ありえない美人、ありえない話
シャーロット・グレース・ヒルトン公爵令嬢。
このレッドシェンド王国の中でも最高峰の地位を持つ、由緒正しい家に生まれ育つ。
6歳の時に第一王子である、リチャード王子と婚約する。
シャーロットは王子に異常なまでの恋心を抱き、
そして彼女は、リチャードに近づく女すべてに嫌がらせをする。
しかし最終的には、主人公に王子をとられ国外追放されるのだ。
以上が、私が転成したシャーロットのおおまかな人生の流れである。
まあ、乙女ゲームにありがちな設定だろう。
これからこの人生を歩むのが私じゃ無かったら、人事として笑えたのに・・・!!
しかも私には、これまでこの国で過ごして来たはずの6年間の記憶が無い。
この情報が何も無い状況で、周りに合わせながら生活しつつ、国外追放を免れるために対策を練るのは
かなり至難の業だろう。
くそう、神様。なんて試練をお与えになるのか。
国外追放なんてされた日には、のたれ死ぬ自信しか無い。
私は生活力がない。それは前世からしみじみ思っている。
主シャロ同人やグッツを作るため、食費を削り、底辺みたいな生活を送っていたのだ。
マイナーカプはなかなか売れないしね・・・赤字しか出ない。
そして何より、今日一日この家で過ごしてみて、思った。
公爵令嬢超楽じゃん!と・・・
例えば今日の朝のこと。
私が急に意味不明な発言をしたので、しばらく部屋は混沌に包まれていたが、
時計を見てはっとしたクララが、私の身の回りの世話をやってくれたのだ。
目覚めのお茶。
洗顔。
着替え。
髪結い。
それからマッサージまで。
いや、こんな極上のサービス経験したらもう元には戻れないですよね。
つまり私は、悪役令嬢シャーロットと同じ轍は踏めないのだ。
さあ、どうしたものか・・・
「お嬢様、やはり朝から大分ご様子が・・・」
「クララさ、・・・クララ。大丈夫よありがとう。」
“今までの”私はどうやらお付きのメイドのことを「クララさん」ではなく、「クララ」と呼び、
お嬢様言葉を使っていたらしい。
まったく、なれない喋り方をするのは苦労する。
しかし、なるべく怪しまれないようにしなくては。
「お嬢様、旦那様がお呼びです。」
メイド服を着たクララさんではない女性が、私を呼んだ。
この人はメイド頭のローザさん。
まだかなりお若いのに立派にメイド頭をつとめあげているようだ。
クララさんとは正反対の少しキツめの女性。
しかし日本にいたころには見たことない、現実に存在するのがありえないと思うほどの美人だ。
黒髪ロングストレート、目は鋭いが美しく、鼻は高い。
身体はメイド服で見えないが、かなり細身であることが伺える。
朝、私はクララに成り変わりたいと心の中で叫んだが、撤回しよう。
もう既に、ローザ×クララのカップリングにはまりつつあるのだ。
まだ絡みを沢山見た訳ではないが、私の百合レーダーが反応している。
厳しめのSメイドと、ドジっ娘M?メイドたまらんっっ!!
成り代わってしまったら、そんな素晴らしいカップリングを見守ることが出来ないからね。
「お嬢様?早くして下さい。旦那様がお待ちです。」
「あ、ごめんなさい。今いきます・・・わ!」
慣れない返事をしながら、ローザさんについていく。
長い廊下をひたすら歩かなければ、旦那様・・・
私からすれば“お父様”の部屋にはたどり着かないらしい。
やはり、公爵家というだけあって家はかなり広く、豪華だ。
何棟あるか分からない大豪邸。
元々の私の家とは大違いである。
「失礼します。」
“書斎”と書かれた部屋の前で、ローザは立ち止まりドアをノックした。
ちなみに、この国の知識はゲームで公開された範囲でしか知らない私だが、
この国の言語は日本語のため、カンペキに読めた。
外国モチーフのゲームなのに、何故日本語かと気になったが、まあ、
この世界が日本の乙女ゲームの世界だからなのだろう。
「入りなさい。」
お父様の声が聞こえたので失礼しますと一言かけた後、入室した。
お父様は如何にもお金持ちらしいソファーに座り、偉そうな顔で睨みつけてくる。
正直、苦手なタイプである。
これが、美人の女の人だったら良かったのに。
「・・・クララから聞いたんだろう?」
「婚約の件ですよね?聞きました。
しかし、お相手がチャールズ王子、ですか。」
「・・・不満か?でも決まったことだ。」
私が不満げな声を上げると、お父様はかなり威圧してきた。
やはり、チャールズ王子との婚約を避けることはできないらしい。
はあ、国外追放を免れるためにはどうすればいいものか。
婚約が決まった以上、これからの人生の大筋は、シャーロットと同じ様になるのだろう。
嫌がらせを行わなかった位で、国外追放を免れるのだろうか。
嫌がらせがことごとく失敗していたのにも関わらず、追放されたんだぞ?
正直、どうしたら良いかわからない。
深く考え込んでいる私を傍目に見つつ、お父様は再び口を開いた。
「それで、今度チャールズ王子が一ヶ月間ここで暮らすことになった。」
は?今なんつった。いやいや、ありえないでしょう。
ここで暮らすんですか?
なんでそんなに話が進んでるんだ?というか、王子としての仕事はいいのか?
いくら子供だからといって、そんなに長期間の外出は許されるのか?
・・・こりゃあ何かの力が働いていますねえ。
かかわり合いになりたくない・・・なるべくなら。
私のそんな願いをお父様に言うことも出来ず、言葉にならないまま消えて行った。
百合に囲まれたい。