いにしえのボードゲーム
「――で、決闘方法はどうする?」
「お任せします♪」
イッキの問いに、イレヴンは答えた。
「理論上、我々のスペックはすべてにおいてあなた方人間を上回っています。ですので、逆に興味があるのですよ。どのような方法で、我々に勝つつもりなのか」
「だ、そうだ。どうする? アリス」
アリスはイッキを見上げたあと、イレヴンを見つめる。
「……将棋……」
「しょう、ぎ?」
(データ検索、開始――)
「んー……。データにないですねー。なんですか? それ」
「俺が教えたボードゲームだよ。おまえらの言う、旧人類の、な」
「旧人類の?」
旧人類に関しては、断片的な情報しか存在していない。
「どーして、あなたが旧人類のゲームを知ってるんです?」
「さあ、なんでだろうな」
イレヴンは無駄な思考を即座に停止した。
本当に滅んだ文明のゲームかどうか、それを確かめる術はない。
要は、それがゲームとして成立するものなのかどうか、それだけだ。
「――では、ご説明お願いします」
こく、とアリスが頷き、説明を始める。
イッキはその正確さと的確な説明に感心してしまった。
「旦那、ほんとにあのお嬢に任せて大丈夫なンすかァ? 旧人類のゲームでしょォ?」
「心配ないさ。教えた俺が、一回も勝てなかったからな」
「ま、マジっスか⁉ てか、道具とか必要みたいな説明でしたけど、そんなのどこにあったンです?」
「目隠し将棋って言って、駒の読み上げだけで対戦する方法もあるんだよ。常に全部の駒の位置を記憶するくらいの頭はいるがな」
「うへェ。俺様絶対無理……」
アリスが説明を終えると、イレヴンは満面の笑みを浮かべていた。
「一見単純なようで実に奥深い――面白そうじゃないですか! やりますやります!」
「――……道具はない……だから、目隠し将棋で……」
「えー、視覚化したほうがいいですよ~。テンナインさま、お願いします♪」
テンナインの赤いコアが光り、地面を照らしたかと思えば、瞬く間に将棋盤を作り上げてゆく。
「な、なんだありゃ……すげェ」
「じゃ、まずは様子見したいので、先手お願いしていいですか?」
「……わかった……」
――パチッ……パチッ……。
対局が始まると、ふたりの駒を動かす音が周囲に響き始める。
初めて見る、奇妙なゲームにエデンの住民たちは固唾を呑んで見守っていた。
内容はわからなくとも、このゲームに人間の未来がかけられているのだ。
そんな中、シェアは欠伸をして、目をこする。
「なーんか、すっげェ地味なゲームですねェ。俺らには向いてなさそう」
「だろうな」
――パチッ!
「――……王手……」
「あ。こちらの負けですねー」
負けたというのに、イレヴンは余裕の表情のままだ。
「それじゃ、もう一局お願いしまーす♪ また先手はアリスさまで」
「……わかった……」
――パチ。
再び、両者の対局が始まる。
「ケッ。負けても何回も挑戦できるってのは気楽なもンだぜ。ねェ旦那?」
だが、明らかに違う点があった。
――パチッ、パチッ、パチッ。
イレヴンの、アリスに対する返しの手のスピードが段違いになっている。
数秒思考していたものが、間髪入れずのものになっているのだ。
機械種独特の驚異的な学習能力で、イレヴンはアリスの打ち方を学習していた。
先ほどのアリスの戦術パターンを分析し、次にくる一手を予測する。
しかし――。
(先ほどとは戦術がまるで違いますねー。なるほどなるほど。けれど、いつまで続きますかね)
「――……王手……」
「…………」
それは、アリスからの十数回目の宣言だった。
<どうした? ずいぶん手こずっているな、イレヴン>
機械種の通信機能で、テンナインがイレヴンに語りかける。
<んー。ちょっと今のままだと勝てないですね>
<ほう>
<まずこちらの知識がゼロのものを選んだ、というのが彼女の戦略ですね。あえてこちらに『自分が対応しやすい手』を学習させることで、パターンを読んでいるつもりが、それを逆手に取られちゃってます>
機械種の欠点は、機転の弱さと、正確さゆえの行動の読みやすさにあった。
アリスはその特性を利用し、イレヴンの将棋に対するデータを、アリスが有利になるよう植え付けたのだ。
<ではどうする? 体力の消耗を狙って挑み続けるのか?>
<できれば万全の状態の彼女を負かしたいですねー。それだと人間の優秀さを認めることになっちゃいますし>
<あまり合理的ではないが、我々はおまえの思考を人に近付け、創造した。おまえの選択を尊重しよう>
<どーも♪ じゃ、準備お願いしたんですけれど――>
アリスが首を傾げる。
詰みの宣言以降、イレヴンが動かなくなっていた。
「――あ、待たせちゃってすみません。あのですねー、提案したいことがありまして」
「……?」
「次の勝負、少し趣向を変えたものにしたいんです。もちろん、将棋自体のルールはそのままで。あなたが勝てば、大人しく敗北を認めます」
アリスがイッキに視線を移す。
(長期戦になれば不利になるだけだが……)
イレヴンの提案は、もちろんなにか意図があってのものだろう。
だが、将棋自体のルールは生きている。
現時点で、デメリットよりもメリットが大きいと、イッキは考えた。
「まあ、アリスに任せるよ。これはアリスの戦いだ」
「……うん……」
アリスはイレヴンに視線を戻し、こくりと頷いた。
アリスの出した結論も、イッキと同じだったのだ。
「ふふ。では――」
動いたのは、イレヴンではなくテンナイン。
シュッ、と頭上が開いたかと思えば、キラキラ輝く粒子のようなものを散布する。
それはアリスたちの上空を覆い――次の瞬間、景色が一変した。
「――!」
アリスの眼前に並ぶのは将棋の駒ではなく、イッキたち。
「うおッ⁉ な、なんだこりゃァ‼ で、出られねェ‼」
状況が把握できないシェアが動こうとすると、謎の見えない壁によって阻まれる。
(これは、魔法じゃないな)
イッキは冷静に、状況を確認していた。
足元にある、四角い区切りの線。
自らの立ち位置。
そして、頭上に浮かぶ――『飛車』という文字。
「くく、なるほどな」
イッキたちと対峙しているのは、テンナインと同一機体。
その最奥に、イレヴンがいる。
「他の方々も見ているだけじゃ退屈でしょうから、参加型にしてみました♪ 名付けるなら――『人間将棋』。ま、一部動物種の方もいますけれど」
「……人間、将棋……?」
「対戦する我々が王。その他の配役はこちらの独断と偏見です」
『飛車』が、イッキ。
「ん……むにゅ……」
『角』が、眠ったままのリコ。
「ねー、ねーちゃん、これってなんて読むの?」
いつの間にかアリスのすぐ隣にいたイルが、頭上の文字を訊ねる。
「……金……」
「金⁉ なんかつよそう! やったー!」
『金』が、イル。
『銀』が、エル。
「お、俺様は――桂馬? ……び、微妙じゃね? なんか変な動きする駒だよなァ?」
『桂馬』は、シェア。
その他はエデンの住民だった。
「ルールは普通の将棋と変わりません。あなたの意思で、彼らは役割となった駒と同じ動きをします。楽しそうでしょ?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
異を唱えたのは、『歩』のエデンの住民だった。
「お、俺たちはこんな条件に同意してないぞ! どうしてこの決闘に巻き込まれなきゃならないんだ⁉」
「巻き込む? おかしなことを言うのですね。これは人間の運命をかけた決闘。対戦者の決定は全体の決定と変わりありませんよ? あなたたちは運命共同体なんです。それに、あなた方のためにこんな少女さえ戦っているんですよ? ――当事者意識、低すぎません?」
イレヴンが瞳を細める。
それは、人間という『種』を心底軽蔑したものだった。
「――さ、気を取り直して始めましょう♪」
「…………」
イレヴンの言葉通り、アリスが思う一手で、実際に駒となった人物がマスを移動する。
そして、最初に取られた駒は、アリスサイドの『歩』だった。
「ひ、ひぃぃ⁉」
テンナインの形をした『歩』が飛び上がり――アリスサイドの『歩』を押し潰す。
「ぎゃあ‼」
断末魔を上げた男性だが、次の瞬間にはイレヴンの背後――鳥かごのような檻の中に入っていた。
「獲得した駒は将棋のルールと同じように、こちらの味方になります♪」
「お、おいおい、だ、大丈夫なンだろうなァ⁉ 俺様たちの身体に影響はねェンだよなァ⁉」
「さあ?」
「さあ、って、てめェ――」
イレヴンはほほ笑む。
人間は、感情の生き物。
シチュエーションを変えるだけで、通常のパフォーマンスができなくなる。
アリスの瞳の揺れに、イレヴンは作戦の成功を確信した。
「――今回は、負けませんよ? アリスさま♪」




