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邂逅、そして

(殺す――殺す――)


 今、イッキの思考にあるのはそれだけ。

 けれど、宿敵を目の前にして殺気を溢れさせながらも、イッキは行動に移せないでいる。


 それは情というものではなく、相手に、一切の『敵意』がないことだった。


 これまでのイッキの相手は、例外なく敵意があった。

 その経験が自然と警戒を生み、逆にあと一歩を踏み出せない。


(――殺す)


 しかし、『神』が相手の場合、何の理由にもならない。

 ――それはかつてのイッキに、神がやったこと。


 そんなイッキを見つめるリコが、何かに気付いたかのように口を開いた。


「この、匂い……」


 イッキが、手に力を込める。 

 まだこちらに気付かない、敵意がない――千載一遇のチャンスなのだ。


(一撃で、確実に仕留め――)


「イッキくんだめぇッ!」


(……黙れ。俺の復讐は誰にも――)


「そのヒトは違うの! 神さまじゃ――」


「――!」


 ビタッ!


 振り下ろされる寸前に、剣の動きが止まる。


「違う……?」


 神奈の形をした、光のシルエットが、徐々にその輝きを失ってゆく。


「こいつは――」


 その姿は神奈とは違う――だが、見知った者の姿だった。


(こいつは確か、アルスとかいう……どういう――)


「――巫女は神の力を一時的に借りているだけに過ぎない。そして我々は、その力の一端にさえ敬畏する」


 ドレイヴンが、倒れたまま気を失っているアルスに歩み寄る。

 そして、アルスをその巨躯に担いだ。


「貴様が神に仇なす反逆者だということは理解した。――が、今は一刻を争う事態が起こっている。優先事項は、残念ながら貴様ではない」


「…………」


「使徒よ聞け! これより我が故郷、ドラゴニアへと向かう」


 ドレイヴンが背を丸める――と。


「ぐ……ォオオオオッ!」


 咆哮と共に、その身体が巨大な竜――ドラゴンへと変貌を遂げてゆく。

 風圧でほとんどの者は吹き飛ぶ中、イッキだけがその変化をジッと見続けていた。


「……グゥゥ……」


 ゆうに数十メートルはあると思われる巨躯が、うなり声と共にイッキを見下ろす。

 が、その矛先はすぐに使徒たちへと向かった。


『――理由はあとで話す。早く我が背に乗れ』


「え~……?」


 その指示に真っ先に不満を示したのは、使徒リンネ。


「使徒全員で? ……誰かひとりくらい残らないと、彼の監視役が――」


『全員だ』


 提案は一蹴される。

 もちろんその監視役には自分を、との魂胆だったリンネはつまらなそうに顔をそむけた。


 使徒たちを全員背に乗せたドレイブンはイッキを最後に一瞥すると、すぐさま飛び立った。


「――な、なんだったんだァ? いったい……?」


 つぶやくシェア含め、ほとんどが状況を理解できていない。

 イッキは少し焦げた自分の腕を見つめ、なにかを考え込んでいる。


(イッキくん……)


 リコは、その背中がこれまでになく脆く見えた。


「い……っ……!」


 イッキとは比較にならない腕の火傷だが、駆け寄ろうとして――立ち止まる。


「~♪ ~♪」


 群衆が戸惑いの最中――『ソレ』は聴こえた。


(この、口笛……!)


 イッキの脳裏に、在りし日の記憶がよみがえる。


『~♪ ~♪』

『なあ令司、さっきからずっとそれ吹いてるけど、そんなにお気に入りの曲なの?』

『いーや、今日までは別に』

『え?』

『いやな、これ、俺が小っちゃいときにどっかで聴いた曲なんだ。たまたま思い出して吹いてみたらよ。そしたら』


 令司は、心の底から嬉しそうに笑う。


『あいつが、褒めてくれたんだよ。いい曲だねって』


「よっ、久しぶり」


 振り向いたイッキが見たものは、記憶の頃と違わぬ姿のままのレイジだった。


 反射的に目に魔力を集中させる。

 擬態、幻覚――こちらを惑わす魔物は数多くいた。何度痛い目を見たかわからない。


(偽物じゃ、ない……)


 それが本物であると認識したとき――


「…………」


 イッキの頬を伝わったのは、枯れつくしたと思っていた、涙だった。



「ねー、ちょっといい?」


 ドレイヴンの背で横たわるリンネが、口を開けた。


「いい加減、『本心』を教えてくれない?」

「…………」

「儀式は中断、ニンゲンが神の領域に触れ、私たちは何もできず、そればかりか王殺害疑惑のニンゲンを放置なんて、いくらなんでも普通じゃない」

『言ったハズだ。緊急事態だ、と』

「使徒としての私たちの威厳に関わる問題よ。大勢の前でメンツを潰すような行動をした単純な理由はなーに?」

『――必要があったのだ』

「……え?」


『まさに、一刻も早くあの場所から、逃げる必要があったのだ……!』



「よし、っと。回復魔法(ヒーリング)は終わったよ。悪いね、あたしのはそんなに強くなくて」

「ううん、ありがとおばさん。かなり楽になったよ」


 同じイヌ種の女性に魔法をかけてもらい、リコがほほ笑む。

 まだ腕を動かせるほどではないが、事実、痛みで全身が動けないようなことはなくなった。


 魔法は種族によって得手不得手のあるとされ、イヌ種は不得意な分野とされている。

そして習得が難しいとされる回復魔法を扱えるとなれば、イヌ種の魔法使いとしてかなり優秀な部類だろう。


「つーか一輝、おまえすげー変わったな。なんだよその髪の色」

「いや、令司が変わってなさすぎるんだよ」


(あの人……イッキくんの、幼なじみって……)


 親し気にイッキと話すレイジ。

 突然現れ、謎に包まれてはいるが、イッキの幼なじみ、ということは本当のようだ。


(……イッキくんのあんな顔、初めて見た)


 これまでは、例え笑顔だったとしても、どこか拭えない緊張感のようなものが瞳の奥にはあった。


 常に気を張り、何者にも心を許さない雰囲気――リコもそれは感じ取ってはいたが、今のイッキはまるで違う。

 とても自然体で表情も柔らかく、リラックスしている。


「しっかしまあ、500年ってマジかよ。しかも殺され続けたって……ぶっ飛んでんなあ、おい」

「令司は……違ったみたいだね」

「ああ。俺はすぐ目覚めた。んで、気付くとこの世界……。笑っちまうよなあ」

「…………」


 イッキの目に映るレイジは、外見こそ同じものの、その内には相当な力を秘めていることがわかる。


 それはイッキと同等か、それとも――


「やっぱ愛されてんなあ、おまえは」

「……愛されてる?」

「おまえは正攻法でそれだけの力を手に入れたんだろ? 俺は違う。チートみたいなもんさ。勝手にレベルマックスにされてこの世界に放り出された。わけわかんなかったぜ」

「ごめん……令司」


 悲痛な表情のイッキを、レイジが見つめる。


「僕のせいなんだ、全部。僕が……僕が神奈に告白しなかったら、こんなことにならなかったかも知れない……! ごめん……ほんとうに、ごめん……!」

「まーまー、そんなに気にすんなよ」


 そう言って、ぽんぽん、とイッキの肩を叩く。

 そのあまりの軽さにイッキは言葉を失った。


「それで、あいつに復讐するつもりか? そんなだせーことやめとけやめとけ」

「……やめる?」

「終わったことだろ? そうだ、全部終わったことなんだ。過去ばかりに囚われず、前を向けよ。大切なのは未来、これからのことじゃねえか」


 呆気に取られるイッキを尻目にレイジが立ち上がる。

 そして、腕を広げて見せた。


「見ろよこの世界! 剣と魔法のファンタジー世界をよ! なんだってできる! それに、冷静に考えてもみろよ、勝てっこねえって! 本当に神レベルの存在だ」

「だから、諦めろって……?」

「俺たちは見逃された。あいつの慈悲さ。つまり、もし再会できたら戻れるかも知れねーだろ。俺たち三人、昔みたいに仲良く――」


 イッキが下唇を噛み締める。

 元の、あの頃の暮らしを取り戻せたらどんなにいいだろう。

 それを願わなかったことはない。


「だけど……無理だ。もう、そんなこと無理なんだよ……!」

「いいじゃねーか。過去のことさ」

「いいわけ……いいわけないだろ!? 奪われたんだぞ! 全部! 全部だ! 家族も! 友だちも! あいつは……奪ったんだ……近所の子どもたちや、あの世界に生きていた人たちの可能性を……ッ」

「落ち着けよ、一輝」

「令司だってそうじゃないか! 令司も、家族や――」


 イッキの言葉をさえぎるようにレイジが立ち上がる。


「わりぃ、ちょっと限界だわ」

「おい、令司……?」


 そのままスタスタと歩き始める。


「ちょっと待っててくれ。すぐ、終わるからよ」


 その様子を遠くから見つめるリコが思う。


(……なんでだろう)


 ――イッキの幼なじみ。

 その関係性に興味がないわけがない。


 しかし興味より先に、本能的ななにかが邪魔をして近付けない。


(そういえばあの人……どうして……)


「匂いが……しないの……?」


 機械種ですら、金属特有の匂いはある。

 匂いがしない、などということはあり得ないのだ。


 令司は不敵な笑みを浮かべつつ、好奇の視線を向ける群衆のど真ん中で立ち止まった。

 そして、スーッと大きく息を吸い込む。


「よーし、全員注目ッ!!!!!!」


 ビリビリと、鼓膜を震わすほどの大声。

 誰もが否応なくレイジに反応を示した。


「単刀直入に言うが――」


 笑顔のまま、続ける。


「今からここにいるバケモノ連中、及び俺の邪魔をする人間、全員を殺す」


 しばらく、場が静寂に包まれる。

 レイジにとってまるで日常の一コマであるかのような、軽やかな言い回しだった。


 笑顔と反比例する危険な内容――それ以上に、突然過ぎて群衆の理解が追いつかない。


「バケモノ……?」

「私たちのこと……?」


 次第にざわつき始める。


「そーそー、てめえらのこと。だからまあ、死にたくないヤツは死力を尽くして立ち向かってくれ。徒労に終わるだろうが、悔いはそれほど残らないだろ。いや、残るか……ははッ」


『――黒き厄災』


 イッキは、ドレイヴンの言葉を思い出していた。

 あえて言わなかった、信じたくなかったもの。


「けど死なんてものはいつだって突然なもんさ。だから」

「おいてめえ、なに勝手なことを――」


 レイジの前に立ちふさがったヘビ種の男が、瞬時に細切れになった。

 まるで細かいパズルが崩れたようなそれは、地面に落ちる前に燃え上がり、灰と消えた。


「今を楽しもうぜ」


 あちこちで響き渡る悲鳴。

 即座に臨戦態勢に入る動物種、機械種たち。


 それを見て、レイジは満足げに頷く。


「有言実行――だよな、やっぱ。なあ、一輝!」

「令司……なにを……」

「ここはてめえのためだけに創られた世界。言語も、設定も……全部、おまえだけのため。まったく、反吐が出る。あの夜、一輝が告白を決めた夜に言えなかったことを、今言ってやるよ」


 レイジは舌なめずりをして、その狂気をイッキへと向けた。

 かつて感じたことのない殺意に、イッキは気圧される。


「妬いて妬いて……妬き殺しちまいそうだぜぇ……イッキ!」

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