リコ
「にーちゃん」
青ざめたシェアを先導させるイッキが、イルの声に足を止める。
「おれたち、ゴミなんかじゃないよね? 弱くなんかないよね?」
「……他の連中はそう思われても仕方ないな」
エデンの住人は、余程穏便に事を済ませたいのか、隅でまとまり、今後の対策をいつまでも話し合っている。
「イル、おまえは弱くない。……妹を、大事にしろよ」
「――うん!」
(やべェ……本土に持ち帰るのかよあいつを。石のゴーレムを頭突きで破壊する、『最弱』の人間だぞ⁉ 間違いなく、バランスが崩れる終わる消滅する)
だが、シェアの意思には意味がない。
絶対的な力の前では、すべてが無意味なのだ。それはシェア自身、よく理解していた。
イッキを引き連れ、島の末端、崖の上にシェアは立つ。
足元には不思議な模様が描かれた円がある。
「魔法陣?」
「ええ。転移魔法陣です。動物種の中で扱えるのは極少数ですけどね。……けど、魔法の存在まで知ってるって、旦那ほんとに何者なンすか」
「おまえらの言う、『旧人類』って奴だよ」
「きゅ、旧人類⁉」
かつて、極悪非道ですべての命の頂点に君臨していた存在。
自らの進化のためならば、他の生命の蹂躙もいとわない最強最悪の殺戮者。
新人類に伝わる、旧人類の言い伝えだ。
(旧人類の生き残りかよォ⁉ 滅んだんじゃなかったのか⁉ てか、旧人類ってこんな化け物揃いだったってことか⁉)
「……へ、へ~! 光栄だなあそんな旧人類サマの生き残りに出会えるだなんて! そ、そうだ。奴隷のフリするなら、旦那に渡さなきゃいけないブツがあるんですよォ」
シェアがポケットからごそごそと取り出したのは、黒い『首輪』だった。
「これ、一応着けてもらっていいですかね? 首輪装着は奴隷の義務っていうか」
「ん? けどサイズ小さくないか?」
「首に付着させてもらえれば、自動的にフィットサイズになりますンで」
シェアに言われるがまま、イッキは首に密着させる。
すると、足りなかった部分が伸び始め、イッキの首に巻きついた。
「お~、こりゃすごい」
(ふひゃひゃひゃ! 馬鹿めアホめ物知らずめ! ただの首輪なわけね~だろ! もちろんお仕置き機能バッチリ搭載型よ! このリモコンひとつで電撃を送り込めるんだよ! 指定する設定威力はもちろん最大最強! 旧人類だか知らねェが、人間の分際で俺様に逆らいやがってェ! 無慈悲なスイッチィ! あ、オ~ン!)
「ひゃひゃひゃひゃ」
勝利を確信したシェアが、不思議そうに首をかしげる『だけ』のイッキを見て、固まった。
「……これ、なんか少し痺れるぞ」
「へ? す、少し、ですか?」
(こいつ雷の化身かなんかか⁉ 少しなわけね~だろ⁉)
「お、おかしいな~、故障かな~? ちょっと失礼」
イッキの首輪にシェアが触れると、
「あばばばば⁉」
強力な電流がシェアに流れ込み、ポケットに潜ませていたリモコンがショートを起こした。
電流が止まり、シェアは尻餅をついてしまう。
イッキはプスプスと煙を上げるシェアを、ため息を吐いて見下ろした。
「……知ってるか? 死ぬのは痛くて、苦しいんだぞ? 俺を殺そうとするんなら、当然覚悟はあるんだよな? ――敵が殺しにきて、殺されたくないから戦う。途方もなく繰り返した。これ以上、俺の『敵』であり続けるなら」
イッキはほほ笑み、シェアの耳元でささやいた。
「――殺す」
(あ、無理だ)
シェアの心がポッキリと折れた瞬間だった。
∞
複合国家アルモニア。
ここには伝説種を除く、すべての種類の新人類が生息している。
発展に発展を重ね、日々魔法の研究が行われ、機械技術の進歩も目覚ましく、それでいて豊かな緑との共存を可能にしている。
王選抜もこの国で行われ、また、王も基本的にこの国で新人類の象徴として鎮座している。
人々は活気に溢れ、一部を除き、平和に暮らしていた。
「わうわ~う、わうっ♪」
少し垂れた耳をひょこひょこと上下させ、軽快な足取りで街中を歩く。
両サイドに束ねた明るい小麦色の髪。尻尾は横に振られ、喜びを表現している。
イヌ種の少女――リコは上機嫌だった。
日々挑み続けたモンスター、サイクロプスを討伐したのだ。
彼女が登録している『討伐ギルド』。
モンスターの討伐を目的としたこのギルドでは、『神の祝福』により、自分が倒したモンスターの種類、討伐数などが閲覧できる。
そして一定のモンスターを討伐した場合、そのモンスターのメダルが獲得できる。
リコ念願のサイクロプスのメダルが今日、コレクションに加わるのだ。
「この、出来損ないがッ!」
「……ご、ごめんなさい」
人間の奴隷少年がワニ種の男に暴力を振るわれている。
まただ、とリコは息を吐いた。
「こらそこ~! イジメちゃダメ!」
「――チッ、イヌ種かよ。まためんどくせえのが。別にイジメてるわけじゃない。しつけだよ、しつけ」
「だったらなおさらダメ! きみ、大丈夫?」
「え、あ……はい」
「ケガしてる……。ねえ、ちゃんと病院連れていってね」
「うるせえなあ、いい加減に――」
そこで、ワニ種の男はふとリコの胸の『ギルド証』に気付く。
(――れ、レベル30⁉)
「わ、わかったよ、連れてくよ、くそ」
「……だって。よかったね」
ぽんぽん、と少年の頭に手を置くと、リコは小さく手を振り、その場をあとにした。
ふと、空を見上げる。
一面澄んだ青空。
「な~んか」
リコは全身をぐっと伸ばして息を吸い込んだ。
「ふふ。今日はもっといいこと起こりそ♪」
読んでいただいている方、ブクマしていただいている方、ありがとうございます。
次回投稿は4/13を予定しております。