表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/42

集う者たち

「ここで、時間まで待機してください」


 アルスに連れられ、やってきた場所、そこは巨大な門だった。

 イッキが見上げると、はるか上空までそびえていて、先が見えない。

 扉はすでに開いており、中は霧がかかっていて、よく見えなかった。


「……なあリコ、こんな門、この国にあったか?」

「これはね、『裁きの門』っていって、神裁が始まるときに現れるものなの。元々は湖があった場所……わたしも、見るのは初めて」


 アルスがため息交じりに口を開く。


「最後に開かれたのが、100年以上前です。ほとんどの、長寿じゃない種族にとっては初めてでしょう。……では、後ほど」

「うん、またね。いい神裁にしようね、アルスさん」


 踵を返そうとしたアルスだったが、リコの声に立ち止まる。


「いい、神裁? ……この期に及んで、あなたは、まだ、そんな甘いことを。いいですか? 人間に関わったばかりに、今こんな状況になっているんですよ? 同族さえ巻き込んで、あなたには誇りというものがないんですか⁉」

「うーん……そうだね。わたしに、誇りなんてないのかも。だけど、人間を見下して、傷つけて……。それが誇りなら――」


 リコの顔付きに、一瞬、アルスがたじろぐ。


「そんなもの、わたしはいらない」


 その表情は、アルスの仕えたかつての王、そのもの。


(……やはり、血は争えない、ということですか)


「まーまー、ふたりとも落ち着けよ。同じ種族だろ?」

「ち、違いますっ! オオカミ種とイヌ種を一緒くたにしないでください!」


 イッキの言葉に、顔を真っ赤にして反論するアルス。


「似たようなもんじゃないか」

「ぜんっぜん違います! ほら、この耳と尻尾を見てください! イヌ種と違って、太くてしっかりしてるでしょう⁉」

「え……いや、誤差の範囲だろ」

「こ、この……ッ!」


 食いかかろうとするアルスの身体が、ひょいと宙に浮いた。


「アルス隊長、時間です」

「は、離しなさい! 自分はあの男を……あ、ああっ、こら~!」


 体格のいい隊員がそのままアルスを肩にかつぎ、立ち去ってゆく。

 アルスの罵声は、しばらく反響していた。


「あれで隊長かよ……」

「ふ、普段は、クールな人なんだけど……」

「まあ、とにかく中に入るか」



 霧の中を、ひたすら歩く。

 アリスはイッキのズボンをつかみ、リコは感覚を総動員して、周囲を警戒していた。


 やがて、霧が晴れ――


「わぁ~……」


 思わず、リコが感嘆する。


 一面の、花畑。


 アリスも思わず表情を緩ませたが、イッキだけが、険しくさせていた。


(この、花は……)



『うっわ、すっげー花畑だな。一面チューリップ……』

『僕も、こんなに咲いてるの、初めて見たよ』

『――ねえ、ふたりとも、チューリップの花言葉って、知ってる?』


 神奈の言葉に、一輝と令司は顔を見合わせ、首を振る。


『共通の意味があるけど、色ごとに、違っているの』


 そう言って、神奈はしゃがみ込んだ。


『わたしは、この色のチューリップが一番好き。花言葉は――』



「イッキくん? どうか、した?」

「あ、ああ、いや……なんでも、ないよ」


「……――な……んな……旦那ー!」


 チューリップの花畑、その向こうから、手を振りながら近づく者がいる。


(……あいつは、シェア?)


 ヘビ種、シェア。


 泣きじゃくりながら、小汚い恰好で駆け寄ってくる。

 チューリップ畑に、あまりに不釣り合いの絵面。


 抱きついてきたらカウンターを見舞おうと構えるイッキ、だが――


「だん――ふぶぉあッ!」


 直前で、第三者に吹き飛ばされる。


「りこぉぉぉっ!」

「わわっ」


 その勢いでリコに抱きついたのは、同じイヌ種の少女だった。


「さ、サクラ?」


 サクラ、と呼ばれた少女の髪色は、その名が示すように、ピンク色。


「どうして、サクラがここに?」

「り、りこがっ、し、しんぱい、で……っ」

「うん、ありがとね。よしよし」


 リコが背中をさすり、少女――サクラを落ち着かせる。


 立ち上がったサクラは、ごしごしと涙をぬぐっていた。


「あ、この人が、リコの言ってた……?」

「そうだよ。『元奴隷』の、イッキくん」

「あ、こ、こんにちは……サクラ、です!」


 イッキと軽く目を合わせたあとは、視線を泳がせる。

 伏し目がちで、そわそわとしているその様から、内気な性格であることは明らかだ。


 やはりイヌ種もリコのように人懐っこく、活発なタイプばかりではないようだ。


「リコの、知り合いか?」

「う、うん。わたしの、幼なじみ」

「……握手、いいですか?」


「……ああ」


 出された手に応じる。


(幼なじみ、か)


 その単語の響きはイッキにさまざまな感情を呼び起こしたが、なにより気になったのは、そのリコの幼なじみがなぜ、この場所にいるのかということだ。


「だ、だんな……お、お久しぶり、です……」


 よろよろと近寄るシェアについては、同じ『被告』側だからという察しはつく。

イッキが、気配を探ってみると、かなりの数がこの場所に集まっているのがわかった。


「き、聞いてくださいよー、おれさ――」


 ――ゴォン!


 今度は空から降りてきた物体に、シェアが押し潰される。


「ありすさまー♪ 会いたかったよ~!」


 シェアを踏みつけたあと、その『物体』は、アリスに抱きつき、頬ずりしている。


「……わ、っぷ……」


 イレヴン。

 エデンにて、アリスと将棋の決闘を繰り広げた機械種だ。


(こいつがいるってことは……あの筒みたいな機械種も……)


「ふっ、きたな。イッキよ」


 続けて現れたのは、グラマラスな女性。


「いや、だれだよ」


 イッキのツッコミに、女性は自身の姿を眺める。


「そうか、この姿は初めてか。我だ。テンナインだ」


(テンナイン……こいつが、あの、巨大筒の機械種か?)


 イッキと相撲の決闘で敗れ、人間を認めた機械種、テンナイン。


「まあ無理もない。多少造形が異なるからな」

「いや、まるっと変わりすぎだろ。筒から人型って、驚愕の変化だろ」

「戦闘タイプはおまえが破壊してしまったろう? いわばスペアボディだ。機械種にとって、外見にそれほど意味はない」


「で……なんで機械種までここにいるんだ」

「我々機械種にとって、きみたちは貴重な研究対象。失うのは、実に惜しい。ここは西の『裁きの門』の中、『愚者の間』。その『愚者』に賛同する連中も、集うのだ。」


 テンナインの説明を皮切りに、続々と『気配』が形となって現れる。

 大勢のイヌ種、ヘビ種、そして、エデンの民。


「み、みんな……みんな、きてくれたんだね!」


 イヌ種はリコの知り合いも多いようで、リコにほほ笑みかけていた。


「当たり前じゃないか。リコちゃんは、絶対に間違ってない」

「そうよ。なんたって我らが王の娘なんだから」

「リコの問題は、俺たちみんなの問題だ」


「……ありがとう、みんな」


 リコの人柄はイヌ種の中でも別格なのか、この慕われよう。


「け、けッ……イヌ種なんざ、しょせん仲良しこよしの、烏合の衆よ」


 イレヴンに潰され、すでに瀕死のシェアが倒れたまま毒づく。


「俺様たちヘビ種は、真の絆ってヤツで繋がってるンだぜ! な? みんな!」


「うるせえバカ!」

「てめえが人間と組むからヘビ種まで巻き添えになったんだよ!」

「誰がおまえの心配なんてするか!」

「勝てなきゃヘビ種も割を食うからきてるだけだ間抜け!」


 シェアに対する、罵詈雑言の嵐。

 石まで投げつけられている。


「ぎゃあ! おいやめろ! このやろう! あいて! て、てめえら! や、やめてッ!」


 イッキは半笑いで、リコとシェアとの格差を見つめている。


(これが人徳の差、か……)


「イッキ、にいちゃん……」


 エルとイル――エデンの民。


 エデンでの決闘を体験した彼らは、以前までの、弱々しい表情ではない。

 一種の覚悟を決めた、決意に満ちた表情だ。


「くく、中々マシな顔になったじゃないか」

「我々は、もうなにも言わん。お主たちとは、運命共同体じゃ」


「……――ごめん、なさい……!」


 イレヴンの腕の中で、か細く聞こえる、アリスの声。


「んー? どったのアリスちゃん? 人間の涙って、嬉しいときとか悲しいときに流れるものですよね? これ、どっちのです?」

「……こんなことに、なってるの……ぜんぶ、ぼくの――……」


「うぬぼれるなよ、アリス」


 イッキの叱咤に、アリスが顔を上げる。


「前に言ったな、俺たちで王の意思を継ぐって」

「……うん……」

「ありゃ詭弁だ。王の意思を継ぐっていうのは、俺の目的達成のための手段でしかない。人ってのはそういうもんさ。なにもアリスの尻拭いをやってるわけじゃない。ここに集まった連中も、理由はどうあれ、その行動の起源は自分のためだ。みんな、『そうしたい』からやるんだ。いいか、アリス」


 アリスに近寄り、冷たく見下ろした。


「おまえがいくら悩んだところで王は生き返らない。今の王の評価は、『人間ごときに殺された間抜けな王』だ。人間の解放を願いながら、無駄死にした哀れな王だ。その汚名は、一生残ることになる。アリスはいいのか? それで」

「……いや、だ……いやだ……っ!」

「だろ? その評価を、この裁判で覆す。そうしたいなら、それだけを思ってればいい」


 アリスは涙をぐっと堪える。


(この人は、ししょーは、いつも、ぼくを励ましてくれる……。ぼくに、戦う強さをくれる。太陽みたいな、人)


「それで、勝算は?」


 テンナインが問いかける。

 機械種が人間に答えを求めるなど異例なこと。

 それでも、あえて問いかけるのだ。


「そんなもの、考える意味があるのか? やらなきゃやられる、だったら――やるだけだ」


 そして機械は、その非合理な回答に満足そうに笑う。


「あの……」


 そこでイッキを呼んだのは、サクラだ。


「少し、ふたりだけで、お話、いいですか?」



「――で、なんだよ、話って」


 サクラは迷った様子を見せたが、意を決してイッキに顔を向ける。


「イッキ、さん。リコを……リコを巻き込むのは、やめてください」

「……どういう意味だ?」

「あなたの目的は、人間を救うことでも、リコと一緒に冒険をすることでもない」

「…………」

「本当の目的は、神さまを、殺すこと」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ