束の間の休息
「さて、飯にでもするか」
宣戦布告した後のイッキの言葉に、周囲はズッコケそうになる。
「さ、作戦は⁉ 作戦会議とかしないの⁉」
リコの抗議に、イッキは眉をひそめた。
「作戦? 双方合意の決闘だろ? 今作戦立てたって無駄だよ。それに基本、俺は向こうの提示した決闘はすべて受けるつもりだしね」
「ど、どんな不公平な決闘ルールでも?」
「もちろん。この決闘、ただ勝つだけが目的じゃない。あくまで人間を認めさせるっていうのが根本にある。向こうの提示した決闘で、人間である俺が勝てば認めざるを得ないだろう? それに、心配しなくても俺の予想だと三日は大丈夫さ」
イッキの言葉に、隣で機材の調整を行っていたアリスがうなずく。
「……むこうも、準備期間と、エデンに来るまでの時間が、必要……」
エデンは孤島。
王の計らいで、どの大陸からも遠く離れている。
唯一、瞬間移動が可能な魔法陣はイッキが破壊済みだった。
「その通り。まあ、頭脳戦はアリス、俺が休息とかなんらかの理由で決闘できない場合の体力戦はリコ。あとは――」
辛うじて戦力になりそうなのは、真っ白に燃え尽きているシェア、その他の島民には期待しないほうがいいだろう。
「とにかく、体力万全の状態で臨むこと。これが今俺たちのすべきことだ」
「でもさ、にーちゃん、この島には木の実と草くらいしかないぜ?」
イルの回答に、イッキの口元がこわばる。
この世界では、食用の肉はモンスターのものしかない。モンスターを狩猟する力のない人間にとって、必然的に食料は草食寄りのものになる。
(この島、モンスターは生息してなさそうだしな……)
「じゃあ、海中は? 海の中にはさすがにいるだろ」
「そりゃいるだろうけど……おれたちじゃ狩れないから」
「じゃあわたしが獲ってくるよ」
提案したのはリコだった。
「いらない水着とかあるかな?」
リコの要求をイルが長老に伝達し、リコのサイズに合った水着を用意してもらう。
島民の服などは、王が定期的にシェアを通じて物資として運ばせていたのだった。
「――お待たせっ」
尻尾用に穴を空けた水着を装着し、小屋から現れる。
スタンダードな水着だが、リコのプロポーションの良さを際立たせるには充分だった。
「うわー、ねーちゃんでけー」
「でけー」
イルとエルが率直な感想を述べている。
「あれ? にーちゃんなんでそっぽ向いてんの?」
「…………」
「にーちゃん照れてるの?」
「照れてない」
即答するが、イッキは一向にリコを見ようとしない。
「……む~……」
アリスは自分とリコとを見比べ、口を尖らせていた。
「イッキくん」
リコは、イッキの視線の先に回り込む。
「似合うかな?」
「あ、ああ」
リコが正面に来ると再び顔をそらす。
小首を傾げ、リコがまたイッキの視線上に移動すると再びそらす、その繰り返し。
「にーちゃんなにやってんの……?」
「顔の体操だよ、顔の! そ、そうだリコ、獲物はできるだけ狩るんじゃなくて、できれば生かして、捕獲してくれないか」
「倒さずに、ってこと? いいけどどうして?」
「今の人間の実態調査ってとこだよ」
「んー……よくわかんないけど、わかったよ!」
軽い準備体操を終え、リコは海に飛び込む。
「……ししょー……」
「なんだアリス」
「……ぼくも、脱ぐ……!」
ぐっ、とアリスは拳を握りしめた。
「なんでだよ。っていうかなんで対抗意識燃やしてるんだ……」
その後。
「なんかモンスターを獲ってくるってよ」
「ほんとか⁉ 見に行こう!」
動物種の狩りの様子に、興味津々だった島民が集まり始めた。
――バシャバシャッ!
しばらくして、水面が荒れる。
「ぷはっ」
先にリコが顔だけ出した。
片手でイッキに手を振って合図を送る。
「いっくよ~! せーの――っ!」
バシャァン‼
勢いよく、リコがなにかを放り投げた。
ビタァン! ――ビチビチッ!
砂浜に投げられた巨大なソレは、甲殻を持つ、エビに似たモンスター。
島民は、初めて目にする自然のモンスターに驚き、声を失っていた。
「驚いてないで、そいつを倒してみろ。飯だぞ?」
「ええ⁉ おれたちが、やるの?」
「そいつは海でこそ厄介だが、陸だと大した脅威じゃない。それに、外だとモンスターを狩るのが普通だぞ」
「……そ、そうだよね。おれたちも、やらなきゃ」
腹をくくると覚悟を決めたばかりだ。
島民もイルの奮起に呼応して、各々が武器になりそうなものを手に、モンスターを取り囲み始める。
(うわァ……やっぱ人間よえェェェ……俺様なら秒で終わるぞあんなの)
シェアは、モンスターに大勢で立ち向かう人間を冷めた眼で見つめていた。
(こんな連中自由にしたところで、意味ねェだろ。無意味、無価値、時間の無駄)
「シェア」
イルとエルがシェアを見上げていた。
それぞれ手に木の棒を持ち、息も途切れ途切れだ。
休憩の合間に来たのだろう。
「ンだよ?」
「なあ、おまえいいヤツだったんだな」
「だな」
「はァ?」
「やるよ、これ」
「やるー」
イルから手渡されたのは、ネックレス。
自然の素材をふんだんに用いたソレは、一見で手作りとわかる。
「ったく、いらねェよこんなの」
突っ返そうとしたシェアだが、すでにイルとエルは再度モンスターに駆けていく最中だった。
「ケッ。わけのわからん人種だぜ」
――結局、島民がモンスターを倒せたのは二時間後のことになる。
∞
その夜、初のモンスター討伐祝賀会というものが開かれ、初めての肉の味に島民たちは歓喜していた。
「時間かかり過ぎだな。いかにエデンが生ぬるい環境だったかよくわかる」
そこから少し離れた場所で、イッキたちは島民の統括を行っていた。
「まあ、あれが今の人間の実態か。自由になったら苦労するだろうな」
「ほ、ほんとに大丈夫かなあ」
「苦労はするだろうが、人間は適応能力だけは高い。大丈夫さ」
リコの言った言葉の意味は、結局戦力になるのは自分たちだけしかいない、とのことだったのだが、イッキはすでに勝つことを前提で考えている。
(やっぱり、イッキくんは凄いなあ)
「……すー……くー……」
「――なんで、毎回アリスは俺の膝の上に乗るんだ? 寝てるし」
「安心するんじゃないかな。たぶんだけど、きっとおとうさんにも同じことしてたと思うよ」
一つ、リコはイッキに言いたいことがあった。
イッキたちの勝利は、人間の自由、奴隷からの解放。
当然ながら、イッキとリコは主人と奴隷の関係ではなくなる――つまり、リコの手からは離れるということなのだ。
「あのさ、イッキくん。人間が自由になれても――」
「ん?」
イッキと目を合わせると、リコは言葉を詰まらせた。
「あ、う、ううん、なんでもない。今は、目の前のことに集中しなきゃね! お互い、頑張ろっ」
リコは満天の星空を見上げる。
イッキも、つられてそれを追った。
人間の自由は、王の悲願。そしてリコの夢でもある。
一敗さえできない、常に瀬戸際の戦いなのだ。
他のことに気を取られている余裕はない。
それでも、今は――。
(ね、イッキくん)
リコはイッキの横顔を見つめ、
(――自由になれても、わたしと一緒に、いてくれる?)
心の中で、つぶやいた。
そして三日後、一隻の船がエデンに現れた。




