154話 50倍返し(コロネ視点)
「密輸、非合法の人身売買、古代遺跡の宝物と税の横領。他国への情報の提供。
これが全ての証拠の書類だ――何か申し開きがあるか?」
皇帝テオドールの言葉にその場が凍りついた。
いままでテオドールよりも帝国で強い発言権をもち、実質帝国を牛耳ってきた人物にテオドールは無情にも証拠を突きつけたのだ。
その場に居合わせた誰もが息を呑んだ。
この人物が反旗を翻せば、帝国といえども、ただではすまない。
その為、前国王の時代から誰も逆らえなかった人物にテオドールは逆らったのだ。
本来、神輿として仮初に王座にすえられたはずの人物がである。
公爵ゼンベルは特に動じた様子もなく
「皇帝陛下、そのような証拠は捏造されたもので御座いましょう。
私にはまったく身に覚えはございません」
「捏造だと?」
「はい。私がこの帝国においてどれほど貢献しているか、皇帝陛下ならおわかりでしょう?
私が治める領土の食料供給が途絶えれば、王都などすぐ饑饉にみまわれ。
我騎士が他国に寝返れば王都などすぐに他国に侵略されてしまいます。
私を失墜させることで誰が得をするのかよくお考えください」
「……脅しというわけか?」
「まさか事実を申し上げているだけです」
というゼンベルの目は神輿ごときが生意気なという殺気が隠すことなく現れている。
「残念だったな。そのどちらの問題もすでに解決ずみでな。
やたら優秀な神の子が、王都の食料を200年は困らない分用意し、兵士も召喚魔法で大幅増強してくれたおかげで、お前の領土の騎士などすぐにでも瞬殺してくれるだろう」
「……は?何の冗談を」
信じられないといった顔でゼンベルが言うと
「信じられないというのなら外を見てみるがいい」
言われてゼンベルが窓から外を見てみれば……
黒い仮面をつけた無数の兵士達が城前に所狭しとひしめいていた。
「お前が裏でグレンデーン王国と通じていることはすでにこちらも情報を掴んでいる。
お前の領土は没収させてもらおう。力づくでな」
「馬鹿なっ!!ありえない、こんな兵士が一体どこから!!
テオドール貴様一体何をした!!
大体、私がお前を皇帝の座につけてやった恩を忘れたのかっ!!」
慌てるゼンベルにテオドールはニヤリと微笑んで、
「私は何もしてないさ。お前が喧嘩を売ってはいけない人物に喧嘩を売ってしまったまでだ」
「な、なんだと!?」
「お前の失敗は私を完璧に支配下に置こうとし、コロネに執拗に嫌がらせをした事だ」
言ってテオドールはそのまま兵士にゼンベルを捕らえるように指示をだすのだった。
△▲△
「……まさか一日でコルダール地方を制圧してしまうとは……」
コロネが猫の隣で、呆然と城壁からその様子を視ている。
猫が召喚した黒い甲冑の戦士達は、城壁内にいた兵士達をあっという間に石化させ制圧してしまったのだ。
「言っただろ?コロネに手を出す奴は全員まとめてぶっ潰す!50倍返しだっ!!」
ぐっと拳を握り猫が宣言する。
「いやぁ、お前はえらい奴に惚れられたな。まさか一日でゼンベルの領土を制圧するとはな。
これはもう抱かれるしかないな」
と、その隣でテオドールがおかしそうに豪快に笑った。
「……だから勝手に人を捧げないでください」
コロネがため息まじりにいえば
「そうだ誰が抱くなんて言ったし!?」
と、猫も抗議の声をあげる。
「なんだお前はその図体で抱かれたい方なのか?
コロネ。抱いて欲しいそうだぞ抱いてやれ」
「ちーがーうー!!!純愛なんだよ!そう純愛!肉体を超えた何かなんだ!」
「……なんだ、放置プレイとかそういう特殊プレイが望みなのか?」
「ちーがーうーー!!」
テオドールにからかわれる猫を見つめながら、コロネは大きくため息をつくのだった。
△▲△
「うん。大分肉付きもよくなってきたじゃないか」
仕事中。急に抱き寄せられて、そう告げられる。
猫が護衛についてから3ヶ月。
猫の手によってコロネに執拗に嫌がらせをしていた公爵をあっという間にその地位から引きずり落とし、それに追随していた貴族達にも睨みをきかせたおかげでコロネの王宮内での立場は大分向上していた。
ストレスが減ったせいか、食事も喉を通るようになったのだが……。
「猫……貴方は。
人をそうやって抱き寄せるのはやめろと何度言ったらわかるのですか?」
コロネがジト目で問えば、猫が「あ、やべぇ」という顔をして
「悪い悪い。つい癖で」
と、ぱっと離す。
「……まったく」
言ってチラリと猫を見れば、何事もなかったかのように、本を読み始めていた。
護衛というには頼りないポーズにも見えるのだが、もし襲撃などあればどんな姿勢でも瞬時に対応するのだから、そこが彼の凄い所なのだろう。
食事をとれるようになり、ストレスが減ったおかげで気づいたが、猫と会った当時の自分はかなり病んでいた状態だったのだと思う。
自分の腕を見やれば、3ヶ月前に比べて大分しっかりしてきたが、まだ大分細い。
人間の嫌がらせなど気にもとめてないないつもりだったが、慣れない環境といつ命を狙われるかわからない状態に病んでしまったのだろう。
食事も取らず、薬だけで過ごすなどという不健康なことを平気でしていたのだから。
「……貴方には礼を言わねばなりませんね」
「ん?何か言ったか?」
「……いえ、なんでもありません。今日は仕事が終わったら猫の好きな物でも食べにいきましょうか」
「え、まじで!?やった!!じゃあさっさと仕事終わりにしよう」
「相変わらずゲンキンな人ですね」
「ふふふ。何とでも言え。コロネの気がかわらないうちに行かないと!
人ごみは嫌だとか言ってなかなか食べにいけないし!
モンテーグのソテーが美味いんだよ!今日はいっぱい食べる!」
無邪気に喜ぶ猫を見て、コロネは目を細めた。
どうか――いつまでも彼が側にいてくれるようにと、無意識に願いながら。










