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159話 召喚

-エルフの力を神々に捧げ、聖杯ファントリウムをこの世に召喚せよ-


 エルフの巫女からテオドールに神託が告げられたのは丁度猫がこちらの時代に来てから一年目の事だった。


「何故、またテオドールなのですか!?

 人間の国の皇帝につけだの、エルフの力を捨てろだの!!

 神々はなぜテオドールばかりにこのような酷い仕打ちを!!」


 テオドールから神託の内容を聞いたコロネが声を荒らげて、叫ぶ。

 そもそもコロネは帝国の皇帝になるときもテオドールに反対をしていたのだ。

 いくら神託だからといっても受け入れるべきではないと。

 そして次にこれである。エルフの力を捧げろということはテオドールに完璧な人間になれと言っている事になる。

 エルフの平均寿命は600年。対して人間は60年。

 エルフのコロネにしてみれば、死ねと言っているにも等しいことだった。


「……猫。一つ聞きたい」


 声を荒らげるコロネを手で静止して、テオドールが無言で座っていた猫に問う。


「お前の世界では、私はエルフの力を捨てていたのだろうか?」


 テオドールに問われ、猫は無言で頷いた。

 コロネが何とも言えない表情をしたあと、悔しそうに唇を噛む。


「……そうか。ならば受け入れるのが正解なのだろう」


「何故ですか!?何故聖杯などというものが必要なのです!?」

 

 コロネがすがるように猫をみる。猫は困ったような顔をしてうつむいた。


 正直な話――今の猫の力ならセファロスだけなら聖杯なしでも倒せるだろう。

 それでもテオドールのエルフの魂は魔獣セギュウムをエルフの大神殿に封じるという重要な役割がある。

 流石にセギュウム復活のときまで猫がこの世界にいるのは考えにくい。

 セギュウム戦では転生した猫が大活躍したと魔王から聞いている。

 つまり猫はそれまでには絶対元の世界に帰らなければいけないのだ。

 それにもし、魔獣を倒すまえに、エルギフォスを倒してしまい、猫が強制的に元の時代に戻されてしまったら、聖杯なしでこの世界の住人がセファロウスを倒すというのは無理だろう。

 結局、テオドールが召喚するしかないのだ。


「これから復活する異界の神の残した魔獣を倒すために必要なアイテムだ。

 これがなければ、こちらの世界の人間が魔獣セファロウスを倒すのは無理だろう」


「――でも、猫がいます、貴方がいれば!!」


「もしセファロウスを倒す前に、コロネを殺そうとしてる奴を倒してしまったら。

 たぶん自分は強制的に元の世界に帰る事になる。

 そうなったら聖杯なしの状態では誰もセファロウスを倒せない」


「それにお前もわかっているだろう。

 猫の世界では聖杯は召喚されていたのだ。

 もし、私が断れば、その時点で歴史が変わり猫が消える事になるかもしれないんだぞ」


 二人に言われ、コロネは今にも泣きそうになる。


「――わかっています!でも何故いつもテオドールなのですか!!

 人間になれなんて……私は認めませんっ!!絶対にっ!!」


 言ってそのまま部屋から飛び出していってしまう。


 その様子を見てテオドールがやれやれとため息をついた。


「追わなくていいのか?」


 猫が聞けば


「少し一人にしてやったほうがいいだろう。あいつはいつもそうだ。

 頭が冷えれば帰ってくるから心配ない」


 と、用意されたお茶を飲む。


「テオドールは本当にそれでいいのか?寿命が縮むんだぞ?」


 猫の問いにテオドールは笑って


「長く生きる事が必ずしも幸せではないだろう。構わんさ」


「歳のわりには随分達観してるんだな。コロネより大分大人っていうか」


 猫が言えばテオドールは肩をすくめて


「人間とエルフのハーフだからな。純血のエルフより早熟だ。

 100年も生きているのだから、大人にもなるさ。

 コロネはまぁ、許してやってくれ。あれは純血のエルフ故、人間と時の進みが違う。

 エルフの100歳など人間の10代だ。見かけより精神はずっと幼い。


 それにしてもお前こそ追わなくていいのか?コロネは命を狙われているのだろう?」


「ああ、そうだな。様子を見に行ってみる」


 言って猫は席を立つのだった。




 △▲△



 ――わかっている――

 神託は世界の存亡に関係する事にのみ下される。

 それを断ることなどテオドールが出来る訳がない。

 彼が巫女である母をどれほど誇りに思っていたのかも知っている。


 けれど――何故いつもテオドールばかりにつらい神託が告げられるのか。


 自分が猫ほどの力があれば代わってあげられたのだろうか。

 結局帝国に行くときも、自分が守るなどと言いながら、彼の足かせになるだけだった。

 今回も自分に魔獣を倒す力があればテオドールが人間になどなる必要もないのに。


 何も出来ない自分に腹がたって仕方ない。


 そして何より――強くなると誓ったはずなのに、神託の内容に感情的に叫んでしまいテオドールと猫を困らせる事しかできない自分が一番情けなかった。

 一番辛いのはテオドールなのに、いつも彼を困らせる事しかできない。



 うずくまって城壁を背によりかかる。

 本当に何をやっているのだろう自分は。


「コロネ」


 名を呼ばれて振り返る。

 そこには夕日を背にに佇む猫の姿があった。

 その姿につい泣きそうになる。


「……すみません」


「うん?何が?」


「感情的になってしまいました。貴方の前で強くなると誓ったのに」


「うーん。でもさ、友達のために怒れるって別に悪いことじゃないと思うけどな」


 言って猫も隣にドサリと座った。


「ですが……結果友を困らせただけです」


「それがわかっているなら、次から気をつければいいだろ?」


 言って猫はコロネの頭をわしゃわしゃと撫でてやる。


「でもさ、テオドールはどう思ったのかはわからないけど、自分だったら嬉しいけどな」


「……え?」


「自分のためにそこまで怒ってくれる友達がいるって嬉しいと思う。

 まぁ、この時代やエルフの価値観だと違うかもしれないから、あくまでも個人的な意見だけど。


 ……それに」


「…それに?」


「ちょっと新鮮だったっていうか、何ていうか。

 未来のコロネはそういった感情を全部押し殺して我慢して一人で抱え込むタイプだから」


 そう、未来のコロネならその場では納得したふりをして、影で他の手立てがないか懸命に探すだろう。

 そしていつも最終的には自己犠牲の方向へ持っていってしまうからタチが悪い。

 未来のコロネも問題といえば問題だ。


「どうせ子供です。すみません」


 何故かちょっと拗ねた感じになるコロネに猫はクスリと笑って。


「そういう純粋なところは大人になってもなくならないで欲しいけどな。

 未来のコロネに分けてやってほしいくらいだ」


 言ってまたわしゃわしゃと頭を撫でられる。

 コロネは自分でも顔が赤くなってしまうのを感じ、ごまかすように、俯いた。


「まぁ、それと、テオドールを困らせた話は別だ。謝りに行こう」


 言って、猫が立ち上がり、コロネの前に手を差し出す。


「……はい。そうですね」


 コロネはそのまま猫の手を握るのだった。

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