宣戦布告
※今回本文長めです。
「わ~、ここがエデンなんだ~。奇麗な島だね」
「………なんか、なにもなさそう……」
リコとアリスがエデンに到着するなり、物珍しそうに歩みを進めた。
(――え~っと、あれ? なんで俺様こんな状況に? いやいや落ち着け。落ち着いて思い出すんだ)
エデンシステムがハッキングされ、コンタクトを送ってきたイッキ。
そこから半強制の『お願い』を受け、イッキたち三人をエデンに連れて来た。
まだそこまではいい。
(お、俺様の目が節穴じゃなけりゃァ、旦那を買ったイヌ種と――アリスとかいう人間の娘は、王を殺したって騒がれてる人間だよなァ……?)
問題は、一連の混乱がイッキたちによるものだという可能性が限りなく高いということだ。
このままでは、イッキ一味に加担したものになりかねないのだ。
(事情を聞くのはダメだ……ここは脅されたってことにしといて、とっとと退散するのが最善策!)
「じゃ、じゃあ俺様はこれでッ! お元気で旦那ッ!」
くるっと反転し、魔法陣に乗ろうとしたシェア。
その肩にイッキが手を回して組んだ。
「待てよ。久しぶりの再会なんだ。あのな、王を殺した真犯人はエルノールで――」
「やめてーッ! そんな機密情報教えないでェッ! 共犯に! 共犯にされちゃうッ!」
シェアの必死の抵抗虚しく、イッキはシェアの耳に直接ささやいた。
「そのエルノールを倒したのは、俺だ」
「あ~あ~あ~聴こえない~! 俺様はなにも聴いてないッ‼」
必死に耳をふさぐが、後の祭り。
あまりに強烈な、その確信に迫る内容はしっかりとシェアの頭に刻まれてしまった。
(あ、あの『鉄壁』のエルノールを倒しただとォ⁉ ど、どンだけだよこの男はァ⁉)
「情報を共有したところで、頼みがある」
「ま、まだなンかあるンスかァ⁉ 勘弁してくださいよ旦那ァ……」
「いや、簡単な仕事さ。おまえには――」
「ま、またアンタか⁉」
イッキ一行の前に現れたのは、エデンの島民たち。
「帰ってくれ! 厄介事はもう御免だ!」
「エデンは人間のための島だろ? 人数制限はシェアの口利きでクリア済みだ」
「ただでさえ、王が人間に殺されたってことで立場が悪くなってるんだ」
イッキは眉をひそめると、シェアに向き直った。
「この島にもあの水晶があるのか?」
「え、ええ。世界放送は受信できるようにしてます」
「お、おい、あの娘……」
「王を殺した人間じゃないか……?」
アリスの姿を認識した島民たちが騒ぎ始める。
現在の人間にとって、アリスは立場をさらに悪くした極悪人でしかない。
「悪魔……!」
「悪魔の子だ! 帰れ!」
アリスの足元に、誰かが投げつけた石が転がった。
「あ……う……」
そして、二投目――。
アリスに直撃する寸前に、イッキが石をつかむ。
「自分より弱いヤツには強気じゃないか、おまえら。俺たちの『敵』になるんなら、容赦しない」
石を握りつぶし、イッキは島民を睨んだ。
「あとから証拠を見せてやるが、犯人は別にいる。アリスは利用されただけだ。……おまえらの言う自由が、他人から与えられたこの小さな島の中での話なら、そんなものは長く続くわけがない。結局は奴隷の精神と変わらないのさ」
「あ、アンタらの目的はなんなんだ……?」
「人間の、奴隷からの解放。今の環境は、なにかと都合が悪いんでね」
――奴隷からの解放。
島民は押し黙る。
誰もが一度は夢に見ながら、口にさえ出せず、その生涯を終えていった。
「にーちゃん!」
そこへ、以前にイッキが助けた双子の片割れ、イルが駆け寄る。
今まで、島民に肩を掴まれて近寄れないようにされていたのだ。
「今の話ホント⁉ おれたちを、自由にしてくれるの⁉」
「ああ」
「島から出られるの⁉ いろんなところに行ける⁉」
「ああ」
「……もう、奴隷って呼ばれない? 胸を張って、生きて、いいの……?」
「――ああ」
イルの言葉は、誰もが言い出せなかった、島民すべての心の声だった。
「そのために、エデンを拠点にする。おまえたちにも協力してもらうことだってある。それなりの『覚悟』は必要だ」
「……いいよ。みんなが反対しても、おれはにーちゃんを信じる。だっておれ、後悔したくないから!」
「イルの言う通りじゃの」
イルに賛同したのは、長老だった。
「わしらは失うことばかりを恐れ、人間としての本質を見失っておった。――お主を、信じてみよう」
∞
「リコ号~はっしゃ~!」
「アイサ~! キャプテ~ン!」
イルの双子の妹、エルを肩車し、リコが砂浜をかける。
エルは最初こそ怯えていたものの、すっかり打ち解けた様子だった。
人間と動物種が仲良く遊ぶ――その光景は、島民にとって目を疑うものだった。けれど同時に、イッキの言葉に信ぴょう性を持たせることになった。
「首尾はどうだ? アリス」
「……ん……もう、ちょっと……」
空間に浮かぶ文字列を操作しながら、アリスは言った。
「そうか。ところでアリス、なんで俺の膝の上にいるんだ?」
「……効率、いい……ししょーは、迷惑……?」
「あ、ああいや、効率がいいんなら、問題ないぞ、うん」
いつの間にこんなになつかれたのか、なぜ師匠と呼ばれているのかは謎のままだが、今回の作戦はアリスの力が必要不可欠。
イッキは余計なことを言わないようにした。
一方、気が気ではないのがシェアだ。
まさにイッキたちは反乱を起こそうとしている。シェアの立場上、阻止しなければならない。
が、返り討ちにあうのは目に見えているため、なにもできないというのが現状だ。
(人間を奴隷から解放なんて無理にきまってンだろ⁉ 初代王の命令だぞ! 無謀にもほどがあるってンだよォ!)
「――できた……」
「よし」
イッキは立ち上がり、全員に召集をかける。
「これから、世界に宣戦布告する。内容は重複するから、そこで頭に入れてくれ。出番だぞ、シェア」
「はァ⁉」
∞
『――まあいいでしょう。つくづく、愚かな親子ですね。あなた方のような危険な思想はいつか世界を破滅へ導く』
討伐ギルド内の水晶が突如映し出したのは、エルノールの姿だった。
『やっぱり、あなたが、おとうさんを……?』
『ええ。まったく、仕えるに値しない、無能の、王でしたよ』
「エルノール様⁉ ちょ、ちょっとノノ、起きな! 起きなって!」
「くぴー……すぴー……」
『今の映像は真実だ。王は人間の自由を求め、使徒であるエルノールはこれを不服として王の殺害を計画。その罪を、人間にきせようとした。絶対の王に対する反逆であり、人間に対して極めて不当な扱いである』
映像が切り替わり――ひとりの男が手を組み、座っていた。
『これに対し、我々は王の意思を継ぎ、人間の自由――奴隷からの解放を要求する』
「あいつ……どっかで見た顔――」
『この要求を不服なものに対し、決闘を申し込む』
「シェア⁉」
(うお~いィ! 俺様の役回りなんじゃこりゃァ‼)
そう。現在、音声はイッキのものだが、映像はシェアという構図になっているのだ。
『――そこに難しい顔して、手でも組んで座ってくれたらそれでいい』
『あの、旦那。も、もしかしなくても俺様アップで抜くつもりっスか?』
『広報担当だよ。こういうのは、当事者の人間じゃない――動物種が語るほうが共感を得られる』
『だ、だったら、リコさんでいいんじゃァ……』
『リコは貴重な戦力だ。あまりこちらの手の内は知られたくないからな』
(利用しておきながらの遠回しな戦力外通告っておいィ! それにもう俺様当事者どころか黒幕じゃねェか‼ 終わりだ……破滅だ……滅亡だァ)
『期間は十日間。舞台はエデン。基本は一対一。複数の決闘開催は不可能。決闘する者はこちらが指定する。もちろん、こちらの中には人間もいる。決闘のルールは、双方合意の提案方式。挑戦者が一勝でもすれば、その時点でこちらの負け。まさかとは思うが、この条件で、受けないヤツはいないよなあ?』
(こんな少人数でなにその挑戦……てか煽ってンの俺様じゃねェから! 勘違いしないでェッ!)
――そのときだった。
『奴隷からの解放――人間を奴隷にするとした王の命令より百年以上の経過を確認。決闘条件、クリア』
新たな女性の声が響く。
水晶を通してのものではなく、頭の中に直接響いているものだった。
「かみさま……?」
リコがつぶやく。
『決闘内容が種の根本を変えるもの、かつ決闘相手が不特定多数のため、全世界の人々から投票を受け付けます。この決闘、賛成か、反対か、どちらかを念じてください。賛成が過半数を上回れば、この決闘は成立となります』
イッキは震えた。この声、忘れない、忘れることなどできない――あの、幼なじみの声だった。
(神奈――!)
(みんな、お願い……!)
リコは指を絡め、祈った。
これは想定外の出来事だ。これまで人間を受け入れてこなかったものは大勢いる。ただ人間を不快に思っているものからすれば、こんな決闘は論外だろう。
それでも、リコは信じたかった。王のこれまでの呼びかけは、無駄ではなかったということを。
(……おうさま……ぼく、ずっとおうさまに守ってもらった……。だからぼくも、だれかを守れるように……強く……なりたい)
アリスは、奴隷として守られる立場でいることに甘えていた。
奴隷は、生きているのではない。生かされているだけなのだ。
だから、前に進むことで試したかった。王が認めてくれた、自分の可能性を。
(俺様は当然反対、大反対、超反対ッ! 不成立頼む頼むゥ……‼)
それぞれの思惑が交差する中、判決が下される。
『――賛成が過半数を超えました。この決闘は成立とします』
イッキは張りつめていた息を大きく吐き、リコは思わずその場に座り込んだ。
「くくく。王の蒔いた種は、無駄じゃなかったってことさ」
「おとう……さん……!」
「――……おう、さま……」
シェアはすでに魂の抜けた亡骸と化している。
『決まりだな。十日間、我々が決闘を勝ち続ければ、人間には人権が与えられ、奴隷からの解放が実現される』
――リン。
「ふふ……♪ なんだか、面白くなりそうね、王様?」
ここに、賛成をしたものがひとり。
巨大なモンスターの死骸の上で、ネコ種の使徒、リンネは空を見上げる。
『文句のあるヤツはかかってこい。人間の自由と尊厳をかけて――勝負だ』
一章はこれにて終了となります。
舞台を整えるため欝々しい展開が多々あったかと思いますが、ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
次章からはキャラクターの絡み、決闘などで爽快感を出せていければと思っています。
また、感想や評価などをいただけると、飛び跳ねて喜びますので、よろしければお願いします。
ここまで読んでいただいた方、ブクマいただいている方、本当にありがとうございます。
※5/20追記
お待たせしております。
次回投稿は5/22を予定しております。




