集う者たち
「ここで、時間まで待機してください」
アルスに連れられ、やってきた場所、そこは巨大な門だった。
イッキが見上げると、はるか上空までそびえていて、先が見えない。
扉はすでに開いており、中は霧がかかっていて、よく見えなかった。
「……なあリコ、こんな門、この国にあったか?」
「これはね、『裁きの門』っていって、神裁が始まるときに現れるものなの。元々は湖があった場所……わたしも、見るのは初めて」
アルスがため息交じりに口を開く。
「最後に開かれたのが、100年以上前です。ほとんどの、長寿じゃない種族にとっては初めてでしょう。……では、後ほど」
「うん、またね。いい神裁にしようね、アルスさん」
踵を返そうとしたアルスだったが、リコの声に立ち止まる。
「いい、神裁? ……この期に及んで、あなたは、まだ、そんな甘いことを。いいですか? 人間に関わったばかりに、今こんな状況になっているんですよ? 同族さえ巻き込んで、あなたには誇りというものがないんですか⁉」
「うーん……そうだね。わたしに、誇りなんてないのかも。だけど、人間を見下して、傷つけて……。それが誇りなら――」
リコの顔付きに、一瞬、アルスがたじろぐ。
「そんなもの、わたしはいらない」
その表情は、アルスの仕えたかつての王、そのもの。
(……やはり、血は争えない、ということですか)
「まーまー、ふたりとも落ち着けよ。同じ種族だろ?」
「ち、違いますっ! オオカミ種とイヌ種を一緒くたにしないでください!」
イッキの言葉に、顔を真っ赤にして反論するアルス。
「似たようなもんじゃないか」
「ぜんっぜん違います! ほら、この耳と尻尾を見てください! イヌ種と違って、太くてしっかりしてるでしょう⁉」
「え……いや、誤差の範囲だろ」
「こ、この……ッ!」
食いかかろうとするアルスの身体が、ひょいと宙に浮いた。
「アルス隊長、時間です」
「は、離しなさい! 自分はあの男を……あ、ああっ、こら~!」
体格のいい隊員がそのままアルスを肩にかつぎ、立ち去ってゆく。
アルスの罵声は、しばらく反響していた。
「あれで隊長かよ……」
「ふ、普段は、クールな人なんだけど……」
「まあ、とにかく中に入るか」
◇
霧の中を、ひたすら歩く。
アリスはイッキのズボンをつかみ、リコは感覚を総動員して、周囲を警戒していた。
やがて、霧が晴れ――
「わぁ~……」
思わず、リコが感嘆する。
一面の、花畑。
アリスも思わず表情を緩ませたが、イッキだけが、険しくさせていた。
(この、花は……)
『うっわ、すっげー花畑だな。一面チューリップ……』
『僕も、こんなに咲いてるの、初めて見たよ』
『――ねえ、ふたりとも、チューリップの花言葉って、知ってる?』
神奈の言葉に、一輝と令司は顔を見合わせ、首を振る。
『共通の意味があるけど、色ごとに、違っているの』
そう言って、神奈はしゃがみ込んだ。
『わたしは、この色のチューリップが一番好き。花言葉は――』
「イッキくん? どうか、した?」
「あ、ああ、いや……なんでも、ないよ」
「……――な……んな……旦那ー!」
チューリップの花畑、その向こうから、手を振りながら近づく者がいる。
(……あいつは、シェア?)
ヘビ種、シェア。
泣きじゃくりながら、小汚い恰好で駆け寄ってくる。
チューリップ畑に、あまりに不釣り合いの絵面。
抱きついてきたらカウンターを見舞おうと構えるイッキ、だが――
「だん――ふぶぉあッ!」
直前で、第三者に吹き飛ばされる。
「りこぉぉぉっ!」
「わわっ」
その勢いでリコに抱きついたのは、同じイヌ種の少女だった。
「さ、サクラ?」
サクラ、と呼ばれた少女の髪色は、その名が示すように、ピンク色。
「どうして、サクラがここに?」
「り、りこがっ、し、しんぱい、で……っ」
「うん、ありがとね。よしよし」
リコが背中をさすり、少女――サクラを落ち着かせる。
立ち上がったサクラは、ごしごしと涙をぬぐっていた。
「あ、この人が、リコの言ってた……?」
「そうだよ。『元奴隷』の、イッキくん」
「あ、こ、こんにちは……サクラ、です!」
イッキと軽く目を合わせたあとは、視線を泳がせる。
伏し目がちで、そわそわとしているその様から、内気な性格であることは明らかだ。
やはりイヌ種もリコのように人懐っこく、活発なタイプばかりではないようだ。
「リコの、知り合いか?」
「う、うん。わたしの、幼なじみ」
「……握手、いいですか?」
「……ああ」
出された手に応じる。
(幼なじみ、か)
その単語の響きはイッキにさまざまな感情を呼び起こしたが、なにより気になったのは、そのリコの幼なじみがなぜ、この場所にいるのかということだ。
「だ、だんな……お、お久しぶり、です……」
よろよろと近寄るシェアについては、同じ『被告』側だからという察しはつく。
イッキが、気配を探ってみると、かなりの数がこの場所に集まっているのがわかった。
「き、聞いてくださいよー、おれさ――」
――ゴォン!
今度は空から降りてきた物体に、シェアが押し潰される。
「ありすさまー♪ 会いたかったよ~!」
シェアを踏みつけたあと、その『物体』は、アリスに抱きつき、頬ずりしている。
「……わ、っぷ……」
イレヴン。
エデンにて、アリスと将棋の決闘を繰り広げた機械種だ。
(こいつがいるってことは……あの筒みたいな機械種も……)
「ふっ、きたな。イッキよ」
続けて現れたのは、グラマラスな女性。
「いや、だれだよ」
イッキのツッコミに、女性は自身の姿を眺める。
「そうか、この姿は初めてか。我だ。テンナインだ」
(テンナイン……こいつが、あの、巨大筒の機械種か?)
イッキと相撲の決闘で敗れ、人間を認めた機械種、テンナイン。
「まあ無理もない。多少造形が異なるからな」
「いや、まるっと変わりすぎだろ。筒から人型って、驚愕の変化だろ」
「戦闘タイプはおまえが破壊してしまったろう? いわばスペアボディだ。機械種にとって、外見にそれほど意味はない」
「で……なんで機械種までここにいるんだ」
「我々機械種にとって、きみたちは貴重な研究対象。失うのは、実に惜しい。ここは西の『裁きの門』の中、『愚者の間』。その『愚者』に賛同する連中も、集うのだ。」
テンナインの説明を皮切りに、続々と『気配』が形となって現れる。
大勢のイヌ種、ヘビ種、そして、エデンの民。
「み、みんな……みんな、きてくれたんだね!」
イヌ種はリコの知り合いも多いようで、リコにほほ笑みかけていた。
「当たり前じゃないか。リコちゃんは、絶対に間違ってない」
「そうよ。なんたって我らが王の娘なんだから」
「リコの問題は、俺たちみんなの問題だ」
「……ありがとう、みんな」
リコの人柄はイヌ種の中でも別格なのか、この慕われよう。
「け、けッ……イヌ種なんざ、しょせん仲良しこよしの、烏合の衆よ」
イレヴンに潰され、すでに瀕死のシェアが倒れたまま毒づく。
「俺様たちヘビ種は、真の絆ってヤツで繋がってるンだぜ! な? みんな!」
「うるせえバカ!」
「てめえが人間と組むからヘビ種まで巻き添えになったんだよ!」
「誰がおまえの心配なんてするか!」
「勝てなきゃヘビ種も割を食うからきてるだけだ間抜け!」
シェアに対する、罵詈雑言の嵐。
石まで投げつけられている。
「ぎゃあ! おいやめろ! このやろう! あいて! て、てめえら! や、やめてッ!」
イッキは半笑いで、リコとシェアとの格差を見つめている。
(これが人徳の差、か……)
「イッキ、にいちゃん……」
エルとイル――エデンの民。
エデンでの決闘を体験した彼らは、以前までの、弱々しい表情ではない。
一種の覚悟を決めた、決意に満ちた表情だ。
「くく、中々マシな顔になったじゃないか」
「我々は、もうなにも言わん。お主たちとは、運命共同体じゃ」
「……――ごめん、なさい……!」
イレヴンの腕の中で、か細く聞こえる、アリスの声。
「んー? どったのアリスちゃん? 人間の涙って、嬉しいときとか悲しいときに流れるものですよね? これ、どっちのです?」
「……こんなことに、なってるの……ぜんぶ、ぼくの――……」
「うぬぼれるなよ、アリス」
イッキの叱咤に、アリスが顔を上げる。
「前に言ったな、俺たちで王の意思を継ぐって」
「……うん……」
「ありゃ詭弁だ。王の意思を継ぐっていうのは、俺の目的達成のための手段でしかない。人ってのはそういうもんさ。なにもアリスの尻拭いをやってるわけじゃない。ここに集まった連中も、理由はどうあれ、その行動の起源は自分のためだ。みんな、『そうしたい』からやるんだ。いいか、アリス」
アリスに近寄り、冷たく見下ろした。
「おまえがいくら悩んだところで王は生き返らない。今の王の評価は、『人間ごときに殺された間抜けな王』だ。人間の解放を願いながら、無駄死にした哀れな王だ。その汚名は、一生残ることになる。アリスはいいのか? それで」
「……いや、だ……いやだ……っ!」
「だろ? その評価を、この裁判で覆す。そうしたいなら、それだけを思ってればいい」
アリスは涙をぐっと堪える。
(この人は、ししょーは、いつも、ぼくを励ましてくれる……。ぼくに、戦う強さをくれる。太陽みたいな、人)
「それで、勝算は?」
テンナインが問いかける。
機械種が人間に答えを求めるなど異例なこと。
それでも、あえて問いかけるのだ。
「そんなもの、考える意味があるのか? やらなきゃやられる、だったら――やるだけだ」
そして機械は、その非合理な回答に満足そうに笑う。
「あの……」
そこでイッキを呼んだのは、サクラだ。
「少し、ふたりだけで、お話、いいですか?」
◇
「――で、なんだよ、話って」
サクラは迷った様子を見せたが、意を決してイッキに顔を向ける。
「イッキ、さん。リコを……リコを巻き込むのは、やめてください」
「……どういう意味だ?」
「あなたの目的は、人間を救うことでも、リコと一緒に冒険をすることでもない」
「…………」
「本当の目的は、神さまを、殺すこと」




