第四話
「いや、しかし相変わらず美人だったな」
「さっきの宝龍って人?」
「博巳ちゃんもそう思うだろ?あんだけ綺麗で頭もいいんだぜ。あと親父さんがどっかのお偉いさんだって」
「うわあ……人生勝ったも同然だね、それ」
浅野の話を聞いて素直に羨ましがる博巳。
三人は只今、昼食の真っ最中である。母の夢が作ってくれた弁当をつつきながら浅野の話に耳を傾ける。
「でも浅野君って宝龍先輩に詳しいんだね?」
「まあな。というか、あの人の事はこの学園の人間ならほとんど知ってるぜ」
「へえ、それにしては個人的に名前も覚えられてたみたいだけど?」
「そりゃお前、俺が去年告白したからじゃねえか?」
さらりと発言したが、今この場に宝龍がいない事でその告白は失敗したか今は付き合っていないかが分かる。
「しかも大衆の面前でルパンダイブしながら告白したからな。多分、印象が強かったんだろ」
「へ……へえ……。浅野君の度胸は素直にすごいと思うよ……」
自分だったらそんな馬鹿な真似は出来ない。大体ルパンダイブしながらって何だそれ。
「それで?話を聞いてる限りじゃ当然告白は失敗したんでしょ?」
「おうよ。目標まであと60センチって所でネリョ・チャギ(かかと落とし)が炸裂してな。でもな……黒のレースを
見れただけで俺は本望だった」
「ねえ、やっぱり浅野君って馬鹿なんだよね?」
告白が目的だったのかパンツが目的だったのか。ともかくこの男、そういうものへの執着心はすごいのかも
知れない。
そんな馬鹿な話を博巳と浅野がしている間、ずっと無言だった小夜が口を開いた。
「お兄ちゃん。さっきからずっと宝龍って人の話ばっかりだよね?どういう事?」
どういう事、というのがそもそも意味不明だが小夜のその気迫に博巳は背中に悪寒を一筋走らせる。
「どういう事も何も……どうしたの?変だよ?」
「変じゃない。お兄ちゃんはああいう人がタイプなんだよね。年上でお姉さんで長い髪の人」
「おろっ?何だよ、博巳ちゃん。宝龍さんに惚れちゃったかあ?」
「惚れっ……!何言ってるんだよ。小夜も浅野君も変な事言わないの」
「でもなあ、やめとけやめとけ。宝龍先輩ってガードが固いからな。「不沈艦」とか「八代のデ・ダナン」とか
呼ばれてるんだぜ」
どこの傭兵部隊の船ですか?それ。
「だからやめといた方が無難だぜ?確かに博巳ちゃんは顔も悪くない……というか女の子みたいな顔だからな。
俺には小夜ちゃんとの方が恋人っぽく見えるよ」
「浅野さんもっと言ってくださいさあもっとどんどん言ってくださいこれ以上無いくらい畳み掛ける様に」
「さ……小夜……目が怖い……。あと浅野君も小夜の事を変に焚き付けないで」
「しっかし、小夜ちゃんってとんでもないブラコンだな」
目の色を変え援護を要請する小夜を見て、やや呆れた様に浅野がため息をつく。
「そうなのです。私は身も心もお兄ちゃんに捧げたのです。というか実妹では無いから染色体的にも
オールオッケーです」
「え?そうなの?」
「浅野君、本気にしないで。小夜とは正真正銘、血の繋がってるから」
「ああん、お兄ちゃんのその蔑む様な視線は小夜にとって何よりも代え難い宝物です……」
「こりゃ重傷だな」
「でしょ?」
こうして編入初日の博巳の昼休みは中毒者気味な目をした小夜と、かかと落としをくらいながらも
パンツを目に焼き付ける浅野に囲まれ、過ぎていくのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「なんというか……今日一日で一年分の体力を使った気がするよ」
「そりゃあれだけ囲まれたりしたらね。でも良かったじゃん、人気者になれてさ」
「あれは人気とは違う気が。なんかペット的な扱いを受けてた様な……」
「ペットになったお兄ちゃんかあ……ぞくぞくするう」
「やめなってば」
博巳はスイッチの入りかけた小夜の額に軽く手刀を落とし黙らせた。
放課後にも一波乱あるかと思っていたがそんな事は無く二人は現在、家までの帰り道を二人で歩いている。
山の中腹にある自宅までの道は多少整備されているとはいえ、街灯も少なく夕日の明かりだけが頼りである。
お祓い稼業の寺ーー博巳達の実家だが、その寺が中腹にある事も手伝い、昔からこの辺りにはあまり人が
近寄る事はなかった。
博巳や小夜の友達も進んで遊びに来ようとは思わなかった様で、二人はいつも相手の家や麓の
遊び場に集合していたものだ。
「でも私のクラスにも噂はまわってきてたよ?二年にすごい可愛い女の子が転校して来たらしいー、ってね」
「ぜ……全然嬉しくない……」
「まあまあ。きもーいとか、がっかりーとか言われるよりも良いじゃない。そんな可愛いお兄ちゃんを持って
小夜は鼻高々なのです」
「そりゃどうも。兄としての威厳は少しも無い様に感じるけどね」
「でもお兄ちゃんを狙う様な奴がいたら、その時は小夜が思いつく限りの苦痛を与えてやるからっ。安心してね!」
小夜さん、それは犯罪行為です。どちらかというと。しかも、何でそう明るい顔で言うかな。
猪突猛進で一方通行な小夜の言葉に博巳は頭の中で突っ込みを入れる。
「とりあえず初日の感想なぞはどうですかな?お兄ちゃん」
「んー……まあ、色々あったけど何とかうまくやっていけそうかな、と。クラスの皆もいい人ばかりだったしね」
茶化す様に聞いてきた小夜に対し、今日一日の事を思い出しながら答える。
確かに行き過ぎた人間が多かったのは事実だが、決して嫌な気持ちを持たれた訳ではないと博巳は思う。
「そっかー。残念きわまりないけど、ここは妹として喜んでおくべきだよね」
「そゆ事」
そんな他愛も無い話が終わろうとする頃、二人は住み慣れた家に着く。
そして玄関に手をかけた時、中から何やら騒がしい声が聞こえて来た。
「あれ?お客さんかな?」
「みたいだねー」
博巳と小夜は中に入り、帰宅を家族に知らせると奥から母親の夢が迎える。
「ああ、おかえりなさい。今お父さんにお客さんが来てるのよ。というか私たちのお客さんでもあるんだけどね。
ちょうど良かったわ、二人もご挨拶なさい」
そう言われ、博巳と小夜も夢と一緒に奥の客間へと向かう。
「蓮君、二人とも帰って来たわよ。博巳、小夜、こちらは宗谷蓮君。お父さんの元・教え子で私と
勝弥さんの友達でもあるの」
「どうも初めまして。神代博巳です」
「こんにちわー。神代小夜でーす」
簡単な挨拶を済ませた博巳は蓮、と呼ばれた男に目を向ける。
年の頃は三十前半くらいだろうか、髪は色素を全て抜いた様に白く腰まで伸びていた。
やや細めの目の中にある瞳は金色に輝いており、日本人の名前である事が不思議なくらいの人物だった。
「やあ、博巳ちゃんに小夜ちゃん。随分大きくなったねえ。お久しぶり、かな?」
「へ?」
目の前の人物に会った記憶が無い博巳は思わず間の抜けた声を出してしまう。
自分の記憶を掘り返してみてもこの蓮という男の事は博巳の頭の中には無いのだ。
「ええと……覚えてないかな?でも無理ないかな。博巳ちゃん達がまだ本当に小さくい時だったからねえ」
「すみません……って事は小夜も?」
「うん、覚えてない」
博巳の問いかけに小夜は首を振る。というかこの妹は兄以外の男に興味なさげだ。
「そっかあ、ちょびっと期待してたけど忘れられてたのはやっぱりショックかな」
「だって蓮君が前にここに来たのって……確か博巳が三歳くらいの時なのよ?そりゃ忘れるって」
「夢ちゃんも相変わらずだねえ。そういえば勝弥君は?」
「今ね、お仕事が佳境みたいで。誰も部屋に入るなって言われてるのよ」
「それじゃあ、何とか夢は叶えた訳だ。昔から文章を書く時は切羽詰まった顔してたもんねえ」
昔を懐かしむ様に蓮と夢は会話を続ける。
博巳と小夜の二人はまだ制服だった事を思い出し、それぞれの部屋へと着替えに向かう。
もちろん変態街道を進み始めている妹に釘をさした上で。
そして二人が客間に戻ってくる頃には既に蓮が玄関に向かい帰ろうとしている様子だった。
「それじゃあ、総二郎さんに夢ちゃん。博巳ちゃんに小夜ちゃんも。また遊びに来るからねえ」
「全く……久しぶりにこの家に来たんじゃ。一晩くらい泊まっていっても罰は当たらんじゃろうに」
「それがそういう訳にもいかないんですよ。それに……これからの準備がありますしねえ」
「そうじゃったな。儂も協力は惜しまんからな、夢も勝弥もそのつもりじゃ」
「ありがとうございます。それじゃあ、皆さんまた会いましょうねえ」
そう言い残し帰っていく蓮を家族で見送った後、博巳は蓮の事を聞こうと総二郎や夢に問いかける。
「ねえ。あの人って……人間?」
「え!?」
博巳の突然の質問に驚いたのは妹の小夜だった。今までこの総本山の弟子で、夢や勝弥の友人と聞かされれば
普通は人間以外の何者でも無いと思うのだから無理は無い。
「ほう、博巳は分かったか」
「いや、何となくなんだけど……こう……上手く説明出来ないや」
「それでも、完全に上辺を作っていたあやつの中身を感じる事を出来るとはな。さすが儂の孫、と言った所かの」
「なによう、私は全然気づかなかったのにー」
「かっかっかっ、小夜も腕は上げたが肝心な所はまだまだじゃのう」
大きな声で笑う総二郎の言葉に小夜はますますむくれ始める。
「でもさあ、何で「向こう」の存在がおじいちゃんの弟子なんてやってた訳?実際、共存してるって言ってもわざわざ
滅魔の修行なんて好き好んでやらないでしょ?だって、下手したら自分が危ないってのに」
小夜の質問に目を細める総二郎。
「まあ、「向こう」の奴らの中にも変わり者がいる、という事じゃよ。それにあやつは力の使い方を間違える様な奴でも
無ければ立場的にも無理は出来んのじゃ」
「立場?」
「それについてはその内にな。夢、儂は腹が減って仕方無いんじゃ。早く飯にしてくれ」
「はいはい、博巳と小夜もちょっと手伝ってくれる?」
まだ話に納得していない様だったが夢に付いて行く小夜と博巳の後ろ姿を見つめ、総二郎は呟く。
「……これで更に面白くなりそうじゃのう……」
もちろん博巳と小夜にこの呟きが聞こえる事は無い、と知りながら。