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第三話

「つ……疲れた……」

午前の授業が終わる事を告げるチャイムが鳴った後、だらしなく机の上で伸びている博巳。

智美のおかげで混乱は収まったものの、休み時間になると必ず皆がひっきりなしに質問を浴びせてきたのだ。

中には質問と呼べないものもあり、博巳は何回「ブルマ出すな」と言ったか分からない。

あいつ一歩間違うと犯罪者になるんじゃないか。

などと考えていた博巳の後ろの席に座っていた浅野から声がかけられる。

「おっつかれい。大変だったな」

「その大変の半分は浅野君の煽りのせいだった気もするんだけどね」

「あっはっはっ、小さい事は気にするな」

この浅野という男、休み時間の度に博巳に対し「もじもじしてみてくれ」だとか「下の名前を可愛らしく

呼んでくれ」などというリクエストをしていたのだった。周りも博巳のリアクションを見てみたいが為に

変に同調するのでたちが悪い。

こいつも犯罪予備軍じゃないだろうかと疑ってしまうのも無理は無かった。

「んで?博巳ちゃんは弁当?学食?」

「ちゃん付けはやめてって言ってるでしょうが」

「良いじゃんかよー。んで?弁当だったら一緒に食おうぜい」

「はあ……もう空しくなってきた……じゃあ一緒にーー」


「博巳せんぱーい!あなたの愛するラブリー小夜ちゃんが、恋のスーパーエクスプレスに乗って

只今参上っ!とうっ!」

「げ」


博巳が浅野に言葉を言い終わるかどうかという所で、教室の前の扉が豪快に開け放たれた。

もちろんクラスの皆は突然の出来事に口をぽかん、としている。

「すみませーん!このクラスに今日編入してきた神代博巳先輩いますかあ?彼と一緒にお弁当

食べようかなあ、と思ってダッシュで来たんですけどお。えへへっ」

何が楽しいのか知らないが、弁当箱らしき物を片手に頬に手をあて、ぐねぐねしている小夜は

意味不明な言葉を連発していた。

後日、音速を超えていたかもしれないとクラスメイトに証言される素早さで小夜に向かう博巳。

「とてつもなく意味が分からないよ、小夜ちゃん?まず、小夜と僕は間違いなく血の繋がった兄妹であって、

確かに学年は上だけど「先輩」ってのはちょっと違うよね?あと「彼」って呼び方はとても変だと思うんだ。

それにラブリーって何かな?恋のスーパーエクスプレスって何かなっ?何かなあっ!?」

「あだだだだだだだだだだ。せんぱ……お兄ちゃんのその容赦ない攻撃に、小夜の鼓動は高ぶって仕方無いの。

というか、こめかみに指が食い込んでいやあ指じゃない爪が爪があ」

ぎりぎり、と音が聞こえてきそうなアイアンクローを受けているにも関わらず、頬が赤く染まっているのは

痛みのせいなのか、それとも他の感情なのか。博巳は後者では無い事を祈る。

「それで?何しに来たんだよ」

「あー気持ちよか……痛かった。何しにって、もちろんお兄ちゃんとご飯を食べようと思って。

そんな訳でしっつれいしまぷぎょっ」

「とりあえず落ち着こうよ」

「ひ……人に足を引っかけておいて何も悪びれないお兄ちゃんが小夜は大好きです……」

教室に侵入しようとした小夜に足を引っかける、というより足払いに近い攻撃を加え転倒させる博巳。

「はあ……とりあえず皆さん、お騒がせしました。あと、こいつは妹の小夜ですが、変な関係とかは無いので

ご心配なく」

その博巳の発言によりこちらを奇異の目で見ていたクラスメイトは元通りに昼食を再開する。

一部から「なんだー」だの「つまんなーい」だの聞こえてきたのは無視しよう、と博巳は決意する。

「まあまあ、良いじゃんよ。一緒にご飯食べようぜい」

ちなみにこの発言は浅野である。いつの間にか博巳達の横にきていた彼は弁当箱をちらつかせながら

のほほん、と博巳の返答を待っている様だ。

「しょうがない……今日は我慢しよう……ほら、小夜。皆で食べよう」

「そうそう。皆で食べれば美味しいよん。しかも一年の中でも美人と評判の子と昼食がとれるなら

こんなに嬉しい事は無いわな」

そう言って小夜を立たせようと手を差し出す浅野。

「何ですかこの手は。せっかくお兄ちゃんに起こしてもらおうと思ったのに小夜の計画が台無しです」

「は……はい……すいませんでした……」

どんな計画だ、と浅野は突っ込みたかったが尋常ではない小夜の気迫に気圧される。

「小夜。そんな事言うなら二度と一緒にご飯は食べないぞ」

「いやあん。お・に・い・さ・ま。小夜のちょっとした冗談です!あっ、すみませんでした、そちらの……ええと」

浅野光一(あさの こういち)。宜しくね。小夜ちゃん」

「はい、浅野さん。手を貸してくださってありがとうございます…………くそがあ……」

最後の部分は決して二人に聞こえない様に小声で呟く小夜。やはりこの娘は心のどこかに闇を

飼ってるのかもしれない。

「えと……そんじゃあ二人とも。今日は俺が昼食タイムにおすすめのとっておきな場所を教えてあげよう!

じゃあ行こうぜい!」

「えっと、意味が分からないんですけど?私はお兄ちゃんと二人っきりで昼食を食べ、その後は膝枕なんかを

してあげて「柔らかいなあ、小夜の膝枕は」「うふふっ、くすぐったいよお兄ちゃん。あっ、そんな所に手を」

みたいな展開を期待してるんです。あなたはお呼びじゃありません」

「小夜」

「うっわあ、楽しみです!浅野さん、そのベストプレイスとやらはどこにあるんですかあっ?」

またも黒いんだかピンクなんだか分からない発言をした小夜を二文字で嗜める博巳。

「あ……ああ……とりあえず付いてきてくれよ」

「ふう……じゃあ行こうか、浅野君。というかこれからご飯なのに凄い胃が痛くなってきた……」

そして教室を出て行く三人。もちろん他のクラスメイトは遠慮という名前の回避行動を取っていたが。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「えーっと……僕の予想と脳内が正常なら、ここは屋上に出る扉の前で更に浅野君はピッキングと呼ばれる

行為を行っている気がするんだけど」

「おかたいなあ博巳ちゃんは。大丈夫だってば。いつもこうやってるんだから……と」

浅野の発言はカシャン、という音を立て鍵が開くのとほぼ同時だった。

階段を登らされ、そろそろ上の階は無いはずなのでは、と感じていた博巳の問いかけにも浅野は動じず、

小夜も不満な顔ながら若干わくわくした表情を見せている。

「そうだよお兄ちゃん。高校生は屋上でご飯を食べる事の一つや二つは経験しないともったいないんだから」

「小夜。その発言は絶対正しくない」

またも意味不明な持論に辟易する博巳を置いて、浅野と小夜は屋上の扉を開ける。

普段から鍵がかかっているのを見た所、他に人はいない事は容易に想像出来るーー筈だった。


「あら?浅野……君だったかしら?」


誰もいない筈の屋上で一人昼食をとっている生徒がいた。

「あ……あれ?宝龍先輩じゃないっすか?どうしてーー」

「それはあなた達も同じじゃない?」

「まあ、確かにそうっすけど……でもまさか宝龍先輩みたいな人が一人で、しかも屋上で食べてると思わなくて」

「別に友達がいない訳じゃないのよ。ただ、たまに一人になりたい時もあるわ」

「そうっすか……っと、ああこの人は三年の宝龍久遠先輩だ。どうだ、すげえ美人だろ」

「やめなさいってば。確かに見られない顔じゃないとは思うけど、世の中には私より綺麗な人はいくらでもいるわ」

苦笑しながら謙遜する仕草も絵になっているような美人だった。

決して染料などでは無い天然の茶色の髪を少し伸ばし、謙遜の言葉を放った口元は少し厚めの唇にうっすらと

紅を挿した様な桃色だった。

目元はやや吊り気味だったが、大きめの瞳に長く整ったまつげを備えている。

一言で言えば美人。ただ、有無を言わせない美しさがある様に博巳は感じた。

都内の中学そして高校に通っていた博巳だったので、それなりに綺麗な女子を見た事はあったが、宝龍久遠という

女生徒からは全く別次元のオーラの様なものが出ていた。

そして浅野の後ろにいた博巳達に視線を向け、一瞬目を見開いたーーと感じたのは博巳だけだったろうか。

驚いた様な、それでいてどこか懐かしむ様な視線を向けられた博巳だったが、軽く袖を引っ張られる。

もちろん引っ張ったのは横に立つ小夜だ。その横顔には先ほどまでのふざけた表情ではなく、眉間に軽く皺を寄せ、

何か嫌な物を見てしまった、という表情を貼付けていた。

「行こう、お兄ちゃん」

小夜の口から出たその言葉の真意が分からず博巳は訝しげな視線を小夜に送る。それは振り向いた浅野も

同じだった様だ。

「どうしたの?どこか具合でも悪い?」

「いいから行こうってば。ここはーーあの人は何か嫌だ」

「ちょっ……小夜、失礼な事言うなってば」

「そ、そうだよ小夜ちゃん。滅多な事言うもんじゃないよ?」

博巳の問いかけに答えた小夜の言葉は博巳も、そして浅野も予想しなかった答え。

その言葉に二人は慌てて小夜に声をかけるが、小夜は黙ったまま博巳の袖を引く力を強めるだけだ。

その様子を見つめていた宝龍は、食べ終わった弁当箱を片付け立ち上がると博巳達の方へと歩を進め、

「お邪魔になる様だったら悪いから行くわ。もう食べ終わったし」

と言い残し博巳達の背後にある扉から出ようとする。

「あ、あのっ!すみません。妹が失礼な事を……えっと、今日二年に編入してきた神代博巳です。

ほんとすみませんでした」

慌てた博巳が挨拶すると宝龍は博巳を見つめ、軽く笑った後で博巳の方に手をかけ耳元で囁く。

「いいのよーーーーくん」

「えっ?」

美人の顔が近かった事で更に動揺したのか、耳元で囁かれた言葉の後半が聞き取れない博巳。

ぼうっとした博巳にもう一度微笑み、扉から出て行く宝龍。

その後ろ姿を博巳はただ見送るしかなかった。




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