使徒リンネ
「カオス」
「カオス、って、俺のことか?」
「人間の身デありながラ、我二勝利した者。おまえハ、人間の常識を塗り替えタ」
蒸気を発しつつ、テンナインがイッキに近付く。
「認めよウ、人間ヲ」
「そりゃどーも」
「だガ――まだ我々と人間ハ、対等ではなイ」
それが現実。
残り期間、五日間。
この気の遠くなるような期間、決闘で勝ち続けなければ、人間は家畜のまま。
「だかラ、勝テ、カオス」
「…………」
「自由を勝ち取リ、対等になレ。そして、また相まみえよウ」
「言われなくても勝つさ。余計な心配だ」
機械であるテンナインの感情は読み取れない。
だが、たたずむその様子は、どこか笑っているように見えた。
「あらあら、テンナインさま、また派手にやられちゃいましたね」
「――帰るゾ、イレヴン」
「はーい。では人間のみなさま、ご武運を♪」
ゴウッ‼
来たときと同じように、高く舞い、機械種は轟音を轟かせながら去って行った。
「か、勝った……信じられねェ……」
その姿を見つめながら、呆然と、シェアが呟く。
「ん――んん? ふわ……よく寝た~」
すべてが終わったあと、目覚めたリコが起き上がり、背伸びする。
「ようやく起きやがったよ。あんな爆音でよく寝れてたもンだぜ……」
「え? なに? なにかあったの?」
∞
<えへへ。負けちゃいましたね~>
<嬉しそうだな、イレヴン>
飛行の最中、テンナインとイレヴンは通信機能で会話していた。
<テンナインさまこそ、そんなにボロボロにされて、人間にエール送ってたじゃないですかー>
<人間のためではない――我々の、更なる進化のためだ。敗北こそ受け入れ、学ぶもの。あのふたりの人間は我々に学習のきっかけを与えてくれた。失うには、あまりに惜しい>
特に、イッキという人間の存在。
神にも匹敵する力と、恐れを知らぬ精神力。
カオス――人間の、世界の、バグ。
<だが、未だ彼らの勝率は――>
<ですねー。あの島には、もう、いますから>
<ああ、あの島にいる『彼女』も、神の恩恵を得たひとり>
今や、人間の未来は確率では測れない。
<ていうかテンナインさま、そのボディ改良の余地ありすぎでは?>
<おまえの将棋も相手に先手を打たれすぎだろう>
<仕方ないじゃないですかー! データにないゲームだったんですから! テンナインさまだって、絶対アリスさまに負けてますよー>
<カオスは規格外だろう。おまえでは相手にさえならん>
<次は負けませんー!>
<我こそ、次は一矢報いてみせよう>
負けた直後だというのに、今後の対策と傾向を練る。
更なる進化を続けるため、機械種は議論を交わしながら、空の彼方へ消えて行った。
∞
事の顛末を聞いて、リコは瞳を輝かせ、パタパタと尻尾を揺らす。
「すっごーい! 機械種に勝つなんて――イッキくんは、無敵だね!」
「そうだぜ! 旦那がいれば百人力どころか万人力だぜェ!」
「…………」
(……なん、だ――?)
気が緩んだ瞬間、イッキの意思とは無関係に、ソレは、ふいに訪れた。
「――ししょー……?」
アリスが見上げるのと、イッキが前のめりに倒れてゆくのは、同時だった。
「イッキくん⁉」
「旦那⁉」
その場にいた三人が、慌てて倒れたイッキに駆け寄る。
「――だ、大丈夫、イッキくん、寝てるだけ」
「寝るって、なんで急に、それもこんな真っ昼間から――! そ、そういえば、旦那が寝てるの、ここ数日見たヤツァいるか⁉」
シェアが見渡すも、首を振る者ばかり。
これまで、イッキは神経を張りつめたまま、不眠不休で戦い続けていた。
あの空間ではそれが当たり前で、問題なかった。
要は、イッキがその感覚に慣れ過ぎてしまっていたのだ。
あの空間に比べれば、現実世界での生活は、あまりに短いものだった。
「や、やべェ……この状況――最大、最高、超絶にやべェぞ。今、エデンに決闘を挑むヤツが出てきたら、旦那抜きで戦うってことに……」
言うまでもなく、これまでの最大の功労者はイッキだ。
イッキがいなければ、最初の決闘で敗北を喫していたことだろう。
「だ、旦那ァ‼ 起きて! 起きてくださいよォ!」
「ダメ!」
イッキを揺するシェアの手を、リコが掴む。
「ダメだよ……。倒れるまで、頑張ってくれたんだよ? これ以上、イッキくんに無茶させたら――」
「無茶⁉ 最初から無謀だろォ⁉ 俺様は巻き込まれたンだ! 勝手に巻き込ンで、勝手にぶっ倒れて、あとは俺様たちでどうにかしろってェ⁉ 無理だ無謀だ無責任だ!」
「――……ししょーを、休ませてあげて……」
現在、二対一。
分が悪くなったシェアは、エデンの住民に視線を変える。
「おまえらはどうだ⁉ 本当に、この男抜きで戦えると思ってンのかァ⁉」
当初、戸惑いを見せていた住民だったが、ひとりの、若い男が口を開いた。
「――やるよ」
「あァ?」
「……子どもたちが、頑張ってるんだ。それに、覚悟なら、もうできてる」
その発言に同調するように、周囲も頷く。
「正気じゃねェ……。気の迷いか? 単に勘違いして酔ってンのか? てめェらは本来、束になっても俺様にだって勝てやしねェちっぽけな存在だろうが」
「その通りじゃ」
長老が一歩、前に出る。
「ちっぽけな存在だからこそ、自由さえ手にできぬ。自由は長年の夢――彼は、そんなわしらに希望を与えてくれた。人間の、可能性を教えてくれた。だからこそ、彼に応える義務がある」
島民が、一斉にシェアを見る。
それはいつもの怯えたものではなく、光のある、生きた眼差しだった。
「ぐ……ッ!」
――くい。
シェアが足を引っ張られる。
下を見ると、エルとイルがいた。
「シェア、おれたちのなかまじゃないの?」
「じゃないの?」
(仲間じゃねェよくそがァ……そんな目で俺様を見るんじゃねェ!)
「ぜってェ、負けるぞ……」
――リン。
「――ふふ、ふふふっ♪」
突如、鈴の音が鳴ったかと思えば、澄んだ笑い声が響く。
「だ、誰⁉」
――リン。
今度は、リコの背後から鈴の音が鳴る。
リコが慌てて振り返ると、そこには、見知らぬ少女が立っていた。
銀髪で、リコとはまた違う形の耳――ネコ種の少女。
およそ目にしたことがない奇抜なファッションだが、その出で立ちは、容姿と相まって可憐としかいいようがない。
少女はふわりとしたスカートの端をつまみ、優雅にお辞儀する。
「――エデンのみなさん、こんにちは」
ビビッ。
リコの尻尾が逆立つ。
(この子、ものすごく――強い)
「勇気と無謀は紙一重。そのヘビ種の男の話は、あながち間違ってはいないわね」
「な、なんだァおまえは⁉ い、いつからここにいた⁉」
「いつ? 奴隷の国が攻めてきた辺り、かしら」
一同、驚愕する。
存在を、まったく感知できなかったのだ。
警戒していたハズのイッキでさえ――。
「一応決闘の監視が仕事だったの。まあ、面白そうだったから引き受けたのだけれど」
「そ、そうか、旦那が倒れて、今が絶好の機会と踏ンで、出てきたのかァ⁉」
「あなたバカ?」
「バ……ッ⁉」
「仕事が監視と、言ったでしょう? そこで、私からみなさんに提案。ふふふっ♪」
にこりと、少女がほほ笑む。
その仕草だけで、その場の大半の男性が頬を赤らめた。
「――私と、鬼ごっこしない?」
(鬼、ごっこ?)
伝説種とされている鬼の装いをして、はしゃぐ。
ほとんどがその発想だった。
「単なる、おいかけっこよ。もちろん、決闘で」
「決闘⁉ や、やっぱ旦那が戦闘不能なのをいいことに、虎視眈々と狙ってやがったンだな⁉」
「むしろ逆なのだけれど。期間は今から、この、決闘期間の終了まで。私が追われる側。追うのは、あなたたち、全員」
「ぜ、全員⁉」
「もちろん、逃げる以外、私は手を出さないわ。追うのも、休むのもご自由に。このルールなら、彼をゆっくり休ませられるでしょう?」
それは、あまりにエデン側に都合のいいルール。
「――……狙いは、なに……?」
「狙い? そうね、強いて言うなら――楽しむこと、かしら」
アリスの問いかけにも、特に考える様子なく答える。
リコは、考えた。
あくまで期間ぎりぎりまで引き延ばせばの話にはなるが、事実上、この決闘が最終戦となる。
「みんな、受けようよ」
「リコさん⁉ そんな、また勝手に――」
「だって、決闘してる間は、第三者の介入はできないんだよ? 数日あれば、イッキくんを休ませられる」
「……ぼくも、賛成……」
全員参加型は初めてのケースだが、否定する者はいなかった。
「ふふ、決闘成立、ね♪」
ネコ種の少女が、リコに視線を移す。
「あなた、王の娘でしょう? 雰囲気が、王そっくり」
「……え?」
「――リンネ。それが私の名前」
瞬間、シェアが反応を示す。
「リンネ⁉ その名前――まさか、使徒リンネか⁉」
「し、知ってるの? シェアさん」
「噂で聞いたことがある。入れ替わりで入った使徒で、神出鬼没。滅多に人前には姿を現さねェ。二つ名は――」
ごくりとツバを呑み込んで、シェアが言った。
「『神速』。神速の、リンネ――」
――リン。
少女――リンネが鈴を鳴らした。
「さあ、はじめましょうか。人類の命運をかけた――鬼ごっこ♪」




