最後の挑戦者
「作戦大成功! やったねイッキくん!」
リコが駆け寄る。
「ああ、正直、かなり骨が折れた」
イッキは一息ついてから、腕の中のリンネを解放した。
「ふにゃあ……」
顔が真っ赤のリンネは、泥酔したようにぐったりしている。
イッキが知る限り、動物種は以前の世界での特徴を色濃く残している。
リンネの場合も例外ではなかった。
確信したのは、鬼ごっこの最中。
前をゆくリンネが、突然不自然に逃げる方向を変えたのだ。
不審に思ったイッキが注意深く前方を観察すると、マタタビが生えていた。
「だけど、よく知ってたね。リンネさまの――ネコ種の弱点なんて、今まで誰も知らなかったのに」
「前の世界じゃ、常識だっただけさ」
幸運だったのは、この島がマタタビ生息地だったということと、イッキが以前ネコを飼っていて、マタタビの形状を知っていたことだ。
「残る障害は、あそこの連中か」
「普通先着順だろ⁉ 順番的に次は俺だろうが!」
「ああ⁉ 誰がそんなルール決めたんだよ!」
エデンが大歓声に包まれている最中、浜辺にいる動物種は大いに揉めていた。
純粋に順番待ちというわけにはいかない。
決闘期間はたった一日しかないのだ。
それぞれが人間の解放阻止のために集まっているわけだが、単に阻止できればいい者だけではない。
中には名誉のため、自らの実力を誇示するため、など、私利私欲目的の者も当然いる。
リンネとの決闘は長引き、お預けを食っている者の不満も爆発していたのだ。
「な、なんか、すごく揉めてるね」
「勝手に揉めてくれるぶんには都合がいいさ。残り時間はあと一日もない。油断せず、確実に勝ちにいくだけだ」
油断は大敵。
勝利はまさに目前だが、一度の敗北ですべてが終わる。
「――あ、あれ?」
「どうしたんだ? リコ」
「リンネさま、は?」
先ほどまで倒れていたリンネが、こつ然と消えている。
「…………」
代わりに、砂に文字が書かれていた。
「悪い、リコ。しばらくここを頼む。なにかあったら、すぐ呼んでくれ」
∞
エデン――滝。
リンネがイッキを呼び出した場所は、エデンの滝だった。
激しい水しぶきが小さな虹を作り、澄んだ川は、時折小魚が飛び跳ねている。
だが、当のリンネが見つからない。
イッキがしばらく歩いていると、リンネの着ていたゴスロリの服だけが見つかった。
嫌な予感が、イッキの脳裏をよぎる。
「――待っていたわ」
声がしたのは、陸ではなく、川。
川の水面に浮かぶリンネは――当然のごとく真っ裸だった。
イッキが慌てて顔を背ける。
「……おまえ、こんなところでなにしてるんだよ」
「なにって、泳いでいるのよ。身体が火照ってしまったから。誰かさんのせいでね」
「なんで全裸なんだ」
「普通、泳ぐのに服は着ないものでしょう?」
「俺が言いたいのはだな、裸を見られて平気なのかってことだ」
「べつに? 減るものでもないし」
リンネは特に気にする様子なく、背泳ぎで水浴びを満喫している。
「ふふ、案外純情なのね。あなた――イッキは『神に近付いた者』でしょう?」
「神に近付いた、者?」
「神から、知識、力、能力、それらを与えられた者の総称。王や、使徒なんかが当てはまるわ。あなたは人間を遥かに超越する力を与えられ、知識も豊富。私たちの弱点も知っていたようだし、ずいぶん、神のお気に入りにされているようね。神とは、どういう関係なの?」
イッキは少し間を置いてから、口を開いた。
「――幼なじみ」
「幼なじみ?」
「そう、思い込まされていた。騙されてたのさ。あいつは俺を、世界を裏切った」
「へー……よくわからないけれど、神と因縁があるだなんて、やっぱり面白いわ、イッキ」
ざばっ。
リンネが川から上がる。
「服、とってもらえる?」
イッキは苦虫を嚙み潰したような顔をしながらも、足元の服一式を後ろへ放り投げた。
「ちょっと、丁寧に扱ってよ」
「――で、なんでおまえは俺たちの世界の文化に詳しいんだ?」
「リンネ」
「はあ?」
「リンネって呼ばなきゃ、教えてあーげない」
「……リンネ」
「ふふ、よろしい♪」
あまりの扱い辛さに、イッキは特大のため息を吐いた。
リコとは真逆のタイプ。
「――迷宮図書館。その名の通り、図書館自体がダンジョンになっている場所があるの。階層が深くなるほどダンジョンは複雑になるし、モンスターも強くなるけれど、得られる情報もより広く、深くなる。最下層にはアカシックレコードもあるという噂よ。旧人類に関する情報は、そこで得たの」
「……そうか」
当てが外れた。
直接神――神奈と対面していたのなら、その方法や現在の神の状況を聞き出せたかもしれないと、イッキは思っていたのだ。
「もう、振り向いてもいいわ」
イッキが振り向くと、リンネはゴスロリの服をまとい、ほほ笑んでいた。
「なんだか、残念そうな顔ね。やっぱり裸のほうがよかった?」
「そういう意味の表情じゃない! 他には、神に関する情報は、なにかなかったか?」
「私はすべてを知りたいというわけじゃないの。後々、面倒になることも少なくないし。私はただ、知りたいことを知りたいだけ」
「…………」
「けれど、そうね、決闘に勝ったご褒美に教えてあげる。あなたはどういう経緯で力を得たのかは知らないけれど、神から特別な能力を授かる際には、必ず神との謁見があるの。だからまず、人間に人権を与えるというイッキの方向性は間違ってはいないわ。私たちと同じ舞台に上がらないとその権利さえないもの」
リンネのアドバイスは、イッキにとってとても有意義なものだった。
実際に神から力を与えられたリンネの言葉は、なにより信ぴょう性がある。
イッキの中で漠然としていたものが、ハッキリと見えた。
「それより、安心したわイッキ」
「安心?」
「正義のため、だとか、同種を救いたい、だとか、そんなつまらない大義名分だったら、正直幻滅していた。それって誤魔化しの言葉でしょう? 誰かのためではなく、自分のための確たる強い目的があるから、イッキは強いのね。私利私欲こそ人間の本質。それでこそ、私の大好きな旧人類よ」
リンネの発言は、そのすべてが使徒であるはずの立場を無視している。
すべて、リンネ自身の言葉だ。
「変わってるな」
「ふふ、あなたがそれを言うの? 私は一度きりの人生に悔いを残したくないの。だからめいっぱい、今を楽しんでいるだけ。そうそう、ひとつ、警告しておく。もし、人間を解放したら――」
リンネがイッキに背を向ける。
「ダメね。あなたといると楽しくて、ついつい饒舌になっちゃう。今度は――対等な立場の世界で会いましょう。そうなるよう、期待しているわ。最後まで気は抜かないことね」
「わかってるよ」
「「――勝負は、最後までなにがあるかわからない」」
ふたりの声が、重なる。
「ふふ、それじゃ――」
片手を上げたリンネの姿が、消える。
残ったのは、風で木の葉が揺れる音だけ。
「リンネ、か。あいつは一体――」
――リン。
耳の近くで響く、鈴の音。
――ちゅっ。
イッキの頬に、柔らかななにかが触れた。
「――また、遊びましょ♪」
耳元でそう囁かれたと思ったら、今度こそリンネの気配は完全に消えていた。
「……なんなんだよ、本当に」
「イッキくーん!」
リコの声が響く。
滝に到着したリコは、焦燥に顔を歪ませていた。
「イッキくん、大変だよ! 決闘が、決闘が始まっちゃった!」
「なんだって……」
急いで砂浜まで戻ったイッキとリコが目にしたのは、対峙するふたり。
一方は、イッキと同じ白髪。
耳や尻尾はリコとよく似ているが、微妙に違う。リコより大きく、毛並みも多い。
鋭い目つき、純白の服は、気高さを感じさせるには充分だ。
自身の身の丈を軽く超える大剣を肩に背負い、たたずんでいる。
対するは――
「た、助けて……旦那ァ……」
――シェア。
今にも泣きだしそうな顔を、イッキに向けている。
「あー……こりゃ、まずいな」
タイトル変更しました。
二章も終盤ですが、引き続きよろしくお願いします。
※8/23追記
お待たせして申し訳ありません。
次回更新予定は8/25を予定しております。




