89話 墓標
ダンジョンの中は、ゲーム時代と特にかわりはなかった。
レベル150前後の敵が出てくる程度で、怪しいところは特にない。
ダンジョンの中をどんどん進んでいけば、ほのぼのとした景色から一転して、今度はお墓の立ち並ぶエリアへ突入する。
ここは確かレベル150前後のゾンビがでてきたはずだ。
「ねーネコなんだかここ暗いねー」
先ほどまでのまるで地上を思わせる明るさのエリアとは違い墓石の並ぶ地域は薄暗い。
「ゾンビが出てくるから気をつけろよ。聖水が湧き出てる泉はもうすぐだから」
私がいえば、リリがうんうん頷いた。
にしても……あれ、そういえばコロネは。
ふいに私とリリの隣にコロネがいないことに気づき、私が振り返れば、コロネがじっと墓石を見つめていた。
「コロネ、どうした?」
私がコロネの隣にいけば、コロネの顔が薄暗いせいだろうか?かなり青くなっているように見えなくもない。
「……猫様。
ここはどういった趣旨の洞窟なのか……リリ様を通じて記憶をみせてもらってもよろしいでしょうか?」
「……え?」
「この墓石なのですが……ゲーム化前の文字で書かれています」
一際立派なお墓の前で佇むコロネが文字を指でなぞっている。
「読めるのか?なんて書いてあるんだ?」
「この墓石に刻まれた名はリュート・エル・サウスヘルブ。
リュートの名です……」
言うコロネの顔は真っ青だった。
△▲△
「それに、ここに刻まれてる名は、リュートだけではありません。
クランベールもグラッドも……サラやルーベルトなど子供たちの名も刻んであります。
他にも私の知り合いの名が見受けられます」
コロネが言う言葉に、リリも真っ青になった。
「お墓って死んだ人はいるばしょ!なんでサラ達の名前ある!?
サラもロロもルーベルト生きてる!!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。
ここのクエストを受けた時のログが残ってるはずだから。
ステータス画面で確認する」
そう、このゲーム、クエストはNPC経由で受ける。
一時期流行ったアニメや漫画などでよくみた「冒険者ギルド」などというものは存在せず、突っ立ってるNPCに話しかけてクエストを了承する形だ。
この洞窟はレベル150時に受けたクエストで、古代遺跡を調べているNPCカシューの依頼で遺跡調査をしてくるというものである。
私はリリとコロネにも見えるようにステータス画面を開き、クエスト項目を開く。
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■クエスト カシューの依頼 その1■
エルフの隠れ家にある墓石の文字を写経してくるように頼まれた。
アケドラル帝国とレイゼル霊峰の中間にあるゲントナ高原の端に位置するエルフの隠れ家の扉の前で
『アム ベス ラル ファロンテ』
という呪文を唱えて、中にはいろう。(推奨レベル150)
クエスト達成条件 墓の文字の写経
墓の文字の写経 10/10(クエスト完了済み)
■クエスト カシューの依頼 その2■
カシューの話では墓石に書かれた文字は神々と異界の神々の戦いの前の時代に使われていたどうやら失われた古代文字らしい。
カシューの推測では、神々と一緒に異界の神々と戦ったエルフ達の墓かと思われる。
ピンクスライムが時々、エルフの書いた日記を所持しているらしい。
ピンクスライムからエルフの日記をとってくるように頼まれた。(推奨レベル150)
クエスト達成条件 ピンクスライムの退治
エルフの日記 5/5
■クエスト カシューの依頼 その2■
カシューの話ではエルフの日記には、読める単語だけで解読したものによると人間に対する強い憎しみと憎悪が綴られていたらしい。
解読できる日はくるのだろうか?
エルフ達の働きのおかげで、神々は異界の神々に勝利したとも伝わっているが、なぜそのエルフ達が人間たちを恨んでいるのか。
1000年前、人間とエルフの間で何があったのか。
さらに奥にいるブルースライムがもつ古文書を手に入れてくるように頼まれた。(推奨レベル150)
クエスト達成条件 ブルースライム退治
古文書 1/1
■クエスト カシューの依頼 その3■
古文書はやはり古代文字で読むには時間がかかりそうだ。
カシューは改めて古文書を調べると言い、部屋に篭ってしまう。
カシューの話では、あの洞窟には異界の神々と戦ったエルフ達の秘密があるらしいのだが……
古文書にはエルフ達の居住区の隠し部屋が記載されているらしい(推奨レベル300)
:::
ここでクエストは終了している。
レベルが足りなくてクエストが続けられなかったのだ。
今ならレベルが足りるのでクエストを受けられるとは思うのだが、何分クエストをくれるNPCカシューがいない。
彼は確か人間だった。300年たった今では生きてはいないだろう。
「どういうことでしょうか。
1000年前の神々の戦い時にはリュートやグラッドは生まれてすらいないはずです」
クエスト項目を読み終えたコロネが、うめく。
「同じ名前の別人?」
リリがコクりと首を傾けるが……
「別人はありえないかな。名前が複数人ばっちり同じというのは……」
「はい、ありえないかと」
と、私の問いにコロネが頷き、ため息をついた。
「猫様……以前、私の記憶がない時期について話したのは覚えていらしゃいますか?」
コロネの問いに、私は動きを止めた。
なんとなくコロネの言いたい事を察してしまったからだ。
コロネはそれを肯定と受け取ったのだろう。
「……恐らく、忘れたのではなく、元からその時期の記憶自体が存在しないのでしょう。
私たちは……ゲーム用に作られた肉体に、過去の存在した人物の記憶を詰め込んだ仮初の存在。
それが私たちなのだと思います」
そう告げるコロネの顔は、かなり青ざめているのだった。










