欠点
――二時間後。
「…………」
どさっ。
エルダーが仰向きに倒れる。
それが決闘終了の知らせだった。
「え、エルダー⁉」
ターブが慌ててエルダーに駆け寄る。
エルダーは白目を向き、恐怖で極限まで顔を引きつらせた状態で気絶していた。
普段クールなエルダーがここまで感情をあらわにし、そして『拷問』において敗北を喫したのだ。
「――ん? 戻ったか」
イッキは周囲を見渡し、現実世界に帰還したことを確かめる。
「イッキくんおかえりー。ちょうどご飯の支度ができたとこだよー」
「リコ、どのくらいの時間が経った?」
「二時間、かな?」
「……たったの二時間? 思ったより経ってないな」
「――……おなか、へった……」
すっかり平穏を取り戻したエデン陣営をよそに、ターブはわなわなとその巨体を震わせた。
「……う、うそだ! うそだうそだ! エルダーが負けるなんてあり得ない! インチキだ! ――フゴッ!」
ターブはイッキたちに向け、勢いよく指差した。
「酷い言いがかりだな。インチキされそうになったのはこっちなんだが」
イッキが肩をすくめる。
「人間がエルダーの拷問に屈しないハズないじゃないか! いや、人間じゃなくても、エルダーの拷問に耐えられるヤツなんかいない!」
「おいおい、決闘が終わったあとに、当事者でもない第三者がいちゃもんか? 勝手な決めつけで、素直に結果を認めないのか?」
「うぅ……ぐ、ぐぐぐ……‼」
決闘は神聖なもので、その勝敗に口出しは厳禁。
それは勝者のみならず、敗者に対する侮辱にもなってしまう。
(吾輩たちで、終わらせる予定だったのに……! まさか、エルダーが人間なんかにやられるなんて……!)
動物種が仲間にいたとしても、しょせんは戦力にならない人間を集めた烏合の衆――と高をくくっていた。
応援の申し出もあったのに、自らが断ってしまった。
奴隷解放の反逆を奴隷の国が止めたとならば、奴隷制度はさらに盤石なものとなる。
吾輩たちだけで充分と豪語し、『手柄』を自分たちだけのものにしたかったのだ。
(――このままじゃ、帰れない……!)
あれだけ啖呵を切っておいて、おめおめと引き下がってはいい恥さらしだ。
だが、奴隷の国側としての最高のカードは、もう切ってしまった。
(……この匂い)
ターブが鼻を動かす。
今しがた、リコの調達した食材でズラリと料理が並んでいる。
リコが奴隷の国の人数も含めたせいで、その量はとんでもないことになっていた。
「おい! 今度は吾輩と決闘だ! 方法は」
ターブの唯一他人勝るもの、それは――
「大食い‼」
(決闘を終えたばかりの人間に、金髪チビの奴隷、華奢なイヌ種と、腑抜けのヘビ種――大食いなら、絶対に吾輩が勝つ!)
「大食い勝負、ねえ」
イッキは顎に手を当て、考える素振りを見せる。
「に、逃げるのかあ⁉ お、大食いじゃインチキできないから、怖いのかあ⁉ ――フゴッ!」
ブタ種は基本、大食いばかり。
種族的に圧倒的優位なのだ。
「まあいいだろう。だが、今回相手するのは俺じゃない」
イッキがリコの肩に手を置く。
「――リコだ」
「わ、わたしっ⁉」
いきなりの指名に、リコは驚く。
(ふっふっふ。吾輩を恐れているな。さあ押し付け合うがいいさ! 誰がきたところで吾輩に敵うわけ――)
「け、けど、そしたらみんなのご飯が」
(そっちの心配かよっ⁉)
「人間の未来がかかった決闘なんだ。文句あるヤツなんかいないさ。な? アリス」
「……お腹減った……けど、うん。我慢する……」
(舐めやがって……! 吾輩が、ここで終わりにしてやる!)
「おい奴隷ども! 準備しろぉ!」
お互いの目の前に料理が運ばれる。
決闘の舞台は、整った。
∞
見るだけで満腹になりそうな料理を前に――といってもモンスターを細切れにして焼いただけのものだが、リコは生唾を呑み込んだ。
しかしそれは、空腹からくるものではない。
(うぅ……やっぱり緊張するなあ)
これはただの大食い対決ではない。
すべての決闘が、人類の命運を賭けたもの。一戦一戦の重みが従来の比ではない。
イッキは軽く勝利したように見えたが、それはイッキだから成しえたこと。
さらに言えば、勝利を積み重ねれば積み重ねるほど、その重圧は重みを増してゆく。
(イッキくんの勝ちは、絶対無駄にしない!)
「ルールは簡単。吾輩か、そこのイヌ種が一定の量を完食するか、時間以内に多くの量を食べているほうが勝者。言っとくけど、ズルは一発退場だからな! ――フゴッ!」
「――……よーい……」
空腹のアリスが気だるそうに腕を上げ、
「……はじめー……」
火ぶたが切って落とされた。
両者、一斉に料理に手を伸ばす。
(この吾輩に大食いで挑むなんて間抜けが! 過去に大食い大会で二度優勝したことあるんだぞ吾輩は!)
ターブは次々料理を口に運んでゆく。
――噛まずに、飲む。
それがターブの戦法だった。
チラリとリコを盗み見る。
(どうだこの速度! イヌ種なんかが吾輩に――)
そこで、ターブは手を休めてしまった。
リコはさらにその倍近くの速さで、平らげている。
口に入れ、ちゃんと噛んで、飲み込む。この一連の作業が尋常の速度ではない。
「んふ~♪」
しかも、リコには料理を味わう余裕まである。
純粋に食事を楽しんでいるのだ。
「くくく」
読み通りの展開に、イッキは笑う。
リコの大食い――それはリコと出会った日に判明していた。
はじめての食事の際、イッキが食べたのはあくまで普通の量だが、リコは余るともったいないからという理由で、巨大なモンスターをすべて平らげてしまっていた。
圧巻なのは食べ始めと終わりが、イッキとほぼ同時だったということだ。
(なんだこのイヌ種⁉ ……だ、ダメだ。明らかにスピードが違う! なんでだ⁉ 体格も、種族的にも吾輩のほうが有利なのにぃ! 一体どこに入れてるんだ⁉ こいつの胃袋は宇宙か⁉)
こうもスタートダッシュが違っては、すでに勝負は目に見えている。
(ぐ……なら、あの手でいくか)
「どうせ……どうせその胸に栄養全部吸収させてんだろ! この大食いおっぱいが!」
「――んぐっ⁉ は、はあ⁉ きゅ、急になんですか!」
決闘の最中なのに、リコは会話に乗ってきた。
(手応え、あり!)
ターブはにんまりと笑う。
「それに、大食いの女は男にはモテないぞ~! もうドン引きさ~。下品で、がさつで、そんなヤツは幻滅されるか、陰口言われるのさ! あそこの白髪人間も、内心はそう思ってるだろうね!」
「う、うう……」
「知ってるかい? 人間は、自分たちと違うものを実はなにより嫌うって。大食いにしたってほんとは気持ち悪がっててさ、きっと、きみもただ利用されてるだけなんだよ!」
あれだけ勢いづいていたリコの手が、ピタリと止まる。
(かかった! やっぱりイヌ種! その素直さが命取りなんだよば~か!)
リコの欠点――それはあまりに素直な性格のため、言葉をそのままに受け止め、考え込んでしまうのだ。
奴隷の国の管理人、人間をよく知るターブの言葉にリコが説得力を感じてしまったのもある。
そして暴言にイッキを含んだこと、ターブはさほど意識していなかったが、それが効果てきめんだった。
「んぐ、むぐ――フゴッ!」
その間にターブは徐々に、着実に追い上げてゆく。
(リコ⁉)
イッキは、リコの行動が理解できなかった。
あれだけ大差だったのに、ターブのかけた言葉一つで、戦局がガラリと変わってしまったのだ。
シェアはぎょっとしてイッキに詰め寄った。
「旦那、旦那ァ! 応援! 応援してやらねェとヤバいですって! イヌ種は精神状態が体調に大きく左右するンですよォ⁉」
「お、応援? 応援って、なにを、どう言えば」
「いや、褒めるンですよ! とにかく、何でもいいから褒めて! 早く、不安を払拭する一言をォ!」
気付けば、リコが不安そうにイッキを見上げている。
「俺は、大食いの女は――」
リコが次の言葉を待つ。
「――い、いいと思う」
そのとってつけたような言葉に、リコの顔が一層曇った。
「旦那語彙力なさすぎィ⁉ 不器用か‼ 恥ずかしがってる場合じゃないでしょォ⁉」




