魔改造
イッキと対峙し、シェアはごくりと喉を鳴らす。
(俺様が人間如きに負けるはずねェ……ねェ……が)
「最下級が種族ランク20位のヘビ種に逆らうとはいい覚悟だ。だ~が、俺様は家畜を狩るのにも全力を尽くす男よ!」
パチッ、とシェアは指を鳴らした。
地鳴りが響き、シェアの足元の地面が盛り上がってゆく。
「――ォォォォオオオ!」
同時にシェアは肩に乗り、現れた全長十メートルの『モンスター』の名を叫ぶ。
「ごぉぉぉぉぉぉれェェェェムッ!」
岩で作られた、疑似生命体。
ゴーレムにも種類があり、己の意思で動く自立型、命令を守る命令型に分類される。
シェアのゴーレムは、当然後者だ。
「こいつは……!」
「ひゃ~はっはっはっは! 驚けおののけひざまずけェ!」
(――50回程度、だったか)
50回、それはこのモンスターにイッキが殺された回数。
だが、それは問題ではない。
つまり、イッキが戦ってきたモンスターは、『実在』するのだ。
「こいつはエデンの監視システム! 島からの脱走者、反逆者たちをぶちのめす、超ファンキーな怪物よォ! しかも『魔改造』した特別製だぜェ⁉」
「くくく……『魔改造』、ねぇ……そりゃ、いい」
シェアはぎりぎりと歯を噛み締める。
ゴーレムを出現させたのは、イッキの恐れる顔、許しを請う声、それを堪能するための役割もあったのだ。
だが、当人は不敵な笑みを浮かべたままだ。
「行けェ、ゴーレム! 圧倒的な力で、最高の力で、この糞生意気な家畜をォ、ぶっ潰せェェェッ!」
ゴーレムは言われるがまま、巨大な拳を振り上げ、一気に振り下ろした。
先ほどのシェアの蹴りの非ではない威力。風圧だけで、島人は数メートル吹き飛ばされてしまう。
「ひ、ひひひひ……へあ?」
シェアの笑いは、素っ頓狂なものに変わった。
攻撃をしたはずのゴーレムの腕が、粉々に砕けている。
「ひとつ、いいことを教えてやろう」
「ぐゥ⁉」
何食わぬ顔で立っているイッキが、人差し指を掲げた。
「ゴーレムはその四肢に色が異なるパーツが一ヶ所だけ存在する。そこを攻撃すれば、簡単に吹き飛ぶ」
「あァ⁉ ンなのは説明されんでも知っとるわボケ!」
だが、シェアは冷や汗を抑えきれない。
ゴーレムの弱点は二ヶ所、イッキの指摘したものと、emeth(真理)、と書かれた文字の頭文字、e、を削り、meth(死)にすること。
言葉にすれば簡単だが、固体によってその場所はバラバラなのだ。
弱点となる箇所を探し出し、攻撃するのは至難の業。
それを、イッキはゴーレムの攻撃の最中にやってのけた。
(だが、だが! この魔改造仕様のゴーレムはemethの文字を右足の裏に掘ってある。それを削るのは不可能!)
「もう容赦しねェ! 超絶怒涛の、必殺ゥ! ハイパーウルトラメガ頭突き!」
ぼふぅん、とエンジンのような音がゴーレムの頭の裏で鳴った。
内蔵された加速装置が軌道し、速度を増しながらイッキに頭突きが襲いかかる。
「頭には弱点はねェ! この世から消し飛べやァこのイレギュラー野郎がァァァ!」
イッキに避ける素振りはない。
それどころか頭を少し後ろにそらし――ゴーレムの頭突きに、頭突きした。
∞
「……う……ど、どう、なった?」
「やっと起きたか」
「ひィィィ⁉」
シェアはイッキに顔を覗き込まれ、這うように慌てて後退する。
(俺様、気絶していた?)
「ご、ゴーレム、は?」
「そこ」
イッキが顔で示した先に、頭が跡形もなく消し飛んでいるゴーレムが倒れている。
あんぐりと口を開け、じゅるっと鼻水まで垂らしてしまったシェアは、ゆっくりとイッキを見上げる。
しばらくの静寂のあと、ふへへ、と不気味に笑い、
「申し訳ございませんでした」
土下座した。
「シェア、っていうらしいな。おまえ、偉いんだろ?」
「いえ、いえいえいえいえ! 滅相もない! 貴方様に比べれば、わたくしなどゴミですカスです人間以下で――じゃなかったミジンコ以下です」
「そういうのはいいから。おまえには聞きたいことがいっぱいある。まずはそこのゴーレムの後処理しといてくれ」
「は、はいぃぃぃ」
「にーちゃんすっげー! マジですげーよ! え、なにどうやったの⁉」
「おにーちゃ、すごい!」
イッキに駆け寄り盛り上がる兄妹とは対照的に、他の島人はざわめきながら、イッキと距離を空けていた。
「倒したぞ、ゴーレムを……人間が、たったひとりで」
「本当に人間か?」
「いや、それより、我々人間が他の種族に手を出すなんてこと……」
「報復がくるぞ……!」
「……エデンは、人間は終わりだ……」
「な、なんでみんなそんなこと言うんだよぉ!」
「…………」
イッキは特に意に介した様子なく、シェアの元へ歩いた。
「はぁ……」
ゴーレムの足の裏にある文字を削りつつ、シェアは落胆する。
(うぅ……ちくしょぅ……なんで俺様が、人間如きにこんな……夢だ悪夢だ絶望だ)
頭文字削り終えると、ゴーレムの全身が崩れ、チリとなって消え去った。
「あぁ……俺様の特製ゴーレムがぁ……」
「おい、聞きたいことがある」
「は、はい旦那! なんでしょう⁉」
「この世界の創造主、かん――神の居場所を、おまえは知っているか?」
その問いかけは、半ば期待していなかったもの。
「さ、さすがに居場所はわかりませんが、会う、方法なら」
だがその返答は、期待以上のものだった。