閑話4(レヴィン編)
「ああ、なるほど。魔道具で思考誘導されているわけですか」
自分を組み敷きながら男がそう呟いた。
何故、自分はこの男に組み敷かれているのだろう?
いままでどんな相手にも負ける事などなかった。
マスターに命じられるまま、殺せと言われた人物は全て殺してきたはずだ。
今回も簡単な仕事だと思っていたのに。
人通りの少ない夜の街道で。
馬車で移動するターゲットに襲いかかれば、馬車から出てきたのは別の魔導士風の男だった。
茶髪がかった金髪のエルフ。
襲いかかったそのナイフを軽く躱され、そのまま杖で叩き落とされると、簡単に組み敷かれてしまった。
レベル40の自分の攻撃を軽くかわすなどいままでいなかったはずなのに。
ーー失敗した。
少年は自分の状況を把握した。
この男には自分は敵わない。圧倒的なレベル差があるのだろう。
風の噂ではエルフはレベルが高く80以上のレベルのある者もいると聞いている。
今回のターゲットがエルフに護衛を頼んだのだ。
竜の血を引く少年は魂の色が見える。
魂の色である程度のレベルは予測できた。
そして目の前のこの男は自分よりずっと魂が輝いている。
無理だ。敵わない。
自分の主に命じられたままに命を断とうと舌をかもうとした瞬間。
身体がぴくりとも動かなくなる。
――なっ。
「失敗すれば自害するようにと命じられましたか。哀れな」
哀れむような男の言葉とともに――少年は意識を失った。
少年は物心ついた時にはすでに人を殺していた。
大人から教えられるのは人を殺す術とレベルを上げる事のみ。
複数人の子供が森に放りだされ、ある者は魔物に食われ、ある者は餓死していき、自分はそれでもいつも生き残った。
何故かモンスターを倒す術を子供の頃から覚えていたのだ。
一緒に森に放りこまれた少年や少女の死体を眺めながら、少年はただ待っていた。
迎えにきてくれる大人を。
そして迎えにきた大人に連れられていけば、食事と寝るところが与えられた。
人を殺せば、殺すほど、少年の待遇はよくなっていったのだ。
少年にとってはそれが日常。
人を殺す事が悪いことだということを彼は知らなかった。
むしろ、殺せば褒められた。いいことだと思っていたのだ。
仲間を守るなどという事など思い浮かびもしない。
後になってわかった事だが、生まれた時から魔道具を付けられていたせいで、そのように思惑誘導されていたのだが。
少年レヴィンは、ただ、暗殺ギルドの道具でしかなかったのだ。
エルフの大賢者であるコロネ・ファンバードに保護されるまでは。
▲△▲
自分を救ってくれたのはコロネだった。
魔道具で思惑誘導されていたため、何一つ常識など持ち合わせていなかった自分を、根気良く教育してくれた。
何故、動物や人を殺したらダメなのか。殺していい人間と殺してはダメな人間と動物など倫理観など。
一つ一つ説明を求める自分に、嫌な顔一つせず、説明してくれて、出来れば頭を撫でて褒めてくれた。
人並みの幸せを教えてくれたのも。
ただの操り人形だった自分を人として扱ってくれたのは彼が初めてだったのだ。
寡黙であまり話しかけてくる人ではなかったが、寂しいと感じるときはなぜか側にいつもいて。
話したいことがあれば、作業の手を止めて聞いてくれた。
時間があれば本を読み聞かせ文字や魔術を教えてくれて。
時折見せてくれる笑顔が大好きだった。
拾われてから何年かは森の中の別荘でずっと二人で暮らしていてたのだ。
恐らくだが、目を離せば危険だと判断されていたのだろう。
他の孤児達と共同生活などさせれば、誤って殺してしまうかもしれないと危惧されたのかもしれない。
実際それくらい人の死に対して何も感じなかったのだから。
二人で暮らした月日はまるで親子で暮らしていたかのようで、幸せだった。
ずっとこのまま二人で暮らしていければいいと子供ながらに思っていたほどだ。
リュート王子の関連でコロネに対する嫌がらせで施設の子供たちが狙われるようになってからは、レヴィンはコロネとともに孤児院で暮らす事となった。
人並みの倫理観をコロネから教えてもらっていたおかげで施設の子達とも仲良くなり、いまでは悪友のような関係になっている。
それでも気持ちは変わらない。
自分にとってコロネは大事な存在であり、唯一の家族なのである。
だからこそプレイヤーは許せなかった。
15年前。
知り合いの所に行くと言い残し姿を消したコロネが戻ってきた時は……死体だった。
骨だけがマルクの元からもどってきたのだ。
リュートをはじめ、孤児院で育った皆が慌てて屋敷に戻り骨を調べれば……骨は人間のものだと知れた。
そうマルクからのメッセージだったのだ。
コロネは無事だが死を装わなければいけない状態にあるという事を知らせるための。
コロネのレベル上げに付き合い、一番レベルの高かったレヴィンとケイトがマルク宅に忍び込めば――そこには変わり果てたコロネの姿があった。
顔や体中いたるところに酷い傷跡を残し、奇声をあげて、ベットに鎖でつながれた状態のコロネがいたのだ。
レヴィンやケイトが話しかけても怯えた目で逃げようとするばかりで話もできない状態だったのである。
鎖で繋いでおかないと壁を血だらけになるまでかきむしり逃げようとしてしまうらしい。
プレイヤーからうけた拷問の恐怖で心が壊れた。
マルクにそう告げられた。
自分のせいだと言うマルクを殺したい衝動に駆られたが、それではコロネが心を壊してまでしたことが無駄になってしまう。
彼はマルクを救うために、その身を差し出し、苦しい拷問にも命乞いなどすることなく耐えたのだ。
最後まで命乞いも泣きわめくこともなく……拷問を終始見せられていたマルクに助けを求めることもしなかったと。
マルクも決してレヴィンたちに謝る事はなかった。
そう――彼もわかっていたのだ。
謝って許されるような事ではない。
家族のためとはいえ謝って楽になることすら許されない事を自分がしたという事を。
それでも帝都にいればコロネを拷問したプレイヤーに生きているとしれてしまう。
生きているのがバレればまた拷問を受ける可能性がある。レオンはそれほどコロネに執着していた。
すでにプレイヤーに掌握されてしまっている帝都では医者に見せることすらできない。
医者がレオン達に生きている事を知らせてしまう可能性があるからだ。
だからエルフ領に連れ出してほしいとマルクに頼まれ、二人でコロネを気絶させ連れ出した。
何故かコロネのレベルが14まで下がっていたおかげで、それはすんなり成功し、帝国領を出て、他の国で身を隠すことに成功する。
もしレベル143のままだったら睡眠の魔法も効かず連れ出すのも困難だったろう。
レベルが下がっていたのは幸いともいえた。
医者に見てもらってもコロネの壊れてしまった心は戻ることはなく。
グラッドに頼み記憶を消す魔道具を作ってもらい、それをつけることで正常に生活ができるようになった程だった。
それでも、時折何かの拍子にコロネの身体に触るようなことがあれば、酷くコロネは怯えた表情を見せた。
グラッドの魔道具も完璧ではなかったのかもしれない。
レヴィンははぁっと、ため息をつく。
目の前で自分達のレベル上げのためにと、罠で無双する猫を見つめ思うのだ。
何故猫のような力を自分は持っていないのだろう。
猫に見せるコロネの態度は明らかに他の人への態度と違う。
猫はシステムのせいだと笑って話すがそれがシステムのせいなのだとしても羨ましく思う。
「うん?どうした?」
ため息をついたのに気づかれたのだろう。
心配そうに猫がこちらによってきた。
「いえ、コロネ様が崇拝するだけのことはあるなと、戦いに見惚れていました」
と、にっこり笑めば、
「レヴィンってなんか言うことやる事嘘くさいのはなんでだろう」
と、じと目で睨まれる。
流石にカンはいいようで、レヴィンはさらに笑を深くした。
あなたに嫉妬してましたとはとても言えるわけもなく、
「さぁ、何ででしょうね?」
と茶化して誤魔化すのだった。
ポイント&ブクマ有難うございます!感謝です!
もう少し先で入れる予定だった閑話でしたが入れ忘れてましたorz










