勝率ゼロパーセント
「……鳥?」
イッキの、率直な感想はそれだった。
だが、違う。
その発する音は鳥とはまるで別の――無機質な音。
近付いてくるにつれ、音は激しさを増してゆく。
「ありゃなんだ⁉」
「なにか、飛んで……?」
もはや爆音に近い音に、エデンの住民たちは続々と起きてくる。
「――……うるさ……あ、ししょー……おはよ」
「よ、アリス。あれ、なんだと思う?」
イッキにうながされ、アリスが目をこすりながら飛行体を見る。
その表情が引き締まるのに、時間はかからなかった。
「……機械……」
「機械?」
「だ、旦那ァ!」
そこへシェアが駆け付ける。
「マズいッスよ! 今回こそヤバい! マジで! 全力で! 絶対的に!」
「おまえ、毎回似たようなこと言ってないか?」
「機械種ですよォ⁉ 機械種! アイツらは――」
そこでシェアの会話は聞こえなくなる。
ソレが、爆音を放ちつつ、一斉に『着陸』したのだ。
「――やはリ、まだ勝ち続けていル。理解不能」
筒状の、黒い物体が機械的な音声を発した。
エデンに降り立ったのは、そのほとんどが同じ個体だ。
その数、およそ百はくだらない。
「だから言ったじゃないですかあ。四日間勝ち残る確率は二パーセント残ってるって」
対照的に、流ちょうな言葉を話しているのは青い髪の少女。
ピッタリと身体に張り付いたボディースーツのような、特殊な服装だった。
動物種のような身体的特徴は見られず、奇抜なファッションを除けば人間そのもの。
だが、普通の人間ではないことは容易に検討がつく。
――彼女もまた、飛んできたのだ。
エデンの海岸を埋め尽くした黒い物体を前に、イッキは眉をひそめる。
「機械種、か。こりゃ驚きだ。この世界は、機械にも人権があるなんてなあ」
「――声帯コード、認識。演説のモノと一致」
大人の身の丈ほどある筒状の物体、その中心の赤いコアのようなものが、音声を発する度に点滅している。
「データになイ、人間――おまえが確率を狂わせているナ?」
「くく、さあな」
「旦那、奴らは機械の国の住人です。自我を持つ、独立した機械人。スペックはめちゃ優秀ですけど、思考回路が独特で、俺様たちとはあまりそりが合わないっていうか」
シェアの解説に、筒状の物体が再び反応を示した。
「ヘビ種ノ、シェア。性格は臆病デ卑怯者。人間解放に独自デ動く確率ゼロパーセント。何者かに弱みヲ握られたか、脅されていル確率百パーセント」
「はあ⁉ うるせェよこのポンコツ野郎‼」
(――当たってるけどよォ)
シェアが恐れているのはこれなのだ。
正確無比の情報能力と、論理的な思考。彼らが『感情論』で動くことはない。それゆえの強さは、底が知れない。
伝説種と同じく、滅多に人前に姿を見せない。
機械の国で独自の進化を続ける種族。
しかし、彼らの伝える技術力は世界の支えとなっているのは間違いなく、影の功労者ともいわれている。
「我々ノ目的は理解しているナ?」
「人類解放阻止、だろ。言語さえ不自由なようだが、スペック不足なんじゃないか?」
「――普段、我々ハ自分の国からハ出なイ。人語は必要なイ。わざわざ、スペックを下げて話していルのダ。必要な交渉ハすべテ、このイレヴンが行っていル」
紹介された少女――イレヴンが丁寧なお辞儀をしてみせる。
「イレヴンと申します♪ 以後お見知りおきを」
(こいつはアンドロイド、か?)
イレヴンは、機械とは思えないほど表情豊かだ。
にっこりと笑うその表情は、愛嬌にあふれている。
だがそれさえも、計算づくのものなのだろう。
「ヒトは、時に選択を誤ル。我々ハそれを正しに来たのダ」
「感情論という、俗に言う非論理的な思考ですねー。我々が導き出した結論としまして、人間解放はメリットよりもデメリットが圧倒的に上回るのです。シェアさまにお尋ねしたいのですけれど――」
「お、俺様に?」
「動物種の観点から、人間解放のメリットを教えていただけませんか? 我々が納得できるご回答をいただければ、大人しく引き下がりますよ?」
(め、メリット? ンなもン、ねェに決まってンだろうが! 俺様はただ脅されてるだけなンだよォ!)
「ま、まあ人間だって生き物だし? 非力で、解放したって何の脅威にもなりゃしねェだろが」
「では我々からはデメリットを。奴隷産業は経済に大きく関わっています。奴隷を労力にしている仕事のこと、お考えになったことはありますか? 奴隷産業を失うことは、世界にとって痛手なのですよ」
シェアは言い返せない。奴隷商人の観点からしても、至極まっとうな考えだからだ。
「それに共通の『絶対悪』たる存在は必要なのですよー。多種多様な種族がいる現状、人間の存在は共通の敵として、息抜きに都合がいいのです。あなた方の感情論としても、大昔に悪逆非道な行いを続けた人間の罰として、納得できるのではないですか?」
「――……ぼくたちの、気持ちは、どうなるの……?」
今まで黙って聞いているだけだったアリスが、口を開いた。
「うふふ♪ おかしなことを言うのですね。――家畜の気持ちに耳を傾ける必要、あります?」
「…………」
「王ノ奴隷、アリス。おまえもダ。おまえたちのようなイレギュラーが、バランスを乱スのダ」
アリスが言い返そうとして、ぽん、と頭に手を置かれる。
「言わせとけ、アリス。俺たちが勝てばいいだけの話だ。だろ?」
「……うん……」
エデンに決闘を挑みに来る者と対話は通じない。
ただ、勝つしかないのだ。
「旦那、その、一つ気になることが」
今にも決闘が始まりそうな一色触発の空気――だが、シェアは一言、どうしても言いたいことがあった。
シェアは神妙な面持ちのまま、イッキの足元を指差す。
「――なんでリコさん爆睡してンすかァ⁉」
「……んふふ……もう、食べられないよお……」
リコはあの爆音にも起きることなく、イッキの足元で寝言を言っていた。
「昨日遅くまで話してたからな。疲れたんだろ」
「いや、貴重な戦力でしょォ⁉」
「問題ないさ。今回は俺と――アリスで戦う」
こく、とアリスは頷いた。
「――……機械の扱いは、得意……」
「ふ、ふたりだけでですかァ⁉」
(対象ヲ補足。解析開始――種族、人間)
密かに、イッキに対する解析が行われる。
「我が名ハ――テンナイン」
プシュー!
筒状の物体――テンナインが蒸気を発した。
「先に言っておク、人間。――おまえたちノ勝率は、ゼロパーセント。我々は疲れヲ知らなイ。例え敗北してモ、学習し、再度挑ム。それを永遠に繰り返ス」
「ふふ♪ どうぞお覚悟を」
敵はテンナインとイレヴンに加え、百体余りの同一機体。
その威圧感は、エデンの住民を圧倒していた。
(こ、今度こそ終わったかも)
シェアは絶望に顔を歪める。
「……ぼくたちは――……」
アリスの身体は緊張からか、震えていた。
機械種の出す『確率』は、正確な理論に沿ったもの。その正しさは、アリスもよく理解していた。
これまで、アリスも機械種と同じ考えだった。
人間が奴隷から解放されるなど、万が一にもあり得ない――と。
王も、それを成そうとして殺されたのだ。
しかし、それでも王は最期まで人間の可能性を信じていた。
「くく、勝率ゼロパーセント、ねえ」
そして今、王の信じた可能性を体現した人間が、隣にいるのだ。
けれど王が信じたものの中には、もちろんアリスも含まれていたハズだ。
イッキだけに頼るわけにはいかない。
(……見ててね、おうさま……)
「――……ぼくたちは、確率の壁なんか、乗り越えてみせる……!」
アリスの身体の震えは、止まっていた。




