててくれただろう。


 そして兄からの仕送りによって不自由なく14歳を迎えたユクトも、ジョブ適性を得た事で仕事につけるようになり家を出る事にしたのだが。


「あのなあユクト、別にお前まで出て行かなくてもいいのだぞ?」

「そうよ、私たちの畑仕事を手伝ってくれるだけでも、助かってるんだし」


 夫婦はユクトが自分達に気を遣って出ていくのではと、心配して引き留めていた。

 別に適性がなくても、樵や農家などいくらでも自分一人なら生きていく職はある。

 勿論適性がある者とは、比べるまでもないが。

 適性があるものはそれで金を稼ぐ事が出来るし、頑張れば生活を豊かにすることだってできる。


 ただ適性が無くとも愛情を込めて手間暇かければ野菜は勝手に育つし、木もそこらへんに生えている。

 一人で質素な暮らしを送る分には不自由はしない。

 ゆくゆくは、彼一人分の畑を切り開くのを手伝っても良いと思っていたのだろう。

 だが、彼は自分の腕一本で二人分の生活費を稼ぐ兄に憧れていた。

 そして、兄の剣の腕にも。

 だからこそ、剣にこだわっていた部分もある。

 兄のようになりたいと。


 ユクトの父親は樵として優秀だったし、母親はまじない師の適性があり軽微なものだが回復魔法を使うことが出来た。

 父親の振るう斧は、どんな太い木だってスパッと切っていたし。 

 効果が薄いとはいえ、回復魔法はどこの街や村でも重宝された。


 ヒューゴもユクトも斧で木を切るのに相当に時間を要したし、魔法の才能なんて無いと思っていた。

 しかしヒューゴが授かったのは剣士。

 刃物であるという共通点こそあれど、樵とまじない師の子供が剣士とは。

 つくづく、職業適性の選定基準が分からない。


 ユクトが魔力を持っていたのは、母親譲りかもしれない。

 しかしながら、補助魔導士。

 誰も聞いた事が無い職業であるため、どんな魔法が使えるのかも分からない。


「ヒューゴ兄も出て行ったし、ユクト兄まで行っちゃうの?」

「ごめんなアリス。僕も、職業を得たからには何か仕事をしないと」


 アリスというのは、お世話になっているこの家の夫婦の子だ。

 ユクトより5つ年下の、9歳のいかにも農村生まれといった健康的な少女。

 寂しそうな表情で見上げてくる年下の幼馴染のサラサラとした髪を、ユクトが優しくなでる。

 

 そもそもこの夫婦がヒューゴとユクトを引き取ったのも、アリスと関係している。

 アリスが2歳の頃に原因不明の発熱にうかされていたのを、まじない師である彼等の母親が懸命に治療して救ったことに恩義を感じていたことが大きい。

 それ以外にもユクトの父親とアリスの父親が、同じ年の村の生まれで一番付き合いの長い友人同士という部分もある。

 そして娘の命を救ってくれた親友夫婦の子供であれば、掛け値なしに愛情をもって育てられるという確信もあった。


 なにより娘しかいないこの家の大黒柱であり、アリスの父親のミケラが男の子を欲しがった。

 できれば、どちらかに畑を継いでもらってという思惑もあったのだろうが。

 しかし結果として2人とも家を出ていくことを選んでしまったのを、この一家は皆心から残念に感じていた。

 特にユクトの得た職業が、何一つ分かっていないユニークジョブということに不安もあった。


 それでも頑なに意見を曲げようとしないユクトに、結局月に1回は手紙を寄越すようにという約束の元、街に送り出すことにしたのだ。


***


「ほらっ、次行くぞ」

「遅いわねー……早くしてよね」


 剣士風の赤い皮の鎧を身にまとった男と、魔法使いらしい黒いローブを羽織った意地の悪そうな女性が文句を言いながらユクトを急かす。

 他には短剣を持った、レンジャー風の頬に傷のある男が居る。

 見た目で人を判断するものではないが、見るからに性根の曲がったような面をしていた。

 

 そう、ユクトがいま行っている仕事というのは、冒険者の荷物運び。

 ポーターだ。

 ユクトが村を出て向かったのは、兄の居る街でもあるポポスの街。

 この世界の西に位置する大陸の中でも、それなりに大きな国。

 テオドール王国にある、中規模の街だ。

 取りあえず、そこでの生活を送るために冒険者ギルドでこうやってバイトをして、日銭を稼いでいる。


 冒険者としての登録もしているが、得体のしれない上に出来ることすら分からないジョブを持つ者を誘ってくれる人など居るはずもなく。

 いや、最初は物珍しさに誘われることもあったが、本当に剣士以下人並以上の剣を扱うだけの、魔法の魔の字も見せてくれないユクトは彼らをガッカリさせるだけだった。

 それを続けるうちにパーティに誘ってくれる人はいなくなり、いつしかポーターとしてバイトをするようになっていた。


「ふん、ポーターの癖に体力無いんじゃねーか?」

「もうへばったの?」

「おいおい、これっぽっちじゃ腹いっぱい酒が飲めねーじゃねーか」


 3時間ほど森で狩りをして、多くの獲物の素材でパンパンになった鞄の紐を肩に食い込ませ、重い足取りで後ろを付いて歩くユクトに雇った冒険者達が愚痴を吐く。

 とはいえ今日の狩りは当初のフォレストウルフの素材回収から、急遽予定を変更してのロックホーンラビット狩り。

 岩のように硬い角を持つ兎で、その角は文字通り岩のように重い。

 その角の方がフォレストウルフの牙と毛皮を合わせた買取額よりも高いため、目標を切り替えたと。

 この時点で契約違反を犯しているのは、ユクトを雇った冒険者側なのだが。

 追加の報酬を払うといわれて、つい乗っかってしまったのだ。

 そして鞄には同じサイズの石と同じ重量の角が、口の方までいっぱいに詰められている。

 そう鞄にパンパンになるまで石を詰められたのと同じ状況だ。

 どう考えても嫌がらせでしかない。


 ニヤニヤとユクトの顔を見て、次々と辛辣な言葉を投げかける3人組。

 それに対してユクトは額ににへばりついた髪を、手で汗ごと拭うと彼は軽く頭を下げる。

 

「すいません」


 喋ることも億劫で、どうにか絞り出した言葉。

 格上に冒険者相手にそれ以上の言葉を言えるわけもなく、悔しさを滲ませつつも歯を必死に食いしばって耐える。

 ここで彼等の機嫌を損ねて、置いて行かれでもしたらユクト一人では到底街に戻ることもできない。 

 街から離れた森の中だ。

 ロックホーンラビット以外にも、熊や狼の魔物だっている。

 夜になれば、なおさら遭遇の確率はあがる。

 

「なにその顔」

「文句でもあるの?」

「もう、こいつ置いてこうぜ?」


 あやまったユクトに浴びせかけられたのは、半ば強引ないちゃもんとも取れる言葉。

 その中で聞き逃すことのできない、置いていこうぜというレンジャーの声が頭の中で反復する。

 ポーターの身の安全は保証されるべきなのだが、死人に口無し。

 いざとなれば、囮にされることだってある。

 生きて戻れば、文句の一つも言えるのだが。

 そんな状況であれば、わざわざ見捨てられることもない。


 ただ、この場合は別だ。

 3人の表情を見たユクトの頬を、運動で出る汗とは違うサラリとした嫌な汗がツーっとつたう。

 

 こいつら、もしかして僕を殺す気か?

 しかし、そうだとして何が目的かがわからない。

 ただ何やら3人から危うい空気を察したユクトは、必死で周囲に逃げ場を探る。


「大体、分不相応な剣をポーターが持ってるのが間違いなんだよな?」

「俺に貸せよ、そしたらその剣で街に戻るまで守ってやっても良いぜ?」

「護衛依頼料は、その剣と銀貨1枚ね」


 ふざけるな!

 ユクトが心のなかで、悪態を吐く。

 ギルドでは優しそうな善人面で接してきて、報酬ははずむと言われた。

 ポーターとしては破格の銀貨1枚。

 それをいま護衛依頼料として寄越せと言われている。

 というより鼻から、彼が腰に掛けた剣が狙いだったのだ。


 その事に気付いた瞬間に、ユクトは荷物を置いて逃げ出そうと考える。


「お? ポーターが荷物を放って仕事を放棄するのか?」

「おいおい、駄目じゃないか。そんなことしちゃあ」

「冒険者の信用を裏切ったら、二度とポーターの仕事なんてできなくなっちゃうわよ?」


 思わず固まる。

 まだ何かされた訳じゃない。

 いま逃げだしたら、彼らがギルドに戻った時に悪者にされるのは目に見えている。

 迂闊な自分に情けなさを感じつつも、必死で頭を巡らせる。

 森の奥だ、逆にこいつらを殺ったところで目撃者は居ないだろう。

 だが、現役の冒険者が3人も相手……

 剣士……もしくは戦士のジョブを持っていそうな、リーダーの男だけでも手に余る。

 それに魔法使いや、レンジャーまでいるんじゃ逃げることも不可能。


 それでも剣を手放すという選択肢はない。

 兄であるヒューゴが、自分が冒険者になるときにくれたお古の剣。

 ヒューゴが初任給で自分用にあつらえた、鉄の剣。

 初めての剣ということで奮発したものでもあり、また愛着を持って手入れをしっかりとしてきたそれなりに良い剣だ。

 それを自分が街に出て冒険者になったときに、ぽんと譲ってくれた。

 兄の弟に対する……この世界で唯一の血のつながった肉親に対する愛情を形にしたものなのだ。

 これだけは……絶対に渡せるわけがない。


 剣士の男が一歩足を踏み出す。

 それに合わせて、ユクトも下がる。


「んだよ、素直に出しとけばいいのに」

「命と剣じゃ、どっちが大事か分かり切ってるでしょ?」


 簡単に剣を差し出すと思っていたのか、魔法使いの女は少し呆れたような表情を浮かべている。


 どうやってこの場を凌ぐか……

 圧倒的不利な状況のなか、それでもユクトは簡単には諦めない。

 兄のくれた剣を諦めることなど、決してできない。

 彼の目が、そう物語っていた。


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