171話 おかえり
その瞬間。私の中で何かが弾けた。
ああ、こいつを倒さなきゃ。
せめて私の手でこいつだけでも。
頭に血が登った時とは違い何故か物凄く冷静で。私の身体は無意識に動いていた。
そして、それと同時にコロネの声で。声が聞こえる。
その右手の紋章で、神々の力を全て呑み込めと。
瞬間移動で私がエルギフォスの後ろに回ればその動きは読まれていたのか拳で攻撃をしてくる。
けれどその攻撃もこちらは予測済みで。
コロネを抱きかかえたまま屈んでよければ私はその手をエルギフォスに差し出した。
「まさかそんな紋章で私から力がうばいとれるとでも!?」
エルギフォスが吠えたその瞬間。
「なっ!?まさかっ!?」
エルギフォスに呑み込まれたはずの、白銀騎士達の魂が、エルギフォスの動きを封じた。
エルギフォスの身体は動けずに大人しく私の右手に頭をつかまれてしまう。
瞬間。私と仲がよかった彼らの意思が、私に倒せと語りかけてくる。
――ああ。全ては必要なことだったのだ。
白銀騎士団の彼らと仲良くなることも。
彼らの魂が呑み込まれてしまうことも。
エルギフォスを倒すには必要な条件だった。
だから魔王コロネは私に何も告げなかった。
告げれば、私は彼らを助けようとしてしまうだろうから。
知っていれば……私が罪の重さに耐えられないだろうから。
何も言わない事で、教えなかった自分が悪いという事にしようとしたのだろう。
結局、見透かされていたのだ。覚悟なんてこれっぽっちも出来ていなかった事を。
「ごめん。皆」
泣きながら、エルギフォスの頭を掴めば――魔王コロネが私にくれた右手の紋章は反応した。
セファロウスに眠っていたゼビウスと白銀の騎士達の大神ガブリエラの力の全てを飲み込むために。
△▲△
「――ここは――」
意識を失っていたコロネが、そっと目を開ければ――。
そこには前にもまして荒野となってしまったゲントナの丘に、心配そうに見守る私とアルファーとミカエルがいた。
私が大神と異界の神の力をエルギフォスから強引に引き出した事によって、エルギフォスは耐え切れず、消滅し魔石と化した。
エルギフォスに呑み込まれてしまった魂は……残念ながら神々の力を手に入れ、強くなった私でも救うことはできなかった。
神様でも魂関連はどうにもできないらしい。
けれどまだ死んだばかりで、魂は無事だったアルファーとミカエルはなんとか生き返らせる事に成功し、神力を変換し、コロネの傷も癒す事ができたのだ。
「ああ……倒せたのですね……」
コロネが私を見上げ、儚げに微笑む。
その顔はまだあどけなさが残り、大分筋肉もついてきたが、未来のコロネから比べてしまうと今でもまだ頼りない。
それでも――
「ありがとう、コロネ。お前が命懸けで助けてくれなかったら、エルギフォスを倒せなかった」
言って微笑む。そう、過去のコロネがかばってくれていなかったら、私は死んでいただろう。
「少しは猫の役に立てたのでしょうか?」
顔を赤らめて嬉しそうに微笑むコロネの顔に思わず涙がこぼれそうになる。
無邪気に役にたてたことを喜ぶコロネだが、エルギフォスを倒したということは、すなわち。
「猫……身体が……」
コロネが慌てて私に手を伸ばせば、するりと私の顔をコロネの手がすり抜ける。
そう、もう元の時代の世界に帰らないといけない。
「ちょ!!ちょっと待ってください!!
テオドールにも最後一目だけでも会ってやってください!!
それに私もまだ貴方にきちんとお礼を!!!」
すがるようにコロネが私に言うが、私は首を横に振った。
そもそも帰りを伸ばす方法を私は知らないのだ。
私の時代の魔王が帰す魔法を唱えたのなら、もう元の時代に帰るのだろう。
私はそっとコロネの手にエルギフォスが魔石化したものをくくりつけたペンダントを渡した。
「……これは?」
「エルギフォスの魂が魔石化したものをペンダントにしたものだ。
将来きっと役にたつ」
言って触れはしないが頭を撫でて振りをしてやればコロネがイヤイヤと首を振り
「そんな……このまま本当に貴方と別れないといけないのですか?
せめてあと一日だけでも時間をください!!」
ペンダントを握り締め、コロネが懇願するが
「……コロネ」
私が名前を呼べば、コロネはそれだけで泣きそうになる。
きっと頭のいい彼のことだから次の言葉も予想がついているのだろう。
「またきっと未来で会えるから。
会えるのはずっとずっと、本当に遠い未来で――。
それまでにコロネはいろいろ苦労することになって、辛いことがあるかもしれなけれど。
でもコロネは必ず乗り越えられる。
それだけは保証する」
言って、私が微笑めば、コロネの目からはぽろぽろ涙が流れる。
若い時のコロネは本当に弱くて、それでも一生懸命で。
きっとこれからいろいろあって、未来のコロネのように強くなるのだろう。
「嫌ですっ!!私は貴方と離れたくない!!一緒にいたいっ!!」
すがるようにコロネが手を伸ばし、私をつかもうとするが、すでに私の身体はここにないのかコロネの手はするりとすり抜けて終わる。
その事にコロネの顔が絶望的な表情になって私を見つめた。
彼をずっと見守ってあげれない事に、思わず私も泣きそうになる。
これからコロネに待つ未来は決して明るくない。
人間たちに虐げられ、弾圧されて、仲間を次々と殺されて一人きりになって、それでも最後まで異界の神々と戦って。
魂を二分して異界の神々から解放されても、それでもまだ、エルフの国王に抑圧されてレオン達に惨たらしいリンチを受けたり、嫌な事がたくさん待っているのを知っている。
魔王のコロネも私が知らないだけでいろいろ苦労したのだろう。
それでも――連れては帰れない。
彼は一人で戦わないと駄目なのだ。
でなければ、今の私も生まれない。
連れて帰れば――みな消滅してしまう。
「泣くなよコロネ。
待ってるから、また会おう。未来で」
私が言えば、コロネはぐっと涙をこらえ、無理矢理微笑んだ。
それが――私が彼を見た最後だった。
△▲△
「目を覚ましたか」
魔王の声で私は目を覚ました。
そこは所狭しと魔道具やらが置かれている部屋だった。ちょっとした研究室のような部屋。
そう、私が過去に行くときに眠りについたその部屋に戻ってきたのだ。
気が付けば、私は泣いていたのか目からはまだ涙があふれ出ている。
「――よくやった。エルギフォスは倒した。コロネもすぐに目を覚ますだろう。
こちらの世界では、半日も経過していない。
アルファーとミカエルも無事こちらに戻っている」
「魔王……」
「外で他の者が心配して待っているはずだ。はやく行ってやれ」
そういって、彼は一度も顔を見せずに手だけあげてその場を立ち去る。
こころなしか声が震えていたのは……きっと気のせいではないのだろう。
彼も過去を共有したのだろうか。
「……猫様」
隣でベッドのような場所で寝ていたはずのコロネもゆっくりと目をあけた。
その目にいっぱいの涙をためて。
「……コロネ」
「とても……懐かしい夢を見ていました。
何故私はあれほど大事な記憶を忘れていたのでしょう」
若い時の感情にそのまま引きづられているのか、涙が止まらない様子のコロネに私は抱きついた。
「ごめん、ごめんっ!!
最後まで一緒に居てあげられなかった!!
あれからコロネはいろいろあって大変なはずなのにっ!!」
そんな私にコロネは微笑んで
「またこうして猫様と出会えました。
私はいま幸せですよ?
猫様はきちんと約束を守ってくれています」
と、頭を撫でてくれる。
うん。そうだ。これからはずっと一緒なのだ。
過去のコロネとは一緒にいてあげることはできなかったけれど。
今のコロネとならずっと一緒に共に歩める。
きっとコロネにいっぱい迷惑をかけて、そのたびに落ち込んだりはしゃいだりしてしまうだろうけれど。
コロネも普段は頼りになるくせに相変わらず誘拐されたり、命を投げ出そうとしたり、過去に魂をつれていかれちゃったりと、どこか危なげな面もあって。
それでも、お互いに助け合っていけばいい。もう離れ離れになる必要なんてどこにもないのだから。
私は意を決してコロネの腕にはめた魔道具を外す。
コロネが一瞬驚いた表情をし、
「よろしいのでしょうか?」
聞くコロネに私は頷いた。
逃げ回って気持ちを伝えられない状態なんかよりずっといい。
もうあんな後悔するのはごめんだ。
コロネの耳元で好きだと囁けば、コロネも自分もですよと微笑んで、見つめ合う。
うん。なぜだかはわからないけれど、今なら素直になれそうで、コロネに引き寄せられてそのまま私は目をつむり――
そこでハタっと気づく。
――あれ、私今、男じゃね?と。
「うおおおお!!ストップーー!!やっぱなしーーー!!私いま男じゃないかぁぁぁぁぁ!!」
言いながらコロネの顔をぐいっとおしやれば、うぶっと情けない悲鳴をあげるコロネに。
「なんだ、そんな細かい事。接吻くらいしてしまえばいいではないか」
と、何故か窓からのぞき込みながら言うミカエル。
その後ろではアルファーが顔を真っ赤にしながら逃げようとし、何故かミカエルに押さえつけられていた。
「何で君らそこで普通に見てるしっ!!
てかやばかった!!ちょーやばかった!!思わず空気に流されてホモになるところだった!!」
私が言えば
「私は別に猫様の身体がどちらでも構いませんが……」
と、コロネ。
「ちょ!?君、過去の恥じらいはどこいったんだよっ!?
いや、それに、男も大丈夫とかそれものすごく問題発言なんだけどっ!?」
「もちろん猫様以外は無理ですが猫様とならどちらでも」
ニコニコ言うコロネ。
「相変わらずいちゃつきおって、さて、マスターが無事なのも確かめたし、気が済んだか?
帰るぞアルファー」
「って、私はもっとはやく帰ろうと言ったじゃないですか!?
まるで私が覗き見を推奨していたような言い方はやめてください!」
とズルズルとアルファーがミカエルにひきづられていく。
まったくこいつら油断も隙もない。
あとでミカエルあたりに口止め料あたりを請求されそうだけどおとなしく渡した方がいいだろう。
などと、考えていると
「ネコっ!!!!コロネっ!!!」
全力でダッシュしてきたリリちゃんに思いっきり飛びつかれる。
リリちゃんに抱きつかれてそのまま私とコロネとリリちゃんの三人で倒れ込めば
「よかった無事!!よかった!!!」
と泣きながら抱きつかれた。
「心配をかけてすみません」
コロネがリリの頭を撫でながら答えれば、リリちゃんはコロネにすりすりして。
「大丈夫!ネコいるからきっと無事!信じてた!!」
泣きながら言うリリちゃんが可愛くて私がぎゅっと抱きしめれば、リリちゃんもぎゅっと抱きついてくる。
「ただいま。リリ」
私がいえば、
「おかえりっ!!!ネコっ!!コロネっ!!」
と、リリちゃんが微笑むのだった。










