166話 策略
――さて、一番邪魔な天使は追い出した――
男はニヤリと笑った。
白い空間にぷかぷか浮かぶ男――魔族の後ろには黒い鎖につながれた状態の別の男が意識を失った状態で横たわっている。
あとはあのエルフを巧妙に精神世界へと連れ込めば、対応できる者は誰もいない。
エルフの身体にはこの男と同じく仮初の魂をいれておけば、恐らく残った二人なら気づかぬだろう。
狼の天使は、神力を持つもの達に潜り込ませた魔族全員で相手をする手はずになっている。
それなりの時間を要するだろう。
――あのエルフを殺すならいまのうちだ ――
と、魔族が微笑んだその瞬間。
「まさか勝ったつもりではあるまいな?」
唐突に背後から声が聞こえ振り返れば――鎖につながれたいた男、テオドールを抱きかかえる黒い長髪の男と白銀の狼の姿があった。
「なっ!?」
「テオドールに隠れて、コロネを殺そうなどという企を我らが気づかぬとでも?」
ミカエルがふふんと鼻をならした。
「先程の長々とした口上は芝居だったわけか?」
魔族が問えば
「まぁ、そうなるな。テオドールの安全を確保するほうが先だし」
と、猫がポツリと言う。
「――いつから気づいていた?」
「最初からだ、なかなかどうして。
おぬしとテオドールの魂が分離せぬせいで今まで引き伸ばしてしまったが……。
こちらこそ、何故このタイミングでコロネを殺しにきたのか聞きたいものだな。
どうせ手出しするならセファロウス戦まで引き伸ばすべきだったのではないか?」
ミカエルの言葉に魔族は歯ぎしりする。天使でも気づかぬほど魂をうまく隠していたつもりが、最初からバレていたらしい。
そんな様子に猫は肩をすくめて
「一つ教えておいてやろうか?
テオドールならコロネがあんな行動をとれば、抱き寄せて「なんだ俺に抱かれたいのか?」くらいは言ってのける」
猫のセリフに魔族が舌打ちした。どうやらあのエルフの行動は魔族を試すための行動だった。
手のひらで躍らせてやっていたつもりが、どうやら魔族の方が手のひらで踊らされていたのだ。
「さて、出来ればおぬしの名を聞いておきたいが、名乗る気はあるのか?」
ミカエルが問う。
そこそこ上位の魔族でもミカエルなら魂を分離することなど容易いのだが、今回テオドールの魂に潜んでいた魔族はミカエルでも引きはがすのは難しいと判断したため、ずっと放置状態になってしまっていたのだ。
恐らく魔王に次ぐ、名のしれた魔族なのだろう。
「まさか、名乗るとでも思っているのか?」
「――まぁ、無理だろうな」
ミカエルが言ったその直後。
猫の手によって魔族はあっという間にまっぷたつにされるのだった。
△▲△
「倒せましたか?」
数分後、唐突に猫にアルファーが尋ねた。
「ああ、大丈夫だった」
猫が答えると、コロネとテオドールが不思議そうな顔をするが、特に何も聞かない。
コロネは朝、テオドールに迫る演技をしてくれと頼まれてしてみたが、特にこれといって変わった様子はなかった。
だが今の言葉から察するにコロネの与り知らぬ所で何かあったのだろう。
この二人がコロネとテオドールを抜きにして話す時は大体、コロネ達に話してはいけない ということが含まれているからだ。
コロネもテオドールも聞いてはいけない時は聞かないという事はわきまえていた。
「テオドールはどこが気分が悪いところはないか?」
唐突に猫に聞かれ、テオドールは不思議そうな顔をして。
「いや、特にないが。なんだいきなり」
「ならいい」
と、猫。テオドールが一度身体を乗っ取られた事を気づかぬほど、あの魔族の憑依は巧妙だったのだろう。
そんな様子をコロネは複雑な表情で見ているのだった。
△▲△
「にしても、こんなに魔族を送り込んできてエルギフォスの奴は何を考えてるんだ?」
ミカエルが白銀騎士団にとりついた、魔族を全員倒し、戻ってきた所で猫が尋ねた。
いまはコロネとテオドールはアルファーに任せ、猫とミカエルの二人しかいない。
「簡単な話だ。我らに魔族を倒させて、魔族の力を本来この世界にいるはずのエルギフォスではなく自分に取り込んでいるのだろう。
いくら絶対忠誠の魔族とはいえ、時空の違う主に命まで捧げろといったところで聞かぬだろうしな」
ミカエルが毛づくろいしながら答えると、猫がうんざりした顔をして。
「それをわかってて、何で倒すし」
と問えば
「はやくエルギフォスに出てきてもらわなければなるまい?
出てこないことには我らとて手出しできん」
と、ふんっと鼻を鳴らすミカエル。
「ああ、確かに」
ミカエルの答えに猫は頷いた。
なんだかんだで、そろそろこの世界にきて二年たとうとしている。
いい加減エルギフォスにでてきてもらわねば、いつまでたっても未来には帰れない。
「――それに、恐らく明後日にはセファロウスが復活すると神託があるはずだ。
セファロウスの復活は一ヶ月後になる」
ミカエルの言葉に猫が息の呑んだ。
「ミカエルはそんなことまでわかるのか?」
「ああ、魔王――いや、魔王コロネというべきか?
あいつめ、一定時間たつと我々の頭に直に語りかける魔法をかけていたらしい。
この魔族を倒した途端、頭に魔王の声が響いた」
「で、なんだって?」
「エルギフォスはセファロウスと一緒に復活する。
セファロウスから溢れる魔素を取り込み具現化するらしい」
「うわー。それやばくないか?」
「だろうな。そこで魔王からマスターに贈り物だそうだ」
言ってミカエルが猫の右手に触れれば明るく光り、猫の右手に紋章が現れる。
「……これは?」
「知らぬ。主に渡せと言うだけで説明はなかった」と、ミカエル。
「――あー。あいついつも言いたい事言うだけだもんな」
と、猫が紋章をまじまじ見つめる。
こころなしかコロネの背中の紋章に似ている気もするが少し文様が違う。
一体何の紋章なのだろう。
「それでだ、一ヶ月後エルギフォスと決戦なわけだが、それが何を意味するか主ならわかっておろう?」
ミカエルの言葉に猫が俯いた。そう、エルギフォスを倒せば、猫は強制的に元の世界に戻る事になる。
――それはつまり。今のコロネ達との別れを意味していた。
「うん。……そうだな。残り少ない時間を大切にしないとだよな」
と、猫はため息をつくのだった。










