はじまりは奴隷から
「ひ、ひひひ。な、なら、交換条件ってことで、俺様を見逃して、そこの子どもを手土産に……」
イッキは無言でシェアの腕をひねり上げる。
「別に無理に喋らなくていいぞ。他の奴に当たるだけだ」
「いだだだァッ⁉ す、すいません、じょ~だん! じょ~だんですゥ!」
「できるだけ、わかりやすくな」
「は、はいィ……へ、へへ。じゃ、文献の朗読を少々。こう見えて歴史の成績はよかったンすよ」
――昔々、500年前に世界は神様によって一旦リセットされました。
その日は『祝福の日』と呼ばれ、世界が一新された日です。
これまで星の支配者だった『旧人類』は淘汰され、神は新たな生命を生み出しました。
それが『動物種』。『祝福の日』以前の動物の特徴を受け継いだ多種多様の人類です。
例外として、『伝説種』という種族も存在します。これはその名が示す通り、エルフ、精霊、ドラゴンなど、伝説クラスの新人類です。
彼らはその個体数も少なく、滅多に姿を現さないことから、実質、この世を掌握しているのは動物種となっています。
神はこの世を創造するにあたり、いくつかのルールを定めました。
一、戦争をしてはならない。
二、狩猟本能はモンスターに向けるべし。
三、決闘は可。ルールを定め戦うべし。敗者は勝者に従うこと。
四、各種の代表を決め、新人類の『王』を定期的に選抜すべし。
五、選抜の際、王になれなくとも優秀な種は優遇すべし。
六、王の命令は順守すべし。ただし、王は神の盟約に背く命令をしてはならない。
特に一を遵守しなければ、世界は再び滅ぼされてしまいます。
これらのルールの元、今日も世界は廻っているのです。
「――とまあ、これが基本的な世界の概念なんスよ」
「ほ~」
「へ~」
イルとエルは理解したのかしていないのか、曖昧な相づちを返している。
一方で、不満気にシェアを見つめるのがイッキだ。
「あ、わわ、こ、この『四』が重要でして! なんでも、『王』の任命の儀は、神様が直接執り行うらしいンですよ!」
「なるほど。つまり、『王』になること。それが条件ってことか?」
「え、ええ。なんでも、世界創造の際に力をかなり使った神は、普段は休眠状態とかなんとか……真相は確かじゃないですけど」
神――神奈は弱体している。
それはイッキにとっていい意味での誤算だった。
「じゃあさじゃあさ、にーちゃんが人間代表になっておーさまになれば」
「あ~、そりゃ厳しいと思いますよ。旦那は、まあ一応人間じゃないスか。システムも人間と認識してたし」
正直、新人類の中で人間は圏外、現状参加資格さえない、とシェアは告げる。
「要は奴隷ですね。このエデンのみお情けというか、自由に暮らせてはいますが、他じゃ基本ご主人がいないと街を歩くことさえ難しいっていうか――」
至って特徴のなかった『最弱の種』人間は、当然『王』の候補にすら選ばれることはなく、種としての立場は最底辺だった。
人間に生まれた段階で、越えられない壁があったのだ。
エデンに住む人間も当然その自覚はあり、他の種と競おうなど最初から考えていない。平穏無事にエデンで生涯を終えることが、彼らにとっての幸福だった。
かつて、動物をペットとして扱っていた人間の立場は見事に逆転したのだ。
「まあ、それが現実なんでさァ」
「そういえばおまえ、やたらと人間の子どもを欲しがってたな。この島の管理の他に奴隷商人でもやってるのか?」
「……ふ、副業で、一応」
シェアはエデンの管理の他、エデンで産まれた人間を奴隷市場へ流出させる仕事も担っていた。
エデンの人間、特に子どもは愛好家から『天然もの』と呼ばれ、市場価値が高い。
(やべェ、ビビッて馬鹿正直にぺらぺら喋っちまったが、こいつはこの世の『ルール』自体をぶっ壊しかねないイレギュラー。人間の境遇を知って本土で大暴れでもされたら、俺様終わるゥ……!)
イッキは腕を組み、しばらく考える。
王を目指すのが、神奈に会う正攻法。邪法はルールの『一』を破り、戦争をしかけること。
世界が神に滅ぼされるというのなら、そのときになんらかの干渉を行うハズだ。
(だが、本当に『今の神』は神奈なのか?)
その確証はない。
王になったところで徒労に終わってしまう可能性さえある。なんにせよ、情報が足りなかった。
確かめる術はひとつ。
実際に『神』と会っている『現在の王』に会うこと。
そのためには――。
「よし、おまえ、俺を奴隷として売り込め」
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次回投稿は4/11を予定しております。