決心
時は、少し前にさかのぼる。
(ま、旦那がいれば余裕だなァ)
動物種たちが揉めているのを、シェアは楽観視していた。
苦戦はしたものの、あの使徒リンネとの決闘に勝利したのだ。どんな敵がこようが、イッキがいる限り、負ける気がしない。
「んん?」
突然、動物種たちが静かになる。
何事かと思いきや、バタバタと倒れ始めてしまった。
その中で唯一、立っている動物種がひとり。
巨大な大剣を背負い、シェアへ矛先を向けている。
「あの服……!」
かなり目立つ純白の服。
その胸に刻まれている紋章は、『聖騎士団』のそれ。
――聖騎士団。
世界を脅かす凶悪モンスター、国家転覆をもくろむテロリストの出現など、世界、国家レベルの危機の際に動く精鋭集団。
基本、使徒が統治を担当するのに対して、聖騎士団は実働部隊にあたる。
「自分が、あなたたちを止めます」
年齢は十代半ば頃。
中性的な整った外見で、白髪の後ろ髪を紐でくくっている。
まだ幼さの残る顔付きだが、ビリビリとした威圧感が伝わるのがシェアにわかった。
(こいつも、つえェ……)
「自分は一番隊隊長、アルス」
聖騎士団というだけで強さは折り紙付き。
その中でも、隊長というポジションはさらに群を抜いている。
一番隊といえば、担当はアルモニアだ。
「決闘の前に、聞いておきたいことがあります。なぜ、王の娘であるあなたが、王の意思に反する行為に加担しているのですか」
「違うよ! おとうさんは人間を奴隷から解放――」
「その命令はまだ、正式には出されていませんでした。よって、初代王の意思が優先されます」
聖騎士団の、王に対する忠誠心は高い。
「なにより許せないのは――」
キッ、と、アルスがアリスを睨む。
「王を殺害した人間と、手を組んでいることです」
「…………」
「王の側近のメイド――人間でありながら、これは最大限の王からの寵愛です。それをあなたは仇で返した。言っておきますが、使徒エルノールに謀られた、なんて言い訳は通用しません。王をその手にかけたのは、間違いなくあなたです」
アリスはただ、黙ってアルスを見つめ返していた。
「なにか、言いたそうですね」
「――……うん、間違ってない……処罰を受けろというなら、受ける……けど……」
「けど?」
「……ぼくにはまだ、やることがある……じゃなきゃ、おうさまは本当に――」
「あなたに、王を語る資格なんてない‼」
その怒声は、静けさをもたらすには充分の迫力だった。
(こいつァ、外見通り文句なしの堅物だなこりゃァ……)
「――やはり、あなた方とは会話する価値さえありません。聖騎士団と、王の意思を代表して、諸悪の根源と、ここで決着をつけます。そうですね、単純明快に、どちらかが降参するまで一対一で戦う、でどうでしょう」
シェアは心の中でガッツポーズする。
諸悪の根源とはイッキのことに違いない。その方法なら、アルスが聖騎士団だろうとその隊長であろうと負けるはずがない。
「ひゃははは! そんな決闘、余裕だ余裕!」
「自信満々ですね。ではこの決闘方法で承諾する、ということですね」
「ああ! なら、旦那が来るまで大人しく――」
「じゃあ、始めましょう」
アルスが肩の大剣を掴み、歩き始める。
「へあ?」
その矛先は、シェアだ。
「ちょ、ちょい、ちょい待ちィ! なんでこっちくんだよォ⁉」
「言いましたよ。諸悪の根源、反乱の代表はあなたですよね?」
そこでシェアはハッとする。
あの最初の宣戦布告映像。
その中心人物はシェアだった。
実際の首謀者はイッキだが、現在世間が認知している反乱リーダーは、シェアということになっているのだ。
「ご、誤解だ誤解! 勘違い! 代表は俺様じゃねェよ!」
「あんなに大口を叩いて、今さら泣き言ですか?」
リコとアリスは、慌てて顔を見合わせる。
「ど、どうしよ、アリスちゃん……」
おそらく、決闘は始まっている。
決闘の条件は一対一。
うかつにシェアに手を貸せば、自動的に敗北が決定してしまう。
「……とにかく、ししょーを呼ばなきゃ……」
「そ、そうだね、呼んでくる!」
∞
――と、ここまでが経緯だ。
だが、一定の距離を詰めたあと、アルスに動きはない。
シェアの出方をうかがっているのだろう。
一瞬、アルスが旦那と呼ばれた男――イッキに視線を向ける。
「あの人間が、なにか?」
「て、てめェは勘違いしてンだよォ! 首謀者は俺様じゃなくてあの――」
「シェアー、がんばれー」
イッキが、シェアに棒読みの声援を送った。
「み、見捨てるンすかァ⁉」
「見捨てるもなにも、おまえが受けた決闘だろ? だったら、やるしかない。任せたぞ、シェア」
「そ、そんなァ……」
アルスが密かに笑う。
(――今日まで決闘を勝ち続けていたから、警戒していましたが、人間なんかを頼るようじゃおしまいですよ。それに自分を前によそ見なんて、いい度胸です)
ぐっと大剣を強く握り、よそ見をしているシェアに飛びかかった。
「シェアさん! 前見て!」
リコの叫びでも、シェアの反応は間に合わない。
――ぞわっ‼
「――ッ⁉」
大剣を振り下ろす直前に、アルスがシェアから飛び退く。
(今の、悪寒は――)
全身を貫かれるような、今まで感じたことのない感覚。
アルスは驚いて、シェアを見る。
まるで強大なモンスターを目の前にしているかのような、強者独特のオーラがただよっている。
(まさか、この男の気迫……?)
「……やはり、只者ではないようですね」
「な、なんだァ?」
もちろん、それはシェアが放ったものではない。
(どうやら、これはセーフらしいな)
シェアの背後のイッキが、アルスに向けたものだ。
動物種は人間よりも感性に優れているぶん、こういった気迫のけん制には敏感だった。
(さて。これで大人しく引き下がってくれればいいんだが)
普通の動物種なら戦意を喪失しているほどのもの。
だが、気迫に呑み込まれそうになりながらも、アルスの戦意は衰えていない。
(――まあ、そう簡単にはいかないか)
このままシェアがイッキの前にいれば動きを封じる時間稼ぎはできるだろう。
けれどそれをそのまま伝える行為は明らかに支援となり、反則となる可能性が高い。
シェアが妙な気を起こし、アルスに動くきっかけを与えてしまえばそれでアウト。
要はこの決闘、シェアにかかっているということに変わりはないのだ。
(急に大人しくなりやがって……まさかこいつ――実は大したことない?)
一方、状況が呑み込めていないシェアは、アルスの急な気圧されようを、自分の気迫によるものだと勘違いしていた。
(そう考えりゃァ、聖騎士団ってのも見栄を張るための嘘で、単なる脅し。つまりは)
「先手、必勝ォ‼」
シェアが拳を掲げ、走り出した。
アルスは冷や汗をかきながら、下唇を噛み締める。
「――っとと」
だが攻撃の直前、勢い余ってシェアはバランスを崩してしまった。
ブオゥ‼
瞬間、シェアの真横を凄まじい風圧が駆け抜ける。
遅れて、バキバキと、背後で音がした。
シェアがゆっくりと横を見ると、大剣を下から上へ振り上げたアルスの姿。
その剣先にあった木々が、見るも無残になぎ倒されている。
「ざ、斬撃、だけで……?」
「――よく、避けましたね」
今度は、シェアがどっと冷や汗をかく。
「あの、バカ……」
咄嗟にリコとアリスを抱え、斬撃を回避したイッキがつぶやいた。
(やっぱり本物じゃねェか‼ どうする俺様⁉ 絶対勝てねェ! 勝てっこねェ! かといって助けてももらえねェ! ひたすら逃げる――いや、こいつはおそらくオオカミ種、逃げきれねェ。つーか、俺様は人間解放には反対の立場なンだよォ!)
死を間近にしたシェアの思考は、即座に保身に向けて加速する。
(今のをまともに喰らってたら百パー即死! そもそも脅されて、裏切ったらどんな目に遭うかわからねェから協力してるまで。今死ぬか、後で死ぬか、なら――)
「な、なァ、アルス、殿よォ」
小声で、アルスに語りかける。
「も、もし俺様が素直に負けを認めたら、俺様の身柄は保証――」
「頑張れ~! シェア~!」
「がんばれ~‼」
その声をさえぎったのは、エルとイルの、声援だった。
(――やめろ、よ。応援なんて、するンじゃねェ。俺様は、人間なんて大嫌いなンだよ)
「負けるな~!」
「るな~!」
それでも、エルとイルは声を張り上げる。
(そういや、あの人間のガキがよこしたネックレス――母親の形見とかなんとか長老の野郎が言ってたなァ。ま、どうでもいいが)
「勝て~!」
「て~!」
(あー、うるせェ。……人間のクセによォ――人間のクセに)
シェアの運命を変えることになった元凶、イッキ。
今でも恨みは消えない、だが。
(――認めたくねェが、すげェって、かっこいいって、思っちまったンだよなァ)
人間の命運をかけた激闘の連続で、その活躍は凄まじいものだった。
最弱の種であるはずのイッキに、いつしか憧れに近いものを感じてしまっていたのだ。
「チッ、仕方ねェな。よく見とけよクソガキ」
(人間にできて、俺様にできねェことなんざねェ)
「俺様の超絶かっこいいとこ、見せてやるぜェ‼」
※9/4追記
本日更新予定でしたが、9/6更新とさせていただきます。
お待たせしてすみません。




