選択
「なんだよ! このシステム使えねーぞ!」
「エルノール様は⁉ 今日また演説するって言ってたのに……」
アルモニアは混乱に陥っていた。
王の死去、エルノールの失踪、アリスの脱走。
後者二つは国民が知らない事実だが、知らないからこそ、憶測が飛び交い混乱は加速してゆく。
フードをかぶり、街の偵察に繰り出していたイッキはそんな光景を目の当たりにしていた。
(次の計画に移るのは、早いほうがいいな)
∞
「――ね、アリスちゃん、食べて?」
「…………」
「イッキくんの手料理、おいしいよ?」
「…………」
「はう~……」
リコは、悪戦苦闘していた。
王宮から連れ出したはいいものの、アリスはなにも口にしない。
虚ろな瞳で、窓の外を見つめるだけだ。
「わ、わたしのこと、覚えてないかな? アリスちゃんもずっと小さかったから、覚えてない、よね」
「……覚えてる……」
「え⁉ ほんと⁉ やっぱりアリスちゃんは記憶力もいいんだね」
「……おうさまの――……」
そこまで言いかけ、再びふさぎ込んでしまった。
自分の言った「おうさま」という単語に、王を思い出してしまったのだ。
「……だから、理解できない……どうして、ぼくを……」
「それは――」
ドアが開く音で、会話は中断される。
イッキが帰還したのだ。
「あ、おかえりイッキくん」
「ただいま。どうやら、アリスがアルモニアのシステムの大半を管理してたってのはほんとらしい。いろいろ重なって街は大混乱だ。で、飯は食べたか?」
「ううん、ぜんぜん……」
それを聞くと、イッキはフードを脱ぎ、アリスに近寄った。
「凄いな、おまえ。本当に天才じゃないか。同じ人間として鼻が高いぞ」
「…………」
アリスを持ち上げたつもりだったが、当人は無関心のまま、反応もしない。
「いつまで拗ねてるんだよ。真犯人はエルノールだった。証拠もきっちり見ただろ?」
「……ぼくが、実行犯なのは、事実、だから……」
イッキは引きつった笑みを浮かべ、アリスの頭をがっちり確保。
無理やりに視線を合わせるように動かした。
「だからどうした? 利用されて終わりか? それで満足なのか?」
「……だって、どうせ、なにも、できない……」
イッキはアリスの頭を離すと、今度は胸倉を掴んだ。
「い、イッキくん⁉ アリスちゃんはまだ――」
「そんなんだから人間は舐められるんだ。できないじゃない、やるんだよ。おまえは頭がいいんだろ? ただ諦めるのが利口なヤツのすることか?」
「…………」
「いいか? 今回みたいな冤罪はどうせ過去に何回もあったことだ。人間に罪をきせ、都合のいいように利用する。周りも、内心違うとわかっていても同調するしかない。今は人間にとってゴミみたいな世界なんだ。だから、前の王は変えようと努力した。違うか?」
アリスの中の王の記憶――笑ったこと、遊んだこと、褒められたこと、怒られたこと、そのどれもが大切な宝物で、話すことはできなくても通じ合っていた。
王だけが、アリスをひとりの人として扱ってくれていた。
「……――う、ひぐっ、ぐすっ……」
泣きだしてしまったアリスの胸倉を、イッキは離した。
「王はいない。もう頼れない。だから今度は俺たちが変えるんだ。俺たち、人間自身の手で、王の意思を、継ぐ」
「――わ、わたしも! わたしも、協力する、よ?」
手をぴんと真上に上げ、リコが言った。
「あのね、アリスちゃん。さっき言いそびれたことなんだけど、王様――おとうさんはきっと、アリスちゃんのことをずっと信じてたと思うし、裏切られたなんてちっとも思ってないよ。……最後におとうさん、どんな顔してた?」
リコは王を信じていた。あの父が、アリスを憎むわけがないと。だから、訊ねることができた。
「……笑って……た――」
リコも一瞬涙ぐむが、その表情は晴れやかだった。
「どうする? おまえの『選択』は?」
アリスはイッキを見上げた。
勝率や根拠など、おそらくこの男は計算していない。
あるのは、絶対的な自信のみ。
けれど、それこそが今の人間に必要なものなのかもしれないと、アリスは思った。
王宮からの、エルノールからの脱走――アリスが不可能と算出したものを、イッキは成し遂げたのだ。
イッキについていけば、計算では測れない、まだ見ぬ可能性を教えてくれるかもしれない。
「……ししょー……」
「し? なんだって?」
アリスは、手つかずだった料理を、一口かじる。
そのまま、勢いよくがっつきはじめた。
その様子にイッキは笑い、リコは胸をなで下ろした。
「なあリコ、王が不在なら、次の『選抜』はいつ始まるんだ?」
「不定期なの。すぐに始まることもあったり、一年くらい期間が空いたりで」
「今の人間には、その選抜を受ける資格すらないんだよな?」
「……うん」
やはり急がなければならない。
エルノールの失踪と、大罪人として仕立て上げるつもりだったアリスが奪われ、他の使徒たちはその対応に苦慮している頃だろう。
あれからまだ具体的な発表がされていないのがその証拠だ。
「――アリス、資材があれば、あの水晶の全世界放送をするのは可能か?」
こく。
食べながら、アリスは頷く。
「いいぞ、ナイスだ。急いで資材を調達して――エデンに向かう」
「エデンに⁉」
「しばらくエデンを根拠にして、そこで人間からの『宣戦布告』だ」
――宣戦布告。
その物騒な単語に、リコの表情が曇る。
「そんな顔しなくても大丈夫さ。ルール違反はしないよ。くく、実に平和的な宣戦布告だよ」
(へ、平和的な宣戦布告ってあるのかなあ……)
「だけど、どうやってエデンに行くの? 管理者じゃないと自由に行き来できないって聞いたことあるよ?」
「そこは大丈夫。ひとり、知り合いがいるんだ」
「知り合い?」
「ああ。そいつなら、喜んで協力してくれるハズさ。……くくく」
(なんだろ……イッキくん、凄く邪悪な笑いしてる……)
∞
「ぶあっくしょいッ!」
エデンの管理室でひとり、シェアは大きなくしゃみをする。
(やべえ……なんかすっげェ悪寒が……風邪かァ?)
※5/13追記
読んでいただいている方、ブクマしていただいている方、ありがとうございます。
次回投稿は5/15を予定しております。
お待たせしてすみません。




