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34/42

人間

(俺様の迫力にビビッてたし、実力は俺様のほうがうえのハズ!)


(――この男、口調は強いのに、突然威圧感がなくなりましたね。なにかの作戦?)


 両者の思惑はどちらも見当はずれのものだったが、イッキのけん制が効き、シェア有利に働いている。


「お、おいアルスとかいうの、俺様は手ぶらだぜェ⁉ 手ぶら相手にそんな大剣を獲物にするなんて恥ずかしくねェのかよォ! 騎士道精神はどうしたァ⁉」

「……まあ、いいでしょう」


 アルスは大剣を見つめたあと、高く放り投げる。


 ズシン……!


 大剣が地面に突き刺さる。

 その音量だけで、規格外の重さというのが伝わった。


(ひょろい腕になんつー馬鹿力だよこいつ……)


「よ、よォし、これで――」


 腹に、鈍痛。

 シェアがゆっくりと見下ろすと、アルスの拳が腹をとらえていた。


 その衝撃で、シェアの身体は軽々と吹き飛び、数十メートル先でゴロゴロと転がった。


「――隙だらけ。どうやら、さっきの感覚は自分の勘違いだったようですね」


 シェアはというと、腹を押さえたまま、うずくまって動かない。


「あ……ぐ……」


 あふれ出る冷や汗。

 痛みで、まともに呼吸もできない。


(――無理だ。無理だ無茶だ無謀だ。勝てるわけねェ! なにを勘違いしてたンだよ俺様は!)


 その一撃は、シェアの心を折るには十二分のものだった。


(殺される! 絶対に! 確実に! 完璧に! 元の計画遂行! とっとと謝って降参する――したいが、声が、声がでねェ……!)


「初代の王、レオさまは人間を絶対に自由にしてはならないと言っていました。人間は奴隷であるべきだと。奴隷という立場で生かされているにも関わらず、対等な立場を望むなんて、王の慈悲を踏みにじる行為にほかなりません」


 ゆっくり、アルスが歩みを進める。


「人間なんてしょせん下等生物。奴隷としての価値しかないんです」


(――なンで俺様むかついてる? あいつの言ってることは正論だろが。俺様も、利用されてるだけに過ぎねェのに、ちょっと応援されたぐれェで調子に乗っちまって)


 シェアはうずくまりつつ、イッキを遠目に見る。


(見ろよあの冷徹な眼……ぜってェ負けたら殺される。けど残念だったなァ! 喋れるようになったら即土下座降伏よォ! 俺様は人間なんかと違って、権利も、価値もあるンだよ! てめェらは一生奴隷のまま――)


「――ごふァッ‼」


 今度は腹を蹴られ、吹き飛ぶ。


「……理解できません。なぜ動物種であるあなたが、人間にそこまで肩入れするのか」


(だからちょっと待てやァ‼ 痛すぎて声がでねェンだよコラァ!)


 シェアの視界が、次第にぼやけてゆく。


(てかマジやべェ……冗談抜きで死ぬぞ……)


「――なんの真似ですか?」


(なんのまね……? なに意味のわからねェこと――)


「邪魔をするつもりはないさ。むしろちょっとしたアドバイスだよ」


 シェアの目の前に、イッキが立っていた。


「アドバイス?」

「このまま続ければこいつは死ぬ。決闘条件はどちらかが降参することだろ? 喋れるようになるまで待ったほうがいいんじゃないか」

「イッキくん⁉ だけど、だけどそれじゃ――」


 リコが叫ぶのも無理はない。

 シェアの敗北は、人間の敗北を意味する。それはこれまでの苦労を水泡に帰すことに他ならないのだ。


「別に、死ぬ必要はない。負けたとしても、諦めるつもりもない。また、別の方法を探すさ。それに俺はシェアに任せたんだ。こいつの決断は、俺の決断だ」

「…………」

「人間が偉そうに……」

「……くく」


 イッキが肩を震わせ、アルスが怪訝そうに睨む。


「おまえ、エルノールとなにか関係あるのか?」

「……使徒エルノールは自分の上司でしたが、それがなにか?」

「やっぱりな。おまえの言葉は、全部あいつが喋ってるみたいで薄っぺらく聞こえるんだよ。王だのなんだのの前に、少しは自分の言葉を使ったらどうだ?」

「――!」


「――盛り上がってるとこ、わりィけどよ」


 イッキの肩を、シェアが掴む。


「……まだ、俺様のかっこいいとこ、見せてねェンだ」

「そうか、わかった」


(くそがァ……)


『――俺は、シェアに任せたんだ』


(ンなこと言われたら、引くに引けねェだろ畜生! やっぱり卑怯者だ人間ってヤツはよォ!)


「ま、待ちなさい人間! 自分はまだあなたに聞きたいことが――」

「よォ、てめェの相手は俺様だろうが」


(けど、わかったぜ。確実に、勝つ方法)


「負けを認めないつもりですか? 実力差は歴然だと思いますが」

「……うるせェよ。とっととかかってきな」



 そこからは、一方的な蹂躙だった。


 あまりに一方的で、目をそらす者、途方に暮れる者、諦める者などが続出していた。

 時刻は、すでに深夜。


 ズタボロになったシェアはすでに立ち上がる気力さえなく、仰向けに倒れている。


「なぜ、反撃しないんですか」


 さすがのアルスも、無抵抗のままのシェアに戸惑いを隠せないでいた。


「……ンな、無駄なこと、するかよ……」


 意味がわからず、アルスは首を傾げる。


「ひゃ、はは……降参を敗北条件にしたのは、失敗……だった、な。ここまで粘るなんて想定外……だった、ろ」


 アルスが軽くため息を吐くと、突き刺した大剣を握りしめ、引き抜いた。

 そしてそのまま、シェアの首元へ近付ける。


 固唾を呑んで見守っていたリコが、イッキを見る。

 イッキは落ち着いた様子で、その光景を見つめていた。


「時間稼ぎ。それが狙いですか。くだらない。決闘放棄とは、種の誇りもないんですね」

「…………」

「あなたが死ねば、決闘は無効。人間なんて、そこまで意地を張って守るものではないでしょう」

「俺様は……ヘビ種の中でも落ちこぼれの部類でよォ……だから、エデンの管理なんて汚れ仕事……押し付けられて、気付けば、このザマだ」


 シェアはぼんやりと星空を眺める。


「……人間は、よえェし、うぜェし、よくわからねェ。けどよォ、中にはいるンだぜ……規格外ってのが」

「規格外?」

「この決闘は……俺様だけのものじゃねェ……驚くぜ……? 俺様の次に相手になる男は……絶対に、てめェなんぞに負けねェ……つまりてめェはもう、詰んでンだよ……」


 アルスは理解した。

 この男は最初から戦うつもりなどない。狙いは時間稼ぎ、または、決闘の無効。

 これだけの実力差を見せつけられて尚、次戦の相手はそれを凌駕すると、本気で信じている。


「そんな人間、いるわけが――」

「てめェが……人間のなにを知ってンだ?」


 ――人間嫌いのエデン管理者、シェア。

 この男がそう呼ばれていることをアルスは知っていた。


 そんな男が人間の奴隷解放にここまで動くとは、にわかには信じられない。


「あなたにとって人間は、命をかけるに値する存在、だと?」

「……ンな大層なもンじゃねェよ……ボケ。ただ、少なくとも、ここの連中は……一緒にいて、それほどわりィ気は……しなかった。……それだけだ」

「そうですか。人間に情が移った、と」


 アルスが大剣を振りかざした。

 シェアが力なく笑う。


「シェアさ――!」


 咄嗟に止めに入ろうとしたリコの腕を、イッキが掴んだ。


 勢いよく、大剣が振り下ろされる。


 ドォン――!


「――」


 ごくりと、シェアが生唾を呑み込む。

 シェアの顔の真横に、剣先が刺さっていた。


「――自分の剣は、同種を斬るためのものじゃありません」


 大剣を引き抜くと、アルスは肩に背負い、背を向けた。


「今回はあなたの覚悟に免じて、引き下がりましょう」

「……!」

「――くく」


 イッキの笑いに、アルスが顔だけ振り向く。


「負け惜しみは止せよ。シェアの覚悟がおまえの覚悟を上回ってただけだろ」

「――自分は今でも人間を自由にするのは反対です。でも、今は人類解放に賛成の人々が少なからずいます。だからこんな決闘が成立してしまった。なので、考え方を変えたまでです」

「へえ」

「人間が自由になれば、きっと思い知ることになります。――初代王が、正しかったと」


 イッキとアルスの視線が交差した。


「人間。あなたとはいずれ、また会うことになるでしょう」

「あっそ」


 アルスが立ち去り、静寂が訪れる。


(な、なんだァ? よくわからんが――)


「だ、旦那……お、俺様、勝った……のか?」

「ああ。まあ、豪語してたようにかっこよくはなかったが」

「……ぐ……」

「――そうは思ってないヤツらも、いるようだ」


「「シェア~!」」


 イルとエルが、倒れたシェアに飛びついた。


「うごふァッ⁉ いでででで‼ や、やめろコラァ! どけボケ! 死ぬ! マジで死ぬゥ! た、助けて旦那ァ!」

「悪いが、回復魔法は得意じゃないんだ。それだけ叫べるなら死にはしない」


 シェアの勝利。

 しかし、その余韻に浸るものは誰もいなかった。


 待つのは、その先にあるもの――。

 誰もが黙って来るべき時を待った。


 じんわりと、アリスの手のひらに汗がにじむ。


(――人類解放まで、あと数時間……ほぼ……確実……)


 リコは、今にも泣きだしそうにイッキを見つめている。


(イッキくん、わたしたち――)


 イッキはずっと、どこか遠くを眺めていた。



 そして――その瞬間は訪れた。

次話にて二章完結です。

※9/13追記

次回更新日は9/18(または17)を予定しております。

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