表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/42

契約成立

 シン……。

 再び静まり返る会場で、次に声を発したのはシェアだった。


「う、売った~!」


 会場の動物種は三分の一程度しか立ち上がっていないが、当然不満が噴出する。

 第三者の横やりで、生意気な人間を叩きのめせないまま中断させられたのだ。


(よしッ! 奇跡ッ! 売れたッ! 俺様もう関係ねェ!)


 シェアが即決した理由、それは一度売買が成立すれば、奴隷が犯した罪の責任はすべてその(あるじ)が負わなければならないからだった。


「こらそこのイヌ種! 勝手に現れて、勝手に購入だ? ふざけるな!」

「そうだそうだ! この有様を見ろよ⁉ この人間の行為は重罪だ!」


 リコは倒れている動物種たちを横目に見る。


「その手錠を付けた人が、ひとりでこんなことをしたの?」

「……こ、これは、この人間が攻撃を避けるから、流れで当てちまって」

「あなたは殴られようとしたら避けないの?」

「そういう問題じゃない! 先に挑発したのはこの人間だ!」


 イッキは黙ってリコを見つめている。


「先に手を出したのは、あなたたちじゃないの?」

「そ、そこの奴隷商人が、この人間がゴーレムをたったひとりで討伐したなんてホラを吹くから、ただ確かめようと」


 リコは、はあ、と大きなため息を吐いた。


「言葉に暴力で返すなんて、最低」


 そのまま、ゆっくりシェアの元へ歩みを進める。


「これで、足りますか?」


 リコが手渡したのは一枚のコイン。

 だが、シェアは目を見張る。


(こ、こりゃァ、サイクロプスのコイン⁉)


 モンスターのランク(ごと)にコインの価値は異なる。

 サイクロプスは中の上に分類され、()()れのハンターでなければ討伐困難といわれているモンスターだ。

 コレクションとして保管する者が多く、売れば100万はくだらない代物だった。


「もッ、もちろんですッ! ありがとうございますッッ‼」


 断る理由がないシェアは、喜んでリコに手錠のカギと首輪のリモコンを渡した。


「契約成立――これで、正式にその人はわたしの奴隷」


 ぐ、と周囲の者は歯噛みした。

 他者の所有物になれば、安易に手出しはできなくなる。

 しかし、『最弱の人間』に誇りを傷付けられた彼らはそれでも引き下がれなかった。


「――ダメだ! その契約は不成立だ!」

「じゃあ、『決闘』しかないよね」


 リコが向き直る。


「ルールは、さっきの続きにする? 相手は、あなたたち全員とわたしひとりでいいよ。もちろん、わたしは手もだすけど」

「――お、おいこいつ」


 意義を唱えた内のひとりが、リコのギルド証に気付いた。

 誘いに乗ろうとした男の服を引き、顔を動かして教える。


「⁉ ……こ、今回は、見逃してやるよ。引き取ったからにはきちんとしつけろよ、いいな⁉」


 リコのギルド証のレベルにすっかり腰が引けてしまった彼らは、蜘蛛の子を散らすようにそそくさと退散していった。


 荒れた会場に残ったのは、イッキと、リコと、シェアだけ。


「それじゃ、いこ?」

「……すみません。外で、待っていてもらえますか。そこのヘビの人にお別れの挨拶をしておきたくて」

「ん、いいよ。じゃ、待ってるね」


 リコが外へ出るのを見送ったシェアは、内心気が気ではない。


(お、おおお別れ⁉ 今生(こんじょう)の別れって意味じゃねェだろォなァ⁉ だったら泣くぞ⁉ 泣きわめていて――)


「エデンの奴ら、おまえの担当だろ? ……報復、するのか?」

「い、いえいえいえ! めっそうもございません! システムの故障だったとか、こちらで処理しておきますので!」

「そうか」


 イッキはシェアに背を向ける。


「世話になったな。シェア」

「……へ?」

(な、なんだ? こいつ、礼を言ったのか? それより、はじめて俺様の名前――)


「あとは任せた」


 立ち去るイッキの背を、シェアは呆然と眺めていた。


「……ひゃっひゃっひゃ」

(バカかあいつ! 任せただァ? 寝言言いやがって。報復しねーわけねェだろ疫病神がァ! 旧人類だか知らねェが、人間如きが俺様をさんざんコケにした罰は重いのだァ! しっかり痛めつけてェ……最弱の種って認識を……認識……)


 イッキの先ほどの言葉が、シェアの頭の中で反復される。


(……だがまあ、エデンの奴らはいざという時の人質として使えるしな。念のために保護してやらんこともないか。俺様の海のような懐の広さに感謝しろよクソ人間が)

「ケッ」



 リコと合流し、しばらくイッキはリコの後をついて歩いた。

 その間、会話は一切ない。


 そうして人通りが少なくなったところで、


「――っはぁぁぁっ。こわかったよぉぉぉ」


 リコは突如へなへなと地面に座り込んでしまった。

 耳と尻尾をぺたんとさせ、先ほどの凛々しい様子とは一転、ふにゃっと気の抜けた表情に変わっている。


「…………」

「はぅっ⁉ あ、ご、ごめん! ずっと緊張しちゃってて……。ほんとはわたし、人と喧嘩なんてしたことないの。えへへ」


 柔らかな笑顔で、リコは立ち上がった。

 イッキに近寄ると、手錠をシェアから受け取ったカギで外す。


(いい匂いがする――イヌ……だな)


 イヌの耳と尻尾、純真無垢な瞳。

 そこを除く外見は人間の美少女だが、イッキの凝視に対して小首を傾げるさまは、イヌの仕草そのものだ。


「わたしの顔になにかついてるかな?」

「あ、いえ。お手」

(しまった。つい)


 自然に『お手』とイッキの口から出てしまった。


「え? 急になに――はうっ⁉」


 リコは自分でも無自覚の内に、イッキの手の上に『お手』をしていた。


「…………」

「…………」


 しばらく気まずい空気が続いたあと、イッキはお手から握手へと強引に変える。


「僕はイッキといいます。よろしくお願いします。えっと――」

「あ、ああ、わたし、リコっていいます! よろしく!」


 尻尾を振りながらリコは答えた。


「先ほどはありがとうございました、リコさん。でも、どうして僕を?」

「市場が騒がしかったから、なんだろって思って覗いたら、あなたがいたの。それで――そっか、わたし、奴隷買っちゃったんだぁ……」


 イッキから手を離し、リコはしゃがみ込むと両手で顔を挟む。


(どうしよどうしよ……どうしたらいいのかな。マニュアルとかあったっけ。今日から一緒に住むんだよね? 部屋片付けてたかな。でもでも、男の人と急に一緒に暮らすなんてそんな)


「あの」

「はうぅ⁉」


(……こいつは『敵』じゃ、ないな)


 ころころと表情を変えるリコに、イッキはすっかり毒気を抜かれてしまった。

 おそらく動物種の中でも『変わり者』に分類されるだろう。


「ご、ごめん! 助けたいって気持ちはもちろんあったんだけど、もっと別の気持ちが強かったんだ。すぐにわかったの。この人は、なにか違うって」

「…………」

「普通の人間って、わたしたちを怖がって、怯えて、なんていうか、目が生きてないの。だけどあなたは違った。力強い眼で、立ち向かってた」

「……あれはただ、逃げるのに必死だっただけですよ」


 んふふー、とリコは笑う。


「見てたよ~。あのクマの人、蹴ったでしょ? やっぱり人間にも強い人っているんだね。ふふ、わたしスッキリしちゃった。だって、動物種って人間に偉そうな人多いんだもん」


 そう言って、リコは目を伏せる。


「悲しいよね。わたしたちと同じ、生命(いのち)なのに――」


 ぐぎゅるぅぅぅ……。


 タイミングよく腹が鳴った。

 リコではない。


(……俺か?)


 イッキは自分でも驚いていた。

 あのモンスターと戦い続ける空間では、空腹などなかったのだ。

 腹が減る、という感覚自体、実に久しぶりのものだった。


「お腹減っちゃった? じゃ、わたしの家にいこっか。外は人間お断りのお店も多いし」


 ここでふと、イッキは疑問に思う。


(こいつらって、なにを食うんだ?)


 この世界が創造される前――イッキたちの時代ではいろいろな動物を食料にしていた。

 だがここの場合、それをすると『共喰いモドキ』になるのではないだろうか。


 疑問を抱きつつ、イッキはリコの後を追った。



 ――奴隷契約、成立。

 イッキはアルモニアの正式な居住権を得る。


 この『人間の奴隷』が、世界を揺るがす存在になることを、まだ、誰も知らない。

読んでいただいている方、ブクマしていただいている方、ありがとうございます。

次回投稿は4/17を予定しております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ