40話 神々の紋章
アケドラル帝国 帝都 ザンベルク 第四区域。
主に貴族達の別荘が立ち並ぶ居住区で、比較的治安がよく、普段ならあちこちに見回りの兵士や貴族の館に行き交う商人などで賑わっているはずなのだが……。
何故かその日は閑散としていた。
人っ子一人歩いていないのである。
コロネは足早に歩きながら、ハメられた事をなんとなく察していた。
妻の様態がおかしい、見てくれないか。
そう、コロネをこの帝都に招いたのは帝都に住む昔ながらの友人マルク・ヒュールだった。
彼の屋敷へ行ってみれば、いつもどおり迎えてくれたものの、どこか様子がおかしかった。
コロネが友人の妻の様子を見ているときも、何か言いたげだが言えない――そんな様子が見て取れたのだ。
友人の側には、いままで見かけた事のない執事が一人、ずっと側に付き従っていた。
きっとあれが、何者かの見張りだったのだろう。
屋敷を出てからというもの、ずっと何者かにつけられている。
人数は5人。
おせじにも尾行が上手いとはいえない。子供の方がまだマシなくらいだ。
何度かまこうと、それとなくコースを変えてみるが、彼らは一度引き離されても、何事もなかったかのようにこちらの位置を把握し、尾行を続けるのだ。
位置が把握できる魔法でも使っているのだろうか?
もしくはスキル――。
そう、こちらの世界の人間が持ち合わせていない力。スキルを彼らは持っている可能性がある。
なぜなら尾行している者がプレイヤーの可能性が高いからだ。
五人全員が、明らかにコロネより魔力量が多い。
それだけの魔力を持ちながら、魔力制御すらしていないのだ。
魔力は魔物を惹きつける。魔力が高いほど狙われやすく、魔力制御で魔力を抑えてなければすぐに魔物の餌食となってしまう。
魔力制御なしで魔力をだだ漏れさせておくことはこの世界の人間では考えられない事だった。
プレイヤーか。
世界各地に放っている密偵から、プレイヤーのほとんどはレベル200だと聞いている。
だとすればこの五人もレベル200の可能性が高い。
コロネ一人で太刀打できる相手ではないだろう。
ならそうそうに仕掛けてきてもいいようなものだが、何故下手な尾行を続けているのか?
彼らなりに仕掛けてくるタイミングなりがあるのか――
どちらにせよ。コロネに残された手段はあまりない。
魔導士であるコロネが全速力で逃げた所で、相手に戦士などがいれば、あっという間に追いつかれる。
まずはどうやってこちらの位置を把握してるかがわからないと――。
それが判明しない限り、逃げた所で位置を把握されて終わりである。
歩きながら、ローブに仕込んである魔道具に魔力を充填しながら考える。
本来ならレベル200の手練に狙われた時点で積んでいるのだが、まだ生き残れる可能性が0ではない。
密偵の報告によれば、プレイヤーは総じて、身体能力は高いが、その動きは子供並み。
剣術などずぶのど素人が剣をふっているようなものなのだそうだ。
もしその報告通りなら、まだ逃げるチャンスはあるはず。
相手がこちらとの距離を狭めてきているのが気配でわかる。
そろそろ目的地に近いということかな。
ぼんやりと思う。彼らが何の目的でこちらに近づいてきたかはしらないが、騙し討ちのような手段をとってきた事からして、ろくな事ではないだろう。
まぁ、何も抵抗もせず殺されてやるつもりも、捕縛されるつもりもない。
足掻くだけ足掻いてみるさ。――例え無駄でも。
そして――。
第四区域を抜け、神殿の立ち並ぶ第5区域にはいった所で――彼らは動き出した。こちらに向かって。
来るか――。
コロネはすぐさま詠唱をはじめ――
「お前がエルフの大賢者様か」
男の声が聞こえるが――無視。
コロネは相手の姿を確認することもなく、魔法を解き放つ。
『漆黒霧!!』
「なっ!!」
辺り一面を黒い闇が包み込み、プレイヤーたちをも飲み込んだ。
名前から察せられると思うが、これはただ単に周りを暗くして視界を塞ぐ魔法である。
「なんだよこれ!?」
「ちょ、なんなの!何も見えない!!」
プレイヤーから悲鳴があがる。
わりとアテナサーバーやPVPではお馴染みの魔法なのだが、その魔法を知らないとなると、このプレイヤー達はガイアサーバーの狩り専らしい。(※モンスター退治しかしないプレイヤー)
コロネはそのすきに近くの神殿の柱に身を隠し魔道具を発動させた。光の屈折率を変えて、姿を見えないようにする魔道具だ。
もちろんその場にはいるため、近づかれたり、魔道具の性質状こちらが少しでも動いたりしたらバレてしまうが、一時期姿を隠すくらいなら問題ないだろう。
「くそっ!!あのエルフいなくなったぞ!!」
短い黒髪の戦士風の男が叫ぶ。
既に魔法の効果はきれ、あたり一面には昔使っていたであろう神殿跡地が広がるばかりだ。
「まだこの辺にはいるはずよ。魔力察知には引っかかってるわ」
魔導士風の赤髪の女が、男に言う。
――なるほど。魔力察知か。
スキルのレベルが高い者なら、相手のいる正確な位置やレベルまでわかるらしいが、それがわからないところを見ると、この女の魔力察知はそれほど高いものではないらしい。
――しかし、相手が近くにいるのがわかっていて、わざわざ手の内をあかすだろうか?
女が使えると思わせるための罠か?
と、コロネ。
私から言わせれば、単に何も考えてないだけだろうと思うのだが、こういうところは頭がいいが故の深読みというかなんというか。
「ねー。面倒だから全部このへん一帯吹き飛ばしちゃえばー?」
猫耳の金髪ショタが物騒な事を言う。
「何のためにこんなところまで尾行したと思ってんだよ。
そんな事したら意味ないだろう。女神の話聞いてたのかお前」
青い髪の戦士風の男が呆れたように答えた。
「じゃあ、どうするの?隠れんぼにつきあうの?」
シスター風の金髪の女がイラツイタように男を問い詰める。
「そもそもコロネって、あのレイド戦にいたNPCでしょ?
レベル100いってたし広範囲魔法一撃じゃ死なないでしょう。
それに欲しいのってあいつの右腕の紋章だし。
死体から腕を切り落とせばいいじゃない。
やっちゃいましょうよ」
赤髪の女が言いながら詠唱をはじめた。
詠唱の出だしからすると、かなり威力の高い広範囲魔法だろう。
なんと物騒な。
確かに神殿地区で夜ともなれば人はほとんどいないが、まったく無人というわけではない。
つまり通りすがりくらいなら殺すのも余裕ということだろう。
それに、ほしいのは紋章か――。
神々の聖杯『ファントリウム』を使うときに腕に刻まれた神々の紋章。
コロネ自身はNPC時代の事なのでまったく覚えていないのだが、何故か刺青としてその紋章はいまも右腕に刻まれている。
こんなわけのわからない物のために命を狙われる羽目になるとは――
だが、相手が近くにいるのに無防備な状態で詠唱をはじめるとは――プレイヤー達は戦いを何もわかっていない。
女が詠唱をはじめると同時に女の前に魔法核が出来上がり、その核を中心に魔力が凝縮されていく。
「全てをなぎ払……」
女が詠唱を言い終わるその前に、コロネは魔法を展開していた。
『風霊弾!!』
魔法の風にのせ、自作した特殊な魔道具を相手の魔法核に向けてうち放つ!
「なっ!!」
魔力の塊に、コロネが作った魔道具がぶちあたり――爆発した。
女が魔法発動のために集めた魔力を、魔法が発動するまえに爆発させたのだ。
魔力核はその魔力故に、異質の魔力がぶつかると化学反応とでもいうのだろうか、大爆発をおこす。
それは使おうとした魔法の威力が高いほど、使い手の魔力が高いほど大きな爆発となるのだ。
暴走した魔力が、間近にいたプレイヤーたちに襲いかかる。
「きゃぁぁぁぁぁ!!!!」
「うぁぁぁ!!」
熱風に包まれ、悲鳴をあげるプレイヤー達。
コロネの攻撃ならレベル補正で効かないが、そもそもあの魔力はプレイヤー自身のものである。
そのため、もちろんプレイヤー達にもダメージは通る。間近でその爆風をくらった赤髪の女は相当なダメージだろう。
コロネ自身も巻き込まれ、多少ダメージはあるがその距離と、魔法防御の結界を張っておいたおかげでダメージは微々たるものだ。
だが、この程度であのプレイヤー達は死にはしないだろう。
はやく次の手を打たなければ、すぐに殺されてしまう。
コロネはマントを脱ぐと、マントに刻んであった魔方陣を発動させる。
「いでよ!我僕たちよ!!」
コロネの言葉とともに――それは現れた。
魔方陣から大量の……そりゃもういっぱいの ネズミである。
うん、正直ちょっとキモイ。
「くそっ!!なんだ!?」
比較的爆心地から遠くにいた青髪の男が叫んだ。
コロネは一部のネズミをプレイヤー達に襲わせるように命令し、残ったネズミは散り散りに逃げるように命令する。
魔力察知は魔力を頼りに相手を探すスキルのはず。
ならば自分と同じ魔力を纏ったネズミを各方面に放てば、自分を探すのは難しいものになるだろう。
コロネの意図を悟ったのか、無事だった青髪の戦士がコロネに切りかかってくる――が。
密偵の報告の通り、確かに動きがはやく、眼で動きは追えない――が動きが読みやすい。
密かに身体の周囲に纏った魔力の動きで相手がくる方向を予測し、切りかかってきた男の剣を軽く杖でを受け流した。
いままで雑魚ばかりを相手にしていたせいで、はじかれるなどということがなかったのだろう。
男が驚愕したように目を見開いた。
『爆炎乱舞!!』
手に隠していた魔法でコロネは男を吹き飛ばし、ネズミとともに召喚した狼に乗り込み、走り出す。
「ま、待てっ!!!」
「ちょ、逃げるんじゃないわよ!!」
プレイヤー達の悲鳴が聞こえるが、無視しようとし――
「ねぇねぇ、君の友達殺しちゃっていいの!?」
拡声器でも使ったのだろうか。
コロネは大分プレイヤーを引き離し、既に彼らの姿は見えないが、何故かプレイヤーの声が聞こえ――
「コ、コロネ……」
次に弱々しく聞こえてきた声は――コロネの友人のものだった。
この後の事は、語りたくもない。
コロネは腕を切り取られ、友人を人質に拷問を受けて殺された。
リリが泣くのもよくわかる。
日本人なのによくこんな残虐な事が出来るなと思うほど酷いものだった。
痛めつけては回復し、また痛めつける――これを繰り返したのだ。
私はこみ上げてくる怒りにはぁーっと息を吐いた。
こいつら全員殺してやりたい。
たぶん、こいつらを目の前にした状態で、この過去を知らされていたら殺していた自信がある。
今だって、帝都に乗り込んで殺してこようか?と思うほどなのだ。
私一人なら、課金アイテムの【移動の宝珠】を使えば、一瞬でいける。
帝都は宿屋で位置を記憶してあるのだ。
ただ、リリやコロネを連れていけないというだけで。
この【移動の宝珠】は3ヶ所だけ、場所を記憶でき、その場所に好きな時に移動できる便利アイテムだ。
問題なのは本人しか使えない。
そしてもう一つの問題はゲーム時未実装だった地域は記憶できないらしく、この森で記憶しようにもそもそも記憶できなかった。
つまり、このエルフの集落は記憶できないため、帝都に行ったら戻って来れなくなるのだ。
――さすがにそれは避けたい。
私は泣くリリを抱きしめるとその背中をさすってやる。
子供のリリには、いくらコロネが受けた痛みまで伝わらないといってもあの光景はきついものがあっただろう。
赤の他人だってきついのに、親しい人物が拷問をうけるなど、考えたくもない。
正直言えば私もかなりきついのだが。
でも本当に辛かったのは――
コロネの方を見やれば、私とリリになんと声をかければいいのかわからない様子で、ただ心配そうにこちらを見つめているのだった。
⬛変更点⬛
今回は変更ありません。










