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審判の日

大変お待たせいたしました。

「――よ、一輝」


 呼び出され、俺が向かったのは深夜の公園。

 そのベンチに呼び出し人――令司(れいじ)はいた。


「急にどうしたんだよ、こんな夜更けに」

「いや~、いよいよ明日だなあと思ってよ。からかいにきた♪」

「からかいにって……電話でいいじゃないかそんなの。明日も学校なんだからさ」

「んなこと言って、眠れなかったくせに」


 くひひ♪ と令司は楽しそうに笑う。


「……な、なんでそんなこと、わかるんだよ」

「わかるぜ。幼なじみだからな」


 令司も、幼なじみのひとり。

 神奈みたく家こそ隣じゃないものの、小中高と一緒。


「まー、一世一代の大告白だもんな。それが長年連れ添った幼なじみなんだってんだからテンプレというかなんというか。いや、こうまでいくと逆にテンプレじゃないのか。漫画とかだと珍しくないが、現実じゃ中々なさそうだ」


 俺と令司、そして神奈。

 凸凹(でこぼこ)トリオ、なんてよく呼ばれている。


 令司は神奈に負けず劣らずの秀才で、運動神経も抜群。

 男の俺が見ても、令司はアイドル顔負けのスタイルだ。


 もちろん、凸凹の凹は俺のこと。


「令司がけしかけたんじゃないか。神奈に告白しろって」

「だっておまえ、神奈のこと好きだろ?」


 沈黙という名の答えに、令司はにいっと笑う。


 だけど、俺は知っている。

 令司も、神奈のことが――。


「ほんとに、いいの? 令司だって、神奈が――」

「な~に余計な心配してんだ。悪いが一輝と違って俺はモテモテだから。女にゃ不自由しねーよ」


 事実だから困る。


「……でも、さ。俺なんかより、絶対に令司のほうがお似合いだよ。俺なんかふたりに比べると、なんの才能もない、ただの――」


 ゴッ。


 結構強めに頭を殴られる。


「った――ッ⁉」

「二度とそんなこと言うんじゃねえよ」

「……けど、ほんとのことだ。俺は、ふたりについてくのに必死で、いつもそのあとを追うのに必死だったんだ」

「あのなあ」


 はあっ、と重めのため息を吐くと、令司はベンチから立ち上がる。


「――神奈は、おまえが好きなんだぜ。一輝」

「またそんな適当なこと……幼なじみだからわかるって?」

「告白したときに、そう言ってたぞ」

「そう、告白――こ、こくはくっ⁉ 告白したの令司! 神奈に⁉」

「ああ。こっそり抜け駆けしてな」


 唖然とする俺をよそに、ポケットに手を突っ込むと、ケタケタと笑った。


「結果見事俺は撃沈。だから、安心して告白していいぜ。俺が保証してやる」


 それでも、俺は迷っていた。

 例え告白が成功しても、俺たちの関係が変わってしまうんじゃないかって。


「一輝、仮に俺と神奈が付き合ったとしたら、おまえはどうする?」

「どうする、って……そりゃ、祝福するよ。神奈と令司は、お似合いだから」

「だろ? ……俺も、同じさ。一輝と神奈が付き合っても、変わりゃしねえよ」

「…………」

「んな辛気臭え顔すんなっての。告白したら世界が滅ぶってわけでもねえだろ」

「そりゃ、そうだけどさ」


 のそのそと立ち上がった俺に痺れを切らしたのか、令司が頭をかく。


「いいか、こんなこと一回しか言わねえぞ。――俺はおまえのこと、認めてんだぜ? いつだってがむしゃらに走り続けて、そんで、俺まで追い越しやがって。あと、一輝に足りないのは自信だけだ」


 令司が、俺に拳を向ける。


「自信持てよ、一輝。なんだかんだ言って、おまえは一度決めたことはやり遂げてきた。今度も、なんとかなるさ」

「令司……」


 出された拳に、軽く俺の拳を突き合わせた。


「頑張れよ、一輝。成功したら焼肉奢れ」

「あ、ああ、絶対――」


 そして――景色が歪む。


 荒野とかした大地に、不敵に笑う神奈。

 立ち尽くす俺の首に、か細い腕が回された。


「早く、わたしを殺しにきて。イッキ」



 ――ガバッ!


「……また、か」


 しばらく眠るという習慣がなかった反動か、最近よく夢を見る。

 それも決まって昔の、世界が滅亡する前のもの。


「約束するよ、令司。やり遂げてみせるさ」


 だが、わずらわしいと思ったことはない。

 夢を見る度、改めて決意させてくれるのだ。


「絶対に、復讐は果たす」



「むにゅ……んー……」


 目をこすり、イッキに続いて半身を起こす、金髪の少女。


 イッキは思わず眉をひそめたが、すぐにやれやれといった表情に変わった。


「アリス……おまえ、また勝手に俺のベッドに」

「……ごめん、なさい……」


 ぴょこんと立った寝ぐせのアリスは、視線を落とす。


 だが、アリスのこの行動の原因を、イッキは知っていた。


「ついに、今日だな」

「……うん……」


「イッキくん! おっはよー!」


 アリスの陰鬱な雰囲気を吹き飛ばすかのような、元気いっぱいの声。


「お、アリスちゃんもおはよー!」

「……おは、よ……」


 リコはアリス見て、ほほ笑みかけた。


「そろそろ時間だよ。準備しなくちゃ」

「…………」


 その返事に、アリスは一層と不安気な表情に変わる。


 ボフッ。


 その顔が、柔らかいなにかに押し当てられた。


「ぜったいに大丈夫。なんたってイッキくんもいるんだから。もちろん、わたしだって。アリスちゃんはひとりじゃないよ」


 抱き締めるリコの背に、アリスも手を回した。

 その身体が小刻みに震えているのを見て、イッキは笑う。


「って、そういうリコも緊張してるみたいだが」

「え、えっ⁉ そ、そんなことないよ! ……イッキくんは、いつもと変わらないね」

「俺はもう、そんなのに慣れ切ってるってだけだよ」


 緊張とは、できるかできないか、自分に対しての自信のなさからも生まれる。

 常に、強制的に死線をくぐってきたイッキにとって、そんな感情は切り捨てるしかなった。


「リコもアリスも、逆転の発想をすればいい。今日勝てば、何の後ろめたさもなくなる。まあ、連中はどんな手を使ってでも俺たちを潰しにくるだろうけどな」

「い、イッキくん、プレッシャーだよ……そんなこと言われたら」

「俺は、今から楽しみだよ。そんな奴らを、返り討ちにするのが」


(それに、今日はこの世界を牛耳る連中が大勢くるだろう。黒幕もいるハズだ。その中で、あいつの情報を知ることができれば――)


 ぴくっ。

 リコの耳が動き、イッキが立ち上がる。


 外にいる、多数の気配。

 そのどれもが、敵意を放っている。


「くく、お迎えがきたな。ま、なるようになるさ」



 イッキたちが家を出ると、大勢の動物種が周りを包囲していた。

 どの動物種も皆、同じ制服をまとっている。


 イッキは、その服に見覚えがあった。


(たしか、聖騎士団とかいったな)


 その中心にいた動物種が、一歩前に出る。

 純白の制服をまとう、オオカミ種――アルス。


「よ、エデン以来だな」


 アルスが、不服そうに声をかけたイッキを睨む。


 緊張が見て取れるリコとアリスだが、この男だけは、自然体のままだ。

 むしろ、この状況を楽しんでいるように見える。


(まあ、いいでしょう。いつまでその態度でいられるか、見ものです)


 こほん、とアルスが声を整える。


「王殺害、そして使徒エルノール失踪関与の容疑で」


 アルスが、イッキたちの前で令状を広げた。


「――『神裁(しんさい)』を、本日執り行います」


 神裁――神の名の下、執り行われる最大規模の裁判。

 主に、世界を揺るがすレベルの犯罪に対してのみ、発動される。

 権限は決闘の上をゆき、その判決内容は、神の力によって速やかに執行されるのだ。


 人類奴隷解放の決闘から、約半月。

 今日に至るまで、イッキたちは常に監視の目にさらされていた。


「自分があのとき、あえて決闘を放棄したのは、この日のため。必ず真実を暴き、王の、無念を晴らします」


 一斉に向けられる敵意。いや、殺意といっていいだろう。


 以前の人間、奴隷に、神裁の場へ立つ権利はない。

 だが現在の、人権を与えられた人間は違う。


 神裁にかけられ、罪が確定した者は、当事者だけではなく、その種族にまで罰が及ぶ。


 つまり、神裁でイッキたちが敗れるようなことがあれば、人権はく奪はおろか、奴隷以下の身分にまで堕とされる可能性さえあるのだ。


「……くく……真実を暴く? 違うだろ、おまえたちの望みはそうじゃない」

「どういう、意味です」

「おまえたちにとって、真実なんてものはどうでもいいのさ。ただ薄汚い人間が、王を殺した。その立証さえできればいい。それがおまえらの望みなんだよ。そうやって、自分たちがただ納得したいだけだ。素直になれよ」


 アルスの尾が、怒りで逆立つ。


「い、イッキくん! そ、そこまでにしてよ~……」


 イッキが怯むことを知らない性格なのは承知していたリコだが、相手はあの隊長アルス。

 他の隊員が近付くのさえ躊躇するような怒気を放っている。


 侮辱をしようものなら、問答無用で斬り捨てられるかもしれないのだ。

 が、アルスは大きな呼吸で自らを押しとどめた。


「……言っておきますが、ほとんどの動物種は使徒エルノールの『あの映像』は、偽物だと思っています」

「にしちゃ、人類解放の決闘賛成票は過半数以上だったな」

「気の迷いでしょう。流れや空気に、人々は流されるものです。冷静に考えれば、世論誘導への嘘だということくらい、簡単にわかるもの」


 にっ、とイッキが笑った。


「なら、もし俺たちが無実を勝ち取れば、おまえはどうする?」

「あり得ません、そんなこと」

「だから、そう決めつけるなら、俺たちに軍配が上がれば当然なにかしらあるんだろ? それなりの、誠意ってヤツが」


 さすがにイッキの物言いに我慢できなくなったのか、ひとりの隊員がアルスに詰め寄る。


「アルス隊長、このような者の戯言に付き合う必要はありません!」

「やっと獲得した俺たちの人権を踏みにじるようなことをしておいて、なんの責任も負わないってのは、あまりに、なあ?」


 アルスが目を閉じ、風の匂いを嗅ぐ。

 尊敬する王のいた国。

 今はいない国。


 奪ったのは人間。

 共生する価値のないもの。


 ――消さなければならないもの。


「わかりました」


 目を開けたアルスが、異を唱えた隊員を片手で制する。


「自分は、あたなたち人間は、この世から排除すべき存在だと考えています。それが絶対に正しいことだと。例え、この命を失うとしても――」

「じゃ、負けたら俺の奴隷に決定な」

「…………」


(とまあ、こいつをからかうのはこれくらいにしておいて、と)


 イッキはなんの気兼ねなしに発した言葉だったが、アルスにとってそれは死よりも屈辱なことに他ならない。


(自分が、人間の奴隷……? この……この人間だけは、絶対に許さない!)


(わたしは、信じてるよ。おとうさんを……アリスちゃんを……イッキくんを!)


(おうさま……ぼくは、ほんとうに許されていいの……?)


(必ずあいつの――神への手がかりを見つけてみせる……!)


 さまざまな思惑が交差する中、かつてない規模の裁判が始まろうとしていた。

続きを待ってくれていた方、本当にありがとうございます。


今回からの構想は兼ねてより考えていたもので、改稿前のものとどちらがいいかずっと悩んでいました。

この裁判編のほうが核心的なストーリーが進行し、かつ面白くなると思い、今回の大幅な改稿に踏み込んだ次第です。


完結までは必ず投稿を続けますので、今後もお付き合いいただければ幸いです。

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