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第一話

夜空が白々とその風景を変化させ、まだ朝露の残る時。

山間の深くにあるその場所では、時折あがる声と床を踏み鳴らす音だけが響いていた。

建てられて数百年は経過している事が容易に想像出来るその屋敷は、古いながらも先人の知恵と

職人の腕の賜物なのだろう、傾き一つ無くその身を大地に根付かせている。

そして屋敷の敷地内にある離れ――正確には何かの道場だろうか、そこでは二人の男が拳を

交わしていた。

「でええええいっ!」

「そりゃっ」

先に動いたのはまだ幼さの残る少年だった。

男子にしては少し長いその頭髪を揺らし相手に突きを放つ。大きい瞳に長いまつ毛、小柄な体躯は少女と

言われれば見抜けない者が少なからずいる事だろう。

一方、その少年の拳を軽く受け流す人影はと言えば、年の頃は六十位だろうか、

薄くはなっていないが真っ白に染まっている。後ろで束ねた長い髪をなびかせるその姿はある種の威厳さえ

感じさせる。

「てえいっ!」

「くっくっくっ、甘いのうっ!」

老人は少年の繰り出した右の正拳突きに対し、内側から外側へと交差させる様に右腕を絡め、そのまま

二の腕を掴み体を右足を後方に動かした上で、己の方向に引き寄せる。

「のわっ!」

急激に体ごと前方へ引かれた少年は、すんでの所で右足を出しその体が前に倒れるのを防ごうとする。

「ほーれ終わりじゃ」

その気の抜けた声とは裏腹な鋭い足払いを右足に受け、少年は前のめりに倒れ込む。

ぎりぎりの所で左手を使い、前受け身をとった少年だがその背中に凶悪な重みがのしかかってきた。

「げふっ」

「まだまだじゃのう、博巳(ひろみ)

かっかっか、と高笑いしながら博巳の背中に座る老人。

その表情は、先ほどまでの鋭い眼光の面影は無く、どこにでもいて日曜の朝には河原でゲートボールでも

楽しんでいそうなものだった。

「……いいかげん、どいてくれないかな」

「まあ、そう言うな。可愛い孫とのスキンシップを計ろうという、このじいさんの暖かい家族愛が分からんのか?」

「その孫を座布団代わりにしてるのはどこのどいつですか」

博巳はそう愚痴ると軽く力を入れ起き上がる。

そうして二人は道場の中心に戻りお互いに礼を交わした後、どちらからともなく座る。

「さて……今日から新しい高校だのう。どうじゃ?上手くやっていけそうか?」

「まあ、なんとかやっていけると思うよ。小夜もいるのが心配事の一つだけど」

「小夜か……あいつも腕は良いがお前に甘過ぎる部分があるしのう……」

「部分っていうか全てが甘いんだけどね」

チチチ、と外から聞こえる雀の泣き声の中、二人は遠い目になる。

「まあ、お前がやっていけそうなら何も文句はない。思う存分学業に励めよ?なあに、心配事があったらいつでも

儂に言え。この神代総二郎(かみしろ そうじろう)の名にかけて、可愛い孫の為なら火の中水の中、じゃ」

「りょーかい」

「さて……そろそろかのう」

一通り話が終わった二人は道場から母屋の食卓へと向かう。

「あ、おはよう父さん」

「うん、おはよう博巳」

「なんじゃ勝弥(かつや)、今日は朝から起きとるのか?」

「ええ、仕事が一段落しましたしね。たまには家族と食事をしないと忘れられそうで」

「物書きなんぞになるからじゃ。己の選んだ道じゃろうが」

「ほらほら、勝弥さんもお父さんも。早くいただいちゃいましょう?」

総二郎と勝弥の会話に割って入った女性――総二郎の娘であり博巳の母である神代夢(かみしろ ゆめ)の一言で

総二郎と博巳は食卓に座る。

「おはよう父さん。母さんも」

「はい、おはよう」

「おはよう、博巳。今日から新しい学校なんだから早く食べちゃいなさい。それにその汗も落とさないと」

「はーい、いただきまーす」

こうして神代家の朝が始まり、食事を一通り終えた博巳は風呂場へ向かおうとする。登校までは十分すぎる時間がある為、意外とのんびりだ。

その時、母の夢が博巳に声をかける。

「あ、そうそう。お風呂に入る前に小夜を起こしてきてね」

「えー……朝から面倒くさいなあ……」

「文句言わない。早く起こしてくるっ。今日から一緒に登校するんでしょ?」

「僕としては、むしろ置いていきたいんだけど……」

小さく呟きながらも博巳は、妹である小夜の部屋へと向かう。

なんだって転校初日から……などと思いながらドアをノックするが返事が無い。

もう一度ノックしても結果は同じだった為、仕方なく博巳は部屋に入る。

妹とはいえ、年頃の女の子の部屋に入るのは少しばかり躊躇われたが、このまま放っておけば二人とも遅刻なのだからそうも言っていられない。

「小夜―、朝だぞー起きろー……って、熟睡じゃないか」

声をかけられた小夜だが起きる気配はまったく無い。それどころか布団を頭まで被り直す始末だ。

仕方なく小夜に近付きその体を揺らす博巳。まどろみの中から引き戻された小夜だったが寝ぼけながら目の前の兄を確認した後、その首に両腕を廻してきた。

「お兄ちゃんだあ。お兄ちゃんお兄ちゃん、むふふふふう」

「うげっ」

どうやら壊れかけている様子だった。

「やめなさいっ!というか早く起きて!」

「お兄ちゃんが起こしに来てくれたあ。むふふむふむふ、朝から小夜はどきどきタイムセールだようっ……」

なんですか、そのやばげなモーニングタイム。

とりあえず、寝ぼけているのか本気なのかは分からない小夜を引き剥がそうとする博巳だったが、小夜のかなりの力に抗えずにいる。そのまま小夜は自分の方へと博巳を引き寄せ――


「ああ……久しぶりのお兄ちゃんの汗の匂い……はふう」

「どこの変態さんだお前は」


自分の首筋辺りに顔を寄せ、くんかくんかと匂いを嗅いでいる妹の頭をぺしりと叩きながら今度こそ引き剥がす博巳。朝から兄の汗で欲情する妹にかなりの危機感を持った博巳は、そのまま小夜の両目を指で無理矢理こじあける。

「ああっ!こんな強引なお兄ちゃんは初めてかもっ!目がものすっごく渇きはじめてるけど小夜は、小夜はぁっ!」

「うるさい。とっとと起きろ、この変態シスター」

「あ、おはようっ!お兄ちゃんっ!」

完全に目が覚めたのかやたらと朗らかな笑顔で朝の挨拶をしてくる小夜。

しかし、心なしかその目はとろん、としている事に博巳はげんなりする。

「まったく……少しは兄離れしてくれてるかと思ったけど昨日に引き続き

最悪だな、おい。」

「そんな困った顔のお兄ちゃんも素敵……」

「いいから早く支度しなよ。母さんが怒ってるぞ」

「はあーい」

朝から一悶着あった気がするが、とりあえず無事にお役目を終えた博巳は改めて風呂へと向かう。

もちろん、背中越しに少しばかり病的な妹への一言も忘れずに。

「小夜―、お風呂覗いたらもう口聞かないからねー。あと撮影も禁止」

「ぎくう」


※ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「それじゃ行ってきます」

「はい、いってらっしゃい。小夜―、遅れるわよー」

「分かってるよう……よしっと。じゃあ行こっか!お兄ちゃん!」

「……うん」

「今の間はっ?」

本当は一人がいいんだけど、と言いたい博巳だがそれを言った瞬間、妹と登校出来るのが如何に素晴らしい事か、

そしてどれだけの男がそうしたいと願っているのかを小一時間は説教されるので口には出せない。

すでに昨日の夜に証明済みだ。そして拒否権は全く無いという事も。

そして二人は学校までの道を歩く。

二人が目指すのは神代家がある山の麓にある高等学校。

名前を八代学園(やつしろがくえん)という、公立高校である。

普通科と進学科で構成され、割と規則の緩いこの学校にはこの街のほとんどの

子供が通っている。その高校の二年へと博巳は編入する事になったが、妹の小夜はずっとこの街で過ごしてきた為、半年前に八代に入学していた。

高校までの道案内を小夜に任せてはいるが、問題は小夜の動きだった。

自分の右腕に左腕を絡ませ、さながら恋人の様に寄り添っているのは妹だが、色々な方向でまずい。倫理的にも。

なんていうか、その、当たっている。

こうーーむにゅっとした物が。

いつまでも小さい妹なのだと思っていたが、その体は女性的なものに変化しつつある。小振りとはいえ、そこはやはり女性なのだろう、女性とつき合った事の無い博巳にはまるで免疫が無かった。しかも小夜は口さえ開かなければ顔だちの整った女の子である。博巳は妹相手に少しでも邪な気持ちを持った事により自己嫌悪の波に襲われる。

「あれ?お兄ちゃん、どうしたの?」

そんな博巳に追い討ちをかける様に小夜は博巳の顔を覗き込む。

「い、いやっ別にっ」

焦りを隠せない博巳の様子に勘の良い小夜はきらーんと目を光らせる。

「まさか……小夜の体に欲情しちゃった?ここ?ここが気持ち良いのっ?」

「だー!やめろってば!欲情してなんかいないから!」

慌てる博巳をあざわらうかの様にぐりぐりと小夜は博巳の腕に胸を押し付ける。

あ、やっぱり軟らかいなあ、などと思ってしまった自分にさらに落ち込む博巳。

「違うから!大体、小夜は妹だよ?全然気にならないもんねっ」

説得力ゼロの博巳に対し、今が勝機と悟った小夜が言葉を放つ。

「えー……これでもちょっとは成長したんだよ?母さん程じゃないけど、ブラのカップもワンサイズ上がったし」

「え……そうなの……?」

つい答えてしまった博巳は後悔する。こんな時に反応したら「小夜の胸が気になってたんです」と告白するような

ものだからだ。もちろんその言葉を聞き逃さなかった小夜は邪悪な笑みを浮かべる。

「やった……!遂にお兄ちゃんが小夜を女としてっ……!毎日牛乳飲んで、毎晩バストアップのトレーニングした

努力が遂にっ……!」

まるで東大に合格したか、超一流企業の内定を貰ったかのような達成感のある表情を涙ながらに浮かべる小夜。

博巳は小夜の腕を振りほどき駆け足になる。

「ほらっ!早く行かないと遅刻するよ!転校初日から遅刻なんてまずいんだから!」

「待ってようー、もう一度触らせてあげるからあ」

「もう一度も何も、自分から触った事は無いっ!」



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